緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第2弾

 神崎・H・アリア。

 チャリジャックに遭った俺とキンジを助けたあの女子の名前である。

 髪の毛くらいしか特徴を覚えていなかったし、調べるにはかなりの労力がいると思ったのだが、ピンクのツインテールと告げたらすぐに情報が出てきた。

 強襲科のSランク武偵。強襲科のSランクといえば、特殊部隊一個中隊と同等の戦闘力があるということである。ピンクで強いとか誰だお前。ハピか? それともプリ?

 徒手格闘がうまく、拳銃とナイフの扱いも天才的。両利きの彼女はどちらも二刀流である。ついた二つ名は双剣双銃のアリア。

 身長142センチ、胸はAカップという小学生みたいな体格を生かした身のこなしで、現在99回連続で犯人を逮捕。しかも、1度の強襲で。

 好きな食べ物はももまんという餡饅。

 母親が日本人、父親がイギリスとのハーフ。つまりクォーター。

 そして、曾祖父がこの世界で有名なあの人。彼女はイギリスの貴族でもある。

 始業式をサボって調べられたのはこれくらい。しかしこれだけで十分である。

 神崎・H・アリアはたしかに凄腕の武偵。けれどプレハブではない。

 なぜならば彼女にはこの世界にちゃんと先祖がある。俺らとは違う。

 あ、あとあれだ。特徴的なアニメ声。あの時に聞いただけだけど、しっかり耳に焼き付いている。高い声質で、耳に響く、

「先生、あたしはアイツの隣に座りたい」

 そうそう、ちょうどこんな感じの——

「は?」

 始業式の後の、新しいクラスの最初のHR。なぜか教壇の上には先生の隣に神崎がいる。そして、彼女が指差す先には。

「な、なんでだよ……」

 キンジがいた。何やら面倒なことに巻き込まれたっぽい。ご苦労なことで。キンジには女難の相が出ているに違いない。

 頼むから俺は巻き込むなよ。

 

 

「糸丸! 助けてくれ!」

 昼休み。大勢の生徒が神崎との関係を問い詰めるためにキンジへと群がる。

 その中心から誰かが俺を呼んでいた気がするが気のせいだろう。

 俺は言ったはずだ、巻き込むなと。ただし心の中で。

 俺はキンジを無視して廊下に出ようとし、

「芦長糸丸」

「神崎さん?」

 アニメ声に呼ばれた。教室のドアの前に立つ彼女は入り口を封鎖しているつもりなのだろうが、はっきり言って上がガラ空きである。

「おい糸丸! なぜ俺は無視してそいつには返事をする!」

「あんた、あたしのドレイになりなさい」

「……え?」

 少しクラスが、特にキンジが騒がしいな。おかげで神崎の話が聞き取りにくかった。

 俺が神崎のドレイ? はは、ありえない。聞き間違いに違いない。

「もう一回言ってくれない? 奴隷とかいう不自然な言葉が聞こえたんだけど」

「だ・か・ら! あたしのドレイになりなさいって言ってるの!」

 大声で怒鳴る神崎。さっきまで騒がしかったクラスメイトたちは急に大人しくなる。それもそうだ。"奴隷"なんて言葉、普通の高校生は使わない。

「ど、奴隷?」

「そ。いいでしょ? あなた、学科問わず色々とこなせるらしいじゃない。一人はパーティーにそういう人がいても良いと思うのよ」

 いや良くない。どこに奴隷にされることを簡単に受け入れる奴がいるんだよ。

 どうやら貴族の神崎は感覚が平民の俺らとは違うみたいだ。

「誰が奴隷になんかなるかよ。誰か他の人でも探せ……キンジは? 恋人なんだからそれでいいだろ。SM」

 少しからかってやる。

 すると、神崎は顔をヒトカゲみたいに真っ赤にさせて、ホルスターから自慢の2丁拳銃を抜き出す。

「風穴!」

 俺に銃口を向ける神崎。

 そういえばHRの時に『恋愛なんてくっだらない! そういうバカなことを言う奴には——風穴あけるわよ!』みたいなことを言っていた気がする。

 お前こそバカなこと言ってるんじゃねえよ、とつっこみそうになるのを抑えて横に跳ぶ。直感が告げたのだ、ヤバイと。

 直後に二発の銃声。俺が先程までいた場所の後ろの壁には穴が二つ。

 本当に撃ちやがった!

