緋弾のアリアドス 作:くものこ
スーパーコンピューターの上に立つ星伽さん。彼女はその手に持つ分銅付きの鎖を投げる。
じゃりっ!
鎖はアリアの顎を押さえるジャンヌの手——の中の刀の鍔に巻き付く。
ぐいっと引っ張られた刀は星伽さんのもとへ。それをしっかりとキャッチすると、星伽さんはコンピューターの上から飛び降りてくる。
「キンちゃん、アリアを!」
「ああ!」
アリアとジャンヌの間に斬り込んだ星伽さん。そっくりな顔が向かい合う。しかし本当にまあ、よく似てることで。
防刃巫女服の小袖で星伽さんの刀を掴み取ろうとするとジャンヌ。が、それを拘束から抜け出したアリアが妨害し、ついでとばかりにカンガルーキックをお見舞いする。
たまらず後退したジャンヌ。その際に星伽さんに変装するために着ていた緋袴から筒のような何かを落とした。
シュウウウウウウ……!
「煙幕か!」
筒から上がる白煙。それに反応した天井のスプリンクラーが水を撒き始める。天候の変化。あめだ。
「ごめんね。今やっつけられると思ったんだけど、逃げられちゃった」
煙を避けるように下がってきた星伽さんがキンジに話しかける。
「上出来だよ、さすが白雪だ。糸丸も、俺らが来るまで持ちこたえてくれてありがとな。アリア、大丈夫か?」
「やられたわ。手がうまく動かないの」
ジャンヌに息を吹きかけられた手を握ったり閉じたりするアリア。でも、その手にはまったく力が入っていない。
「戦闘はできなさそうだな」
「それなら大丈夫だよ」
星伽さんがアリアの右手を優しく左手で包んだ。
「すごくしみると思うけど……」
そう前置きした星伽さんは小さい声で呪文のようなものを唱えた。すると、莉央の癒しの波動のように目に見えない力が星伽さんの手からアリアの手へと伝わっていく。
「……あっ……! んくっ……!」
痛みが伴うのだろう。アリアは思わず出しそうになった声を殺す。
「キンちゃん。ジャンヌの氷はG6からG8ぐらいの強力な氷。私の力で治癒しても元に戻るまで数分はかかると思う。その間、キンちゃんがアリアを守ってあげて。ジャンヌは私と芦長君で相手する。いいよね、芦長君?」
「大丈夫なのか?」
「キンジ。超偵の相手は超偵に任せとけ。それと、星伽さんは俺がいのちがけでも守ってみせるさ」
俺には秘策がある。ジャンヌの氷くらい、受け止めてみせる。
「……分かった。糸丸、星伽さんは頼んだぞ」
「ああ。任せと、へっくしょん! 寒っ」
何だか室温が急激に低下している気がするぞ。
「これもジャンヌの策だな。見てごらん、糸丸。ダイヤモンドダストだ」
キンジが示したのはさっきの筒から発する煙の向こう。スプリンクラーから撒かれる水が空中で氷の結晶となり、雪のように舞っている。その光景は非常に綺麗だが、普通ここでは起きないであろう現象にどこか恐怖のようなものを感じる。
また天候変化かよ。今度はあられか。
「それも、私がなんとかするよ」
星伽さんは緋袴の裾から紙切れを取り出すと、コンピューターの画面に貼った。よく見れば、紙には朱色の文字が書かれている。御札だ。
すると、すぐに星伽さんを中心に部屋が暖かくなっていく。キンジや星伽さんの濡れていた服もあっという間に乾く。
これがG15以上の超能力か。
「芦長君。作戦なんだけど……」
身体が温まってきたところで、俺らは簡単な作戦会議をはじめる。
「私は強力な超能力を持ってる。G17の
「分かった。じゃあその時は俺が盾になる。俺の超能力は直接攻撃するには威力不足だと思うから」
エスパータイプではないし、とくこうが高いわけでもないからな。それに高レベルの超能力者の戦いに俺が参戦しても足手まといになるだけだろう。
「分かった。でも、無理はしないでね?」
「ああ」
作戦会議終了。作戦と呼べるかどうか定かではないけれど。でも、初めはこんなもんでいいだろ。
俺と星伽さんは並び立つ。星伽さんと何かをするのは初めてかもしれない。
「ジャンヌ」
星伽さんが煙の方へ、赤い鼻緒の下駄をカツンと鳴らして一歩近付く。
「もう、やめよう。私は誰も傷付けたくないの。たとえそれが、あなたであっても。この"イロカネアヤメ"は全てを斬るよ」
刀を掲げる星伽さん。一方、煙の向こうからはフン、という笑い声が返ってくる。
「笑わせるな。原石に過ぎぬお前がイ・ウーで研磨された私にかなうはずないだろう」
