緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第4弾

 学園島とレインボーブリッジを挟んだ向かいにある人工浮島、"空き地島"。ここは4月、俺らが武偵殺しと戦った飛行機が不時着した場所でもある。

 そこには解体されていないANA600便の残骸があるのだが——

 そばにある、壊れた風力発電機。その回らないプロペラの代わりに、編み込んだ長い髪が揺れていた。彼女の振りまくオーラのようなものを感じる。間違いない、カナさんだ。

「少し遅いかな」

「すみません。でも俺にも事情ってものが——」

 俺は彼女に近付いた。そしてその隣に壁にもたれかかっているヒトカゲに気づく。

「キンジ?」

「さっきそこから落ちかけて気絶しちゃったみたいなの」

 カナさんが指差したのは風力発電機。えっ、この高さから落ちたの? いや、まずどうしてそんなところに登っていたんだ?

「キンジは無事なんですか?」

「ええ。私がワイヤーで引っ張り上げたから。この子、昔っから手間がかかる子なの」

「そうなんですか?」

「うん。女の子に対して奥手だし、ヒステリアモードじゃないときはちょっと不安になっちゃうくらい普通の男の子だし」

 この人、ヒステリアモードについて知っている……! ということは、やはりキンジの親戚か。しかも、随分と親しい間柄のようだ。やっぱりキンジの姉なのか?

「そこでお願いなんだけどね、キンジを家に送ってくれないかな?」

「はあ。別に構いませんが」

「ありがとう」

 カナが微笑む。まるで時が止まったかのような感覚。可憐な花が咲いたような笑顔に、俺はドキッとさせられる。

 こ、これがキンジの親戚? キンジからは想像もできないよ。

「それで、ここからが本題」

「本題……? アリア殺しの件ですか? まだ俺は協力するとは一言も言ってないんですけど——」

 パァンッ! チュインッ!

 俺の頬を掠めた銃弾が、背後のANA600便の残骸にぶつかって跳ねた。

 熱せられた頬に触れると、出血していた。額から汗が滲み出る。

「あら? どうしたの? 手当てしようか?」

「えっ? あ、大丈夫です」

 たぶんこの人がやったんだ。俺には反応するどころか、この人が弾を撃つモーションさえ目に入らなかった。

 つまり、俺の命はこの人の手の中にある。この人の意思一つで、俺は死んでしまうかもしれないということだ。

「脅迫ですか。見た目にそぐわず、随分と汚い手を使うんですね」

「ごめんね。遠山の一族は義の一族。巨悪を討つのは天命なの」

「義? 正義のことですか? だったらどうしてアリアを殺そうとするんですか? 明らかに正義に反してるはず」

「巨悪を討つためには、人の死も仕方のないことなの。より大きな義のためには見捨てられなければならないこともある——っていうのが、私の持論なんだけどね。ただ、もしかしたら別の可能性があるかもしれない」

「別の……?」

「そう。でも、その可能性が本当にあるのかどうかは分からない。だからまずは確かめる。アリアを殺すのはその可能性が潰えた時」

「その可能性って何なんです?」

「……知りたい?」

 瓦礫の上に腰掛けるカナさん。海の向こうのイルミネーションに彼女の顔が照らされる。

 美人だ。理想の美人。誰もが一緒にいたいと思うような、こうなりたいと憧れるような、そんな美人。でも、どこか作り物のような気もする。完璧すぎるのだ。俺はレシラムじゃないが、理想と真実は違う。この人の真実は、違うのでは?

