緋弾のアリアドス 作:くものこ
俺の家にいた謎の女子。その声は、今朝方頭の中に聞こえてきたものと同じ。
ルビー色の髪をポニーテールに束ねた彼女は、微笑を浮かべている。口元のえくぼが可愛らしい。
「ご主人様、どうぞ中へ。夕食の準備はできていますので」
ロングスカートのメイド服女子が頭を下げる。束ねた赤い髪が後ろから前へと垂れた。
これは夢だ。夢に違いない。でなければ幻だ。こんな可愛い女の子、俺は知らない。
自分の頬をつねってみた。痛い。
「……夢でも幻でもなかったのか……」
俺は夢うつつで呟いた。すると、それを耳聡く拾ったメイドさんが首をかしげる。
「夢幻ですが?」
いや現実でしょ? 違うの? ……あ。
俺は気付いてしまった。夢幻。
いやまさか。だって、えっ? ハンググライダーだよね? 俺専用のエアクラフトなんだよね?
「あの、名前を聞いても?」
「名前? 名前はありませんが」
「じゃあ何でもいい。今まで何て呼ばれてた? コードネームとか」
「開発コードのことですか? ——PMZ-NO380、通称Latias です」
——やっぱり。
サイコキネシスを使ったわけではないのに、頭痛がしてきた。
「なあ、ラティアス。なぜお前はここにいる? どうして俺のことをご主人様と呼ぶ? あと、その姿は何だ?」
「私がここにいるのは、私があなたの召使いだからです。ご主人様のことをご主人様と呼ぶのは、私があなたの召使いだからです。この格好をしている理由は、私があなたの召使いだからです」
どうやら彼女には全ての事情が"私があなたの召使いだからです"で片付けられるらしい。超便利フレーズだな。
……そういう答えを待っていたわけではなかったんだが。
仕方ない。一つずつ、ちゃんと確認をしていこう。
「あー、じゃあ何でお前は俺の召使いなんだ」
「契約したからです。私を製作したグループと、あなたが」
「俺はそんな契約交わした覚えはないんだが」
「あなたの名義で行われたのです」
ジャロがやったのか。余計なことをしてくれちゃって。
「じゃあ次の質問。どうして人の姿をしている? ハンググライダーじゃないのか?」
「本来の私はこの姿です。私が姿を消すと、ハンググライダーが現れます。したがって、私とハンググライダーは同時に現実に現れることができません。今はハンググライダーが秘密の庭にて待機しています」
「ひ、秘密の……?」
「秘密の庭です。庭園です。別次元の空間を、便宜上そう呼んでいます」
「は、はぁ。何だかいまいちよくは分からないが。まあ、いいや。要はフォルムチェンジみたいなものだろ?」
「私とハンググライダーは別個体なので厳密には違いますが。まあ、そういう解釈でもあながち間違いではないかと」
難しい話だ。俺にはよく分からん。
それよりもだ。もっと重要な話がある。
「次の質問に行こう。お前は元ラティアスなんだな?」
俺はそうだろうと思って質問した。けれど、彼女は——
「……それについては、お答えできません」
「答えられない? どうして? それが分からないと困ることがあるんだけど」
「では、私はプレートを持っていません。これで十分でしょう?」
どうやら、俺の質問の意図が読めていたらしい。まあ、持ってないなら元ポケモンだろうが何だろうがどっちでもいいのは確かだ。
「それじゃあ最後に。名前はないってことでいいんだな?」
ないならないでも問題はなさそうだけどな。ラティアスって呼べばいいし。
「はい。よろしければ、ご主人様がつけてください」
「……え?」
にこにこの期待顔で俺を見つめるラティアス。これはつけてあげないといけない感じだ。アリアドス、"おや"になる。
「えっと……じゃあ、
ラティアスからとってみた。咄嗟に考えたにしては、なかなかにいい名前じゃないか?
