緋弾のアリアドス 作:くものこ
「明日香!」
彼女の体が俺の方へと弾き飛ばされる。斬られた右肩から左腰にかけては服が破れ、彼女の髪色のような鮮血が舞い——ぽっ。
彼女の身体が光に包まれた。
「な、何だ⁉︎」
テッカニンもつい、動きを止める。俺も動けない。何が起きてる⁉︎
すぐに光は収まった。すると、どういうわけか彼女の体は宙に浮いたまま。
「明日香、大丈夫なの——明日香⁉︎」
彼女の髪色が変わっていた。赤ではなく、青。明るい青。
「明日香——主、その漢字表記だと女みてえだから、俺のことは
彼女が喋った。いや、彼女と呼んでいいのかどうか分からない。声が低い、男の声なのだ! しかも、飛鳥という漢字が俺の脳内に映像として映し出された。
「だ、誰だ⁉︎ 明日香じゃないよな⁉︎」
「飛鳥だ。そう呼べと言っただろ」
振り向いた自称飛鳥。そいつは、明日香の特徴を程よく残したイケメンだった。瞳の色は緋色。
しかもだ。破れた服の隙間から覗く体。右肩から左腰までの裂け目は必然的に胸を露出させるはずなのだが、明日香の膨らんだモノではなく、男性の平たい厚い胸板が見えていた。傷もない。
「で、主。
飛鳥はそう言うとテッカニンを顎でさした。
「そうだけど……お前、まさかラティオス?」
「主、気付くのが遅い。俺だったら3分前に気付けるぜ」
「3分前はお前はいなかったけどな」
他にも突っ込みたいことはいろいろある。死んだんじゃないのかとか、どうして女の明日香の身体が男であるお前の体になったんだとか、俺の明日香と呼ぶ時に思い浮かべる漢字をなぜ知っているのかとか。
でも、今はそれどころではないよな。
「手はあるのか?」
「主、なめてもらっちゃ困るぜ。3分でケリをつけてやる」
飛鳥は目を閉じると、ブツブツと呟き始めた。
「俺はあいつと同じ速さで動ける……動ける……!」
「なあ、なんで宙に浮いてるんだ?」
お経のように唱えていた文言が終わると、ラティオスはその場でくるくる回ったり、腕をブンブン回したりしながら俺に説明してくれる。
「サイコキネシスで自分を浮かしているだけだ。主はできないのか?」
「できねえよ!」
そんな高威力なサイコキネシスなんて使えないから!
「まあいい。主、とくとご覧あれ——このスピードについてこれればだけどッ!」
ラティオスが動いた、と思ったら、その姿が見えない。
「ぐわっ⁉︎」
と、テッカニンが仰け反った。えっ、もう攻撃したの? テッカニン並みのスピードじゃないか!
「自己暗示でお前の加速度は俺も手に入れた! 竜の舞も積んだ! 俺はお前よりも速いぞ!」
空中からラティオスの声がした。でも、その姿が見えないんだが!
「黙れ! ならばさらに加速するだけのこと!」
テッカニンが低く腰を据えて、一気に動いた。銀の粉による光の軌跡が高速で描かれる。
シュワーンッ!
「主、ナイフを借ります」
「飛鳥⁉︎」
いつのまにか俺の背後にいた飛鳥が、俺の手からナイフを持ち去っていく。
ギンッ、ギンッ、ガギィンッ!
飛鳥のナイフとテッカニンの忍刀がぶつかり合うたびに2人のシルエットが残像のように見える。この高速戦闘、とてもじゃないが俺にはついていけそうにない。
シュワーンッ!
俺の目の前に移動した飛鳥。よくよく考えればバニーガールの服を着た男であり、違和感バリバリ。
飛鳥は手をかざす。
「主、目を閉じて!」
俺が言われるがままに目を閉じた瞬間——カッ!
「あがっ⁉︎」
目を閉じていても分かるくらい強烈な光が発せられた。たぶん、目を開けたままだったら失明していただろう。テッカニンはそうなってしまったらしい。
おそらく、今の技はラスターパージ。眩い光を放出して攻撃する技だ。
目を開けてみる。すると目がクラクラするのか、水上でフラついているテッカニンがいた。
「よし、捕獲を——」
「まだだ! 俺はまだ怒りが収まってねぇ!」
巾着袋からボールを取り出し、テッカニンへと投げようとした俺よりも速く、飛鳥はテッカニンへと突っ込んだ。
「妹を傷つけた奴はぁ! 容赦しねぇぞ!」
黒の混じった赤いエネルギー体を腕に纏った飛鳥は、それで思いっきりテッカニンを殴り飛ばす。
「ぐはっ!」
「俺は! 怒ってんだよ! 許すまじ!」
一言発するごとにテッカニンを殴る飛鳥。さすがにやりすぎなような気もするが、逆鱗に触れたくはない。ここは大人しく水に浸かりながら待つとしよう。
「くたばれ!」
飛鳥はどこからともなくあのハンググライダーのアームに取り付けられているマシンガンを取り出すと、銃弾の雨をテッカニンに容赦なく浴びせる。し、死にやしないか?