 まあ、とにもかくにもその理想の美人が語る可能性。それも現実離れした理想なのか? それとも。

「知りたいです。教えてください」

 真実となり得るのか。

 

 

 キンジを彼の部屋のPCラック前に寝かせた後、俺らは誰もいない工事現場へと向かった。

 建築中の建物の周りに張り巡らされた足場。その足場の一番上層にて、カナさんは絶妙なバランスで鉄パイプの落下防止柵の上に立った。

 これからその別の可能性とやらを教えてもらうのだ。俺は彼女が話し始めるのを待つ。

「君は何者?」

 しばらくしてから、まずカナさんはそう始めた。

「東京武偵高の二年生、諜報科Aランクの芦長糸丸です」

 バカ真面目に答えた俺に対し、カナさんはクスッと笑った。でも、目が笑ってない。

「知ってる。でも私の聞きたいことはそういうことじゃないの。——芦長君って、普通の人間じゃないよね?」

 そう来ましたか。

「たしかにキンジ流に言えば、武装していて殺伐とした毎日を送っている俺らのような武偵は普通の人間じゃないですね」

「そうじゃないんだけどなぁ」

「……ただの低G(グレード)の超偵ですよ」

「ふぅん。はぐらかすんだ」

「武偵なら自分で調べるべきですよ」

「うん、たしかにね。じゃあ君も第2の可能性については自分で調べてくれる?」

 交換条件というわけか。どうやら彼女はただでは教えてくれないらしい。どうする?

 俺の秘密。俺は転生者である。しかも、元ポケモン。前世はポケモンだったのだ。これを教えていいのか? もし仮にこの人が悪人で(決してそうは見えないが)俺らのような元ポケモンを徹底的に捕まえるような展開になったらどうする? そうなれば俺だけでなく、沙那とかエムとか莉央とかジャロとか奥田とか、他の人にも迷惑がかかるだろう。そもそも、この人が信じるかどうかという問題もあるが。

「やっぱり言いにくいかな? そうだよね、そう簡単に話せることじゃないよね」

 黙ってしまった俺に優しく話しかけるカナさん。これは無理やり聞き出そうとはしないっぽい。

「じゃあ、言わなくていいよ。その代わり、私も教えてあげない」

 鉄パイプの上から降りたカナさんは、建築中の構造物の中へと入っていく。俺もその後ろについていく。

 彼女の後ろ姿を見ながら、俺は彼女の武装を考えてみる。拳銃は所持している。ただし、その銃がどこの何という種なのかは分からない。リボルバーなのか、オートマチックなのかも。装弾数、射程距離、その他特徴が一切分からない。

 近接武器もだ。使うのはおそらく鎌。病院に襲撃してきた時に鎌を使っていたし、安物にして失敗したと語っていた。つまり、普段はもっと高性能な鎌を使っていると推測できる。

 しかし、それだとわけがわからないのだ。あの華奢な身体のシルエット。一体どこに鎌をしまう場所があるというのだ。引き締まった二の腕、くびれた腰、細く綺麗な足。どこにも鎌の面影は見えない。

「ねえ。一つ頼んでもいいかな?」

「何でしょう?」

「私ね、武偵高に潜入したいの。第2の可能性がどれくらいあるのか、確かめるために。だからね、女子の制服を調達してほしいな」

「それを俺に頼みますか」

「誰かコスプレ好きな友達とかいないの? それとも、もしかして友達が少ない?」

「いや、いますけど」

 コスプレ好きな友達ならいる。男子の。

 まあおそらくはそれを知った上で俺に頼んできたのだろうが。いや、だったら自分で調達するか。

「じゃあお願いね。明日のお昼に校門の前で待ってるから」

 構造物の端。落下防止用の柵すらないそこに立ち、カナさんは振り向いた。

「君には期待しているの。イ・ウーナンバー2を斃した芦長君にね」

「なっ⁉︎ どうしてそれを⁉︎」

「さあ?」

 彼女はイ・ウーのことを知っている。ブラド戦のことをだ。あれは機密事項なのに……!

 もしかしイ・ウーの構成員の一人なのか? だったら、逃すわけにはいかない!

