緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第9弾

 7月24日。ついにカジノ警備の当日が来た。

 アクアシティ台場から動く歩道を渡り、都営カジノ"ピラミディオン台場"へ。

 2年前に日本でカジノが合法化されて、公営カジノ第一号として造られたのがこのピラミディオン台場。名前の通り巨大なピラミッド型をしたこのカジノは全面ガラス張りで、行ったことはないがバトルフロンティアにありそうな雰囲気だ。

 そのガラスが太陽の光をもろに反射している。眩しすぎて目がチカチカする。俺も照のように光が嫌いになりそうだ。

 資料には、数年前に"どこかの国から日本に漂着した、巨大なピラミッドの投棄物"に都知事がインスピレーションを受けてデザインさせたらしい。何だよ、どこかの国から漂着したピラミッドって。誰もそこに疑念を持たないのか。

 自動ドアを抜けると、そこはクーラーのガンガン効いたエントランス・ホール。ここを抜ければ、カジノ・ホールだ。

 チェンジカウンターの女性に俺は話しかける。

「両替を頼みたい。今日は青いカナリアが窓から入ってきたんだ。きっと、ツイてる」

 これが合言葉。俺は偽物の一千万円をチップに換えてもらう。

 両替を済ました俺は、いよいよカジノ・ホールの中へ。カジノ警備? いやいや、稼ぐためにな。

 俺は胸元に手を当てる。硬いものに触れた。頼りにしてますよ、お守り小判さん。

 カジノ・ホールの入り口付近はスロットマシンが立ち並んでいた。安価に楽しめる、庶民向けのエリアだな。

「ドリンクいかがですかー」

「カクテル、ウイスキー、コーヒー、全て無料でお配りしてまーす」

「ご注文の方はお近くのウェイトレスをお呼び付けくださーい」

 この一階は海辺のカジノという特色を出すために、外の海と繋がった水路がぐるりと囲んでいる。その水路を、電動式の水上バイクに乗ったバニーガールたちがあっちこっち行き来しているのだ。アメタマみたいだ。

 だが、俺はこんなコーナーに興味はない。

 カジノ・ホールの奥へ。ここはトランプやマネー・ホイールといった高額チップを賭けるゾーン。そう、ここでこそ俺の本領が発揮できる。

 とりあえず無難にポーカーゲームをやろう。一番やりやすい。

 メガネをかけてノートパソコンを持った男やドレスを着た美女に囲まれながら、俺はポーカーに参加。参加者数は五人か。

 まずゲームを始める前に、全員がアンティと呼ばれる参加費をポットに置く。

 配られた5枚のカード。見ることもせずに俺は全て取っ替える。

「おいおい、あいつは馬鹿か?」

「素人だろ、素人」

 野次が飛ぶ。ふん、今に見てろよ。

 カードの交換が終わり、ベッティングインターバルへと移行する。ディーラーの左隣の人から開始だ。

「チェック」

「じゃあ私がオープニングベット」

 ドレスを着た女性が最初にチップをポットに置いた。これから残りの人は、同額を出す(コール)それよりも高いチップを出す(レイズ)リタイアする(フォールド)かを選ばなければならない。

