緋弾のアリアドス 作:くものこ
「糸丸⁉︎ ワイヤーは⁉︎」
アリアの驚きに満ちた声が聞こえてきた。宙を舞った俺の視界に入ってきたのは驚愕で目を見開いたアリアとキンジ、俺が安全な場所に運んでおいた星伽さん。どうやら、俺はワイヤーで回避するものと思っていたらしい。
驚きすぎだろ、お前ら。
たしかにとてつもない衝撃が俺へと伝わってきた。そして同時に体が芯から冷えてくるような感覚。
でも、俺は今日は落ちない! 対武偵殺し戦とは違うのだ!
なんとか空中で身体を回転させると、俺はボロボロになってしまったエムが編んだチョッキ——とつげきチョッキをナイフで引き裂いて脱ぎ捨てる。このチョッキのおかげで俺はジャンヌの一撃を耐えることができたのだ。
チョッキと干渉してしまうので使えなかった腰のワイヤーを天井に撃ち込み、俺は蜘蛛のようにそこに張り付く。
「バカな⁉︎ 直撃したはずだぞ⁉︎」
「とつげきチョッキ。特攻している間はとくぼうが大幅に上昇するんだぜ——アリア、バトンタッチ!」
俺の声にはっとしたアリアが、2本の小太刀を構えると弾丸のように飛び出す。
途中、アリアは落ちていた巫女装束——ジャンヌが脱ぎ捨てたやつを小太刀ですくい上げ、小太刀の一本とともにジャンヌへと投げ付ける。
ジャンヌはそれをデュランダルで弾く。
けれど、そのほんの一瞬に生じたジャンヌの隙をついてキンジが駆ける。ダイヤモンドダストをかきわけてキンジはベレッタを3点バーストで撃つ。
「ふんっ!」
しかしさすがは剣の達人。ジャンヌはそれをすべて剣を盾代わりにして受け止める。
俺は足裏のワイヤーを撃ち出すと落下中だった巫女装束を捉え、それをジャンヌの頭上へと落とす。
「——ッ!」
巫女装束はデュランダルで一刀両断される。でも、それで十分だ。
接近しきったキンジがベレッタで近接銃撃戦に持ち込む。
「これで終わりだ、ジャンヌ」
「はっ! お前も甘いぞ!」
ジャンヌの周囲が白く包まれる。あいつ、まだ力が残ってたのか!
敵を見失ったキンジ。でも、上から見ていた俺にはデュランダルの切っ先が僅かだが見える!
それはキンジに向けて振りかぶって——
「キンジ!」
俺は両手のナイフを背中にしまい、腰のワイヤーをパージするとキンジの手前に飛び降りる。一度も試したことはないけれど、やってみるしかないだろ! 莉央だってやってのけていたはずだ!
振り下ろされる聖剣デュランダル。それはハイパースローカメラで見ているかのようにゆっくりと動く。いや、実際ゆっくりにしている。
残された俺の超能力で!
パシッ!
俺はデュランダルを両手を使い、受け止めた。
だが、往生際の悪いジャンヌはその剣に力を込めてくる。右手一本で持っているのに、大した力だ。
でも、俺だって力比べなら負けない。星伽さんの引越し作業後からタウリンを飲んだんだからな。
「芦長。お前は両手が塞がった状態だ——だが私にはまだ左手がある!」
ジャンヌは足元に落ちていたアリアの小太刀を足で先っぽの方を踏んで上へと跳ね上げる。それを左手でキャッチすると、俺へと振り下ろしてくる!
ヤバい。ジャンヌに言われた通り両手の塞がっている俺は防ぎようがない——!
「危ない。刃物の扱いには気を付けなよ」
俺の目の前まで迫った刀の刀身を、片手の人差し指と中指だけで受け止めたのは——キンジ。
「……なんて、ヤツ……」
ジャンヌが小さく呟く。俺も驚きだよ。特訓中は刀に触れてすらいなかったのに。いきなり片手でやってのけるとか。
キンジはもう一方の手に握ったベレッタをジャンヌの首に押し付ける。
「これにて一件落着だよ、ジャンヌ。もう、いい子にしておいた方がいい」
諭すように言ったキンジに、
「武偵法9条」
ジャンヌが返す。そうだ。武偵は武偵法9条により人を殺せない。噂に聞く殺しのライセンスを与えられた公安0課とは違うのだ。
でも、もう勝負はついているんだ。ジャンヌ、お前がキンジに今も刃物を向けている時点で。
カカカカッ——!
