緋弾のアリアドス 作:くものこ
後日。キンジにメールで指定された場所——秋葉原に俺は来ていた。
結局なんだかんだ言ってキンジに協力してしまう俺って甘いのか?
いや、まだ協力すると決めたわけではない! ……そう、俺は犯罪計画立案の情報を得たためにその現場を押さえようとしているのだ!
武偵憲章第4条にも"行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし。"とあるように、俺は事件を未然に防ごうとしているだけだ。
ふと、脳裏に以前ジャロに言われた言葉がよぎった。
『口では文句を言うこともあるけど、決して誰かを見捨てたりしない!』
俺は首をブンブン振る。俺はそんなツンデレみたいなやつじゃない。違う。氷タイプじゃあるまいし、そんなツンツンしてない。
「すげぇ、赤毛だ!」
「地毛っぽいぞ!」
街を行き交う若者が俺のことを話題にしている。たしかに、人間にとって赤い髪というのは珍しいものだ。しかしここまで目立つとは思ってもみなかった。これからは尾行の際はカツラでも被るかな。
それにしても、人が多い。さすがは秋葉原だ。噂に聞いていた以上だ。
秋葉原。その別名は"武偵封じの街"。
この街は常に人で溢れかえっていて、拳銃を使いにくい。さらに路地が入り組んでいるため、犯人の追跡もしづらい。キンジがメールで伝えてきた内容によれば、理子がここを提案したらしい。明らかに逃走を狙ってないか?
俺は指定された店の扉の前に立つ。一応、急に敵に襲われてもいいように拳銃のグリップに手をかけておく。
正面から突入なんて強襲科っぽいな、なんて思いながら俺は扉を開けた。
「「「ご主人様、お帰りなさいませ!」」」
俺を出迎えたのは、メイド服——カロスやイッシュで見られるものではなく、シンオウでよく見かける方の短いやつ——を着たウエイトレスたち。
そう、ここはメイド喫茶なる店だ。俺は行ったことがないが、ネットで見たことはある。客をご主人様としてご奉仕する店だろ?
まるで金持ちになった気分を味わえる。ジャロは武偵校に入る前はこういう生活を送っていたのだろうか、と思っていたら店の奥の方からアリアが顔を覗かせた。
「糸丸。やっぱり来てくれたのね」
「俺はお前らが違法なことをしないか見張るためにだな——」
俺はここに来た理由を述べながらそのテーブルへと近づく。そこに着席していたのはアリア、キンジ、そして——
「やっほー、イートン!」
相変わらずのゴ……ゴチミル? ファッションに白黒のシママみたいなタイツ、首にはリーシャンのような鈴を増設した理子。直接話すのはハイジャックで戦った時以来か。
「イートンは何を注文する?」
「水でいい」
俺はゲームやらフィギュアやらでパンパンの紙袋をどかして椅子に着席する。
ももまんを食べるアリア。キンジは空っぽになったカップを持っている。匂いから予想するにたぶん紅茶。一方の理子は鼻にクリームをつけながら巨大なパフェを頬張っている。……お茶会? だったら帰りたいんだが。
「理子。糸丸も来たんだから始めるぞ。まず確かめておくが——俺らとの約束は守ってくれるんだろうな?」
「もちろんだよ、ダーリン♪」
キンジにウィンクする理子。キンジは不機嫌そうに眉をひそめる。
「誰がダーリンか」
「キーくんに決まってるじゃーん! 理子たちコイビトでしょー?」
「何でだよ!」
だんっ、だんっ!
