緋弾のアリアドス   作:くものこ

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堕ちた火弾
第1弾


 目の前の鎌を振り下ろした女の人が名乗った。

 遠山カナだと。

「遠山? キンジの親戚の人か?」

「さあ、どうかしら?」

 クスクスと笑う美女。姉か? でもキンジに姉なんかいたか? いたのは——

「キンジには兄しかいないはずだが……」

「兄? キンジに兄なんていないわよ?」

 ……ダメだ。全くもって意味がわからない。この人は誰なんだ。

「まあ自己紹介はこの辺にしておきましょう。これからやることがあるんだもの」

「やること?」

 向こうの答えが出る前に俺の直感が叫ぶ。避けろと。

「そう。品定め」

 横薙ぎに振るわれた鎌。俺はその刃の部分につかまって一緒に横に移動をする。

 ベッドから飛び降りると、ホルスターに手を伸ばし——

(銃がない⁉︎)

 銃どころか、ホルスターそのものがない。気付けば、背中に何の感触もない。ナイフすらない。

 ベルトもしていない。というか、俺のこの格好はなぜだか知らんがパジャマ、室内着だ。巾着袋も身につけていない。

 武器なし、道具なし、ワイヤーなし。みんなナッシー。非常にまずいぞ。

「ほら、もう1発!」

 今度は鎌が縦に振られる。ええい、秘伝の薬は飲んでないけど!

 迫り来る鎌の速度をサイコキネシスで緩める。そして、両手で掴み取る。

 真剣白刃取り。また成功だ。

「へぇ。なかなかやるのね」

 カナさんは一歩下がると鎌を投げ捨てた。

「やっぱり安物を買ったのが間違いだったかしら? でも、私の武器は見せたくなかったし、仕方ないかな?」

 そして再び俺の直感が喚き立てる。

 何かが来る——!

「これは避けられる?」

 ——パァン!

 銃声。直感に従ってわずかに腕をずらした。その肘を何かが掠める。弾丸だろう。でも、銃が見えなかった。見えたのは、彼女の腰あたりのマズルフラッシュだけ。

 なんだ、今のは。向こうがもともと肘を狙ってきたから良かったものの、もしこれで心臓でも狙われたりしたら……。

「本当にすごいのね、あなたの直感」

「お褒めに預かり光栄ですよ」

「私も欲しいなぁ」

「じゃあ虫になってみてください」

 わけの分からないことを口走って時間を稼ぎながら、俺は部屋中に目を走らせる。どうやらここは俺の家ではない。白い空間。武偵病院か何かか。

 発砲音を聞きつけたのか、廊下を誰かが走ってくる音がする。

「時間もないし、次が最後ね」

 カナさんは何の構えも取らず、ただ僅かに爪先を動かした。それだけ。でも、それだけなのに頭の中はガンガン警報が鳴り響いている。次は体のど真ん中を狙ってくるぞ!

 ——パァン!

 カメラのフラッシュのような閃光が一つ。ダメだ、避けれない——!

 と、一瞬だけ銃弾が見えた。俺の目の前で、見えない壁に衝突したかのように止まっている。

 よく分からないが、チャンスだ!

 俺は横に飛ぶ。直後、壁のような何かを突き破った銃弾が部屋のリアルな壁に突っ込んだ。

「まぁ——!」

 驚いた顔をするカナさん。俺もたぶん、同じような表情をしていると思う。今のは一体、何だったんだ?

「——決めた。芦長君、あなたにも協力してもらうわ」

「協力? 何に?」

 窓を開けるカナさん。彼女は窓のサッシに立つとこちらを振り向いた。

「アリアを殺すのよ」

「アリアを⁉︎ こ、殺す⁉︎ ちょっと待て! どういうことだよ!」

「キンジによろしくね」

 軽く手を振りながら、カナさんが窓から飛び降りた。

 一人残された俺は部屋を見回す。あるのはベッドとサイドテーブル、そして——なぜかベッドの脇に置かれたラティアス。それだけだった。

 

 

 遠山カナの襲撃があったのは朝の5時だった。6時頃になると、俺の病室に見舞客がやってきた。どうも、毎日来ていたらしいが。

「先輩、良かったです! ここ数日間、ずっと眠ったままだったんですよ?」

 人のベッドに腰掛け、りんごの皮をむく——ような感じで、飴玉の包装紙をむいて皿に並べていく莉央。バカか。飴をそんな風に扱ってどうする。

「なあ、莉央。俺は寝てたのか?」

「はい。医者の人もただ寝てるだけと言ってました」

 どういうことだ。俺の特性は不眠のはず。それが、何日間も寝ていただと?

