緋弾のアリアドス 作:くものこ
美少女は去った。けれど、変わりに変な男が現れた。
「姿を見せろ、アリアドス!」
遠くでガーガー喚くウエットスーツ姿の青年。体はある程度引き締まっているのが、遠くからでもわかる。
俺は錨のオブジェの陰から様子をみる。
水上にホバリングしているサーフボードみたいな機械。水色と白色でペイントされたそれは、どういう原理か知らんが下面から空気を噴射して宙に浮いているっぽい。
水中から飛び出し、宙に浮く。これらの現象からおそらく敵は水・ひこうタイプ。
苦手だな、ひこうタイプ。虫の天敵でもある。
でも向こうは容赦なく拳銃をぶっ放してくる男だ。このままだと一般人に無差別に襲撃をしないとも限らない。武偵として、それは阻止しなければ。
俺はポケットから秘伝の薬の入った小瓶を取り出し、中身を飲み干す。本日2本目。
「ここを動かないでくださいね?」
次に、老人に念を押す。老人はただコクコクと頷くだけ。
さて。まずはあのグロッグを何とかしないといけないな。
俺は錨の陰から腕だけを出すと、ウエットスーツの男めがけて糸弾を撃つ。2発の糸弾は男の両サイドへと飛んでいく。
「ん? どこ狙ってん、だぁっ⁉︎」
見事に男の手に糸が命中。グロッグは海へと落ちる。糸弾を見抜けないとは、大したことはないっぽい。これなら一気に仕掛けても大丈夫そうだ。
俺は錨のオブジェに腰のワイヤーを撃ち込むと、隠れていた場所から飛び出して海の方へとダッシュする。両手にはエム製の拳銃が一丁ずつ。
「卑怯だぞ、アリアドス!」
「これのどこが卑怯なもんか!」
二丁の拳銃が火を噴く。男は自分の乗っているボードを上に高くジャンプさせることで回避する。
「オラァ!」
ウエットスーツが今度は水鉄砲のようなものを取り出す。おもちゃか? ——いや、違う!
虫の知らせが走った俺は横っ跳びする。
ズバシャッ!
俺がさっきまでいた場所——コンクリートの路面が抉り取られる。何ちゅう威力の水鉄砲だよ! とんでもねぇ水圧だな!
と、今度は男が宙に浮くサーフボードごとこっちに突っ込んでくる。手には水鉄砲が握られたまま。立ち止まり、糸弾で狙い撃つのは危険だろう。
俺はワイヤーを巻き戻して錨のところまで後退。ワイヤーを回収すると走る。
「ははっ、逃げるのか? ゴキブリみてぇだな!」
敵が撃ってくるという直感を頼りに、両腰両踵のワイヤーを駆使して回避をする。
海への落下を阻止する手摺にワイヤーを引っ掛けて回避。はたまた、橋の下に隠れて水鉄砲をやり過ごす。
そうこうするうちに、浜辺へとやってきた。俺らに気付いた一般の人たちは、次々に逃げていく。ウエットスーツの男は、その様子に少しも興味を示さない。あくまで俺だけを狙うつもりか。
「これでもくらえ!」
サーフボードから飛び降りた男が、水鉄砲を撃つ。
バシュッ!
水鉄砲を紙一重で避ける。所詮、直線の攻撃。射撃線を読めば、インドメタシンで鍛えられた俺の素早さなら何てことは——
——キィィィィン!
「がっ⁉︎」
機械音と共に高速で突撃してきた機械。腹へと直撃する。このサーフボード、遠隔操作できるらしい。
「どうだ、翼の攻撃は? 痛いだろ!」
飛び去ったサーフボードから目を離し、俺は男を見る。水鉄砲が俺へと向けられている。
このままやられるわけにもいかない。俺は目くらましのために砂を一掴みし、相手の顔へと投げつける。
それを予測しなかったのか、避ける動作を微塵も見せない男の顔面に砂が直撃した。
「うおっ⁉︎ 目が——って怯むとでも思ったのかよ!」
ズバシャッ!
