緋弾のアリアドス 作:くものこ
ハイマキに体当たりされたジャッカル男は、フロアの壁際のスロットマシンに突っ込んだ。コインが飛び散り、スパークが迸る。
「な……何のイベントだよ!」
と言った男に
「頭使えよ。イベントなわけねえだろ」
俺はネクタイを外し、拳銃を取り出しながら答える。それを見た男は慌てて一階へと逃げた。他の客たちも我先にと下へ逃げていく。
「レキ、サポートを頼む」
「はい」
ルーレット台の下から狙撃銃を取り出したレキに声をかけておくと、俺はジャッカル男の方へと走る。
ハイマキに頭を噛みつかれたまま立ち上がったジャッカル男。そいつは頭をブン! と一振りして、ハイマキをこちらへと投げてよこす。
ハイマキを避けられなかった俺は、そのバイク並みの重量のあるハイマキとともに吹っ飛ばされる。
「くそ!」
体を起こしながら、ババッ! 糸弾を2点バーストで放つ。
弾はジャッカル男の肩に命中した。が、そいつは倒れない。
「バケモンかよ!」
意識が朦朧としているハイマキを退かすと、立ち上がる。その時、横の方からバニーガールが1人かけてきた。明日香だ。
「支援を!」
「明日香⁉︎ お前は来るな!」
明日香に気付いたジャッカル男は、そちらへと攻撃対象を変える。ダメだ、明日香は戦えない!
「この!」
バババババッ、ガキンッ!
撃てるだけ弾を撃ち、ジャッカル男の足を木っ端微塵にする。足が吹き飛んだジャッカル男は、その場に倒れこむ。足を失ったジャッカル男。それでも、そいつは明日香の方へと腕だけで動く。
「肩を借ります」
そう言ったレキは、俺が許可を出す前に俺の肩にドラグノフをのせると、タンッ!
ジャッカル男の頭を撃ち抜いた。すると、ジャッカル男からは血でなく、砂が溢れ出してきた。そして、中からコガネムシのような虫が出てくる。
「大丈夫か、明日香!」
明日香の方へと動こうとする——が、腕をレキに掴まれた。
「何をするんだよ!」
「赤い髪の人、動かないでください」
レキが俺ではなく、明日香に指示を出す。そして、狙撃銃に銃剣を取り付け始めた。
「敵の数は多いです。私の弾は残り4発。明らかにそれ以上の敵がいます」
「敵? どこに?」
レキが上を見上げた。つられるように俺も見ると——うっ。天井にジャッカル男が大量に張り付いていた。そいつらは俺らの方をギロッと睨みつけている。
「なるほど、まずはあいつらを掃討しなくちゃならないのか」
俺は空になったマガジンを抜き取ると、新しいものを装填する。ついでに巾着袋から銀の粉入りのケースを取り出すと、スーツの上着のポケットに入れておく。もしかしたら必要になるかもしれない。
続いて、ワイヤーをシャンデリアに引っ掛けてその上に登る。
「レキ!」
俺がレキの名を呼ぶと、彼女はそれだけで何をして欲しいのかわかったようで——タンッ! ギィンッ!
レキの銃弾がシャンデリアを掠めた。同時に、俺の乗っているシャンデリアが回転を始める。
ババババババババババッ!
回転砲台となった俺は、そこから二丁の拳銃で天井のジャッカル男たちを蜂の巣にする。ガラスの破片、薬莢、くたばったジャッカル男が次々と下へと落ちていく。
天井にいるジャッカル男を撃ちながら、一階の様子を見る。そこでは、アリアとキンジ、白雪がジャッカル男と戦っていた。何とかなりそうだな。心配する必要はなさそうだ。
がしゃんっ! 余所見していた隙をついて、1人のジャッカル男がシャンデリアの上に飛び降りてきた——が。
タンッ! タンッ!
下からの狙撃により、ジャッカル男は下へと落下した。さらに、2発目の銃弾はシャンデリアを吊り下げていた鎖を撃ち、シャンデリアごと落下させて——ガッシャン!
ジャッカル男を潰した。
砂まみれになったフロアには、ジャッカル男が2人生き残っていた。そのうちの1人は窓から外へと飛びだしたが、残りの1人が明日香の方へと走る。
「させるか!」
拳銃を構えて引き金を引く——ガキン!
しまった、弾切れ! やば!
自らにサイコキネシスをかけて高速移動をしようとするが、うまくスピードに乗らない。秘伝の薬を飲んでいないからか。
「明日香、逃げろ!」
明日香がジャッカル男と反対の方向へと走り出す——が、砂に足を取られて転んでしまった!
