緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第8弾

 眼下に広がる横浜の風景。エムからもらったピントレンズを使うと、海の上を飛ぶカモメの姿が見えた。本当、キャモメにそっくりだ。

 ジャンヌから仕入れたブラドの情報、そのうちの一つである"ブラドの下僕はコーカサスハクギンオオカミ"というもの。

 その狼はよく訓練されている。遭遇したら非常に厄介な相手になることは間違いなし。

 そこで、それを聞いた俺はすぐさまエムに仕事を依頼、何とか今日の作戦前に支給してもらったのだ。

 虫除けスプレー。獣を近寄らせない、超便利アイテム。

 これを使用することで、俺は管理人だけに気を配っておけばいいというわけだ。

 その管理人だが、アリアのことをひどく気に入っているらしい。そこで、アリアが管理人の注意をひく任務についている。キンジは泥棒をする俺の支援。

 紅鳴館の門にはやはり厳重なセキュリティが施されていた。そこで、俺は——

 真下を見下ろすと紅鳴館の庭がポツンと見える。つまり、その上空にいるわけだ。

 赤い糸で俺の腰に巻き付けられた紐。その上端についているのは風船。

 現在、俺は横浜の空をお散歩中である。出発点は横浜ランドマークタワー。このエム製の風船は上昇ができないので、高いところから飛び降りるしかないのである。

『こっちだ、糸丸。見えるか?』

 今朝方、理子からもらったインカムを通じてキンジの声が入ってくる。

 ああ、たしかに下の方にキンジの姿が見える。ピントレンズで拡大しないと分からなかったが。

 俺はうまく体の向きを調節して真下へと急降下する。地表近くまで接近すると、風船の空気を抜いて落下。無事着地に成功する。

 第一段階クリア。

 風船を丁寧にたたんで巾着袋にしまう俺を見ていたキンジが呟いた。

「割れば早かったんじゃないのか?」

「風船は一度割れたら2度は使えないんだよ」

 俺は巾着袋から理子から借りた赤外線ゴーグルを取り出し、頭に取り付ける。

「よし。準備オッケーだ。キンジ、案内してくれ」

 

 

 めちゃくちゃに広い洋館の内部を俺らは抜き足(スニーキング)で移動する。管理人は現在アリアと一緒に俺らが先ほどまでいた庭にいるのだが、まあ念のためだ。

「糸丸、知ってたか? ここの管理人、小夜鳴先生だったんだ」

 目的地に向かう途中、キンジが話しかけてきた。

 小夜鳴先生か。武偵高の非常勤講師で、たしか女子を襲うとかいうウワサがあったな。まあ、本当かどうかは定かではないが。

「アリアが襲われちゃうかもよ?」

「なっ! ば、バカ言うな!」

 目に見えて動揺するキンジ。これはもしかして気があるのか? だったら両想いじゃね?

「ほら、ここだここ」

 キンジに案内されたのは遊戯室。ここまで来る間にあった監視カメラは全て、理子がジャックしている。特に何の苦労もなく到達できたな。

 この遊戯室のビリヤード台、その下の床板。二週間かけてキンジが掘った穴が、ここにある。

『聞こえるか、理子。これからモグラが畑に入る。しっかりサポートしてやってくれ』

『了解だよキーくん! イートン、ファイトォ!』

 妙にテンションの高い理子に応援されながら、俺は穴の中へと入る。

 ここまでは計画通り、順調。うまくいきすぎているような気もするが。フロンティアクオリティでもっと大変な仕事になると思っていたんだけどな。

 

 

 キンジの製作したトンネルは地上階から金庫の天井まで繋がっている。ディグダのように穴を伝って移動し、その金庫の天井からズバットのように逆さ吊りになった俺がお宝を頂戴する。