「コール」

 さて、俺の番か。

「レイズで」

 俺は賭け金を上げる。隣のメガネ君が「うげっ⁉︎」と声を出した。

「ふ、フォールド」

 メガネ君が降りた。手札が悪いんだな。

「コール」

 よし。これで後続は1人か。よほどのことがない限り俺の勝ちだな。

 最初にベットした人から手札を見せるのだが、俺は4人中3番目。たぶん勝った。

「ストレート」

「ふん、フラッシュ」

「嘘でしょ⁉︎」

 ドレスを着た女がストレートの手札を投げ捨てた。残念だったな。

 さて、次は俺の番だ。自分の手札はまだ確認していないのだが、フラッシュよりいい手札なのは確実。

 開いた手札。左から、ダイヤの3、クラブの3、スペードのA、ダイヤのA、ハートの3。

「フルハウスだ」

 後ろからどよめきが起きる。

「あいつ、一度もカードを見てなかったぞ?」

「何かやったのか?」

 最後にディーラーの人が手札を開く。フラッシュ。よし、俺の勝ち。

「いやー、今日はついてるなぁ」

「ちょっといいかい、君」

 後ろから声をかけられた。スーツを着た男。鋭くギラついた目が怖い。

「僕と2人でやらないかな?」

「構いませんよ」

 きた。2人。これなら俺の勝率は100パーセントだ。

 別のテーブルに移動して俺らは勝負を始める。いつのまにか観客が大勢だ。

「あのパッとしない青年。あいつがすげえ強運なんだよ」

「そうなの?」

「おい、その対戦相手。ここでトランプが一番強い奴じゃねえか!」

 俺の対戦相手はカードを配りながら俺に話しかけてくる。

「ここは初めて?」

「はい」

「そうか。ここではイカサマはバレなければオーケーだよ」

「そうなんですか。それはありがたい」

 つまり、この男は自分がイカサマをするけど、勝てるのか? と挑発してきたのだろう。よろしい、挑発されたからには攻撃技を使わないとな。

 男はじっくり手札を吟味した後、二枚入れ替えた。対する俺は、今回も総入れ替え。

「まただよ」

「本当にあんなんで勝てるのか?」

 勝てるんですねぇ、それが。ただし、前提条件として相手が先に手札を見せる、というものがあるが。

「じゃあ賭けようか」

「俺は今ある全チップを賭けるぜ?」

「ほう。なら、僕も同額賭けようか」

 俺は一千万円で替えたチップと、さっき手に入れたチップを全て出す。向こうも、同額のチップを置いてきた。これ、賭ける上限とか設定されてないのかな?

「さあ見ろ。ハートのロイヤルストレートフラッシュだ!」

 男が出した手札。なるほど、相当の自信はそこからきていたのか。

「これに勝つためには君はスペードのロイヤルストレートフラッシュしかないけど? どうだい、負けた気分は」

「こっちが聞きたいね」

 俺は手札をオープンする。スペードの10、J、Q、K、そしてA。ロイヤルストレートフラッシュ、スペードの。

「俺の勝ちだな」

「は……?」

 おおー! と背後で歓声が上がる。やべえ。金が倍になっちまったよ。

「う、嘘だ……! イカサマしたんだ!」

「何言ってんだ。どこにそんな証拠がある。結局僕が一番強くてすごいんだよ」

 まあ、したんだけど。イカサマ。

「じゃあ、これは貰いますんで」

 俺はポットのチップを全ていただく。いやぁ、イカサマ最高。

「くそ、どんなイカサマをしたんだ!」

 簡単な話だ。ただイカサマしただけ。まあ、人間さんにはわからないかな?

 もともと用意していた袋にチップを全て詰め込むと、俺は席を後にする。と、1人のバニーガールが近づいてきた。明日香だ。歩くたびにぴょんぴょんとうさ耳が跳ねている。

「イカサマしましたね」

「まあね」

「おそらく相手の手札が強ければ強いほど、自分の手札が強くなる仕様なのでしょう?」

「当たり。さすがは明日香だよ」

 イカサマ。相手の攻撃力が高ければ高いほど、大ダメージを与えられる技だ。うまく有効活用をすれば、こうやってお金を稼げる。

「では、滞納しているLatias の代金をお支払いしていただけますね」

「えっ」

 背後から聞こえた金属音のようなハスキーボイス。振り返れば、エムがいた。ネズミ色のタイトスーツを着ている。その隣には、真っ白なドレスを着た沙那。

「滞納って?」

「Latias は名古屋の研究チームから買い取ったものですが、その代金は現在私とジャローダで立て替えている状態です。早く払ってください」

 エムが一枚の紙を俺に見せる。そこに並ぶゼロの数に、俺は目を丸くする。

「冗談でしょ?」

「本気です」

「……分かった、もっと稼ぐ」

「では、武偵病院の修理代も糸丸さんが支払っておいてください。あれ、糸丸さんが避けなければ病室を壊すことがなかったんですから

「沙那さん? それは自業自得では?」

「いえ、あれは破廉恥なことをしていた糸丸さんのせいです」

「……まあいいや。なぜお前らがここに?」

「莉央さんから情報を得ました。最近糸丸さんが変な虫にとりつかれていると」

 変な虫に? それはジャンヌじゃないのか?