斧を振り上げるジャッカル男。そして——ざあっ。
明日香に届く前に、砂になった。
何が起きたんだ?
直後、カツカツとハイヒールを鳴らしながら白いドレスを着た女性が二階のフロアへと上がってきた。
「まったく、世話がやける虫です。この程度の敵、少し念じれば斃せますよ」
「沙那!」
沙那が救援に来てくれたのだ!
今度こそ明日香のもとへと駆け寄り、俺は彼女に手を差し伸べる。
「明日香、大丈夫か?」
「はい。なんとか」
「沙那。ありがとな。なんだかんだ言いながら、明日香のこと助けてくれて」
「当然です。誰だって人の悲しむ顔は見たくありませんから」
「糸丸さん」
と、後ろからレキが声をかけてきた。彼女が指差すのは壊れた窓の外。ああ、そういえば1人逃げたっけ。
「私はハイマキの応急処置をしますので、追跡はお願いします」
「ああ。沙那、お前も手伝ってやってくれ。……ところでエムは?」
「彼女なら、下で砂鉄を調べてます」
物好きなやつだな。まあ無事ならいいんだ。
俺は窓の方へと移動すると、そこから外を見る。どうやらジャッカル男はガラスの上を滑って逃げたらしい。砂の軌跡ができている。
そして、その軌跡をたどれば——いた。現在、海の上を走っている。ちっ、俺だけじゃ追いかけられないな。
「明日香、頼むよ」
「はい」
明日香が窓から外に出て、ガラスの上に立つ。そして、だんだんとその身体が水のように透き通っていき——
「待って!」
俺は消えかかっていた明日香の腕を掴んだ。急にその身体は色を持ち始める。
「どうしたんです?」
「見ろ。アリアとキンジだ」
俺は水上を指差す。水上バイクに2人乗りしたアリアとキンジが、ジャッカル男を追走しているところだ。あっ、キンジがジャッカル男を撃ち落とした。
「どうやら俺らの出る幕はなさそうだ」
「そのようですね」
これにて一件落着か。ジャッカル男たちがどうしてここを襲ったのかは分からずじまいだが、みんな無事なのだし、問題はないだろう。
「じゃあ中に戻ろう——⁉︎ なんだ⁉︎」
当然海上に現れた、金銀で飾られた細長い船。その船の屋上に立つ女性の持つ狙撃銃が、こっちを向いている——!
「明日香!」
俺は彼女を手繰り寄せ、俺の後ろへと引っ張る。直後——どんっ!
「かはっ!」
胸に衝撃が走った。焼けるような感覚、ナイフで刺されたような鋭い痛みとともに、俺は体のバランスを崩した。
——タァン——
遅れてやってきた銃声を聞きながら、俺はガラス張りのピラミディオン台場の表面を転がり落ちていく。意識が途絶えそうになるのをなんとか堪えながら、俺は踵ののワイヤーと腰のワイヤーをガラスに突き刺した。
落下は止まった。けれど、撃たれた胸がジンジンと痛む。撃たれた箇所を見れば、防弾製の服に穴が空いていた。
「そ、そんな……」
仰向きになった俺の視界に、明日香の顔が入った。彼女は泣いているた。
「ご、ごしゅ……あの……」
明日香は口ごもる。どうしたんだ?
「な、何て呼べばいいんですか! ご主人様と呼ばないで欲しいんですよね……? わ、私は……」
人が死にかけている時に、こいつは……。
「好きなように呼べよ……」
「好きなように……い、糸丸! 死なないでください! もう誰かが私の前から消えるなんて、イヤなんです!」
なんか違和感。敬語だからか? いや、もっと別の違和感もある。何だか、胸の痛みが引いてきたような——というか血が出てない。一滴も。
あれ、まさか。
恐る恐る、胸に手を当ててみる。金属のような何かに手が触れた。俺は、それを服の内から取り出す。
お守り小判。その中央に、銃弾が撃ち込まれていた。どうやら俺は助かったらしい。お守り様々だな。
「えっと……」
俺は明日香を見る。俺が死ぬと思って泣いていた彼女は、顔を赤くしていた。
「わ、私の涙、返してください!」
「なんかごめん」
俺は起き上がると海を見下ろす。あの船の上にはまだ人がいる。そいつは狙撃銃を水上に構えていて——パァンッ!
水上バイクに乗っていたアリアが海に落ちた。そんな、アリアが……!