下駄を鳴らす音。
「キンちゃんに! 手を出すなああああ!」
星伽さんが絶叫とともにジャンヌのデュランダル——ついでにアリアの小太刀へと、鞘に収めていた刀を抜きざまに逆袈裟に振り上げた。
「——緋緋星伽神——!」
一瞬の隙をついてキンジがアリアの小太刀をジャンヌの手から抜き取る。直後、デュランダルを通過した刀の刀身から焼夷弾のような焔の渦、いや、もはやマグマストーム級の威力の焔が天井へと噴き上がり——
ドガアアアアアアンッッ!
凍り付いた天井をあたかもグレネードで爆破したかのように崩落させた。
や、やっぱり炎って怖え……。
「I'd like to thank the person …」
アドシアードの閉会式は、バンドをやると言っていた不知火の歌声から始まった。その後ろではキンジや武藤が楽器を演奏している。
軽快な音楽を奏でる彼らはカッコイイ。
あーあ。バンドって楽器演奏のことだったのかよ。俺もやりたかった。
他の生徒と混じって仮設ステージを見上げる俺はギターケース——みたいなバッグに入れた狙撃銃を持ち運んでいる。
結局アドシアードも失格になってしまった。その後、狙撃科の人たちに
まあ、仕方ない。あれは機密事項で、一般の生徒たちには真相は知らされていないのだからな。
ジャンヌは大人しく捕まった。その際、アリアが銀の手錠を何個もつけるのでかなり恥ずかしがっていたが。
奥田は現在、俺の部屋にて監視中。プレートも取り出したし、武器も持たせていないからあいつは今特に何もできない。
それにこれは直感的な話だが、あいつはたぶんもう悪事はしない。いや、もともと悪事なんて大してしてないが。ちょっと金に目がくらんだだけだもんな。分かるよ、その気持ち。俺も今、無性に金が欲しい。
凍結して使えなくなった拳銃は市販されているものではないから、まずエムの整備が必要。さらには天井に撃ち込んだままパージした腰のワイヤーは天井崩落で壊れてしまった。これも新品をエムに作ってもらった。
そんな金、どこにあったのかって? ……ここだけの話だが、実はジャロに借金した。現在、どうしたら踏み倒せるか考えている最中。
話は変わるが、今日はこの後、ファミレスのロキシーでキンジ、アリア、星伽さんが打ち上げをすることになっている。もちろん、魔剣逮捕の打ち上げだ。
俺も誘われたのだが、断った。その前に約束を入れてしまったのだ。沙那との食事である。まあ、こっちはアドシアード前からの約束だったからな。そろそろ奢ってあげないと。
ただ場所はロキシー、同じ場所だけど。……仕方ないだろ。俺にどこかのお高めなレストランなんて金銭的理由で行けないし。ラーメン店とかはなんか沙那に失礼かなって思ったんだよ。
ワアアアアアア!
観客のボルテージが上がる。チアのメンバーが登場したようだ。真ん中にてチアをリードするのはアリアとほと……白雪。事件の後、彼女とは名前で呼び合おうということになった。あと、たまになぜか俺に料理をご馳走してくれるようにもなった。彼女がキンジにぞっこんなのは一般常識なので、どんな裏があるのか俺は警戒中である。
ふと、ギターを演奏するキンジと目があった。キンジはジト目で俺をチラッと見た後、目をそらす。もとからあんな目だった気もするが。
キンジは俺に対する態度が少し悪くなった。当たり前だと思う。だってずっと監視されていたんだからな。
俺も申し訳なく思ったし、莉央ももう依頼はいいというので、キンジの家から機器はすべて撤去した。
おかげさまで俺は諜報科の知人から借りていたコンピューターやらスピーカーやらモニターやらをすべて返却できたので、家はほぼすっからかんの状態だ。
しかしそれはそれでまずいな。家に何もないとか、レキ化が進行しているかもしれない。早急に今度、インテリアを……ああ、金がないや。
そのレキとの師弟関係も終わった。アドシアードで俺が失格になった翌朝、カードキーを使ってレキの家の玄関を開けたら鍵を強奪、部屋から銃で脅されながら追い出された。……なんか、もう少しいい別れはできなかったの?