「待て! あんたはイ・ウーにいたのか⁉︎」

「明日の昼、また会いましょう」

「あっ!」

 こっちに手を振ると、彼女は飛び降りた。

 急いで駆け寄り、下を見る。カナさんはワイヤーをうまく使って下へと降りているところだった。

 俺は自分もワイヤーを使って下に降りる。

 けれど暗かったこともあり、下に着いた時には俺は彼女を見失ってしまった。

 

 

「ただいま」

「お帰りなさいませ」

 帰宅すると、いつのまにかロングスカートの方のメイド服に着替えていた明日香が待っていた。

「やっぱり帰って来ました。他所の女より私の方がいいということですね」

「いや、ここ俺の家だから」

「上着、預かりますね」

 俺が羽織っていたブレザーを取ると、明日香は部屋の奥へ。

 俺は亭主気分で部屋に入る。椅子にどかっと座ると、せっせと働く明日香を眺める。

 今は俺の夏服にアイロンをかけている。明日から学校には夏服である半袖の防弾制服を着ていかなければならないのだ。それで防弾の性能は低くならないのか。

 それにしても、随分と手際がいいな。以前莉央がワイシャツにアイロンをかけようとしたら焦がしていた。これは奥田に代わる家政婦さんの登場だな。

 そういう点だけ見れば、明日香は大歓迎なのだが。

「あっ! お風呂のお湯、温め直しますね」

「いや、いい。シャワーだけ浴びるから」

「では、お背中を……」

「いいから! ほら、アイロンかけ頑張れ!」

 ついて来ようとする明日香を追い払い、俺はバスルームへと向かった。

 はぁ。こういうのはいらないよな。

 念のため、脱衣所のドアは赤い糸でしっかり固定してから入った。

 

 

 夜。真っ暗なリビングのベッドの上。俺は目を閉じて横になっていた。昨日まではずっと寝ていたらしいが、もうすっかり眠れない体に戻ってしまったようだ。

 視界が塞がればその分聴覚や嗅覚などが優れるらしい。だから、さっきから俺の耳に聞こえてくる誰かの足音は空耳ではないのだろう。

「俺は起きているんだ。夜這いなんて無駄だぞ」

「さすがご主人様です」

 俺は起き上がると部屋の電気をつける。

 フラッシュされた洞窟内のようにパァーッと明るくなった部屋の中。ベッドのすぐそばに立っていたのはピンクの寝間着姿の明日香。さすがにメイド服ではないようだ。少し安心する。いや、その格好で夜這いされるなんてちっとも安心できないけど。

 それはともかく。こいつにはこの間まで奥田が使っていた部屋をあげたのだが。

「ほら、早く自分の部屋に戻れ」

「一人じゃ怖くてトイレに行けないんです」

「ふざけるな。それでも準伝説かよ」

「くぅん……」

「そんな犬の真似しても無駄だぞ」

「別に真似ではないのですが」

「いいからさっさと帰れ」

「せっかく一緒に住んでいるんですから、一緒に寝ないともったいないですよ?」

「せっかく部屋があるんだから、使わないともったいないだろ。ほら、ご主人様の命令だぞ」

「……承知しました」

 しぶしぶ明日香がリビングから廊下に向かうのを確認して、俺はもう一度ベッドの上に横になる。

 すると、明日香の声がした。

「ご主人様は私のことが嫌いなんですか?」

「別に嫌いじゃないけど。あんまりご主人様ご主人様って言われると鬱陶しい」

「そうですか……おやすみなさい」

 消え入りそうな声で呟いた明日香。足音が遠ざかっていく。

 ……少し言い過ぎただろうか?

「いや、あれくらい言わないと効き目がないだろ」

『可哀想だよね、彼女』

「……可哀想だな」

 ジャロの言葉が頭をよぎった。彼女はどういうわけか、人に逆らわない。自分が兵器にされるのに抵抗をしなかった。

 そして今も、俺の指示には逆らわない。いや、メイドやるなら従ってもらわないと困るんだけどね。

 なぜだ。どうしてそこまで人の言うことを聞ける? トレーナーでもない人の言うことなんか。

 これは悩みの種だな。今夜は眠れなそうだ。

 

 

 ……もともと不眠でした。

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