緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第3弾

 ベッドに腰掛ける神崎と床に座るキンジ。俺が来る前まで弄っていたのだろうか、複数の機械の電源が入っている。一応ロックをかけているし、強襲科の神崎や普通のキンジでは閲覧はできなかったと思うが、一応確認をしておく。

「何か見たのか?」

「見れなかったのよ。あんたの交友関係とか調べてやろうと思ったんだけど」

 不機嫌そうに頬を膨らませる神崎。おい、怒るのは俺の方だろ。勝手に家に上がられて、挙句プライベートに踏み込まれそうになったんだぞ。

 携帯を取り出すキンジと、手鏡を取り出す神崎。二人は人様のベッドの上でくつろぎはじめる。退く気はないってか。

 仕方がないので、コンピューターやレポート用紙でごちゃごちゃの机の椅子を引っ張り出して座る。

 椅子の上に畳んだ状態で置かれていた寝巻きを床に投げおくと、神崎が眉を顰める。

「なんか、私生活がだらしないわね」

「いいだろ、別に。同居人はいないんだし」

「喉乾いたわ」

 何の脈絡もなく、そう言い出す神崎。どうやら彼女は言いたいことは言って人の話は聞かないクチのようだ。

「糸丸、俺も」

 キッチンへと向かった俺の背をキンジの声が追いかけてきた。へいへい、わかりましたよ。

「と言ってもなぁ」

 冷蔵庫を開ける。中に入っている物を見ると、溜息を吐きたくなる。

 大量の栄養ドリンク。食品なんてものはない。

 飲み物に関しても、あるのは"おいしいみず"だけ。お茶もコーヒーもない。"ミックスオレ"でも買っておくべきだったか。

 仕方ないので、二つの紙コップにおいしいみずを淹れてリビングに戻る。

「これしかないけど」

「キンジの部屋の方がまだマシね」

 文句を言いながら水を飲む神崎。だったら今すぐ帰ってくれ。

 次に、壁面収納型のクローゼットから"キズぐすり"を取り出し、ズキズキする頭に吹きかける。

「うっ、しみるな」

「それ何? 薬?」

 珍しそうな物を見るように(実際珍しいのだが)キズぐすりをしげしげと眺める神崎。自分の手に少しかけてみて、匂いを嗅いだり感触を確かめたりしている。

「まあ、そんなもんだ」

 ただ、これは前世がポケモンだった俺やエムみたいな奴にしか効き目はないけどな。SSR—超能力捜査研究科—の知り合いが温室で栽培しているきのみから作っている。栄養ドリンク類もだ。

「で? 何で俺の部屋にいるわけ?」

「あんたにドレイになってもらうためよ。それくらい察しなさい」

 どう察しろと。無茶言うな。

「というか、どうやって入ったんだよ。鍵は掛かっていただろ?」

「たまたまこの部屋から女の子が出てきたから、中に入れさせてもらったの」

 あー、あのバカ。そうか、神崎だけならともかく、キンジがいたのならあいつはやりかねない。これだから片想い(キンジファン)は。

 今度から俺が受け取るキンジ観察日記の依頼料を1.5倍にしよう、うんそうしよう。

「ま、そんなことはどうでもいいでしょ。はい、本題。糸丸、あたしのドレイになりなさい」

「嫌だ」

 いい加減学習してほしい。昼も断っただろうが。そもほも、どこの世界に好き好んで奴隷になる変な奴がいるんだよ。少なくとも、俺が前いた世界にはいなかった。

「どうしても?」

「どうしても」

「そう。それなら仕方ないわね」

 神崎は背中から二振りの刀を取り出すと、それを構える。

「実力行使よ」

「……は? え、ちょっと待てよ!」

 俺が現状を把握するより前に斬り込んでくる神崎。咄嗟に横っとびで緊急回避をする。

 ザシュ、という音とともに俺の背後にあった机が斬り刻まれていた。ほ、本気かよ!

「神崎はSランク武偵だろ⁉︎ 勝ち目なんてないじゃないか!」

「あたしは強襲科。糸丸は諜報科。相性で言えばそっちが有利なはずよ」

「それはあくまで事前に戦闘をするということがわかっていた場合の話だ! 今回のような急襲には当てはまらない!」

 諜報科が強襲科に対して相性が良いとよく言われる。強襲科が正面きって戦うのに対し、諜報科は搦め手や騙し討ちを用いて戦うのを基本とするからだ。

 しかし、俺はこの一般論に意を唱えたい。諜報科が本領発揮するのはあくまで事前準備をした場合である。突発的な戦闘には弱いし、基本的な戦闘能力も強襲科より低い。

 つまり特殊環境下においてのみ諜報科は強襲科に強いだけ。

「でもここは糸丸のホームでしょう?」

「家の意味でな! ホームグラウンドじゃねえよ!」

 誰が家に罠を仕掛ける! そんな奴、いやしねえよ!

