緋弾のアリアドス 作:くものこ
「キンジ⁉︎」
いったいどうなっているんだ。屋上からキンジが命綱なしに落下をしてきた。あまりにもアリアから奴隷として酷い扱いを受けたから自殺か?
「助けてくれ!」
俺はキンジの制服にワイヤーを引っ掛けて、自らの方へと手繰り寄せる。
「糸丸、ブラドだ。ブラドが上にいる!」
「ブラド?」
「ああ、ブラドだ。あいつは俺らの盗みをわざと見逃して——糸丸、これは何だ? てか何でこんな空にいるんだ?」
助かったからか、次第に冷静になってきたキンジがラティアスに目をやる。
「詳しい説明は今度してやる。まずはブラドが先だろ?」
「キンジ!」
上から声がした。俺らは上空を見上げる。
「理子⁉︎」
タワーの壁を駆け下りるようにしてきた理子は、俺のラティアスの翼に着地する。
「糸丸……帰れって言ったはずなのに」
「ちょっと横浜の夜景の上を遊覧飛行しようかなー、なんて。それよりもだ。ブラドがいるって本当なのか?」
コクリと頷く理子。
「じゃあ、今はアリアが一人で戦っているのか?」
「っ! そ、そうだ! アリアが!」
状況は把握できた。キンジが——今の慌てようから察するにヒスってない——ブラドに屋上から投げ飛ばされ、それを理子が助けるために飛び降りてきたというところだろう。
「キンジ、お前ヒスってないんだろ? だったらこのまま下に降りろ。ブラドは俺がやる」
「ば、バカ言うな! 知らないのか? あいつには——」
「弱点が四つ。知ってるさ。ジャンヌに聞いた」
「でも! 四つ目はまだわからない! どうするって言うんだよ!」
「それは……」
たしかに、俺は四つ目の弱点を知らない。どうすればわかるんだ? 奴の弱点は目玉模様。でも、それが体の表面には三つしかないというのがジャンヌの話だった。戦いながら探すか? いや、厳しそうだ。キンジを投げ飛ばしたということは、敵は相当の力がある。耐久は無理そうだ。
「理子は知ってるよ。ブラドの四つの弱点——魔臓のこと」
「魔臓?」
「うん。人間にはない小さな臓器。それが吸血鬼の無限回復を支える臓器。一つでも残っていれば、他の三個をほんの一秒もかからずに治せる。だから、四つ同時に機能不全に陥れなきゃダメなの」
「それで、その四つ目の位置を知っているのか?」
「うん。あいつと暮らしてたから」
そうだ。理子はブラドに監禁されていたのだ。
「でも、四つ目は理子が撃ちたい。自分で、自分の過去は塗り替えたい」
「でも、それだとタイミングを合わせないといけなくなる。俺が一人でやったほうが——」
「じゃあ、もし失敗したら。理子たちが失敗したら、その時はお願い」
「そうしよう。糸丸、お前はまだブラドに存在を気付かれていない。このままここに待機していてくれ。発砲音がした後、飛び出してこい」
「……分かった」
渋々俺は引き受ける。一応俺というカードは伏せてある状態なのだ。理子、キンジ、アリアに手が残っているのなら、わざわざこちらからオープンする必要はない。
「じゃあ携帯の通話機能をオンにしておく。頼むぞ、糸丸」
そう言うと、キンジもラティアスの翼に乗っかった。俺はワイヤーを外す。
「じゃあ、キーくん」
シャッ、と何かを解く音。
「り、理子……?」
キンジの戸惑う声。
「掴まって、キーくん。上に上がれるし、ヒスれるし、一石二鳥だね」
「ま、待て、理子! や、やめろ! あ、当たってるんだ!」
「きゃあっ! キーくんくすぐったい!」
……俺からは、翼の上でやっている二人の作業は見えない。けどよ。けどよ、キンジ。
「イチャつくなら他のところでやれ!」
「——悪いな、糸丸。ここは可愛い理子に免じて許してくれ」
……なってるよ。ヒスってるよ、この人。こんな短時間のうちに。
「理子。過去を塗り替えに行くぞ」
「うん……キーくん。あたしのこと、名前で呼んで」
「理子」
「もう一度呼んで」
「理子」
「呼んで!」
「理子!」
タンッ!
急に機体が軽くなった。理子が飛び上がったのだろう。
——でもさ。
「アリアドスの怒りのボルテージ、マックスなんだけど!」
俺は湿った海風に吹かれながら、ビルの壁に足を固定して待機している。
その間、魔臓、すなわち急所を狙うための用意をした。ピントレンズだ。
ピントレンズを赤い糸で頭に固定すると、右目でレンズを覗けるように調整を施した。これで、右目だけでものを見れば拡大図が見える。
今は逆に右目を閉じ、左目だけでものを見ているが。サイズの違う二つの映像を見ていると疲れるからな。
それから秘伝の薬の効果が切れかかっていたのでもう一度飲んだ。以前沙那からもらった携帯版の最後の一本。今度、沙那に補充してもらおう。
『ブラドォ!』
アリアの声。今から一斉攻撃をするらしい。その瞬間。
——ピカッ!