「先輩が特性スナイパーの本来の力を使用したために、一時的に不眠の特性の効果が薄れたんじゃないんですか? それで、もともと寝たことのなかった先輩は不眠がなくなった瞬間、重度の寝不足状態になってしまったとか」

 莉央が理論的な話をペラペラ話し始める。あの莉央が、だ。……怪しいな。

「それ、誰が言ってたんだ?」

「ふぇ⁉︎ じ、自分で考えて——沙那って女です」

 少し怖い顔をしてやったら、簡単に白状した。チョロい。でも沙那がそう言っていたのなら信憑性はある。

「あっ、先輩! 先輩が寝てる間に、奥田の野郎は追い出しましたよ!」

 なんかウキウキで話してくる莉央。しかしその内容は俺には全くウキウキできないが。

「お、追い出した?」

「はい! 武偵高に手続きをして、正式に生徒として入学させました! それで、 別の寮部屋に追い払ってやりました!」

 フフン、とドヤ顔をする莉央。イライラしたので、俺はその頭に拳骨を落とす。

「ふぎゃあっ⁉︎ な、何するですか!」

 涙目で訴えてくる莉央。このバカが……!

「あのなぁ。奥田は軟禁するって言っただろ? それを追い出したって……ふざけるなよ!」

「ご、ごめんなさい……」

「あんなに家事を色々やってくれてたのに……」

「そっちが本音ですか⁉︎」

「うるさい。料理も出来ないくせに!」

「せ、先輩だって出来ないくせにぃ……」

 莉央は皿に大量に置いてある飴玉を一掴みすると、それらを口に放り込む。なあ、それって俺へのお見舞いなんじゃないの?

「そういえば、先輩。また新しい女を作りましたよね?」

「は?」

 莉央は入れたばかりの飴玉をボリボリ噛みながら、話を続ける。

「この間見舞いに来てました。しかも自分のことを"ご主人様"なんて呼ばせて……この変態蜘蛛!」

 ベー、と舌を出した莉央はベットから立ち上がると病室を出て行った。

 何だよ、変態蜘蛛って。そもそも俺はそんな女、身に覚えがない。俺のことをご主人様と呼ぶ女? 頭の中に聞こえてきたあの声は関係あるのか?

 ——と思ったら、莉央が部屋に戻ってきて、ギュッ。

 俺に抱きついてきた。えっ? いきなりどうした。残念ながら、よくある柔らかい感触というのは感じなかったけれど。

「莉央?」

「ほ、本当に心配したんです。医者はただ寝てるだけって言ってたんですけど、でも、でも……。蔦時さんが、先輩が横浜でかなりひどい落雷に打たれたって言ってたし……ヒクッ」

 泣き始めてしまった。ああ、もう。この泣き虫さんは。

「……悪かったよ。心配かけたな」

「しばらくこのままでいいですか? 先輩のそばにいても……?」

「まあ、いいけど……」

 俺は莉央の頭をそっと撫でてやる。さっきは拳骨して悪かったよ。

 しかしジャロがそんなことを言っていたのか。あんなの、かすり傷にも入らねえって……ん? ジャロと莉央?

「なあ、莉央。お前さ、ジャロに変なことを吹き込まなかったか?」

「ぴぇ⁉︎ な、何のことかさっぱり……?」

「このバカリオル」

 俺はもう一度拳骨してやった。さっきのは前言撤回だ。

「り、リオルじゃないですぅ……」

 ——ガラッ

「糸丸さん! 目を覚ましたって聞いて——」

 ドアを開けて中に飛び込んできたのは白いワンピースを着た沙那。手には何かが一杯入ったバスケットを持っている。

 そんな彼女は、部屋に入るなり硬直した。俺の方を見て。

 俺は現状を確認する。莉央と俺が抱き合っている。……あらぬ誤解をされているかも。

「な……な、なんて破廉恥な!」

「違う! 沙那、待ってくれ! これは違うんだ!」

「先輩、い、痛かったです……」

「莉央⁉︎」

 突然、変なことを言い出した莉央。彼女を見れば、ウィンクをしてきた。

 こいつ、ハメやがったな! 廊下で沙那を見つけるなり、こうなることを予想して抱きついてきたんだな⁉︎

「こ、この変態!」

 沙那は床にバスケットを放り投げると、両手を重ねて俺の方へと手のひらを向けてくる。

「ま、待て! マジでシャレにならないから!」

 白い光が沙那の胸元に収束される。あ、あいつ! 破壊光線を放つつもりかよ!