「ぐっ⁉︎」
強烈な水鉄砲が左肩に命中する。激しい痛みと勢いに、後方へと吹っ飛んだ俺は拳銃を落としてしまう。
「悪いな。目が良くてさぁ。命中率、下がんねぇんだよ」
仰向けになった俺。ビーチで遊んでいた人たちの逃げ惑う音、悲鳴が聞こえてくる。そして、その音に混じってもう一つ、機械の駆動音。
「っ!」
右腕で強く地面を打ち、俺は横へと転がる。
直後、すぐ隣にさっきのサーフボードが突っ込んできた。その風圧で砂が飛び散る。
「逃げてばっかりで! 雑魚だな、テメェ!」
ちくしょう。カモメがギャーギャー鳴きやがって。
水・ひこうタイプ。命中率が下がらない目、すなわち鋭い目。あいつの正体は判明した。細い体のラインから、たぶんあっちだろう。
「キャモメのくせに、進化もしていないくせに生意気なんだよ!」
「ははっ、気付いたか!」
体を起こすと、男——キャモメは俺の拳銃から弾をすべて抜き取り投げ捨てていた。しかもご丁寧に、銃身に水鉄砲を撃ち込んでいやがる。
「でも気付いたってどうしようもねぇよな?」
ズバシャッ!
「ぐあっ!」
再び撃たれた水鉄砲が、次は俺の右手を襲った。右手の拳銃が弾き飛ばされる。
まずい。ピンチだ。こんなだだっ広い砂浜ではワイヤーの価値も下がる。
「どうしようもねえよな! 銃をなくして! こっちにはあるのに!」
もう一方の拳銃も同じように弾を抜いて銃身に水を入れながら、キャキャキャと笑い声をあげるキャモメ。その男のわりに甲高い声が耳に響く。
——ああ、うるせえ。
「トドメをさしてやるよ!」
砂浜に突き刺さったままだったサーフボードが浮上し、こちらへと突っ込んでくる。
たしかに、普段の俺ならこのままぺしゃんこにされるのかもしれない。潰されるのかもしれない。
——けどな。
「俺はまだ本気を出してないッ!」
踵のワイヤーを射出、サーフボードに撃ち込む。そしてそれのコースを変える。
「だったらこっちだ!」
キャモメが大声で叫ぶ。バーカ。自分の攻撃手段晒してどうする。
「これで!」
最大限の力を込めて、踵をキャモメのいるであろう方向に振り下ろす。ワイヤーに引っ張られて、サーフボードが俺とキャモメの間に落ちる。
ビシャァッ!
「何ッ⁉︎ どんな脚力だよ⁉︎ ウイングボードの推進力に勝るだと⁉︎」
放たれた水鉄砲はサーフボードに直撃。サーフボードは俺を守る盾となったのだ!
俺は跳ね起きるとキャモメの方へとダッシュする。
驚くキャモメに向けて背中のナイフを投げつける。キャモメはそれを避けると、水鉄砲を構える。それでも俺は構わず突っ込む。
「教えてやるよ。ピンチはチャンス、ピンチの時に戦闘能力が上昇するポケモンもいるってことをな!」
むしのしらせ。残りHPが少ない状態になると、戦闘能力が著しく上昇する。そういう特性である。厳密には少し違うが、この世界ではそういう仕様になっている。
水鉄砲の引き金を引こうとしたキャモメの右手を、後ろから迫ったナイフが切り裂く。サイコキネシス、それも普段より強力なものを用いて、高速でブーメランのように動かしたのだ。
「ぎゃあっ⁉︎」
手を押さえてその場に倒れこむキャモメのそばまで走ると、その頸動脈にナイフを突き付ける。
「動くな」
引き攣った笑みを浮かべるキャモメ。俺は空いている手で巾着袋の中からモンスターボールを取り出す。
「おとなしく捕獲されろ」
「そいつぁゴメンだぜ!」
その瞬間、キャモメのウエットスーツが破裂した。中から飛び出してきたのは大量の水。
「くっ!」
何らかの薬品だったりしたら困るので、俺は目を保護する。ただ、全身はびしょ濡れになってしまった。
再び目を開いた時には、そこにはキャモメはおらず。
「そんじゃお元気で!」
海の上にサーフボードに乗って立つキャモメ。海パン野郎みたいな格好をしたキャモメはゴーグルをつけると後退を開始した。
「逃げるのか!」
「ポケモン界じゃ、逃げるが勝ちは決まり文句だろ?」
次第にキャモメの姿が水中へと消えていく。俺には海をダイビングする能力がない。つまり、これ以上の追跡はできない。
砂浜に倒れこむ。敵が去って緊張が解けたからか、一気に疲れが出てきた。それに、ビショビショの防弾制服が重い。
数分の間、横になっていた。戦闘のせいで、人はすっかりいなくなってしまった。これ、警察が来たりするのかな?
