緋弾のアリアドス   作:くものこ

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猛毒色の罠
第1弾


「切里玲」

 俺は沙那の前に立つと、玲を睨み上げる。

「この間はどうも。お返ししてやろうか?」

「君に用はない」

 そう言い放った玲は、手を伸ばす。俺の後ろにいる、沙那へと。

「沙那。俺と一緒に来い」

 沙那を連れて行くつもりか。

 でも、この前襲撃を受けた俺がそう易々と連れて行かせるわけないだろ。

「ダメだ、沙那。こいつはこの間、俺と莉央に攻撃を仕掛けてきたんだぞ」

 困惑した表情を浮かべる沙那。俺を見て、兄を見て。そしてまた俺を見て。慕っていた兄が、そんなことをするとは夢にも思わなかったはず。戸惑うのも当然だろう。

「そ、それは本当なんですか?」

「そんなことは関係ない——沙那。お前は俺の妹だ。だったら黙ってついて来い」

「兄さん……兄さんは今まで、どこに?」

 それは、俺も気になっていた。沙那が言うには中学生だった頃は普通に一緒に暮らしていたらしい。それが、中学校卒業と同時に突然姿を消したというのだ。

その兄が今ここにいる。一体今まで何をしていたのか、気になるのは当然のことだろう。

「修行だ」

 修行? いったい何のために?

「沙那、お前は予知しているのだろう? まもなく戦争が始まることを」

「なっ⁉︎ 戦争⁉︎」

 俺は沙那を見る。彼女は戦争の起きる未来を予知していたのか?

 ゆっくり、ゆっくりと頷く沙那。そ、そうだったのか。

「それも隣国同士の喧嘩ってレベルの話じゃない。

 お前もポケモンだったなら知っているだろう、あの世界での過去の戦争の話は」

 あれか。たしかポケモンが戦争の道具として人に使われていたってやつ。あれは悲惨な戦争だった。多くの人、ポケモンがしんだのだ

「あの戦争はカロス地方の王が作った最終兵器で終わった。その最終兵器並みのものをこの世界ではどの国も所持している。そいつらが戦争をするんだ。ただごとじゃ済まないだろ?」

 な、何だよ、それ。

「人間は学んできたんじゃないのか? 過去の大戦を経て、平和な世界を作ろうとしているんじゃないのか」

「めでたいやつだな。だったらお前の今の状況をどう説明する」

「それは……」

 人は平和な世を作るといいながら、武装をやめない。仕方ないことなのかもしれない。武装を解除した瞬間、他の国に責められるかもしれないのだから。

「だとしてもだ! 何のために戦争なんてするんだよ! 人が大勢死ぬだけじゃないか!」

「色金だ」

「いろ、かね?」

「俺らでいうプレートのようなものだ。持つ者に強力な力を与えてくれるもの。そういうのが、この世界にも元から存在しているらしい。それを奪い合う戦争が起こるんだよ。ちょうど俺らがプレートを奪い合っているように」

 一通り説明を終えたらしい玲は、再び沙那へと手を伸ばす。

「いいか、沙那。これからは戦乱の時代になる。強い奴と一緒にいるんだ。俺と。そのために、沙那を守るために俺は強くなったんだ。こいつのような低種族値の弱い奴と一緒にいたらダメだ」

 最初は手を伸ばしかけていた沙那は、玲の言葉を聞くなり手を止める。そして彼から一歩、正確には階段一段分離れた。

「兄さん。変わったんですね。昔の兄さんは、そんな風に他人を貶したりしなかった」

「沙那、兄さんと一緒に行こう」

「嫌です!」

 明確に拒絶を示した沙那。それに衝撃を受けた兄の玲はたじろぐ。

「さ、沙那?」

「糸丸さんは弱くなんかありません! 強いです! 何人のプレハブを捕獲したと思ってるんですか!」

 俺の後ろに隠れた沙那が言う。すると、玲は不敵な笑みを浮かべた。

「そう。そうか。なら——」

 彼から発せられる殺気。展開はつかめた。こいつ、妹の前で、今ここで殺り合う気だな!

「この男をやれば、沙那は俺についてきてくれるんだな!」

「下がれ、沙那!」

 コートの下から日本刀を二本、抜刀した玲は階段の上からジャンプしてくる。

 俺は沙那を遠ざけると——

 ガキイイイッ!

 背中から取り出した二本のナイフで刀を受け止める。

「この間負けたくせに! まだ歯向かうか!」

「当たり前だ!」

 相手の刀をいなすと、玲は蹴りを入れてくる。俺はそれを後方にジャンプして避け、着地と同時にナイフを突き出す。

 キンッ、ギィンッ!

