緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第7弾

 いよいよ俺の侵入日が明日に迫った。

 これまでキンジたちに送られた情報によると、事前に理子が調べた時よりもさらに罠や防犯装置の数が増えているらしい。

 これはかなりキツい仕事になりそうだ——そう予感した俺は、今一度装備の強化を図ろうと思ったのだ。

 というわけで、装備科棟。厳重なセキリュティが施されたその建物の地下、個々人に割り当てられた作業室の一つの前に俺はいる。

 "鎧鳥エム"と書かれた灰色のプレートがかけられた部屋。俺はそのドアをノックする。

「アリアドスですか?」

「糸丸だよ」

「どうぞ」

 俺はドアを開ける。薄暗い部屋の中で、一人の女子が大型のプロテクターのようなものの調整をしていた。

 彼女がちらりと俺の方を一瞥する。

 シルバーブロンドのショートカットの髪。山吹色の瞳。真っ赤で小さい唇。

 元エアームドの彼女の名は鎧鳥エム。この武偵高の装備科Cランクの生徒だ。

 彼女は俺から目をそらすと、再び作業へと戻る。いやいや、わざわざここに来たということは用事があるということしょうが。

「エム」

「……何でしょう」

 金属音のようなハスキーボイスでエムが返事をする。

 とりあえず本題の前に軽く世間話でもしようかな。

「最近調子はどうだ?」

「おかげさまで潤ってます」

 エムが俺の腰を見る。ああ、そうだった。この間、ぼったくられたばかりだった。

「今は何をしているんだ?」

「企業秘密です」

 再び作業に戻るエム。いや、企業秘密って。俺のためにしか仕事をしたことないくせに。どうせそれも俺に高額で押し売る予定なんだろ?

「まあいいや」

 俺はエムの作業部屋を見回す。

 あちこちに置きっ放しになっている工具。壁に設置された棚に整えられているマガジン。おそらく中身は糸弾だろう。

 そして、作業部屋の奥にはカーテンで仕切られたエリアがある。俺が今まで一度も見せてもらったことのない場所だ。

 あのカーテンの先には、何があるのだろうか。エムは一切教えてくれない。秘密兵器か何かが隠してあったりして。

 部屋の隅に置かれているエムの机。その机に付属されているラックにはユニークな形状をした機械が適当に突っ込まれている。失敗作とかか?

「なあ、エム。新しい武装が欲しいんだけど。できれば明日から使えるようなやつ」

 エムは無言で作業を中断すると、机の方へと向かっていった。そして引き出しからアタッシュケースを取り出す。

「あるにはありますが」

 俺も机の前に移動したのを確認すると、エムはアタッシュケースを開いた。

 中に入っていたのは——

 30本くらいの本数の針。その先端には、キャップのようなものがつけられている。まあ、暗器か何かだろう。

 試験官に詰められ、ゴム栓で蓋をしてある黒い液体のようなドロドロした何か。見てて気持ち悪くなってくる。

 小さいケース。開けてみると、銀色のキラキラしたパウダーのようなもの。何これ? コンテストにでも出ろって?

