緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第5弾

 カーテンの隙間から朝日が差し込んできた頃、明日香が部屋にやってきた。

「おはようございます」

「ああ。おはよう」

 挨拶を交わすと、明日香はすぐにキッチンへと消えた。すぐにトントンという包丁の音が聞こえ始める。昨日のこと、気にしてないのか?

 俺は起きると、制服に着替える。昨日明日香がアイロンをかけておいてくれた夏服だ。今日から夏服だからな。

 着替え終えた俺はキッチンに向かう。そこでは明日香が目玉焼きを作っていた。

「明日香。昨日はごめん。言い過ぎたよ」

「私は気にしてませんよ」

 俺の方へ振り向いた明日香は微笑んだ。無理して笑っているような、儚げなその表情は。不謹慎かもしれないけど、綺麗で——

「? どうかしましたか?」

「いや。なんでもない」

「そうですか。ご飯、もうすぐできるので待っててくださいね」

「ああ」

 思わず見とれてしまっていた。改めて確認させられたが、明日香は美少女なのだ。その美少女が、メイド服姿で俺の朝食を作っている。これ、なんて——ぶるっ! 何だろう、殺気のようなものを感じた。

「明日香は学校に行くのか?」

「まだ手続きはしていません」

 まだ。ということは、いずれ学校にも来るつもりなのか。

 でも、その方がいいか。武偵高に関係のない人間がここにいるのもまずいだろうし。

 

 

 ピンポーン。

 俺は引きこもり君の家のインターホンを鳴らした。

 ジジ…ジー……ジジジ……。

 この玄関の扉の前。大量に取り付けられた監視カメラが俺のことを撮っている。この引きこもりのコスプレ好きな俺の友達、無類の機械好きなのだ。特にその機械から発せられる電波が美味しいとか何とか。頭がいかれてるぜ。

 しばらく監視カメラと睨めっこしていると、ドアがゆっくりと開いた。

「芦長、早く入れ。少しでも陽の光が中に入るのは嫌なんだ」

「はいはい」

 俺は常夜灯しかついていない部屋の中へと素早く入り込むと、すぐにドアを閉める。途端に、ムワッとした空気が肺へと流れ込む。

 蒸し暑い。雨が降っている日のような、ジメッとした感覚。

 ここの住人に案内されるまま奥へと進む。中の部屋は大量のパソコン及びよく分からない電子機器等で埋め尽くされていた。

 足元には無数のコードがひしめき合っている。そのコードとコードのわずかな隙間を、ここの住人は慣れている足つきで歩いていく。

「相変わらず汚い部屋だな。少しは片付けたらどうだ?」

「いいんだよ。片付けなんかしたら、どこにしまったか忘れる」

「あと電気つけていい? 暗くてよく見えないんだけど」

「これ使え」

 ガツン!

「痛っ! よく見えないって言ってるんだから投げるなよ」

 俺は投げられたもの——懐中電灯を拾い上げると明かりをつける。

 照らされた室内。そして、スポットライトを浴びるように光を受けた青年は眩しそうに眼を細める。

「やめてくれ。電気なんか蓄えたって使わないんだから。静電気がバチバチ起きるだけだ」

 長く伸びた黒髪。緑色の瞳。ダルそうな顔。ヒョロヒョロの体。もやし人間ならぬもやしポケモンと呼ぶのに相応しいこいつの名は、襟木照(えりき てる)。前世はエレザード。

 普通、エレザードと言ったら太陽が好きなポケモンのはずなのだが、こいつは特殊。太陽の力(サンパワー)は扱いづらくて体がすごい疲れるとか言って引きこもりになった。乾燥肌なため、部屋のいたるところに加湿器が置かれている。おかげでこのムンムンした蒸し暑い空間が生まれたわけだ。

 所属学科は俺と同じ諜報科(レザド)。以前キンジの部屋の監視のための機材を借りたのもこいつから。こいつのやってることはどちらかといえば通信科とか情報科に近い。というか、午後の授業はもっぱらサボるか通信科の自由履修を受けるだけ。