「苗字はどうしましょうか?」
「苗字も?」
ラティ……うーん、あまりいいのが思いつかないな。俺がおやだから芦長? ……いや、やめておこう。
じゃあ分類からそのままとるか? 少なくとも、ラティよりはマシだろう。
「むげん……夢幻明日香。これでいいか?」
「はい。ご主人様の指示ですので」
厳密には俺が指示したのではなく、お前が求めてきたんだけど。
「他に何か質問はありますか? ないのなら夕食にしましょう。早くしないと冷めてしまいます」
すたすたと奥の方へ歩いていくラティアス、いや明日香。
これ、莉央が帰ってきたらどうなるんだろう。家が壊れないといいけど。
明日香の用意していた料理はイタリア料理だった。
まず、お酒——は俺らは未成年だから飲めないので、代わりにこどもびいる。食前酒と言って食欲を増進させるために飲むらしい。
「こどもびいるで食欲は増すのか?」
「なるべく似せるためです。それともワインを用意しましょうか? 通報しますけど」
「いや、いい」
やめてくれ。武偵は武偵3倍法があるのだから、バレたらただの注意では済まされないんだぞ。それにもしワインを飲みながらフルコース料理なんて食べたら確実に教務科の体罰フルコースが待っている。死よりも恐ろしいと噂されるそのフルコースはいただけない。
次に前菜。赤い肉、黄色いチーズ、緑色の野菜でカラフルに彩られたそれは塩味が効いていて美味しかった。
「量が少ないな。もう少し多めに盛ってくれてもいいんじゃないのか?」
「ダメです。前菜はあくまでメインディッシュをより美味しく頂いてもらうための飾りにしか過ぎないのですから」
せかせかと前菜を片しながら明日香が言う。その控えめにフリルをあしらえたメイド服の後ろ姿を俺は見ることになる。
女子でありながら俺よりほんの少し低いくらいの身長の明日香。当然、発育も良く——
うん、やっぱりワインは飲まなくて正解だった。混乱でもしてみろ。襲っちゃうかもしれないぞ。
「お待たせしました。プリモ・ピアット——一品目のメインディッシュです」
登場したのはパスタ。ついでにパンが添えられている。
「最初に炭水化物なのか?」
「イタリア料理はフルコースの品目が少ないんです」
アルデンテで茹でたパスタは辛すぎず、しっかりとソースの味が麺に絡まっていた。やばい。明日香さん料理うますぎマジリスペクト。
パスタを食べ終えた後に出てきたのは魚料理。白身魚と貝がトマトとともに、やはりカラフルに盛り付けられている。
「どうですか?」
「ん? あ、うん。美味しいよ」
しかしあれだな。こんなに美味しい料理を食べてしまったら、元のカロリーメイトやカップ麺、コンビニ弁当などのあの食生活に戻れなくなってしまうかもしれない。困ったものだ。
その後はサラダが出てきて、そしてデザート。
「ティラミスです」
イワパレスの背中のような色合いをしたデザート。ティラミス。ちなみにイワパレスとは、イッシュ地方に生息するいわやどポケモンで——
(イッシュ、か)
イッシュといえば、あの白い美少女。俺は未だに彼女の正体を知らない。俺はイッシュの伝承とかには少々疎いのだ。なぜなら、あの辺はアリアドスはあまり近づかない地域だからな。主に俺らアリアドスの上位互換と言われる種が生息しているせいで。
まあ餅は餅屋、服はブティックで、とよくいう。イッシュの話はイッシュ出身者に聞くのが手っ取り早くていいだろう。
甘いティラミスを食べ終えると、今度はコーヒーが出された。
「エスプレッソです。少し苦目ですが」
試しに飲んでみると、たしかに苦かった。ミックスオレよりも苦い。でも、先程食べたティラミスの甘さと合わさって何だかいい感じ。
「お風呂にしましょう。お背中、お流ししますよ」
「はい⁉︎ ばっ、バカか、お前!」
「どうしてですか? 私はあなたの召使いで」
「いや、どうしても何も! 俺は男でお前は女だぞ?」
「それがどうかしましたか?」
「いや、だから! もう少しそういうことを考えて行動しろってことだよ。俺らは園児じゃないんだ。お前は何歳なのかは知らないが、俺は高校二年生、思春期真っ只中の男子なんだよ」
「あっ、私も今年で17になります。でも、妊娠の可能性なら大丈夫ですよ。私、体質的に妊娠はしませんので」
「ブッ⁉︎」
俺はコーヒーをダイニングテーブルの上にぶちまける。
「もう、ご主人様。お行儀が悪いですよ?」
「お前の口が悪い! 節操がないよ、節操が!」
「何を言ってるんです。ご主人様の体のケアも、召使いの仕事の一環です」
はぁ。一気に気分が悪くなった。せっかくこどもびいるでもほろ酔い気分になれたっていうのに。
「いいから。とにかく、一緒に風呂は入らないからな? お前が先に入れ」
「……ご主人様の命令なら」
渋々といった感じで一人でバスルームへと向かう明日香。
明日香の姿が消えたのを確認した俺は、バスルームとは反対方向であるベランダに出ると、携帯で電話をかける。
『やあ、糸丸君。体はもう大丈夫かい? メイドさんはちゃんと世話してくれてる?』
「……ジャロ。説明しろ」
『やだなぁ、糸丸君。そう怒らないでくれ。僕は君のためを思ってやっただけなんだから』
ハハハ、と電話越しにジャロが笑う。あのヤロー。
「まあいいや。ジャロが作ったわけではないんだろ? 誰が作ったんだ?」
『名古屋の研究チームだよ。
「ちょっと待て。その研究チームの名前は何だ?」
彼らがラティアスを作った。あんなにポケモンのラティアスに酷似したハンググライダーを、だ。それすなわち、そいつらも元ポケモンなんじゃないのか?