「未成年者はお引き取りください」

 俺の前に明日香が立つ。それを見た2人は、あからさまに俺を睨んだ。

「これが件の……こんなところまで連れ回しているなんて……! もう一度破壊光線による制裁が必要そうですね」

「例の糸は完成間近です。実験台にしましょうか?」

「何でだよ。てか、例の糸って何だよ?」

「下がってください。ここは私が」

 明日香が俺の耳元に囁いた。

「いや、お前は攻撃できないんだろ? こいつら、本気で攻撃してくるかもしれないからそれはダメだ。特に沙那。実際に病院を滅茶苦茶にしてる」

「ですから、あの時のように光の壁で……」

「バカ言うな。ここには一般客もいるんだぞ。巻き込むわけにはいかないだろう。大丈夫、振り切る方法はある」

 何でかは知らんが、この2人、怒ってらっしゃる。ここは避難しよう。

 俺は明日香の手を掴むと、カジノ・ホールの二階へと向かう。

「あっ、待ちなさい!」

 沙那が追いかけてくるが、問題はない。なぜなら、二階は特等ルーレット・フロア。会員しか参加できないVIPな場所なのだ。

 俺は防弾製のこの服と一緒に支給されていたパスでフロアに入り、沙那とエムを撒く。

「あ、あの……」

「どうした?」

 その綺麗な赤髪と同じくらい頬を赤く染めた明日香は、俯きながら話しかけてきた。

「手を……ですね」

「ん? あっ、ごめん」

 パッ。俺は繋いでいた手を離した。女の子の手を掴んだままって、よくないよな、うん。

「で、では私は仕事に戻ります」

「下にはいかない方がいいぞ」

「かしこまりました」

 明日香はそそくさとどこかへ向かっていった。

 動物の剥製が飾られている豪華なフロア。その一角に、人だかりが出来ていた。気になったので、そこを覗いてみると——

「……」

 金ボタンのチョッキを着た小柄なディーラー、レキがいた。

「は、ははっ……こんなに強くて……可憐なディーラーは初めてだよ。この僕が1時間で3500万も負けるなんてね」

 1人でルーレット台についていた男が口説くようにレキに話しかけた。

「——君は本当に運を司る女神かもしれないな」

 それはないだろ。凄腕武偵だぞ、こいつは。運を司る神が欲しいなら、ビクティニでも探してろよ。必ず勝利に導いてくれるぞ。

「残りの手持ち、3500万……これを全額、黒に賭けよう!」

 ギャラリーから拍手喝采が起こる。だいぶ熱くなっているな。トラブルが起きないか、しっかり見張る必要がありそうだ。

「では、この手玉が黒に落ちれば配当は2倍です」

「いや、配当はいらない。勝ったら——君をもらう」

 と大胆発言をした男に、周囲がどよめく。

「僕は今まで運の強い女性を手に入れることで勝ってきたんだ」

「……」

 いつも通り黙ったままのレキ。これはさすがにオーケーはしないだろう。

 と、彼女と目が合った。

「では、そこにいる方」

 レキは俺を指した。えっ、俺?

「顔が配当金目当てで参加したいと言っています。どうぞ」

 レキがご丁寧に椅子を引く。えっ、いや。このゲームではイカサマできないんだけど……。てか、そんな顔してたか?

 しかし、客たちが俺を見つめている。やるなら早くしろ、と目が語っている。仕方ない。ここはとりあえず、参加しとくか。

「じゃあ赤の23に100万」

 適当に俺は赤の23に100万円のチップを置いた。

「……それでは時間です」

 レキはテーブルを撫でるような仕草で参加締め切りを示すと、一瞬のためらいもなく純白の球を放った。

 カツンッ、カツンッ、カツカツンッ。カツンッ、カツンッ……カラカラ。

 ころん。

 球が入った。赤の23に。えっ、嘘でしょ?

「——赤の23。2人目のプレイヤーの勝ちです」

 しれっと言ったレキ。かっ、勝っちゃった。

 レキは社長と俺が賭けた3600万円分のチップをT字の棒でちゃりちゃりと寄越してきた。

「はいどうぞ。配当は36倍です」

「あ、ありがとう」

 コツコツ。レキがその棒でルーレット台を叩いた。指信号(タッピング)だ。……『カロリーメイト オレイ』? いや、百円しか払ってないのに。

 って、今のは狙って入れたのか? なんてやつだ。このルーレットって、特定のマスに自由自在に球を入れられる人間がいたら成り立たないだろうに。

 項垂れていた男は急に顔を起こした。

「ははは……7000万の負けか。さすがに痛いよ。でも、こんなに金を落としてやったんだ。可憐なディーラーさん、せめて君のケータイ番号だけでも……教えてくれないか?」

 ひどくレキのことを気に入ったようだ。しかし、それは本当の彼女、すなわち半径2051メートル以内なら絶対に外さない狙撃の腕前を持った武偵、ということを知らないからだけど。まあ知らぬがヤドン、俺からは何も言わないでおこう。

「お引き取りください。今日はもう帰った方がいいですよ」

「いや、そこを何とか……」

「お集まりの皆さんもお帰りください。良くない風が吹き込んでいます」

 見物客にそう告げると、レキは俺の方へと視線をよこした。良くない風だと?

 その時、ばんっ!

 レキの背後の動物の剥製の間から、銀色の狼——ハイマキが飛び出してきた。そして、ルーレットのテーブルを踏み台にして、突然の狼に大騒ぎするギャラリーを飛び越える。

 おかげで俺が勝ち取ったチップたちが舞い散る。

 振り返ると、ハイマキは人間——? に体当たりした。

「な、なんだあれ!」

 それは人間の姿をしていた——頭以外。つまり、頭は人間じゃない。

 全身に黒いペンキを塗ったかのようなそいつは上半身裸。腰に茶色い布を巻きつけているだけだ。

 そして肝心の頭は——人間のそれではなかった。ポケモンのような頭だ。ヘルガーに似ているが、違う。あれはたしかジャッカルという動物だ。

 そして、その手には半月型の斧を持っている。どっからどう見てもやばいやつ。

「キンジのバカ! やっぱりフラグだったじゃねえか!」

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