「投降しろ、ジャンヌ。投降しないのなら、最後のとどめばりまで撃ち込んでやるからな?」
「やれるものならやってみろ。
それに白雪。お前は星伽を裏切れない。それがどういうことを意味するか分かっているならな」
「策士、策に溺れたね。それは今までの私。今の私は、星伽のどんな制約も破らせる——そういう存在のそばにいるの」
キンジのことだな。そういえば、キンジはどうやってヒスったんだ? ……いや、考えるのはやめておこう。
しばらく黙っていたジャンヌ。おそらく、予想外の展開に困惑しているのだろう。策士と言うのは、誤算が生じると弱くなる。耐久型のポケモンがちょうはつをうたれると困るのと同じだ、たぶん。
「やってみろ。直接対決の可能性だって想定済みだ。Gの高い超偵はその分精神力を早く失う。持ち堪えれば私の勝ちだ」
煙が晴れてくる。向こう側にジャンヌの姿があらわになった。
変装のための巫女装束を脱いだジャンヌが着ていたのは部分的に体を覆う西洋の甲冑。ギルガルドとかゴルーグの一部分を身につけてるんじゃないか、というカンジ。
「リュパンによる動きにくい変装も終わりだ」
べりべりっ、と、ジャンヌは被っている薄いマスクを剥ぐ。
ジャンヌの素顔が現れる。刃のような切れ長のサファイア色の目。
氷のような銀色の髪を2本の三つ編みにしてつむじあたりで結っている。
まさにカロス地方に住んでいそうな、美しい白人だった。
「キンちゃん」
星伽さんがキンジに声をかける。
「ここからは私を見ないで。これから私は、星伽に禁じられている技を使う。でも、それを見たらキンちゃん、きっと私のことを——キライになっちゃう。ありえない、って思う」
星伽さんが、髪に留めていた白いリボンに手をかける。その指は震えていた。
星伽の技。G17の超能力。それは、余程人間離れした技なのだろう。
「白雪、安心しろ。ありえないのは一つだけだ——俺がお前をキライになる、それだけはありえない」
か、かっけー。さすがはヒステリアモードのキンジだ。男として尊敬するぜ。俺もそんなかっこいい人間になりたいな。
「行こう、芦長君」
「だな」
一歩前に出た星伽さん。刀を構え直す。
柄頭のギリギリ先端を右手だけで握り、刀の腹を見せるように横倒しにして頭上に構えている。
不思議な型だ。おそらくこれが星伽の技を使うのに適したものなのだろう。
俺もナイフを背中にしまうともう一丁の拳銃も手に持つ。
ジャンヌ・ダルク。騙し合いは得意だと言っていたが、技の読み合いは下手だな。お前の選択した技、殻破りは間違いだ。おかげで俺やキンジ、アリアの普通の兵器も通用するようになるのだから。
「ジャンヌ。星伽が2000年もの永い時を経て継承してきた始祖の力を教えてあげるよ」
星伽さんの刀、イロカネアヤメの刀身に緋色の光が灯る。そして——
バッ! と刀身全体にそれが広がる。あれは、焔——!
一瞬身構えるが、でも大丈夫だ。今の俺は武装しているし、何よりその焔は柔らかかった。
人間が他の動物より長けている点はいくつもある。そのうちの一つがこれだろう。火を扱う。ポケモンから人間に転生して、俺は少し炎に耐性ができたのかもしれない。
「"白雪"っていうのは本名を隠すための伏せ名。私の諱、本当の名前は——"緋巫女"」
言い終えるとともに、床を蹴って星伽さんはジャンヌに迫る。
ジャンヌは背後に隠していた洋剣で星伽さんの攻撃を受け止める。
火花ではなく、宝石のようなダイヤモンドダストを散らし、さらにその氷を瞬時に溶かしながら2本の剣が鎬を削る。
いなされた星伽さんの刀が横のコンピューターを音もなく切断する。まるでストライクの鎌のような切れ味だ。
その時、怯えた色を浮かべたジャンヌが後退する。ヤツも怖いのだ、炎が。俺と同じで。
まあ当然だな。氷使いだし。効果抜群に違いない。スラリとしたモデルのような体型を見るに、あついしぼうもなさそうだし。
「いまのは星伽候天流の初弾、ヒノカガビ。次はヒノカグツチ——その剣を、斬ります」
星伽さんが掲げたイロカネアヤメが緋色に燃え上がる。
「それで終わり。このイロカネアヤメに斬れないものはないもの」
「それはこっちのセリフだ。聖剣デュランダルに斬れぬものなどない」
ジャンヌが星伽さんに対抗して胸の前に掲げた大剣。古めかしい手入れの行き届いた、青い宝石が鍔に飾られた
カツッ!