 黄色い縁取りがされている丸いレンズ。そこを通して見えるアタッシュケースの底が、浮き出るようにくっきりと見える。

 理科の実験に使用するようなゴーグル。あれだ、目をしっかりと覆うタイプのやつ。花粉に効きそう。

 赤い糸。一見しただけでは目に見えないほど細く、それがグルグルに巻かれて鞠みたいになっている。

 初物は以上。あとは風船とか煙玉といった見たことのある道具。

「……ガラクタしかなくね?」

 本音を述べてみた。すると、エムは近くに置いてあったハンマーに手を伸ばし——

「あ、あああ! 俺って頭悪いから! だからちょっと使い道が分からないというか! 説明とかしてくれると助かるな!」

「……」

 エムがゆっくりとハンマーを下ろす。俺は胸を撫で下ろす。

「ではまずこの毒針から」

 なるほど。先端に毒が塗ってあるのか。まさに暗器。

「ただし、気をつけてください。一本の威力は非常に弱く、せいぜい痛みと痺れを感じる程度です。1本刺しただけでは致命傷には至りません」

 威力不足か。まあ15くらいの威力しかないのだろう。

 次に、エムは試験官を手に取る。

「これは黒いヘドロです。毒タイプ以外の者がこれを持つと、腐敗していきます。ただ、毒タイプのポケモンにとっては食べ物にもなるそうです」

「へぇ。これ、食べれるの?」

 エムは黙って引き出しを開け、同じ試験官をもう一本取り出した。

「試食してみてください」

「ありがとう」

 俺は試験官を受け取り、ゴム栓を取る。

 うわあ、悪臭だ。こんな悪臭がするんだったら、人は近寄ってこなさそうだな。

 鼻をつまみながら俺は一口、ヘドロを食べてみた。

「うげっ⁉︎ マズっ!」

 グチュグチュした食感。口の中には泥団子を何倍にもまずくしたような味が広がる。吐き気がしてきた。

「ほ、本当に食えるのかよ」

「毒ではありません。非常食にはなるかと」

 い、要らねえ! だったら食べ残しでも用意しておけよ。

 俺は試験官にゴム栓をするとエムに返却する。

 それをゴミ箱に投棄した(おい。お前が作ったんだろ)エムは、ケースを指差す。

「銀の粉です。銃弾に少しふりかければ、貫通力が増すと思います」

 ほう。これもなかなかに有効な道具かもしれないな。

 エムは黄色いレンズとゴーグルを手に持つ。

「ピントレンズです。急所に当てやすくなる……と思います」

 おい、その間はなんだ。試作段階なのか?

「こっちは防塵ゴーグルです。砂嵐状態でもダメージを受けません」

 ……この東京で、砂嵐に見舞われることがあるのだろうか。

 エムは最後に鞠のようなものを取り出す。

「これは赤い糸」

「そのまんまだな」

「実践してみましょう」

 エムは俺に鞠を手渡すと、糸の先っぽを自分の小指に巻きつけた。

 そのまま動かなくなるエム。……鋼タイプだけに、油でも切れたのか?

「エム?」

 俺は彼女の名前を呟いた。エム。なんか、綺麗な響きだな。

 退屈しのぎを兼ねて、俺はエムを見る。

 シルバーブロンドの髪はサラサラしていて。触ったら気持ちよさそうだ。

 山吹色の瞳の奥は少しキラキラしていて。見ていると、吸い込まれてしまいそうな気がする。それくらい綺麗だ。

 真っ赤な唇。小さくて、柔らかそうで。——どんな味がするんだろう。

 エム。人形のように佇む彼女は、こんなにも可愛かったのか。ある程度の美形とか評していた昔の自分を殴り飛ばしたい。

 俺はゆっくりとエムに近づき——鞠を落として、彼女の肩に手を置いた。

「……あれ?」

 今の状況。俺はなぜか、エムの肩に手を置いたまま。

「ご、ごめん」

 とりあえずエムから離れる。気安く体に触れてしまい、彼女は怒ってないだろうか?

「手から離れると効果が切れる……改良の余地有りですね」

 心配してみたが、エムはブツブツ呟きながら鞠を拾い上げていた。

 まあ、怒ってはいなさそうなので良しとしよう。

「では、これらの道具を全て差し上げます。無料(ロハ)で」

「えっ、いいの?」

「はい」

 それは助かる。ジャロに借金している現状において、タダでくれるなんてありがたい話を受けないなんてありえない。

「あと、これはお守りです」

 エムが俺の首に紐付きの小判をかける。

「これ、おまもりこばんか?」

 たしか金運が上昇するアイテムだったはず。いいのだろうか、こんな物を貰っちゃって。

「どうぞ。常連客が一文無しになってしまっては困りますので」

 ……搾取している張本人のくせに、よく言うよ。

 

 

 装備科棟を出たところで、急に雨が降り出してきた。俺は急いで走り、ファミレスのロキシーへと雨宿りのために駆け込んだ。

「くそっ、まるで水浸しをくらったみたいだぜ」

 俺はドリンクバーを注文する。

 窓際の席。窓から外を眺めてみると雨粒が激しく窓に打ち付けていた。

 コップに注いだジュースを一口。あれ、なんか冷たくない。

「あっ、氷」

 どうやら氷を入れ忘れていたらしい。俺が氷を入れるために、席を立つと——

 

 パキパキパキパキ……!

 

 えっ? 今、一瞬にしてコップの中に氷ができなかったか?

 目の錯覚かもしれない。最近疲れてるからな。

 俺は目をこすってもう一度コップを見る。

 ——やっぱり氷が入っている。見間違いでもなんでもなかった。

「か、怪奇現象⁉︎」

 ——バシッ!

