緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第8弾

 女子寮の一階まで降りると、キンジが待っていた。

「糸丸。カジノ警備の際に着る服が届いたから、渡したい」

「ああ、分かった」

 2人で並んで男子寮へと帰る。思えば、キンジと2人だけっていうのはあまりなかったような気がする。キンジの周りにはいつも誰かしら女子がいるからな。

「そうだ。さっきレキもカジノ警備をやりたいって言ってたぞ」

「レキが? あいつも単位が不足しているのか?」

「してないだろ」

「だよな」

 レキは狙撃科のSランク武偵。いわゆる天才というやつだ。そんな彼女が単位不足になるわけがない。

「じゃあ何でだ?」

 そういえば、祭りでは風がどうたらこうたら言ってたな。

「何だっけ、たしか喩えようもなく邪悪な風が吹いているとか言ってた」

「何だそれ? 武偵高そのものが邪だろ……。まあいいんじゃないか、レキも入れて」

「狙撃科のSランク武偵が参加してくれるとなると、心強いよな」

「でもどうせ何も起こらねえよ」

「キンジ、それフラグ」

 

 

 キンジの家の玄関先(中は見せてくれなかった)で段ボール箱を受け取ると、俺は一つ下の階の自室へと戻った。

「ただいまー」

「お帰りなさいませ」

 やっぱりロングスカートの方のメイド服を着た明日香が出迎えてくれた。

「お持ちしましょうか?」

「いいよ。力仕事は男の仕事だろ」

「あら、男前なのね」

「あれ?」

 俺が段ボール箱を運んだリビング。そこには、黒いミミロップみたいな格好——つまり、バニーガールの格好をしたアリアがいた。人の家のリビングでももまんを頬張っている。

「何してんの?」

「避難してきたのよ。白雪がM60なんて持ち出すから——」

「M60? それって禁止されてなかったか?」

「そうよ! それを平然とぶっ放してくるのよ?」

 M60とは、

 さすがヤンデレ。いい加減、キンジも彼女の好意に気づかないものか。俺も明日は我が身とならないように……あっ、病むほど俺のことが好きな人なんていないか。

「で、その格好は?」

「カジノ警備の時に着る服よ。あんたにも送られてきたでしょ。それを試着しているときに、白雪が帰ってきたのよ。そしたらよく分からない勘違いをして襲ってくるのよ? 命からがら逃げ出してきたわ」

「ご愁傷様」

 俺は段ボール箱を開ける作業をする。中に入っていたのは、莉央用のバニーガールの服と俺用のスーツ。一応どちらも防弾繊維で作られているようだ。安物だけど。

「それを着るのですか?」

「あ、明日香」

 いつのまにか俺の背後に立っていた明日香が尋ねる。

「そうだけど……。そういえば、アリアは追い払わないんだな」

 この間、莉央の時はあれだけやらかしてくれたのに。前にアリアが泣きながら来た時もそうだったんだが、明日香はアリアに対しては友好的である。

「はい。彼女は敵にはなりえませんから」

「敵? 何の話?」

「あんたは知らなくていいわよ、糸丸」

「冷たいな、アリア」

「うるさいわね。……はぁ。せっかくキンジといい感じだったのに……」

 どうやら夏祭りデートはいい雰囲気だったようである。特に何事も問題が起きなかったようで、何よりだ。

 でも敵じゃないってどういう意味なんだろう。

 俺はアリアと明日香を見比べてみる。2人の違うところとなると——胸か。明日香は大きいわけではないが、歳相応に膨らんだ形のいいそれ。いわゆる美乳ってやつ。一方のアリアは断崖絶壁……あれ? あるよ?