 それがこの『モグラ・コウモリ(ディグダ・ズバット)』。あるいはモグリュー・コロモリ。キンジたちはモール・バットと呼んでいたが。

 この金庫部屋の床は感圧床。踏んだらアラームが鳴る。

 それに、部屋の扉は何重ものセキリュティで厳重にロックされている。そこで、こんな作戦になったわけだ。

 まさに一石ニヤヤコマ。

 俺は天井から逆さ吊りになると、秘伝の薬を飲む。これからサイコキネシスを使うのだ。

 フックを先端に取り付けたワイヤーをゆっくりと下ろしていく。赤外線ゴーグルに表示された赤外線センサーに触れないように、サイコキネシスで微調整を繰り返しながら。

 この作業がかなりの集中力を必要とする。一歩間違えれば、即アラーム。俺が盗みに入っていることがバレてしまう。

『イートン、あと5分だよ』

 インカムで理子が知らせてくれる。この時間は、アリアが管理人——小夜鳴先生を引きつけていられる時間の目安だ。

「わかった」

 ワイヤーの先端のフックが元々ペンダントトップだった十字架に到達した。あとは引き上げるだけだ。

『イートン、まずいよ! アリアたちが戻ってくる!』

「何だって? 予定していた時間より早いぞ」

『雨が降ってきたんだよ』

 ちくしょう。今日はてんのめぐみがないじゃないか。誰か日本晴れでもしてくれよ。

「できるだけ急ぐ。アリアに時間を稼ぐように伝えてくれ」

『分かった』

 さて、急がなければ。

 俺は本来なら十字架を回収したあとにするはずだった作業を同時並行で進めることにする。

 ポケットから取り出した偽物の十字架。そっくりに作られているそれを、サイコキネシスでゆっくりと下ろしていく。

 これは……キツい。秘伝の薬を飲んだと言っても、二つの作業を同時にサイコキネシスで行うなんてのは頭を酷使する。

 後頭部が痛み始めた頃、ようやく十字架を回収。偽物の設置も完了した。

 手に入れた十字架を眺める。青いロザリオ。これが理子の宝物か。たしかに綺麗だ。

 腕時計を見ると予定時刻2分前。

「ふぅ。何とかできたな」

 額に浮かび始めていた汗を拭う。感圧床は1グラムの汗をも感知するらしいからな。これで汗が垂れてアラームが鳴ったら全てが水のあわだ。

 腹筋で天井の穴に戻り、天井のパネルを閉じる。そこへ、キンジから連絡が入った。

『終わったか?』

「ああ。キンジ、予定通りにやってくれ」

 

 

 キンジの手助けにより、俺は無事に紅鳴館から抜け出した。キンジやアリアが事前に安全な脱出ルートを調査したり、一部の防犯装置を破壊しておいたりしていたのだ。

 タクシーを拾って俺が向かったのは横浜ランドマークタワー。

 みなとみらい21の中核を成すこのオフィスビルには高級ホテルも入っており、その一室を理子は拠点にしている。

 指定された場所——69階の展望フロア、スカイガーデン。

 ここでは横浜の景色を360度パノラマで見ることができる。景色が良ければ東京タワーや富士山なんかも見えるらしいのだが、今日はあいにくの空模様。真っ黒な雲が立ち込めている。

 ゴロゴロ……。

 遠くからは雷鳴も聞こえる。

「イートン! 待ってたよー!」

 エレベーターの方から理子が駆けてくる。待ってたって、お前今ここに来たところだろ。

 俺のそばに来た理子はクンカクンカと匂いを嗅ぎ始めた。

「イートン、なんか変な匂いがするよ? 殺虫剤みたいな。香水でも付けてるの?」

「いや、そういうわけじゃないんだが」

 たぶん虫除けスプレーの匂いだな、それは。

「この前お空でイートンと戦ったあとね、体に変な匂いがついちゃったんだよー。あの匂い、すごくキツくて! おかげでアリアとキーくんに負けちゃいましたぁー」

 あー。においぶくろだな。たしかにフレフワンの香りはキツいことで有名だ。

「俺のせいなのか、それ」

「そうだよ。匂いのせいで戦闘に集中できなかったの。そのせいで理子の大切なもの、ブラドに取られたし。だからイートンに取り返してもらったの!」

 俺の前に小さな手を広げる理子。ニコニコ笑っている顔には、"早く渡せ"と書かれている。

「ほら」

 俺はポケットから青い十字架を取り出すと理子に手渡す。

「ありがとー!」

 理子は俺から十字架を受け取ると、走って"スタッフオンリー"と書かれているエリアへと向かっていく。

「あっ、おい! どこに向かってるんだよ!」

 武偵として看過できることではないので、俺は追いかける。泥棒しておきながら何を言っているんだよって話だけど。

「糸丸」

 振り向いた理子のその目は——鋭くギラついていた。さっきまでとは纏っている雰囲気が違う。

 この目はあの時の目だ。ハイジャックのバーで戦闘した時の。

「お前は帰れ。こっからは理子の理子による理子のための舞台。前も言っただろ——理子は理子になる。そのためにオルメスと遠山キンジを斃す。邪魔はするな」

 虫の知らせが働いた俺は気付く。あの髪の中にワルサーが隠されている。その銃口は俺を向いている——!