ゆっくりと起き上がると、落ちていた拳銃をホルスターに収める。これ、使えないよな。……またエムか。
グルルルルル——
波の音に混じって聞こえてきた唸り声。顔を上げると、コーカサスハクギンオオカミがいた。ブラドの下僕だ。
「……マジかよ」
そういえば、虫除けスプレーの匂いがしない。時間的(歩数的)に効果が切れたのか、水を被ったからか。
いずれにせよ、もう狼避けにはならないわけだ。
ジリジリと俺は海の方へと後退する。それに合わせるように、狼は少しずつこちらへと近付いてくる。
一筋の風が吹いた瞬間、狼が飛びかかってきた。防弾制服を着ていても致命傷をもらいそうな爪が俺の方へと向かってくる。
俺はその両前脚を掴んで押さえる。
すごいパワーだ。むしのしらせを発動した状態でも力が拮抗。
でも、狼がここにいるということは。ブラドのやつにバレたということか? 理子、キンジ、アリアは無事なのか?
「自分で確認するしかないか」
俺は狼を自分の方に引き寄せ、巴投げのような形で狼を投げ飛ばす。
狼は海へと落ちていった。悪いけど、銃が使えない今はこうするしかないんだ。
俺は起き上がると横浜ランドマークタワーへと走る。
あそこに行くのは今日は3度目だな。2度あることはサンドあるってな。
ランドマークタワーの目の前まで来た時、上から何かが落ちてきた。
俺は咄嗟の判断でサイコキネシスを使用。落下してきた物体をキャッチする。
ワルサーP99——理子の使っている拳銃だ。
俺は上を見上げる。横浜ランドマークタワー、首が痛くなりそうなほど高い高層ビル。たしか296メートルあったはず。
その屋上で、戦闘が行われているのだ。
そして、ワルサーがここに落ちているということは、理子が劣勢だということだろう。
もし相手がキンジとアリアなら。理子が負けるのは彼女には悪いが大歓迎だ。一応、犯罪者だし。
でも、もし相手があの狼の主——ブラドなら。
理子を見捨てるわけにはいかない。彼女は依頼人なのだから。
急いでランドマークタワーの中へと入り、エレベーターに乗り込む。
立ち止まると、俺の足元には水たまりができ始めた。かなりの水を浴びたな。
エレベーター内でワルサーの装弾数を確認。16発。1発も撃っていないみたいだ。
ますますブラドの可能性が高まったな。アリアとキンジは強いが、それでも理子が1発も撃たずに拳銃を落とす、なんてことは考えにくい。そんなことをするのなら、どちらかといえば化け物のブラドだろう。
ガタン。エレベーターが止まった。展望フロアだ。
次第に開かれるエレベーターのドア。
そのドアの開いた先には、一人の青年が通せんぼうをするように立っていた。ドクロマーク入りの黒いジャケットに紫のキャップを目深に被っている。不良みたいな感じだ。
「邪魔だ、どいてくれ」
俺はその青年を押し退けて出ようとする。
「悪いな。アリアドス。通行止めだ」
青年の言葉にハッと息を呑む。こいつは——元ポケモン!
青年が俺をエレベーターの奥へと蹴り飛ばす。
受け身を取れなかった俺はガンッ、後ろの壁に激突する。
「下へ——地獄へ、参ります」
痛みを堪えながら顔を上げる。
目に入ったのは、エレベーターに入り込んできた青年の顔の、唯一見えるニヤリと笑う口元だった。