緋弾のアリアドス 作:くものこ
6月13日。アリアとキンジは『民間の委託業務を通じたチームワーク訓練』という名目で学校を今日から休む。二週間。
ちなみにどうでもいいかもしれないけど、今日はラティアスの日らしい。ググってたら出てきた。
閑話休題。一応予定では俺は最終日だけ横浜に向かい、そこで先に潜入しているアリアとキンジの
だから、俺は暇なのだ。
「あー、暇だー。何か事件でも起きねーかなー」
「不謹慎にもほどがあるよ、糸丸君」
俺はジャロが引き受けた依頼のパトロールの手伝いをしている。といっても、ただジャロバイに二人乗りして駄弁っているだけだが。
「それで、人の話は聞いていたのかい?」
「えっと……何だっけ?」
ジャロは大きな溜息をつく。
「幸せが逃げるぞ?」
「誰のせいだと思ってるんだか。もうすぐ例の
「ああ、そうだった」
例のアレ。エムとジャロが共同で開発している、俺がイ・ウーに潜入する際に必要になるであろうもの。それが間もなく完成するらしく、今度ジャロが中京の方で作っている最後のパーツを取りに行くんだっけ。
もしそれが完成したら、こっちからイ・ウーに仕掛けることも可能になる、と思う。そうすれば、そこにいるかもしれないプレハブを一気に大量捕獲できるな。
「そうだ、ジャロ。プレートはうまく使いこなせているか?」
「使うも何も、まだそれを入手してから戦闘に参加したことはないからね」
以前——といっても、もうだいぶ前の話になるが、俺はブリガロンを捕獲した。
そいつの持ち物整理を行った結果、やつの身体からごく微量のみどりのプレートが発見されたのだ。
それをジャロの体内に埋め込んだって話。
プレート。十数種類あるそれは、ポケモンのタイプにあうものを持たせれば戦闘力が
たぶんそれは、"色金"ってものが影響しているのだと思う。要は、プレートはこの世界だと色金と似たような効力を持つかもしれないのだ。
戦争の引き金となりかねない色金。それに類似したプレート。そういえば、過去に人間がアルセウスからプレートを奪い、それに激怒したアルセウスが裁きを与えたという話を聞いたことがある。
このプレートも、色金とやらも、どちらも災いを呼ぶのか。
虻初が集めたがっているということは、そういうことなのだろうな。
あいつはわざわいポケモン——アブソルだ。
「糸丸君。莉央君に聞いたんだが、君には今、ある噂があるんだ」
「噂?」
ああ、もしかしてレキとのやつか。莉央のやつも言っていたのかよ、そんなこと。
「根も葉もない噂だよ」
「そ、そうか。それは良かった。もし本当なら僕は君と縁を切るかもしれなかったところだ」
……ん?
「何だそれ。お前は好きなのか?」
「ぼ、僕が⁉︎ いや、まさか!」
ずれた眼鏡を慌てて直すジャロ。ははーん。読めたぞ?
レキのことが好きなんだな? たぶん、一目惚れだ。バスジャックの事件の時に惚れたんだな?
「一目惚れかぁ。ジャロもそういうお年頃なんだな」
「ち、違う! 一目惚れじゃない! 君には恩義をいくつも……いや! そもそも好きじゃない!」
「またまたタマタマー、意地張るなよ、ジャロ。素直になれって」
「……君はバカだ」
呆れたジャロにそう言われた。バカってなんだ、バカって。
「ところで、糸丸君の好みのタイプはなんだい?」
「好みのタイプ? 草タイプとの対戦は得意だけど?」
「草⁉︎ まさか、ぼ……いや、そうじゃないよ!君の好きな
女。なんだ、そっちの話か。
「好み……うーん、特にはないかな」
「そうなのか? ところでこれは小耳に挟んだ話なんだが、君はショートが好きらしいじゃないか」
ショート?