でもどうすればいい? 向こうは狙撃銃を持っているのだ。俺らは近づこうにも近づけない。
「糸丸さん」
頭上で誰かが俺を呼んだ。レキだ。ただし、その目は俺ではなく、ドラグノフ狙撃銃のスコープを通してあの船を見ていた。
「行ってください」
タァンッ!
レキが言うと同時に、ドラグノフから弾が飛び出た。それは向こうの狙撃手に命中したようで、女が崩れ落ちるのが見えた。
ああ、レキ。レキが人を射殺してしまった。武偵法で武偵はいかなる状況でも人を殺してはならないと定められている。それをレキは破ってしまったのだ。
そのレキの行為を無駄にするわけにはいかない。
「行くぞ、明日香!」
「はい!」
明日香の姿が透明になる。同時に俺の目の前にあのハンググライダーが現れた。赤と白でカラーリングされたLatias だ。
俺はむげんのふえを巾着袋から取り出すと首にかけ、コントロールバーに掴まる。
ワイヤーを回収し、ガラスの上を走る。そして夕陽に照らされた水上に勢いよく飛び出す。
水上を滑走するハンググライダーは、その風圧でしゃあああああ、と水を割きながら進む。キンジの背がだいぶ近づいてきた、その時——
「横から⁉︎」
虫の知らせを感じ取った俺は機体を急停止させる。直後に目の前を何かが通り過ぎた。
——ヒュアン!
後から音が走った。速い。速すぎる。音速を超えたスピードで目の前を何かが通り過ぎたのだ。まったく見えなかった。
「ッ! 次は後ろから!」
俺はハンググライダーを宙返りさせると、後ろを向き、ワイヤーで自分をコントロールバーに固定させながら両手でナイフを握る。そして、それを前面に突き出すと——ガギィンッ!
敵の動きが止まった。忍び装束に、足には水蜘蛛。獲物は反りのない刀、すなわち忍刀といかにも忍者な格好をしたそいつ。目にも留まらぬ速さという要素も加えれば間違いない、こいつは——
「テッカニン!」
「ご名答!」
一瞬にして後退したテッカニンは、再び見えなくなる。くそっ、速い!
「こっちだ!」
「言われなくても!」
虫の知らせでかろうじて反応した俺は、ナイフを構える——ガギィンッ!
「うわっ⁉︎」
再びナイフと忍刀がぶつかる。が、今度は俺がハンググライダーごと後ろへと吹っ飛ばされる。
「威力が上昇した——連続切りか!」
「まだまだ上がるぞ!」
っ! 後ろから声が! 特性加速のせいで敵のスピードはどんどん上昇している! 虫の知らせが間に合わない!
ナイフで受け止めるために振り向いた、その瞬間——スパッ!
上着のポケットが斬られた。同時にハンググライダーが風圧で吹き飛ばされる。
「ちくしょう!」
煽られたハンググライダーはひっくり返ったまま海上に落ちる。俺はコントロールバーに引っ掛けていたワイヤーを外すと、海へと飛び込む。
水中からテッカニンの影を追う。けれど、速すぎる! これでは拳銃の弾より速いんじゃないのか⁉︎
「っ⁉︎」
ダメだ、息が続かない!
俺は一度、ハンググライダーの真下から顔を出して息継ぎをする。
と、空中を高速で光が動いていた。銀色にキラキラと輝くこいつは次第にこちらへと接近してくる。
「覚悟!」
スパッ!
声とほぼ同時に、俺の肩に忍刀がヒットする。防弾製の服をいとも簡単に斬り裂いたそれは、もうすでにかなりの威力となっていることを示している。
「次で終わりだ!」
急制動ができないほどスピードが出ているのか、光は大きくグルッと回ってくる。その光は銀色の軌跡を描きながら、俺の方へと接近してくる。まだ随分と遠いが、避けることはできないだろう。テッカニンの加速性能は恐ろしいのだ。
「糸丸!」
その時、明日香の声がした。気付けば、そこにハンググライダーはなく——
「明日香⁉︎」
「今度は私の番です!」
明日香が俺の目の前に現れた。バニーガール姿の彼女は、俺を守るように両腕を広げて——ギイイイイン!
展開された見えない壁にテッカニンが激突する。リフレクターだ。一瞬、テッカニンの姿が見えた。身体中に銀色の粉がふりかかっている。どうやら俺のポケットを裂いた時にかかったらしい。
「この程度ッ!」
テッカニンが力を込めた、次の瞬間——ザシュッ!
明日香の体を、テッカニンの忍刀が斬り裂いた。
「明日香!」
鮮血が飛び散った——。