『名前は分からない。誰にも教えないんだ。でも、元ポケモンではないと思うよ』
「根拠は?」
『ない。けれど、代表に直接会ってみた感じだとポケモンらしさを感じさせるものは何もなかった』
「容姿の特徴は?」
『白衣。眼鏡。金髪。それくらいかな』
たしかにそれらの容姿からだと元ポケモンだとは特定しにくいな。この世界にはポケモンがゲーム内の架空の存在としているわけだから、そこからヒントを得たのだろう。
『ただ、たしかにその研究チームは注意しておく必要はあるね。いわゆる目的のためなら手段を選ばない主義なんだよ。例えばラティアスだってそうだ。ただの人——厳密には元ポケモンだけど——を兵器化するんだから』
「ちょ、ちょっと待て⁉︎ 兵器化? どういう意味だよ、それ!」
『そのまんまだよ。だって同一の存在じゃないって言ったって、同時に存在し得ないんだろう? ラティアスと彼女が一体になったのと同義だよ』
そういうものなのか? 彼女は兵器なのか? だとしたら、身の危険さを感じるんだが。
『可哀想だよね、彼女も。ラティアスと言ったら準伝説だよ? それが君のペットだもんね。研究チームの人に抵抗する様子もなかったし、転生時に何かあったんじゃないのかな?』
何か? 彼女が自分が元ポケモンであることを認めるのを渋ったのと関係があるのか?
「まあそれについてはまた今度だ。今日は他にも聞きたいことがある。むしろこっちが本題だ。白いポケモンって言ったら、何を思い浮かべる?」
『もう少し具体的に教えてくれないかな?』
「えっとたしか……真実。真実って言葉をよく使うんだ」
『真実……まさか』
「心当たりがあるのか? 誰なんだ、そいつは。この間横浜で会ってさ、喧嘩をふっかけられた」
『——糸丸君。その人とは関わっちゃダメだ』
「どうして? あのプレッシャーは間違いない、彼女はプレートを持ってる。捕獲しなくちゃダメだろ」
『ダメだ。その彼女と戦うつもりなら、相応の準備をしなければダメだ。いいかい? 今の僕たちは彼女との相性が悪い。誰も有効打を打てないんだ。彼女はおそらく、伝説のドラゴンポケモン』
伝説のドラゴンだって? ポケモンの世界で、神話として語られるようなレベルの奴ってことか?
「でも、ドラゴンだったら沙那がやれるはずだ。沙那はフェアリータイプだ」
『ドラゴン単色じゃないんだよ。彼女の名はレシラム、ドラゴン・炎タイプだよ』
炎タイプ。どうりでジャロが尻込みするわけだ。
別に、ジャロが草タイプで炎タイプに弱いからというだけの理由ではない。
ジャロは草タイプで当然ながら炎に弱い。虫タイプの俺も然り。莉央とエム、どちらも鋼タイプを持つので、やはり炎に弱い。沙那も、直接炎タイプが弱点なわけではないが、彼女の技であるフェアリーの通りが悪くなる。フェアリータイプの技は炎タイプにいまひとつなのだ。
唯一弱点をつけるのは明日香か? いや、彼女もドラゴンタイプ。ドラゴン同士はお互いが弱点となる危険な戦いだ。決して有利とは言えないだろう。
『糸丸君、場合によってはオクタン——奥田哲を仲間に迎え入れる必要もあるよ。それでもレシラムへの対策にはならないけど』
「そうだな……」
たしかに彼女とはまだ関わらない方が良さそうだ。
もっと俺らがこの世界における力をつけるまで。タイプの相性をひっくり返せるようになるくらいまで。