「ああ、たしかにハートスイーツはショートがちょうどいいサイズだよな。好きだぜ、ショート」
「……ダメだ、これは。会話が全く成り立たない」
ジャロに呆れられてしまった。なぜだ。
キンジたちが潜入してから数日が経った。俺も現在、依頼を受けて麻薬密売組織のアジトに潜入、破壊工作を行ったところである。
腕時計を見る。そろそろ強襲科の生徒が突入してくる頃合いだ。
事前に俺が潜入し、内部のセキリュティとか武装とかをある程度弱体化させておく。そこへ、強襲科の生徒が狙撃科の支援を受けて強襲をかける。そういうクエストが二日前に入ったのだ。
倉庫にて、俺は山積みにされている、脱法ハーブと呼ばれているらしいものをたくさん詰めたダンボール箱を運ぶ。
これが高価な商品らしい。こんなもののどこがいいんだか。俺にはパワフルバーブや白いハーブの方がずっと価値があると思うんだけど。
と、倉庫のドアが勢いよく開かれた。
「武偵だ! お前らを麻薬取締法違反の容疑で逮捕する!」
逃げ惑う組織の人たち——といっても、みんな下っ端のやつらばかりだ。今回も上のヤツはいない。
「あとはお願いします」
「お疲れ」
俺はどさくさに紛れて倉庫から抜け出す。これで俺の任務は終了。さっさと帰って今夜はパーティーだ——って奥田が言っていた。今日はご馳走にするらしい。
でも三人だと淋しいかな。というより、とある事情により俺がもたない。誰か誘える相手はいないだろうか?
ジャロはダメだ。今現在、あいつは愛知県にいる。
沙那? うーん、彼女を誘うのはやめておこう。この間みたいに急に不機嫌になるかもしれない。莉央がいるし。
じゃあエム? あいつは誘っても来なさそうだ。
ふと、今回の作戦のメンバーのうち一人の顔が浮かび上がった。狙撃科の2年生、レキ。
彼女を誘ってみようか? 普段カロリーメイトしか食べていないみたいだし。
「というわけで、連れてきた」
「さすがイトマル。獲物を捕まえるのが早えな」
よく分からないが、なぜか奥田が感心した様子で俺を見てくる。おだてているつもりか? ポカブもおだてりゃ木に登るなんて言われるが、俺は特に何もしないからな?
「おじゃまします」
家に上がったレキを、急遽キンジの部屋から勝手に持ってきたダイニングテーブルの椅子に座らせる。そのテーブルの中央では、ガスコンロの上に置かれた鍋がグツグツと音を立てている。
「闇鍋、ではないのですね」
「あんな危険なもの、文化祭の日だけで十分だろ」
この学校では、秋の文化祭の後は闇鍋をやるという変な習わしがある。だいたい衛生科の生徒が働きづくしになるらしい。つまり、それだけまずい料理を食わないといけないのだ。
考えるだけでそら恐ろしいぜ。
「へえ。君がレキさんか。俺は奥田哲」
奥田が赤いタコができている手で握手を求める。でも、その目が見ているのはレキではなく、レキの背負っているドラグノフ狙撃銃。
レキはその手をしばらく見た後、握手を交わした。
「レキです」
その時、ガチャと誰かが玄関の扉を開けた。十中八九、あいつだが。
「先輩! ただいま、で、す……?」
勢いよく部屋に飛び込んできた莉央は、レキの姿を見て硬直する。どさっと手に持っていたレジ袋を落とした。
「そ、そんな……。先輩が女を連れ込んでる……!」
「おい、莉央。誤解するな。レキはただお詫びとお礼を兼ねて食事に招待しただけだ」
アドシアードで勝てなかったことに対するお詫び。
先日の、俺一人では叶わなかった狼の不殺に対するお礼。
これだけのちゃんとした理由があって呼んだのに、連れ込んだとはなんだ、連れ込んだとは。
「リオル、ドリンクは何が良い?」
奥田が莉央に聞く。莉央は今はもうルカリオなのだが、奥田はこいつをリオルとして絶対にルカリオとは呼ばない。
「モーモーミルクで。それと私はルカリオですっ!」
軽く手を振りながら、奥田はキッチンへと向かう。
奥田がいなくなったところで、俺は先程から嫌な予感がしていた莉央の持ち物を見る。
「ところで何を買ってきたんだ、それ」