「帰らなかったら殺すつもりか?」

「利口な子はお帰り」

 俺はホルスターに手を伸ばしかけて——止める。

 俺の背後。一般の観光客も大勢いる。こんなところで戦いでもしたら間違いなく、第三者に被害が及ぶ。一般人に危害が加わる。

 この間の狼の襲撃時には判断を誤り、一般人である小夜鳴先生を怪我させてしまった。同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

「……分かった。帰るよ」

「さっすがイートン! 物分りが良くて助かるー!」

 パチッ、とウィンクをした理子は、ランドマークタワーのスタッフの目を盗み、関係者以外立ち入り禁止のエリアへと入っていった。

 

 

 横浜ランドマークタワーから海の方へと歩いていくと公園、臨港パークについた。その臨港パーク内の錨のオブジェの耳の部分に座って、俺は海を眺めていた。

 釣りをしている老人がいる。この天気なのにさっきからピクリとも動かない釣竿を持ち、ずっと魚がかかるのを待っている。我慢強い人だな。

 背後からは楽しそうな子供の声が聞こえてくる。海の反対側には広い芝生が広がっているのだ。

 平和的な風景だな。空が暗いのが残念だが、それでもここにいる人たちは楽しそうだ。

 子供、老人。これらはこの社会では弱い存在だ。力のない弱者。

 けれどみんな普通に暮らしている。弱くてもまっとうに生きることができている。

 羨ましい。

 俺が元々いた世界は。あのポケモンの世界では、強さこそ正義だ。もしくは可愛さも。強い、または可愛いポケモンは人に人気がある。人気があるポケモンは暮らしやすい。人からの保護を受けられるから。

 でも、俺みたいな低種族値の、しかも毒虫のような可愛げの少ないポケモンは。

 一部の人には人気があるかもしれないが、マイナーには変わりない。多く存在する同種の中で、ほんの一握りだけが楽しい充実した生活を送れる。ジムリーダーや四天王のポケモンになったりすることで。

 残念ながら、俺はそうはならなかった。キョウ・アンズ親子の手持ちポケモンになれたら、人生はどう変わったのだろうか。

 今、こうして転生していたのだろうか。

「——世界は謎に包まれている」

「っ⁉︎ 誰だ⁉︎」

 突然、上方から声がした。振り向くと、そいつは錨のアンカー・リングの上に立っていた。

 ——美少女だった。

 風に靡く長い白髪。長い睫毛。虚空を見つめる蒼い瞳。

 白いTシャツ。赤いチェック柄のフレアスカート。見えそうで見えない絶妙な角度に、俺は思わず目をそらす。

「たらればの話。そんな理想論、何の意味があるの?」

「理想を掲げて悪いか」

「別に。でも私は嫌い——理想、夢、幻。他にもいろいろあるけれど、それらは所詮この世のものではない。現実でも事実でもない。ましてや真実でも。そうでしょう、アリアドス」

「やっぱり元ポケモンか」

 薄々感じてはいた。こいつから放たれるオーラのようなものが虻初の比じゃない。

「何者だ、お前」

「噂通り。やっぱりその噂は真実だった」

「聞いてるのか!」

 キッと美少女が俺を睨む。俺はそれだけで怯んだ。いや、ただ睨んだのではない。力のようなものを感じた。

「あなたはイッシュには詳しくないのね。彼の言っていた通り」

「彼?」

「そのうち分かるわ。真実は遅かれ早かれ、いつか明らかになる——でも、やっぱり早く知れた方がいいでしょ?」

「だったら教えろ。お前は誰だ」

「それは無理。その代わり、一つだけ教えてあげる」

 美少女は海の方を指差した。俺は彼女のことを警戒しながらそっちの方へと目をやった。

 静かな海。特に何の変哲もないが……?

「まもなく彼の差し向けた刺客が襲撃してくる」

 次の瞬間、老人の釣竿が動いた。居眠りをしていた老人は慌てて、竿を引っ張り上げ——

 

 ザバアアアア!

 

 水しぶきをあげて釣り上げられた魚、いや()()

「な、何だあれ⁉︎」

 サーフボードみたいな、けれど違う何か。

 その下面から空気を排出して、水上にホバリングする。上面に乗っていたのは、ウエットスーツを着た青年。

「見つけたぞ、アリアドス!」

 青年が腕をこちらへと向けた。その手にはグロッグ18。フルオートが可能な、自動拳銃——!

「危ないっ!」

 腰が抜けて動けない老人のベルトにワイヤーを引っ掛け、こちらへと引っ張る。そして、錨のオブジェの後ろへと隠れる。

 バババババッ!

 直後に銃撃。俺の名を叫んでいたことから、俺狙いらしいがその途中の犠牲は気にしないタチらしい。厄介な奴だ。

「また会いましょう」

 上から声がしたかと思うと、すでにそこには美少女の姿はなかった。

 彼女はいったい誰だったんだ——?

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