 刀を構える神崎。本気らしい。随分と厄介な性格してやがる。

「じゃあ俺がお前に勝ったら、もう二度と俺をドレイにするとか言うなよ?」

「上等!」

 飛びかかってくる神崎。俺はその攻撃を椅子、机と順に飛び乗ることで回避する。

 そして机の上のスピーカーに突き刺さった状態の二本のナイフを抜き、神崎に向けて投擲する。

「その程度!」

 ギイッ

 神崎が刀でナイフを弾く。もちろん、これが決定打になるなんて思っていない。俺が拳銃を抜く時間を作り出すための時間稼ぎだ。

「おい、お前ら!こんなところでそんなことすんな!危ないだろ!」

 いきなり叫んだキンジを一瞥する。彼の両肩のすぐ傍には俺が投擲したナイフが刺さっている。

「余所見してる余裕があるのかしら!」

 椅子に飛び乗った神崎が刀を振る。俺は修理したてのワイヤーを使って天井へと逃げる。靴の踵のピックを天井に刺して張り付く。

 下を見下ろせば、こちらを見上げる神崎の顔が見える。意外と可愛い。

 これ、直撃させない方がいいのかな?

 適当に銃弾をマガジンが空になるまで撃つ。それらは神崎に当たることはなく、それどころか乱雑に飛んでいき、壁や床のあちこちに埋まる。

「糸丸って案外銃の扱い下手?」

 神崎が目を吊りあげる。まだ分かってないな。いつ気付くのやら。

 ジャンプをするために膝を曲げる神崎。そして、

「っ⁉︎」

 何かに気付いたようで目を見張り、周囲を凝視する。

「おい、これってTNK(ツイステッドナノケプラー)ワイヤーか?」

「いつの間に……!」

 神崎の周りに張り巡らされた細いワイヤー。TNKワイヤーとキンジは呼んだが、いわゆるピアノ線である。まあ、これは厳密にはちょっと違うが。エムが独自に開発した繊維で作られており、刀並みの切れ味を持っている。さながらどこぞのポケモンの羽根のようである。

 神崎は迂闊には動けない。ワイヤーを斬ろうとすれば、腕が切れるかもしれないし、ワイヤーの位置を確認しようにも顔を動かせないだろう。

「ここは俺の巣だぜ?」

「そうね。降参だわ」

 案外素直に降参する神崎。まあ、誰だって自分の命の方が大切だもんな。

 天井から降りて、キンジの傍からナイフを抜くとワイヤーを切る。

「さっさと帰れよ。俺も忙しいんだから」

「分かってるわよ。でも、その前に——」

 チャキッ

 首元に刃物を突きつけられる。神崎じゃない。その刃物は後ろから当てられている。振動しているそれは、バタフライナイフ。キンジの持ち物だ。

「悪いな、糸丸。俺が奴隷にならないためにお前という生贄が必要なんだ」

 なんてこった。だましうちかよ。どうやら俺はキンジに裏切られたらしい。いや、裏切るも何もないか。元からこいつは神崎サイドだったんだ。

「糸丸。ここがあんたのホームだとしてもあたしを追い詰めた実力、やっぱり見逃せないわ。あたしのドレイになりなさい!」

「神崎、最初の約束はどうなった。もう二度と俺を奴隷にするとは言わないんじゃなかったのか?」

「あれは糸丸を油断させるための作戦よ。負けるが勝ちってね」

 そうかい、俺はまんまと嵌められたわけだ。このまま俺は神崎のドレイになってしまうのか?

 俺は昔、ポケモンだった。トレーナーにゲットされることはなく、生まれてから死ぬまでずっと野生で暮らしてきた。人によっては、それは自由な生活だというかもしれない。

 でも、違う。野生とは過酷なのだ。特に俺のような種族値の低いポケモンにとっては。

 いつ食にありつけるか分からない。いつトレーナーが現れて、野生ポケモンをコテンパンにしていくかも分からない。あいつらは悪魔だ。こっちを瀕死状態にするだけして、そのまま放置していくんだから。

 それが、今は人として生きている。人権なるものが人には認められていて、最低限の生活は保障されている。他人に迷惑をかけない程度の自由もある。何が嫌で、奴隷にならないといけないのだ。

 だから俺は、あの頃みたいに。

「逃げる!」

 腰の巾着袋から紫色の球体を取り出し、床に叩きつける。瞬く間に部屋が白煙でいっぱいになる。これは"けむりだま"。逃げる際の常套手段。

「糸丸、逃げるのか!」

「ケホッケホッ。キンジ、玄関を塞いで!」

 周囲の状況が分からない神崎とキンジ。俺? もちろん、スムーズに動ける。だってここは俺の住処だからな。

 ドタバタと音を立てながら足音が玄関の方へと向かった。退路を塞ごうとしているんだろうが、無駄だな。

 俺は窓の鍵を開ける。

「! そっちね!」

 神崎はその開ける音を拾ったらしい。俺が窓を開けて外に出たことにより薄くなった煙の向こうに、小さい影が見える。

 ベランダの手摺に立ち、神崎がベランダに出てくるのを電話をしながら待つ。

「ああ、俺。糸丸。ちょっとワケありでさ。今晩泊めてくれない?」

『ワケあり? まあ、構わない。最高級のディナーを用意しておこう』

 最高級の夕食を今から用意とか。さすが、ボンボンは違うな。

「糸丸! 追い詰めたわよ!」

 ベランダに飛び出してきた神崎。両手には刀ではなく、拳銃を持っている。黒と銀の二丁のコルト・ガバメントだ。

「神崎、俺は奴隷にはならない。自由を奪われるくらいなら死んだ方がマシだ」

「死ぬ? 自由を奪われる? 糸丸、ドレイっていうのは」

「というわけでさよなら!」

 背中から下へと落ちていく。下の階のベランダの手摺にワイヤーを引っ掛けて、安全に着地。

 強い敵と見えた時はどうすれば良いか。答えは簡単だ。

「逃げるが勝ちってね」

 さて、友人宅に行こうかな。

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