とにかく、俺はほとんどの依頼とやることがなくなったのだ。いやぁ、気が楽だね。枕を高くして寝れそうだ。不眠だけど。
「このサラダ、美味しいですね。ヘルシーです」
今日は珍しくワンピースではない沙那。制服のセーラー服を着た沙那が目の前でサラダを美味しそうに頬張る。
沙那は肉は食べない。おかげで安くて済むので助かるぜ。さっき近くのボックス席で打ち上げをしていたキンジたちを視察したところ、自分の奢りだと言ったアリアにキンジが一番高いステーキを注文していた。まあアリアは貴族だからそういうのは気にならないんだろうけど。
俺は自分が頼んだキノコのソテーをフォークでつつく。このキノコ、キノココみたいな色合いをしている。美味しくなさそうだ。俺はどちらかといえばキノコはタマゲタケ派だ。
「今日はありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる沙那。
「気にするなよ。ただのお礼なんだから」
「そ、そうですか。でも何だか、で、で、ででデートみたいですね」
まあたしかに。男女が二人で食事っていうのはうん、デートみたいだ。決してそんなことはないけど。
「う、嬉しいです。糸丸さんと食事できるなんて。いつもより10倍くらいご飯が美味しく感じます」
俺はうま味調味料か何かか。むしろ毒を持っている虫なんだが。……いやでも沙那——サーナイトはゲテモノ好きだと聞いたことがある。例えば、マタドガスとか。
目の前の女子を観察する。おっとりとした仕草、綺麗な容姿。サラサラした髪。どこにでもいそうな清楚な女の子だ。ギャップ、というやつか?
考えるのが恐ろしく感じた俺は、視線を沙那から横に逸らす。
何か適当に面白いものはないかとロキシーの店内を見渡すと、見つけた。いじりがいのある面白いやつ。
ボックス席の一つに、同級生の友達と一緒に座っている短めのツインテール女子。背の小さいその子は、椅子の背もたれの陰に隠れてジッとこちらを見ている。
何をしているんだ、莉央。
しかも莉央はただこちらを見ているわけではない。テーブルで手甲鉤を研いでいる。な、なんだろう。今背中を冷たい何かが流れたぞ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや! 何でもない!」
怒ってる、そんな風に見て取れたな。もしかして、奥田を捕獲したのに莉央がだいぶ貢献したのに褒めてないから拗ねてるのか? ……ああ、そうかもしれないな。
明日は褒めてやるか。ついでに何かご機嫌を取るためにプレゼントでも買ってやって——
「糸丸さん。どうして私といるのに他の女のことを考えているんですか?」
「え」
俺は顔を上げる。口元は優しく微笑んでいる沙那。でも、その目はまったく笑っていない。
「今は私と食事しているんですよ? 他の女の人のことは考えない、それがマナーですよね?」
「ご、ごめん」
とりあえず謝ってしまったが、だったらまず勝手に人の思考をトレースするのをやめろ。それこそマナーだろ。
「はぁ。せっかくの料理が冷めてしまいました。私、帰りますね」
席を立つ沙那。俺がそもそもサラダは冷たいだろと突っ込むべきか否か迷っている間に沙那は店内を出てしまう。
「修羅場ねー」
近くのボックス席からアリアの声が聞こえた。うるさい。あいつが勝手に人の思考を読んで勝手にキレただけじゃん。
でも、やっぱりもう夜だ。女の子を一人で帰すのは良くないだろう。
俺は伝票を持って出入り口近くのレジに向かう。
「あでっ⁉︎」
途中で誰かに足を引っ掛けられてコケる。
「誰だよ——莉央?」
俺を転ばした莉央はベーッ、と舌を出すとプイッ、とそっぽを向いてしまう。
こいつ、後で覚えてろよ?
店を出て少し走ると、すぐに沙那は見つかった。歩道橋の階段の途中で立ち止まっていたのだ。
「おい、沙那! 待ってくれよ」
俺が声をかけても、彼女は反応しない。ただ、階段の上を見上げているだけ。
「沙那? どうしたんだ——!」
階段の上。そこに立っていたのはいつぞやのコートを着た男。
「久しぶりだな、沙那」
「……兄さん、なの?」
被っていたハンチングを脱ぐ男。
沙那と同じ緑色の髪。沙那と同じ赤い瞳。沙那のように整った顔立ちの美男子。
「そうだ、沙那——お前の兄、切里玲だ」