眩い光が迸った。稲光。
『うっ——⁉︎』
アリアのうめき声。彼女は雷が苦手だと、以前キンジが言っていた。ハイジャックの時も怯えていたらしい。弾の軌道がそれたんじゃないか?
『いや、まだだ! まだ修正できる!』
バスッ!
キンジのバレッタが発砲した。ヒステリアモードのキンジなら、たしかに何かしらやってくれそうではある。
けれど、不幸は終わらなかった——!
プツッ、と回線が切れる音。いや、違う。誰かが入ってきた。
『イートン! 雷のせいでタイミングがずれたの!』
理子からだ。失敗したのか!
「了解、俺がやる!」
壁を蹴り、体を固定していたワイヤーを回収すると、俺はラティアスで飛翔する。
『イートン、ブラドの四つ目の弱点! それは舌だよ! 奴の舌に、四つ目の弱点がある!』
「ありがとう、理子」
一気に空を駆け抜け、一度屋上を大きく飛び越す。
屋上の上。そこに醜い生物がいた。肩や腕の筋肉が隆起し、身体中が毛むくじゃら。そして、入れ墨のように目玉模様が体に浮き出ている。あれがブラドか。
「ゲババババッ! 所詮人如きが、吸血鬼様に勝てるわけねえんだ!」
顔を上げ、大声で笑い声を上げるブラド。俺はピントレンズの拡大図でたしかにブラドの舌の目玉模様を確認する。
哀れな奴だ。自ら弱点を曝け出すとは。ポケモンの中にはイリュージョンしたり見た目ではタイプがわかりづらく、結果的に弱点が分からないヤツもいるってのに。
大きく旋回をし、ブラドの背後に回る。そして、急加速——!
——キィィィィン!
風を切る音に、ブラドが振り向く。
「ああん? お前はたしか芦長糸丸! ヒトゲノムにはない特殊な遺伝子を持つ化け物!」
「解説、ご丁寧にどうも!」
俺はラティアスから飛び降りると背中からナイフを二本取り出し、両肩めがけて投げつける。そして笛を軽く吹いて霧弾砲を右脇腹へ照準を合わせる。
最後に、理子のワルサーで舌を狙い撃つ!
——がきんっ!
「なっ⁉︎」
弾が出なかった。それを見た俺の向かい側に立つキンジ、アリア、理子の顔が硬直する。
頭の中に走馬灯のように思考が巡る。
う、嘘だろ? 弾切れ? いや、そこまで撃っていない。エレベーターの時には16発あったんだ。つまり
なぜそんなことが? 理子の管理が悪かった? いや、あいつはイ・ウーの一員でもある。今日もこれでアリア・キンジペアと戦うつもりだったはず。その時に使う弾をそう手荒く扱うことはないだろう。
ではなぜだ? なぜだ、なぜだ、なぜだ——!
ふと、一つのシーンが頭の中で再生された。それは、俺がドガースを捕まえる時。そのドガースのセリフ。
『恨んでやるッ!』
恨む。そうか、そういうことか。
ポケモンの技、うらみ。最後に相手が使った技のPPを減らす。つまり、ワルサーの弾が不発弾にされたのだ!
理由は分かった。では、打開策は? あと一手。他の三人からは舌の目玉模様は狙い撃てない。
いや、攻撃手段はあるにはある。でも問題は、それが低威力だということだ。魔臓を破壊することができるのか?
それでもやるしかない。やってみるしかない。ここでこいつを斃さなければ、俺らは負けも同然なんだ。
それにレキが言っていた。俺にはスナイパーの素質があると。
もし、それが本当なら。本当に、俺が
大きく息を吸う。そして咥えたままだった笛を——
ピイイイイイイイ————!
思いっきり吹いた。そして、威力が足りなかった時のために自らにサイコキネシスをかけて高速移動をする。
「あ? ワラキアの魔笛のま、ね——!」
二本のナイフが肩に刺さる。霧弾が右脇腹に衝突、霧を生じながら目に見えて分かるほどの強力な衝撃がブラドの腹に走る。
ヒュッ、プス!
最後に、一本の毒針が、ブラドの舌に刺さった。吹き矢。広い空間があったむげんのふえの内側に仕込んでおいた毒針だ。
「ハ、ハ、ハハハ!」
ブラドは倒れない。やはり一本じゃ威力不足か?