アリアが拳銃で机を叩いた。理子とキンジの恋人云々の話が気にくわないらしく、ピクピクと眉を動かしている。しかし民間の施設内でもそれを抜くのかよ。ダメだろ。
「いいから。理子、早く作戦会議を始めなさい」
「オルメス。お前が理子に命令すんじゃねぇ」
急に理子が殺気を放つ。アリアはそれに一瞬だけ怯む。あの日、戦闘中に見せていたいわゆる戦闘狂のような状態の理子。
紙袋からノートパソコンを取り出した理子はパソコンを起動させつつ、作戦についての説明を開始する。
「横浜郊外にある"紅鳴館"——ただの洋館に見えて、鉄壁の要塞なんだよぉー」
パソコンのディスプレイを覗き込む。そこには……
地上3階地下1階建てと思われる建造物の詳細な見取り図と、そこに仕掛けられた無数の防犯装置についての資料。
それだけではなく、タスクバーを触ると、侵入と逃走の際の作業が想定されるケースごと、予定日時ごとに、緻密に計画されている。
「理子、これをいったいどれくらいの時間で作ったの」
「んと、先週から」
アリアが目を丸くする。それゃ目も丸くなるだろう。だってこの作業、プロでも半年はかかる仕事だぞ。
「どこで誰に作戦立案術を学んだの」
「イ・ウーでジャンヌに」
ジャンヌ。この間アドシアードの日に俺らと戦った魔剣か。たしかに彼女は策士だと自称していた。
「理子のお宝はね、ここの地下金庫にあるハズなの。でもこれは鉄壁の金庫で理子一人だと破れない。
そ・こ・で! 君たち三人に潜入してもらいたんだよねぇ。息の合った優秀な二人組と、敵地潜入による情報収集及び破壊工作を得意とする諜報科のAランク、有望株にね!」
有望株……俺が……フフッ。
でも、それって俺たち三人が潜入ってことだよな?
「ちょっと待て。理子、お前は潜入しないのか?」
「理子は外部からの連絡役を担当しまーす!」
自分は安全な場所で高みの見物ってわけか? さすがは武偵殺しさんだ。考えることが違うぜ。
「俺はお断りだ。どうして俺らだけ危険なことをやらされないといけないんだ。ブラドってのはイ・ウーのナンバー2なんだろ? そいつのお屋敷に潜入? はっ、冗談じゃねえ。もし仮にブラドと対面したらどうするんだよ。勝てるのか?」
「大丈夫。ブラドはここには住んでない。それに何十年も遠くに行っていて帰ってきていないし、管理人とハウスキーパーしかいないの。だからブラドと戦闘になる可能性なんてほとんどない」
「……だとしてもだ。そもそも武偵が泥棒をしようなんてのが間違ってる。武偵3倍法くらい知ってるだろ? お前は怪盗の子孫だから気にしないのかもしれないけどな、俺らは違うんだ」
「報酬はいくら払おうかなー。うーん、場合によっては百、千?」
い、一千万? そんなにもらえるのか?
「……も、もう少しだけ話を聞こうかな?」
「あからさまね、糸丸」
アリアが呆れたように溜息をつく。仕方ないだろ、借金しているんだから。
ニヤッと笑った理子に、俺は作戦の詳細を聞くことにする。
「それで? 何を盗み出せばいいんだ?」
「お母さまがくれた十字架」
がたんっ!