 ビルの明かりがある分、前のように敵が見えないことはない。俺は玲の刀を捌きながら沙那が逃げたことを確認する。

「ふんっ!」

 的確にこちらの急所、首の頸動脈を狙って振られた刀をしゃがんで躱し、脛に蹴りを入れてやる。

「ちっ!」

 玲が一瞬よろめいた隙に階段の手すりへと飛び乗る。相手より高い位置に立った俺の足を狙って玲が攻撃してくるが、俺は道路へと飛び降りることで避ける。

「バカか⁉︎」

「バカはお前だ!」

 新品の腰のワイヤーを歩道橋についている道路標識看板に撃ち込み、急上昇。その際に手すりから身を乗り出してこちらを確認してきた玲の目をナイフで突く。

 敵は反応できていない。これはいける!

 ヒュンッ!

 が、俺のナイフは空を切る。玲は階段の少し上の段に立っていた。

瞬間移動(テレポート)か!」

 どうやら数秒前の位置に戻れるらしい技を使って回避してきた玲。これは厄介だぞ。

「はっ!」

 二本の刀を構え直し、もう一度仕掛けてくる玲。俺はワイヤーを巻き戻して歩道橋の橋の部分、そのど真ん中へと移動する。

「前から思っていたんだ。沙那にくっつく悪い虫は俺が消し去らねばと!」

 そんなことを言いながら玲は階段を駆け上がってくる。何だよ、このシスコン野郎!

「悪かったな、毒虫で!」

 俺は撃ち込んでいたワイヤーを看板から外して落下する。

 頭上で刀が空を切る音を聞きながら、うまい具合に走ってきた大型トラックのトレーラーの上に降り立つ。

「逃がすか!」

 玲は歩道橋から飛び降りると、トラックの後ろを走っていた大型の乗用車の屋根に飛び乗る。

 俺はナイフをしまってホルスターから拳銃を抜くと、トレーラーの上を前から後ろへと移動し、2点バーストで糸弾をお見舞いする。

 ババッ!

 玲は二本の刀で二つの銃弾をそれぞれ切断すると、刀を一振りしてきた。

 やな予感がした俺はすぐに伏せる。

 シュッ!

 頭上を風のような何かが駆け抜けた。俺の赤い髪が数本舞う。おそらくはサイコカッター。ちっ、あの女といい、こいつもかよ。

 どうやら距離が離れているからといってこっちが有利になることはないらしい。俺はすぐにトレーラーの前の方へ向かおうとして——

 キキィィ——!

「うわっ⁉︎」

 急ブレーキがかかった。思わずバランスを崩した俺はその場に尻餅をつく。まずい、格好の的じゃないか!

「成敗ッ!」

 振り向くと、玲が両の刀を同時に振るった。可視化された衝撃波のようなものがまっすぐ俺の方へと飛んできて——

 ——サッ——

「相変わらず弱いままね」

 俺の前に降り立った女子が、その衝撃波を受け止めた。()()()