「こらぁ! 逃げるな!」

 再度俺に銃を向ける神崎。追撃が来る前に教室から脱出しなければ!

 右腰のワイヤーを射出。先端のフックを教室の窓のサッシに引っ掛ける。

「それじゃさよなら!」

 午後からは各学科ごとの授業。諜報科の俺は強襲科のアリアとは今日はもう顔を合わせないだろう。

 窓際まで移動した俺はワイヤーのフックを外し、外へと飛び出す。ここは一階ではないものの、俺には秘策があるのだ。

 左腰のワイヤーを屋上へ向けて打ち出す。ワイヤーを使って上へと逃げるのだ。

 教室を振り返る。驚いた表情を見せるクラスメイトたち。

 何を今更驚いているんだか。俺は昔からワイヤー使いだっただろうに。

 そして一瞬にして、彼らの顔は俺の視界の上端へと動く。……上に? 下じゃなくて? あれ、俺の体が上昇どころか下降してる?

 ……あ。そういえば。

 今朝のチャリジャックを思い出してみる。爆弾付きの自転車から逃げるために俺は左腰のワイヤーを使い、そしてそれは——千切れた。

 慌てて巾着袋に手を伸ばすも、ふうせんも割れてしまったことを思い出す。

「ありぁ、どすっか」

 俺は背中から地面に落ちた。

 

 

 ……

 …………ガチャン

「誰だ?」

 何かの物音に目を覚まし、跳ね起きて——

「あだっ⁉︎」

 痛みに呻く。主に背中から腰にかけて痛い。

 俺はベッドの上にいた。真っ白なベッド、クリーム色の壁。どうやら武偵校の救護棟にいるようだ。不眠でも気絶はするらしい。

「大丈夫ですか?」

 ハスキーな声。"きんぞくおん"のように耳に響く、けれども不思議と嫌じゃないその声を、俺は知っている。

「エムか」

「はい、エムです」

 シルバーブロンドのショートヘア。山吹色の瞳に真っ赤で小さな唇。

 鎧鳥(よろいどり)エム。武偵校に通う、俺と同い年の女子。専門科目は装備科、ランクはC。

「これ、修理しておきました」

 彼女が指差すのは、机の上に置かれた俺のワイヤー。おお、助かる。

「サンキュな」

 お礼を述べると、エムは俺に一枚の紙を渡す。それには数字が書かれていた。

「後で私の口座に振り込んでおいてください」

「……修理を頼んだ覚えはないぞ」

「振り込んでおいてください」

「わかったよ、振り込むよ」

 まったく、親切心から修理をしてくれたのかと思ったら。結局は金目当てかよ。

「じゃあついでにスピーカーも直してくれない?」

「構いませんよ」

「ありがと」

 エムはおもむろに制服のポケットからペンとメモ帳を取り出すと、一枚切り取る。そこにペンで何やら書き込み、俺に手渡す。

 やはり、数字が書かれていた。

「振り込んでおいてください」

 相変わらず、抜け目のない奴だぜ。

 でも、こいつの腕は確かだ。Cランクと雖も、彼女のランクが低いのには理由がある。

 俺しか依頼人にしないのだ。

 俺の依頼だけを受け入れるエムは、他の人からの依頼は一切受け付けない。試験でも何も作らない。そのせいでSランク相当の技術があるにも関わらず、Cランクなのだ。

「ところでさ、ふうせんが割れたんだけど」

「そうですか。では新しいのを明日までに用意しておきます」

「あれさ、防弾仕様に」「無理です」「あ、そう」

 即答。いや、あのさ。もう少し現場の声とか聞こうよ。消費者の声とか意識しようよ。

「防弾繊維を使用すると浮きません。なので却下です」

「さいですか」

 なーんだ、ちゃんとした理由があったのか。

 そりゃそうか。だってエムだもんな。自身の作る物は完全な物を。それが彼女の信条だ。

「と言うのは建前で、ふうせんとは初撃で割れるものという設定がなされています」

 おい。ここはポケモンの世界じゃないんだぞ。

 しばらく沈黙が流れる。その間中ずっとエムは俺を見つめている。

 なんだか気恥ずかしいな。無駄話を一切せず、仕事の話しかしない彼女でも一応女の子。しかも、ある程度の美形。ある程度だけど。

 ともかく、そんなちょい美少女に見つめられていると落ち着けない。

「な、何か?」

 俺が聞くと首をコトン、と傾げるエム。俺が傾げたいのに。

「何か言いたいことでも?」

 問い直すと、彼女は何か合点したのか、ポンと手を打つ。え、最初の質問、意味がわからなかったの?