 じゃあ何で諜報科なんだよ、と思うかもしれない。俺も思った。そこで以前聞いてみたのだ。そしたら、

『俺がエレザードだからだ』

 だそうだ。うん、納得できなかった。

「それで? 何の用だよ、芦長」

「照、武偵高の女子用の制服を持ってないか?」

「セーラー? あるけど?」

 今度は別の部屋へと移動を開始する照。実はこいつ、コスプレイヤーなのだ。しかも、女子の衣装も着る。

 奥の部屋に入ると、そこは衣装室。学ラン、警官服、ジャージに始まりワンピース、ミニスカートにドレスやリクルートスーツ、明日香が着ていたようなメイド服まである。もちろん、セーラー服もというわけだ。

「ほら、これ」

 照に渡されたのはたしかに防弾製のセーラー服。サイズは合うのだろうか? まあ、何とかなるか。

「お前も女装したいのか?」

「なわけねえだろ。調達してくれって頼まれたんだよ」

「なぁんだ。つまんねえの」

 再びさっきの機械室に戻る照。俺も彼に続いて衣装室を出る。

「それで? 見返りは?」

「単位数の確認」

「よし、じゃあそれは貸す。ちゃんと洗って返せよ。あと、報告はメールな。ここに光は持ち込むな」

「分かった」

 引きこもりの照。当然、授業もさぼりがち。必要最低限の単位しか取らないのだ。

 今日は一学期の現段階における単位不足生徒の一覧が張り出される日。普段ろくに諜報科の授業を受けていない照は明らかに名前が張り出されるであろう。

 その確認すらめんどくさがるこの怠惰っぷり。なんてレイジーな奴。いや、日の光を浴びたくないだけなのだが。

 汗がさっきから止まらないので、俺は急いでここから出ることにする。そんな俺の背後から照の声が追いかけてきた。

「忘れるなよ」

「分かってるよ」

「ドアは1秒以内に閉めろよ」

 無茶言うな。

 

 

「ふむ。やはり照は2単位足りない、と」

 たしか必要単位数が2単位だったから、照は0.1単位も取っていないということだな。

 ……これ、確認する必要なくね? だって何もやってなかったったことだよね? 自分で分かってないのか?

「芦長。お前も単位が不足しているのか?」

「ジャンヌ?」

 掲示板を見ていたところ、後ろから声をかけられた。振り向くと、松葉杖をついているジャンヌ・ダルク30世がいた。

「どうしたんだ、その足」

「フフッ、少し転んだのだ」

「何笑ってんだ?」

「いや、遠山と同じことをお前が聞くからだ」

 このくだり、前にもあったような気がする。てか、足を怪我している人を見てこの質問をするのは普通だろ。包帯を巻いているんだぞ? それとも、デスカーンに触れましたか、とか聞けばいいのか?

「実はだな、道を歩いていたらコガネムシのような虫が膝に張り付いたのだ。私は驚いてな。そのせいで道の側溝に足がはまった」

「……はあ」

「そこをちょうど通りかかったバスに轢かれたのだ。全治2週間だ」

 ……ジャンヌ、意外とドジなんだな。

「それでどうなんだ、芦長。お前も単位が不足しているのか?」

「いや。俺はちゃんと——"も"? てことは、誰か不足しているやつがいるのか?」

 ジャンヌが指でさして示す。その指されたところに書かれていたのは——

『2年A組 遠山キンジ 専門科目(探偵科) 1.9単位不足』

 あらまあ。

「可哀想な奴だ。神崎・H・アリアに振り回されてばかりだからな」

「たしかに……」

 俺は他にも知り合いの名前がないか探してみる。——2年生のところにはなかったな。2年生のところには。大事なことだから2度言ったぞ。

「それで? キンジはどの緊急任務を受けるんだ?」

 俺らが見ていた単位不足者一覧表の隣の掲示板。夏季休業期に受けられる割引価格の任務だ。

 武偵高では単位不足がよくある。だから学校が生徒のために、割引価格でたくさん請けてきてくれるのだ。つまり補習。

 俺はその緊急任務を片っ端から確認してみる。

『港区 大規模砂金盗難事件の調査』

『港区 工業用砂鉄盗難事件の調査』

『港区 砂礫盗難事件の調査』

 なんか砂ばっかり盗まれてるのな。誰だ、こんなことしてる奴は。カバルドン?