「おっ、おい⁉︎ 大丈夫なのか⁉︎」

 俺が尋ねるとそいつは振り向いた。青く短い髪、赤い瞳、雪のように白い肌。そして何より、そいつの持つ獲物——漆黒の大鎌。

「当たり前。イトマル、私は悪タイプよ?」

「虻初ルル——!」

「覚えていてくれたみたいだけど、考え直してくれた?」

 虻初は尻餅をついたままの俺に合わせるように四つん這いになると、俺の胸の上に人差し指を置く。そして、俺の心臓の位置をなぞるかのようにゆっくりと動かし始めた。

 さらに、甘い声を出して耳元で囁いてくる。背筋がぞくっとする。相変わらず、誘惑の得意なやつだ。

「プレート、渡してくれないかしら?」

「だ、誰が……!」

「ケチね」

「がっ⁉︎」

 跳ね起きた虻初は下に手をつくと俺の顎を蹴り飛ばした。

 トレーラーの上を前方へゴロゴロ転がる俺。落ちそうになるギリギリのところで爪を立て、何とか踏みとどまる。

「何で学習をしないのかしら? それとももしかしてM?」

 俺は鎧鳥じゃない、と突っ込みたくなったが、痛みで口を開くのにも一苦労だ。相変わらずとんでもない力を持ってるみたいだな。

 その時、トラックが信号で止まった。もちろん、後続車も止まるわけで——

「邪魔をするな!」

 大飛躍をしてトレーラーの上に飛び乗ってきた玲は虻初に斬りかかる。それを虻初は落ち着いて後ろへと下がることで避ける。

 ザシュッ、と刀がトレーラーに刺さった。それを抜いた玲は刀を鞘に収めた。

「エスパー人間さんが、私に何の用かしら?」

「芦長糸丸は俺の獲物だ。手を出すな」

「あら? 私の方が先に目をつけたのだけれど? イトマルは私のものよ」

「俺のだ」

 どっちのものでもねえよ。でも、この流れはいい感じかもしれない。お互い潰しあってくれればいいんだが。

「だったら私を倒してみなさい。そうしたら、イトマルをあげてもいいわ」

「ふん。俺がエスパーしか使えないと思ったら大間違いだ」

 玲のコートの袖から何かが滑り落ちてきた。黒い棒に持ち手がついた武器。旋棍(トンファー)だ。

 玲がトレーラーの上を虻初へと突撃する。

「俺は近距離格闘戦(インファイト)も得意なんでね!」

 一撃一撃が重そうな旋棍による攻撃の嵐が虻初を襲う。けれど、虻初は涼しい顔で身体を上下左右に動かすだけでその攻撃全てを避ける。

「見切ってるのよ、全部」

「くそっ!」

 玲の動きが大きくなってくる。インファイトは攻撃にかなりの比重を置いた戦闘スタイルだ。当然、防御は薄くなる——!

「甘すぎる!」

 ドカッ!

「はうっ⁉︎」

 玲の隙に虻初は強烈なキックをお見舞いする。腹を押さえてその場にうずくまる玲の首、頸動脈に虻初は大鎌を突きつける。

「エスパーって気持ち悪いわ。魔法使い狩り、しましょうか?」

「ちっ!」

 フッ、と玲の姿が消えた——と思ったら、奴は後ろの乗用車へとテレポートしていた。乗用車は玲を乗せたまま交差点を左折していった。

 それにしても、便利な技だな。

「さあ、邪魔者は消した。遊びましょう、イトマル」

 ——なんて、感心している場合ではないな。

 一歩一歩ゆっくりとこちらへ近づいてくる虻初。トレーラーから飛び降りるか? いや、動き始めたトラックから飛び降りるなんて、死にたいと言っているようなものだ。それに、向こうだって追いかけてくる可能性はある。

「私はね、強力なプレートが欲しいの。例えば、アルセウスから直接それを授かったあなたが持っているようなもの。あなたが頑張って狩っている、たまたま入手したポケモンが持つものではなく」

「お前だって勝手に持って行ったクチだろうが。俺が狩る対象の一人。プレートは渡さない。絶対だ!」

「そう」

 哀しそうな目をする虻初。ゆっくりと大鎌を持ち上げる。

「教えてあげるしかないようね——痛みを伴って」

 動いた!

 鎌を振り上げてこちらへと接近する虻初。俺は糸弾を連発する。

 しかし虻初はそれらも全て見切って俺との距離を詰めてきた!

「まずは足から!」

 足元へ向かってくる虻初の大鎌を俺はジャンプして避ける。ついでに、近距離から糸弾をぶちかます。

 鎌を自分の身に引き寄せた虻初。それで自分の身をガードしきった虻初は、再び大鎌を振り回してくる。狙いは——胴!

 横薙ぎにくる鎌の面に拳銃の銃口を突きつけ、俺は足を蹴り上げるようにして大鎌の刃の上に逆立ちをする。そのまま勢いをつけてジャンプをし、空中で宙返りをする。

「あら、アクロバティック」

「アクロバットを習得したんでね!」

 もちろん嘘だが。

 俺は空中で拳銃を虻初に向ける。

「でも、甘いわ」

 次の瞬間、俺の背中に衝撃が走る。

「あがっ⁉︎」

 見れば虻初は横に薙ぐ途中だった鎌をそのまま上へと持ち上げていた。どうやら先程俺がジャンプ台にした鎌の面の部分で俺を強打したらしい。

 着地する際に横に転がり、虻初の目の前から離脱。起き上がると同時に再び拳銃を構えるが——

「いない⁉︎」

「後ろよ」

 声に反応して振り向く。咄嗟に前に出した拳銃で大鎌の直撃は避けたものの、俺はトレーラーの後方へとゴルフボールのように弾き飛ばされる。

 相変わらず速い。以前よりはスピードについていけている気がするものの、それでもやはり敵わない。

「やっぱり強いな、お前」

「あら、気付いた? じゃあプレートをくれるかしら?」

「それは断る」

 しかし学習能力は低いヤツだな。俺は何度も断ったはずだ。なおも聞き続けるとは、馬と鹿を通り越したポケモンだぜ。

「それにこの勝負、俺の勝ちだ!」

 俺はトレーラーの真横に飛び降りる。ワイヤーを射出し、後方から接近していたバイクの()()()()()()()()()()()()()()()()()()に引っかける。

 ワイヤーに引かれるがまま、俺はバイクのシートに着地する。

 そしてパイロットに声をかける。

「ナイスタイミングだぜ、ジャロ!」

「お礼なら沙那さんに言いなよ。彼女が僕を寄越したんだからね」

 そうか。やっぱり沙那が連絡を入れてくれたのか。玲との戦いに加勢させずに逃がしておいて正解だったな。

「じゃあ、逃げようか」

 バイク——ジャロバイをさらに加速させたジャロ。俺はトラックを追い越す際に、まだトレーラーの上にいた虻初に言い放つ。

「逃げるが勝ちだぜ」

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