星伽さんが下駄を鳴らして突進する。
ザッ、ギンッ! ギギンッ!
最先端のコンピューター、防弾製のエレベーターの扉、リノリュームの壁、床。二人の剣に触れたあらゆるものが切断される。
お互いの剣を除いて。
俺はいつでも飛び出せるように構える。超偵どうしの対決、ジャンヌの言った通り先に体力が尽きるのは星伽さんだろう。今は星伽さんが押しているが、時間が経てば彼女は炎を出せなくなる。その時に、彼女を守る。俺の体を身代わりにして。
「糸丸」
俺の隣にアリアとキンジが立つ。
「手はもう大丈夫なのか?」
「ええ。白雪のおかげでね。——超偵のあんたならわかると思うけど、白雪はいつかガス欠になるわ。その時に加勢するの。タイミングは私に任せてくれる?」
「言ったろう、昨日。俺は信じるよ。それにキンジとも約束した。力を失った星伽さんのみがわりになるのは俺だ」
「じゃあ糸丸、アリア、俺の順で突撃だな」
俺はキンジの言葉に深く頷く。
「そうだな、突撃だな」
「——ッ!」
星伽さんが歯を食いしばりながら剣を振るう。その一撃にジャンヌは尻餅をつくような姿勢で倒された。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
でも、星伽さんももう限界だろう。息が上がり、刀身から燃え上がる炎も弱ったヒトカゲの尻尾程度に小さくなっている。
俺は秘伝の薬を飲む。奥田と戦う前に飲んだやつはもう切れかけてきたようで、頭がチクチク痛み始めていたのだ。それに、これから大仕事が待ってる。
「剣を捨てて、ジャンヌ。もう、あなたの、負けだよ」
「ふ……ふふ」
不敵な笑みを浮かべたジャンヌは自分の周囲に微細な氷の粒を発生させて、しろいきりのようなものを流す。
その霧霞に隠れるようにして逃げ出すジャンヌ。慌てて星伽さんが刀を薙ぐが、それは壁に突き立つだけ。
ポケスロンを連続でやったかのように疲労困憊している星伽さんはその場に膝を突くと、近くに落ちていた緋色の鞘を拾って刀をしまった。
その行動には見覚えがある。そう、あれは謎の刀使いの襲撃の時だ。あいつは刀を納刀した後、いあいぎりを使用してきた。
ということは、だ。
「アリア。星伽さんはまだ技を使える。たぶん一発だと思うけど……」
「奇遇ね、糸丸。あたしの直感もそう言っているわ」
立ち上がり、姿勢を直したジャンヌが星伽さんの首にデュランダルを向ける。
「甘い。お前はまるで氷砂糖のように甘い女だ。私の肉体を狙わずに剣だけを狙うとは。聖剣デュランダルを斬ることなど不可能だというのに」
「糸丸!」
アリアの合図に俺は駆け出す。すでにジャンヌの周囲にダイヤモンドダストが舞い始めている。
「星伽さん!」
俺は走りながら意識を集中させて星伽さんをサイコキネシスで動かす。かなりの意識が必要だ。人を動かすのは重い。
「ちっ! 邪魔をするな!」
ダイヤモンドダストが吹雪のように室内に吹き荒れ始める。一気に部屋が寒くなる。怯むな、アリアドス。莉央の精神力をちょっとは見習え!
二丁の拳銃から糸弾を連射しようとする。が、トリガーが凍り付いていて弾を撃てない!
「だったら!」
使い物にならなくなった拳銃を投げ捨ててナイフを取り出す。俺はジャンヌへと突撃をかける。攻めろ! 守りに入るな!
「ならばお前からだ! "オルレアンの氷花"——銀氷となって散れ——!」
「やってみろよ! お前の氷なんてこなゆき以下だ!」
相手を怒らせろ。俺へと攻撃対象を向けさせて、そして超能力を出し切らせるんだ。
デュランダルが青白い光を蓄える。そして、ジャンヌはそれを俺へと振るった。
カッッッ!
蒼い砲弾となった光の結晶が俺の方へと飛んでくる。周囲に青白い奔流が巻き起こる。
特殊攻撃。いける。これなら受けれる!
ドンッ!
俺はそれを真正面から、上半身で受け止めた。