アリアが犬歯をむき出しにして立ち上がった。
「——あんたって、本当どういう神経してるの⁉︎ あたしのママには冤罪を着せておきながら、自分のママからのプレゼントを取り返せですって? あたしの気持ちくらい、考えなさいよ!」
「落ち着け、アリア!」
キンジがアリアを宥めにかかるも、そのアリアはいよいよガバメントを抜く。
「うるさい! あたしはママと、アクリル板越しに数分しか会えないのに! なのに——」
「アリアはいいよね。ママが生きていて」
「っ!」
銃を向けられているのに銃を抜かず、ただ俯いて足をプラプラさせている理子。その様子を見たアリアは銃をゆっくりと下ろす。
——理子の母親は、もう亡くなっていたのか。
「理子にはお父さまもお母さまももういない。理子が8歳のときに亡くなったの」
「……」
俺らは何も言えない。
アリアドス、イトマルの間では親は子を産むだけ産んで、あとは自分で生きろって感じだ。だから、俺にはその哀しみが分からない。
——けど、これでもこの世界に来て、人間になってだいぶ経つのだ。それがきっと、とても哀しくてとてもつらいことなんだってことくらい推測できる。
「あれは理子の大切なもの。命の次くらいに大切なものなの。それなのに、ブラドのヤツ……」
それを知った上で、取り上げたのか。たぶん、理子がアリアに負けたから。イ・ウーのナンバー2に取られたということは、きっとそういうことなのだろう。
いよいよ目に涙を浮かべ出した理子に、アリアはハンカチを投げた。
「ほ、ほら。泣くんじゃないの。化粧が崩れて、ブスがもっとブスになるわよ」
このツンデレ。でも、ジャロ曰く俺もこれの一種らしいぞ? これからの言動には注意せねば。
「とにかく、その十字架を盗み出せばいいんだな?」
キンジが理子に確認する。
理子はこくりと頷くと、アリアから渡されたハンカチで涙を拭き、
「泣いちゃダメ、理子。理子はいつでも明るい子。だから、さあ、笑顔になろっ」
じこあんじするように呟くと、顔を上げて笑顔を見せる。
これを見ていると、普段の無駄に明るい理子はただ強がっているだけなんじゃないかと思えてくる。
そうだとしたら、彼女の過去には一体何があるのだろうか?
そこへ、メイドさんが入ってきてお冷やを注いでくれた。場の雰囲気が少し和やかになる。
「さーて! とはいえ、問題はマップだね」
メイドに見られないようにするためか、ノートパソコンを閉じた理子。まるでゲームの攻略の話でもするかのように話し出す。これも第三者に俺らが何を話していたのかを悟られないようにするためなんだろうな。
「普通に侵入するのも考えたんだけど、それだと無理っぽいんだよね。奥深くまではデータがないし、お宝の場所も大体しか分かんないの。トラップもしょっちゅう変えてるみたいだし」
随分と手をかけて管理してんのな。ブラドはよほど理子に返したくないらしい。
それほど価値のあるものなのか、そのお宝は。
でも、もしそうだとしたら。こんな洋館に置いておくものなのだろうか? 理子のいる、日本に。
「そこで、理子が考えた作戦があるの」
まず、理子はキンジとアリアを見る。彼女曰く、息の合った優秀な二人組だ。
「キーくんとアリアには、紅鳴館に執事くんとメイドちゃんとして潜入してもらいます!」
「はい?」
キンジとアリアが、ポッポが豆鉄砲をくったような顔を見合わせる。
アリアが引き攣った顔で店内にいるメイドを指差す。こ、これ? って感じに。
「ま、待て! なぜ俺ら二人だけなんだ! 糸丸は?」
「紅鳴館のハウスキーパーは二人なの。その二人が休暇を取ることになって、臨時の雑用係を募集してたんだよね」
理子は紙袋から書類を取り出し、俺らに見せつける。
採用通知だ。どうやら、理子が派遣会社の営業を装って既に接触していたらしい。早いな、仕事が。
「二人にはしばらく潜入して、内側を探ってもらうの。そして、最後に登場するのがイートンだよ!」
……話の展開が分かってきたぞ。どうやら理子のやつ、俺におそらく一番危険な——というより、犯罪行為そのものを担当させるつもりらしい。
「イートンにはフツーにドロボーとして侵入して、理子の宝物を取り返してもらうんだ。どう? この作戦、いいと思わない?」
「そうね、そうしましょう」
「だな」
「ちっとも良くねえ!」
おい、お前ら。これだと失敗した時には全責任が俺に回ってくるじゃないか。なぜだ。そもそもこの役目は本職の方がやるべきなんじゃないのか?
「頑張ってね、諜報科Aランク武偵さん!」
いたずらっぽい笑顔で理子が言う。
ちくしょう、この悪魔。