「きゃー! 先輩、死ぬ時は莉央も一緒に!」

 逃げようとした俺を莉央ががっちりホルード、じゃない、ホールド。俺は身動きを取れなくなる。

「ば、バカ! 俺はまだ死にたくないんだ!」

 莉央は鋼タイプだから破壊光線は大したことないのかもしれないが、俺はそうじゃないんだ! マジでやめてくれ!

「一度反省してください! 糸丸さんは最っ低ですッ!」

 沙那がそう言った後——カッ!

 直径数十センチもある極太の光線が、俺と莉央へと襲いかかる——!

 や、やばい。これは詰んだか?

 ——キュイイイン!

「なっ⁉︎」

「ふぇ?」

「えっ?」

 この場にいた三人、全員が驚く。沙那の破壊光線、それが空気中で止められている。俺と莉央のところまで届かない。

 見えない壁。いや、壁じゃない。薄い膜状に何かが張られている。そして——破壊光線が跳ね返った!

 

 バババババ——!

 

 ショットガンを撃ったように分散した光線が、病室のあちこちへと飛び散る。そして、次々と部屋を壊していく。ことが終わってみれば、部屋は穴だらけ。隣の病室まで見える始末。

「こらぁ! 何してるんですか!」

 医者っぽい人が部屋に飛び込んできた。オコリザルのような顔をして怒っている。

「せ、先輩。莉央は学校に行ってきます!」

「わ、私も失礼します。これ、すぐに飲んでくださいね」

「あっ、こら! 待て!」

 莉央と沙那が逃げるように部屋から出ていく。

「さて。芦長糸丸君だったかな?」

 俺の前に立った白衣の男。医者。怒りの形相で俺を見下ろしている。いやー、さすが武偵病院のお医者さんだ。怖い。

 

 

 その日、俺は退院した。追い出されたともいう。どうやら、俺が寝ている間にも同じようなことが数回起きていたらしい。何やってんだ、あいつら。

 沙那が置いていったもの。それはカプセル、錠剤だった。

 表面に"TOKUSEI"と表記してあったそれを飲んだら何だか眠気がすっきりしてきた。眠気覚しなのかな?

 あの後、俺は政府のお偉い方にたくさんの書類を渡された。司法取引に関する書類で、指定文書に署名捺印すれば、それで司法取引完了らしい。

 取引の内容は、ブラドの一件を永久に他言無用すればこの一ヶ月の俺の違法行為が一切お咎めなしというものだった。そういえば、莉央は俺が落雷に打たれたと言っていた。世間一般的にはそういうことになっているのだろう。

 あー、莉央。それで思い出した。もう俺の家には何でもやってくれる奥田という家政夫さんがいないじゃないか。どうしよう。家事を自分でやらないといけない。えっ、居候の戦妹? いや、あいつに家事をやらせたら家が壊れちまうよ。

 鬱だ。

 梅雨はもう開ける。ジメジメした季節は終わりだ。なのに俺の心はジメジメしたまま。

 そうそう。ラティアスは武偵病院の人が俺の寮部屋まで運んでくれた。一応怪我人扱いになっている俺の負担を減らそうとしてくれたらしい。どちらかといえば、ラティアスに乗って帰った方が楽だったとかは言わないでおこう。

 あ。沙那に秘伝の薬のことを伝えるの、忘れたな。ブラド戦でちょうど携帯版の秘伝の薬が切れてしまったのだ。

 少しくらいなら薬なしでも戦闘できるだろう。今朝もそれで真剣白刃取りすることができたし。

 そうだ、あの美人は誰だったんだ。遠山カナ。雰囲気的にはキンジの姉。後でキンジに確認してみるか。

 それともう一人。俺のことをご主人様と呼ぶ謎の女子。その容姿は手がかりなし。想像もつかない。そもそも俺のことをご主人様と呼ぶ女子なんていないし。

 家に着いた俺はカードキーで開錠すると、ドアを開けた——

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 ——閉じた。俺は悪い()にうなされているんだ。これはきっと目の錯覚、()なんだ。そうに違いない。

 一度深呼吸をしてドアをそっと開けてみる。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 しかしそれは現実だった。

 赤赤髪のポニーテール、黄色い瞳。人懐っこそうな顔の、ロングスカートのメイド服を着た女の子が、玄関にいた。

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