 俺は思わず二度見する。ある。少しではあるが、たしかに目に見えてある。と、よく見るとバニーガールの服の隙間から白いものが見えた。

「あっ、パッ——ぐおっ⁉︎」

 真相に気付いた俺に、アリアの跳び蹴りが炸裂する。

「あんたも同じことでバカにするのね⁉︎ キンジといい、糸丸といい、ヘンタイばっか!」

 

 

「痛え……」

 今だに痛む腹をさすりながら、俺は明日香が作ってくれた夕食(今日はマルゲリータだった。ここのキッチンの設備で一体どう製作したんだ?)を食べている。この腹痛の原因のお転婆さんは現在、人の家のシャワーを浴びているところ。帰らないのかよ。

「戦妹さんにはカジノ警備のこと、連絡したんですか?」

 俺が受け取った服にご丁寧にアイロンをかけながら、明日香が聞いてきた。

「あっ、そういえばしてなかったな」

 俺は一気にピザを口に突っ込むと、携帯で電話をかける。ワンコールもしないうちに、莉央は出た。

『先輩! 今から逢いたいんですね! 分かりました、すぐに支度を』

「いや、違うから。唐突なんだけど、お前のためにカジノ警備の仕事を——あ、明日香⁉︎ おい、今電、あうっ!」

 なぜかいきなり明日香が足裏のマッサージをし始めた。気持ちいいけど、電話に集中できないだろ!

『先輩? どうしたんですか?』

「いや、ちょっとな。いっ! 明日香、今はやめろって!」

「ここがいいんですか?」

「いや、だから後にし、うっ⁉︎」

『……先輩?』

 通話相手の莉央の声が震え始めた。何かどんなものかは知らないが、変な誤解を与えている気がする。

「莉央、ごめん。えっとだな、んむっ! 明日香!」

『……何してるんですか、先輩』

「いや、これは、はうっ!」

「気持ちいいんですね」

「いや、たしかに気持ちいいけど、時と場合をだな!」

『……先輩。私、カジノ警備は遠慮しておきます』

「えっ? 何で?」

『バカッ!』

 プツッ。電話が切れた。すると、明日香が俺の顔を覗き込む。

「どうでしたか? 気持ちよかったですよね?」

「そうだけどさ。TPOを考えろよ。俺は電話をしてたんだ。通話中の人の足つぼマッサージとか、嫌がらせかよ。おかげで莉央にはなぜだか知らんが怒られたし。カジノ警備やらないとか言い出したし」

「何か問題でも?」

「大有りだろ! 衣装まで送られてきているんだぞ? それをドタキャンって……」

「では、私が責任を取ります」

「はい?」

「私が責任をとって、小さい子の代わりにカジノ警備をやります」

「いや、待て。お前、攻撃ができなかったよな? 警備なんてできないだろ」

「でも、私がハンググライダーと入れ替われば戦力増強にはなるはずですが」

 それはそうなんだが。たしかにピラミディオン台場は海に隣接していたはず。もし仮に襲撃されたとしたら、犯人の逃走ルートとして真っ先に考えられるだろう。

 そう考えると、明日香を連れて行くのは悪くはないんだが……。

「服は着れるのか? このバニーガールの服、莉央のサイズに合わせてあると思うんだが?」

「試してみましょう」

 すると、突然明日香はメイド服を脱ぎ始めようとする。

「いや、待て! 何してんだよ! 着替えるのなら自分の部屋に行け!」

「どうしてです? 私は気にしませんよ」

「俺が気にするから!」

「では、向こうを向いていてください。そうすれば、問題ないでしょう?」

「えっと、でもせっかくお前の部屋を与えたんだし……」

「3秒後に着替え始めます。3……2……1」

「わかった、わかったから!」

 俺は慌てて反対側を向いた。すぐにシュルリと布が床に落ちる音がした。明日香め、本気で着替え始めたぞ⁉︎

 てことは、今の明日香は下着姿……? この窓に映ったりはしないのだろうか……は⁉︎ だ、ダメだ! 何を考えているんだ、俺は。まさしく変態じゃないか!