「痛っ!」

「超能力だ、馬鹿者。まさか私を忘れたわけではあるまい?」

 頭を空手チョップされた。顔を上げると、そこにいたのは——

「じゃ、ジャンヌ?」

 細長い2本の銀髪おさげを頭の上でまとめ、長い後ろ髪を背中に垂らしたジャンヌ。彼女は腰に手を当て、相変わらずのクールな表情をしていた。

「久しぶりだな、芦長」

 テーブル席の向かいに座ったジャンヌは、武偵高のセーラー服を着ていた。——こいつも、司法取引か。

 俺の制服への視線に気がついたジャンヌが説明をしてくれる。

「司法取引だ。その条件の一つで、東京武偵高の生徒になることを強制されたのだ。今の私はパリ武偵高から来た留学生、情報科2年のジャンヌだ」

 へえ、同学年だったのか。

「芦長。お前も理子の作戦に協力するらしいな」

「まあ、そうだけど」

「では、お前にも教えておこう。イ・ウーのナンバー2、無限罪のブラドについて」

 俺は生唾を飲む。まさかこんなファミレスでイ・ウーの情報が得られるとは夢にも思わなんだ。

「この話は遠山にも話した。だが、アリアには話していない。アリアに教えると猪突猛進にブラドを襲って返り討ちに遭い、反撃の手が私にまで及びかねないからな」

「それは俺が返り討ちに遭わないほど強いってことかい?」

「違う。無理な戦をするほど愚かじゃないと踏んだだけだ」

 でしょうね、ええ分かってましたよ。冗談だから冗談。——だからそんな冷たい目で俺を見るな!

「コホン。まず、先日ここに現れた狼——コーカサスハクギンオオカミだが、私の見立てではブラドの下僕と見て間違いない」

「下僕? じゃあ、俺らの行動はあいつに筒抜けなのか?」

 俺が質問をすると、フッ、とジャンヌは軽く笑った。

 何がおかしいんだ。当然の疑問じゃないか。

「失礼。遠山と同じことを聞くものだから、つい。答えはノーだと思われる。あの狼は狙撃科の少女に奪われて主の元に帰れなかったし、奴の下僕は世界中の至る所にいて好き勝手やっているからな」

「そうか。どこからの情報だ?」

「私の家に伝わるものだ。我が一族とブラドは仇敵なのだ。三代前の双子のジャンヌ・ダルクは初代アルセーヌ・リュパンと組んで戦い、引き分けている。ブラド本人とな」

 本人と? 待て、それっていつの話だ。

「ブラドは何年生きてるっつーんだよ。人は100年以上もそう簡単に生きれないぞ?」

「奴は人間じゃない」

「……」

 人間じゃない。つまり、化け物か何かか。

 まあ驚きはしない。俺だって元ポケモン、れっきとした人間ではない。この世界に先祖を持たないのだ。

「ブラドは理子を追ってイ・ウーに現れた。もともと、理子はブラドに監禁されていたのだ」

 ……。あの、理子が?

「理子がいまだに小柄なのは、その頃ロクなものを食べさせてもらえなかったからだ。衣服に対して強いこだわりがあるのも然り」

 あんなに明るくて、おバカ丸出しに振舞っている理子にそんな過去があったとは……。想像もしなかった。できるはずもない。あんなに、明るく楽しそうにしている理子が……。

 いや、だからこそなのだろう。その過去を隠すために明るく振舞っている、ということなのだろう。

「イ・ウーは学校のようなものだ。ただ、全員が教師で、みんなが生徒。お互いの天賦の才を教えあうことで、どこまでも強くなることを目指す——それがイ・ウーだ」

「つまり、お前のような奴がゴロゴロいるってことか」

「いや。私はイ・ウーで最弱だ」

「……マジで言ってる?」

「ああ」

 ジャンヌが最弱? 俺とキンジ、白雪にアリアの四人がかりでやっと逮捕したこいつが?

 てことは、ナンバー2のブラドってどんだけ強いんだよ。

「ブラドは? あいつはどれくらい強いんだ?」

「奴は死なない」

 ……死なない。いや、驚くべきことではない。ポケモンにも、弱点をつかなければ死なない奴はいる。

「ちゃんと弱点はついたのか? 例えば、超能力者には銀が有効なんだろ?」

「奴の弱点だな。それは判明している。ブラドを倒すには全身に4箇所ある弱点を同時に攻撃、破壊しなければならない」

「どこにあるかはわかるのか?」

「ああ。昔、ヴァチカンから送られた聖騎士が秘術をかけ、弱点に一生落ちない"目"の紋様をつけた。左右の肩と、右の脇腹だ」

 左右の肩、右の脇腹。……あれ?

 俺は今、なぜか唐突に王者の印を被りたくなった。

「一つ足りない」

「そうだ。その残りの一つは判明していない。おそらく目に見えない位置にある。分かっただろう? 奴は不死身だ」

 つまり、ミカルゲが特性"ふしぎなまもり"を得たようなものか。まずは弱点を見破らないと突破できない、と。

 ——何だ、この無理ゲーは。フェアリー? 俺は沙那じゃないんだぞ。

「いいか? やつに出くわしたらすぐに逃げろ。死ぬぞ」

「そうさせてもらうよ」

 この世の常理、『逃げるが勝ち』に今回も頼らせてもらうとしよう。

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