俺は莉央のレジ袋を指差す。プラスチックのケースのようなものが入っているが。……たぶん、アレだ。
「これは——ジャーン! たこ焼きです!」
プラスチック製のフードケースに入った8個入りの球体。青のりや紅生薑でトッピングされたそれは、紛れもなくたこ焼き。
「奥田が怒るぞ?」
「そのために買ったんだもん! 怒れ怒れぇ!」
制服のポケットから200本入りの爪楊枝を取り出すと、たこ焼きにそれをブスブス刺していく。
「この……! タコめ……! 先輩をよこどりして……! 許しません!」
針山状態になるたこ焼き。何やってんだ、こいつは。
椅子に座ったレキがじっとその様子を見ている。機嫌を損ねてしまったのだろうか? 何分無表情なもんだから推測しかねる。
客人の手前、俺は莉央を叱ることにした。
「こら、莉央。食べ物で遊ぶな」
「でも! このタコが!」
「はい、莉央ちゃん。モーモーミルク……だ、けど」
そこへ奥田が戻ってきた。
彼はハリネズミのような状態になったたこ焼きを見て、そして莉央を見る。
ぷくぅ、と頬を膨らませた莉央の顔に、奥田はモーモーミルクをぶっかけた。
「ひゃあっ⁉︎」
「奥田⁉︎」
「このやろう! タコなめんな!」
「舐めたくなんてないです、あんな気持ち悪い生き物! なんですか、8本足って! 気味が悪いです!」
「言ったな!」
押し合いへし合いしながら部屋でどんちゃん騒ぎを始める奥田と莉央。殴る蹴るの応酬だ。二人とも拳銃を持ってないからな。
「この! タコのくせに、生意気なんです! ガオッ!」
「るせぇ! 俺は腕2本足2本でハンデにしてやってんだ! 感謝しろよな!」
俺は溜息をつく。この二人、ずっとこの調子なのだ。言葉を交わせば即ケンカ。この世界でいう犬猿の仲ってやつだ。ポケモンの世界でいうならハブネークとザングースのような関係。出会った瞬間に戦闘を始めるような感じ。
これが始まった時、一人だと色々と面倒なので、レキを呼んだ。
「悪いな、レキ」
俺はレキの隣に座ると、鍋のふたを開ける。ぶわあっ、と上がる湯気によって俺らからは戦闘の様子が見えなくなった。
よしよし、あんなの見てたら食事がまずくなるからな。
「とりあえず、お食べください」
「では、遠慮なく」
感情を見せないレキの目が、光を放ったような気がした。
箸を持ったレキに俺がよそったお椀を渡す。すると——
ヒョイ、パク。ヒョイ、パク。
箸で丁寧に具を一つ一つつまみながら、レキは次々にそれを口へと放り込んでいく。
ちゃんと噛んでいるのか、と疑いたくなるような速度でご飯が消化される。まるで早食い選手権でも見ているかのような錯覚を覚える。
「レキ、そんな焦らなくても……」
既に自らおたまを持ってお椀に具をよそい始めるレキ。
そ、そんなに腹が空いていたのか。これは普段カロリーメイトのようなものしか食べていないからなのか。
だとしたら少し心配だな、レキの体が。いつか壊れてしまうんじゃないか? それこそロボットのように。
「レキ、体は何事においても基本だ。食事はしっかり取れよ?」
「カロリーメイトは摂取していますが?」
「いや、だから」
俺と会話をしながら、なおも鍋を食べ続けるレキ。そろそろ鍋が空っぽになりかけてきている。早っ⁉︎
このままだと、俺らの分がなくなるぞ!
慌てて俺は自分の分を取って食べ始める。もう既に今夜の鍋の主役、牛肉がほとんどなくなっていた。くそ、仮想ケンタロスとして食してやろうと思ってたのに!
俺らは湯気の向こう側の戦闘を、この間莉央が壊したテレビの代わりのショーとして見物しながら鍋をいただく。
「糸丸さん、このたこ焼きは食べていいのでしょうか?」
レキが示したのは爪楊枝が大量に刺さり、形が崩れて中身が溢れているたこ焼き。
一本では大して形を崩せないが、一つ当たり25本も刺さっていればまあこうなるわな。弱いものでも力を合わせれば強くなる。5本のミサイル針とか、
「いいんじゃないか?」
俺はレキと一緒にたこ焼きを食べる。
あっ、美味しいなタコ。