「これだ。遠山はこれを受けるらしい。アリアと一緒にな」

 ジャンヌが教えてくれた任務は——

『港区 カジノ"台場ピラミディオン"私服警備』

 詳細を確認してみると、最低四人は必要らしい。友達少ないあいつに集められるのか?

 と、この任務にオススメの学科名が目に入った。

 強襲科、探偵科、他学科も応相談。そう、強襲科。

 ふむ。これは優しい戦兄としてキンジに相談してみよう。

 

 

 昼休みになるとすぐ、俺は防弾制服を入れた紙袋を持って校門へと向かった。

 カナさんがいた。そこだけ空気が周囲と違い、キラキラしているように見える。

「お待たせしました」

「ありがとう」

 カナさんは俺から紙袋を受け取ると、その中身を確認する。

「うん、サイズもちょうど良さそう。よく分かったね」

「えっ? それは……」

「ふふっ。キンジよりずっと女の子に興味があったり?」

「ち、違います! たまたまです、たまたま!」

「キンジと同じくらい免疫がないのかな?」

 免疫? たしかに俺は特性めんえきは持ってないけど。

「カナさん。学校に潜入して何をするんです?」

「気になる?」

 微笑を浮かべながら、カナさんが聞いてくる。そして、ゆっくりと近付いてくる。フレフワンとはまったく違う、いい匂いが鼻腔をくすぐる。

「ねえ、これから着替えるんだけど……」

 着替えるんだけど? だけど何なんだ? だけど?

「何をしているんですか? そちらの方は誰です?」

 透き通った声。振り向くと——

「明日香⁉︎ どうしてここに⁉︎」

 ロングスカートの方のメイド服の明日香がいた。どうして学校なんかに? てか、やっぱりその格好なのかよ。他に服はないのか。

「入学の手続きをしに。しかし誰なのです、この人は」

「あら? 彼女さん?」

「えっ? あっ、カナさん。ちが——」

「そうです」

「は? えっ、明日香?」

「へえ。彼はそうは思っていないみたいだけど?」

「それは契約の内容を知らないからです」

 契約? ジャロが俺名義で勝手にやった奴のことか?

 しばらく品定めをするかのようにじっくり眺めたカナさんは、顎に細い指を当てる。

「ねえ、あなたもしかして——」

「帰りましょう」

 明日香が俺の腕を引っ張っていく。えっ、俺はこの後授業があるんだけど……。

「……試してみる? 芦長君、私と来ない?」

「えっ?」

 突然、カナさんも変なことを言い出した。

「認めません。私とこれから帰るんです」

 いや、だから俺は午後も授業がだな。

「力づくでも止める?」

「止めます」

「じゃあやってみて」

 カナさんが俺の方へと腕を伸ばす。

 それを見た明日香がスカートのスリット部に手を伸ばす。そこに暗器があるのか。

 が。伸ばされた手は、スリットに突っ込む前で止まる。そして、そのまま動かない。

「どうしたの? ほら、早くしないと」

 カナさんが俺の腕を掴む。その華奢な腕のどこにそんな力があるんだ、というくらい強力な力で引っ張られる。

 それでも、明日香は動かない。武器を手に取らない。

「は、離しなさい」

 振り絞るように何とかそう言った明日香。それを受けて、カナさんは手を離した。

「うーん。そっか、私と同じようなタイプなのかなぁ。ううん、私よりさらにその傾向が強い。そんな感じ?」

 何の話だ? 俺にはさっぱり分からない。

「もしそうならあなたに武偵ができるの?」

「……できる科目はあります」

「うん、たしかに。でも、だったら武偵なんかよりもっといい道があると思うな。看護学校でも行ったらどう?」

「……」

 明日香は答えない。

「まあゆっくり考えなさい。あなた、まだまだ若いんだから」

 カナさんも十分若い気がするけど。まだ20歳前後でしょ。

 着替えるためか、紙袋を持って去っていったカナさん。俺はその後ろ姿を見送った後、明日香の方を振り向いた——

「明日香⁉︎」

 彼女は震えていた。スレッドに手を伸ばしかけたままの姿勢で、震えていた。

「大丈夫か⁉︎ どうしたんだよ、明日香!」

「わ……私は……。私は……でき、ない……」

 そして、彼女は——くらり。その場に倒れ込んだ。

「明日香⁉︎ 明日香!」

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