なら!
霧弾の霧を利用し、バレることなくブラドの持っていた鉄柱を足場にして駆け上がり、ブラドの顔を覗き込んでいた俺は。
「一本じゃダメでもッ!」
巾着袋から余っていた毒針を全て取り出す。
「
持っていた毒針、全てをブラドの舌へと突き刺した。単純計算して1200オーバーかな? プレート持ってるし、もっと高いかも。
「は……ハバハハ……」
力なく笑うブラド。俺はブラドから離れる。
次の瞬間、ブラドが持っていた電信柱のような金棒がブラドを押しつぶした。
金棒の下敷きになったブラドからは血が流れ出る。まるで
「すごいじゃない、糸丸!」
アリアが駆け寄ってくる。その後ろからキンジ、理子も。
「理子、ごめん。ブラド倒しちゃった。それからこれ、勝手に使ってました」
俺は理子にワルサーを返す。
「たぶん4発は不発弾だと思う」
「あ、うん。ありがとう」
なんで理子がお礼を述べてるんだか。
そんな理子に、キンジが話しかける。
「理子、おめでとう。これで君は自由だ。自力で勝ち取ったわけではないけど……まあ、自由の身にはなったんだ。初代を超える方法は、これからゆっくり考えればいいさ。俺とアリアは、いつでも理子の相手になってあげるよ」
そっか。理子は初代を超えるため、理子になるために戦ってたんだっけ。ブラドを倒す、それは初代を超えることだったのか。だから四つ目を自分で撃つことにこだわっていたんだな。
なんか、悪いことしたかな。
それにしても疲れた。今、とてつもなく眠い。下手すれば眠ってしまいそうである。こう、瞼を閉じれば……。
「あ、れ……? 眠……い……」
視界が暗転して、体がふらりと倒れる感覚。
「糸丸⁉︎」
「おい、糸丸! どうした!」
「い、イートン?」
三人の声がだんだんと遠ざかっていく。な、なんだ? 何なんだ、この感覚は……。
俺は横になっている。何もない、真っ白な空間で寝そべっている。
カツカツと音を鳴らして誰かが近づいて来た。大鎌を持った女。でも、その顔ははっきりとは認識できない。
起き上がろうとして気づく。動けない。どういうわけか、体が俺の意識に反応しない。
「ふふっ、夢でも見てるのかしら?」
女が囁いた。誰だ、こいつは。大鎌を持っているということは、虻初か?
「君とは初めまして、かな?」
初めまして?
「私は——」
女が名乗ったような気がしたが、はっきりとは聞き取れなかった。
というか、ここはどこだ? 俺は横浜ランドマークタワーの屋上でブラドと戦闘をしていたはずだ。
その時、頭の中に誰かの声が響いてきた。
「ご主人様、起きてください」
これも女の声。水のような透き通った印象を受ける、聞き取りやすいこの声は初めて聞いた。どうやらこの場には大鎌を担いだ女の他にもう一人いるらしい。しかもご主人様とか言っている。でも、そのもう一人の姿は見えない。
お前ら、誰だ。
そう聞こうとした。けれど、声が出なかった。いや、口すら動かなかった。俺は何もできず、ただ横になっている。
しかし、姿の見えない方が答えた。俺の頭に、直接話しかけるような感じで。
「名前はありません」
名前がない?
「それよりもご主人様、早く起きてください」
こいつ、俺のことをご主人様と呼んでないか? ますます誰だか分からなくなってきたぞ。
「さ、お目覚めの時間よ、芦長君。もし、覚めなかったら——永遠に眠りなさい」
女が鎌を振りかぶる。どうやら俺を狙っているらしい。えっ、これどういう状況⁉︎
「ご主人様! 死にたいのですか!」
姿の見えない女が俺の頭の中に怒鳴り込んでくる。いや、言われなくても起きるよ。だって起きないと殺されるぞ!
しかし、起きようと思っても体が一切反応しない。え、何で? どうなってるんだよ?
「じゃあ、カウントダウン。3、2、1——」
嫌だ。死にたくない。動け、動けよ!
「動けッ!」
俺は跳ね起きた。次の瞬間——ザシュッ!
背後に鎌が突き刺さった。
「あら、起きたのね。やっぱりあなたのその直感、本物ね」
「虻初か?」
振り向いた俺を出迎えたのは——
美女。時が止まるほどの美しさ。長い睫毛の下の目が、引力でも持つかのように人の心を惹きつけてくる。
彼女の美しさから、目が離せなかった。この指とまれでもされたかのように。この人に殺されかけたことを忘れてしまうくらい。
彼女は、薔薇の花びらのような唇でにっこりと笑いかける。
「虻初、それはどちら様かしら? 私の名前はカナ。遠山カナよ」