 その後も、衣服が擦れる音だけが聞こえる。やばい、想像力が足りすぎていてまずい事態になりそうだ。

 目を閉じ、自己暗示をかける。俺は特性防音持ち、俺は特性防音持ち、俺は特性防音持ち……。

「着替えました」

 数十秒が経っただろうか? 思ったよりも早く着替えが終わった。

 俺が振り向くと——うっ。ピチピチのバニーさんがいた。もともと莉央用であったために、明日香の身体には本当にギリギリのサイズらしい。おかげで露出された胸元と形のいい胸がすごい強調されている。目に毒だ。

 どうやら俺は毒タイプなのに、この毒には耐性がないらしい。急に心拍数が上がってきた。俺は彼女から目を逸らす。

「着替え、覗きませんでしたね」

「当たり前だろッ!」

 まったく。相変わらずこいつには節操がないな。もう少しお淑やかになってほしいものだ。

「感想を述べてもらっても?」

「はあ? まあ、可愛い、とは思うぞ」

「さっきから私のことを見ていないのによく感想が述べられますね」

「それは……」

 恐る恐る明日香のいる方へと目を向ける——と、俺の目の前に大胆に開いた胸元が。

「ばっ! バカ! 近づきすぎだ!」

「ほら、よく見てください。アリアさんとは違ってパットは入れてませんよ?」

「お前な! 抵抗できないくせに、こんなことするんじゃない! 過去にやられたことがあるのか? それで感覚がおかしくなったんじゃないか?」

「それは——」

 急に顔を曇らせた明日香。やっぱり、そういうことをされた経験があるのか……?

「まったく覚えていないんです」

「覚えていない?」

「襲われたことはあります。でも、襲われている最中の記憶がないんです。襲われた、と思った瞬間から記憶がフッと消えて、気づけばその場にいたのは自分だけなんです。何が起きたのか、まったく分からないんです」

 気絶する、ということなのだろうか? まあ、この際記憶がない理由はどうでもいい。

「とにかくだな、男にそういうことをホイホイやるのはやめろ。もっと自分を大事にしてくれ」

「でも既成事実を作る必要があるんです」

「き、既成事実⁉︎ 何を言ってんだよ、明日香!」

「この間は、追い出さないと言ってくれましたよね。でも、いつ気が変わるかはわからない。だから既成事実を作って、いつまでもそばに置いてもらえるようにしたいんです。私を安心させてください」

「間違ってる。間違ってるよ、明日香」

「だとしても。そもそも私は契約にもあるように所有物ですから。好きなだけ、好きなようにしてください」

 お前はモノじゃないだろうに。人だろう。

「じゃあ、お願いです……せめてキスだけでも……」

 明日香がゆっくりと俺の顔に自分の顔を近づける。どうする、糸丸さんよ。彼女が満足するのなら、するのか?

 いや、ダメだろ。やっぱり本人が好きでもない男とキスをするなんて。

 でも。明日香のような美少女が俺を求めてる。健全な男子高校生としては、断れない……。どうする。どうするんだよ、俺!

 睫毛の一本一本が数えられるくらい、明日香の顔が近づいた。あと少しで、二人の唇が重なる——

「あああああんたたち⁉︎ なななななな何してんのよ!」

「アリア⁉︎」

 シャワーを浴びたアリアが俺らを見ていた。その顔が真っ赤なのは、たぶん風呂に入っていたからではないのだろう。

「た、たしかにここは糸丸の寮部屋だけど……で、でも! 客人がいる時くらい、我慢しなさいよ!」

「そ、そうだな。うん」

 俺は明日香を遠ざける。助かった。

 もしこのまま明日香を受け入れていても。彼女を拒絶しても。どちらにせよ、俺が彼女を傷つけてしまう結果になっただろう。その選択から逃げることができたのだ。

 明日香は攻撃できない。つまり、沙那のように『破廉恥です!』なんて言いながら破壊光線を撃つことなんてできないのだから。まあ、それもやめてほしいけど。

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