「神崎・H・アリアの奴隷になるそうですね」

「は⁉︎ 違う違う! 断ったから! なぜに俺が神崎の奴隷にならなければならない⁉︎」

「そうですか。私が奴隷にしたかったのに、先手を取られたかと思ってました。安心しました」

「へえ。良かったな、違くって……じゃないよ!」

 え、何? 君も俺を奴隷にしたいの? 流行り? 流行なんですか、それは。今時の女子高生は一人につき一人の奴隷を持つのが常識なんですか?

「安心してください、アリアドス。あなたは私の奴隷となる者です。他の人には手出しさせません」

 安心できねーよ。むしろお前の方が神崎より危険な気がする。元ポケモンなのだから。

「というか、そのアリアドスって呼び名はやめろ。前世の俺だろ、それは」

「では、イトマルと呼びます」

 ……少しイントネーションというか、何かが違う気がするけれど。

 ま、いっか。

「それにしてもさ、エム。何だか今日はよく喋るな。なんで?」

 いつもなら金の請求を済ませた後はすぐに帰るのに、今日は世間話というものをしている。

 これは珍しいことだ。どれくらい珍しいかというと、色違いのポケモンを連続で見かけるくらい。

「そうでしょうか?」

「ああ」

 普段のエムは本当に、無駄な話を一切しない。それこそ狙撃科のあのロボットさんみたいに。

 顎に細い指を当てて考え込むエム。しばらくして、結論が出たのか顔を上げる。

「たぶん、それはアリアドスがここにいるから、でしょう。それが嬉しいのだと思います」

「いや、だから俺をアリアドスって呼ぶな……え?」

 俺が、ここにいるから?

 それが嬉しい?

 それって……。

「俺が怪我したのが嬉しいってことか⁉︎ ひどくね⁉︎」

「……」

 じっと俺を見つめるエム。やがて、ゆっくりとした動きで制服の内ポケットからマイナスドライバーを取り出す。

 そして、俺の頭に手を置く。

「すみません、少し壊れているみたいなので修理します」

 言うが早いか、彼女はマイナスドライバーの先を俺の頭にグリグリ押し付ける。

「いだいいだいいだいいだい⁉︎」

 慌ててエムの腕を掴んで俺の頭から離す。

「何すんだよ!」

 俺を無視し、メモ帳にまたもや何かを書き込むエム。

 書いたメモを乱暴に切り取ると、俺の顔に押し付ける。

「ふがっ?」

「修理代及び精神的苦痛に対する慰謝料を請求します。明日までに私の口座に振り込んでおいてください」

 伝えたいことは伝えたと言わんばかりに、俺の返答を待たずしてエムは部屋から出た。

 残されたのは俺とワイヤー装置と三枚のメモ用紙。

 ……依頼、頑張らないとな。

 

 

「ただいまー」

 誰もいないとわかっていながらも、とりあえずただいまと言う。帰る場所があるって素晴らしいな。

 ……さっさと休もう。

 あちこちが痛む身体を引き摺りながら、俺はリビングへと入る。一番痛むのは多分頭。エムの奴め。慰謝料請求したいのはこっちだっての。

 薄暗い部屋。カーテンの隙間から射し込む緋色の夕陽だけが、唯一の明かりとなっている。

 朝は散らかっていた床が、なぜか塵一つない状態になっている。

「ああ、あいつか」

 この部屋の鍵を持つ者。それは俺の他にもう一人だけいる。戦徒契約という面倒な契約のせいなのだが。

 まあそのことは今はどうでもいい。

 問題は。

「遅い!いつまであたしを待たせるのよ!」

「糸丸。悪い、邪魔してる」

 なぜか俺のベッドに腰掛けている神崎と、床に座るキンジ。何だか頭痛が激しくなった気がする。

 ……どうやら、俺はまだ休めそうにない。

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