「飛鳥? さすがにその辺に……」
「主は甘い。明日香の甘えるよりも甘い」
飛鳥がテッカニン(おそらく死体。南無阿弥陀仏)を指差す。俺は泳いでそこへ近づいてみると——
「いない⁉︎」
それは穴だらけのただの服だった。
「この忍び装束事態が綺麗な抜け殻の役割を果たしていたんだろう。テッカニン本人はもう遠くに逃げたんだろうな。悪いな、主。逃げられた」
冷静に分析する飛鳥。だからあの時にボールを投げさせてくれれば良かったのに。
しかし過ぎたことをどうこう言ってもしょうがない。戦闘も終わったことだしそろそろ聞いてみますか。
「飛鳥、君は亡霊なのか?」
「まあそうとも言えるかもな。俺は転移に失敗した。でもな。ラティアス……明日香って名前だっけ、この世界では? のことが心配で心配で。あいつ、結構見てて危なっかしいことが昔はよくあったんだぜ。今は俺が死んだと思っているせいか、少ししっかりしてるけどな。とにかく、その気持ちが強すぎたせいか、心だけ生き延びたんだよ」
「要は守護霊ってことか?」
「簡単に言えばそうだな。でも、俺は何もできなかった。ただ心があるだけ。明日香が悲しんでいても、慰めることはできなかった。明日香が傷つかないように守ることはできなかった。
でも、ある時を境に俺はこういう実体を——まあ、明日香の体を借りているだけだけど——持つことができるようになったんだ。それを可能にしたのが、とある研究チーム」
「そうだったのか。じゃあ、明日香の言っていた『いざという時には戦えるようになる』っていうのは……」
「俺のことだよ。あの研究者さんは明日香の体にある装置を組み込んだんだ。秘密の庭の制御能力と一緒にな。名前はたしか——脱出ボタン」
脱出ボタン。たしか、相手から攻撃を受けたら手持ちポケモンと入れ替わることができるという道具。
「明日香はそれを知らないんだよな?」
「ああ。それに俺の状態になっている時の記憶が明日香には残らない。俺には明日香の時に見聞きしたことが記憶としてあるんだがな。まあ、その方が彼女のためにもなる。だって考えてみろよ。自分の身体が少しの間男になるんだぜ?」
「たしかにな……。でも、明日香が可哀想だな。近くにお兄さんがいるのに、それに気付けないなんて」
「主は優しいんだな」
「そうか? 普通だろ」
「いや。世の中は優しい人間ばかりじゃない。こっちの世界も、向こうの世界も」
ふわぁ、と欠伸をする飛鳥。彼はサイコキネシスをやめて水中に入ると、俺に寄りかかる。
「そんじゃ、主。激おこモードだったんで疲れてんだ。岸まで運んでくれ。おやすみ」
そう言うと、飛鳥は目を閉じた。……えっ?
「飛鳥⁉︎ 起きてくれよ! 困るよ、そういうの! ハンググライダーなしで岸まで帰れと⁉︎」
しかしいくら叫んでも飛鳥は起きない。ガチで寝やがった。俺には目覚ましビンタはできないので、自然に飛鳥が起きるまで寝たままだろう。
……はぁ。運ぶしかないか。
飛鳥という荷物を持ったままあの船に行ってもどうしようもない。
そう判断した俺は、飛鳥を連れてピラミディオン台場へと戻ってきた。しかし、誰も出迎えに来ないのな。さっきまでいた水中くらい冷たいぜ。
俺は飛鳥を何とか岸に上げると、俺の上着を被せる。だっていつまでもバニーガール姿の男なんて見たくないし。
どのタイミングで明日香に戻るのかが分からないので、とりあえずキズぐすりを巾着袋から取り出して飛鳥のそばに置いておく。
一応本来ここに来た目的はカジノ警備。俺は様子見にカジノを覗いてみることにした。
自動ドアをくぐり、カジノへと入る。最初に来た時はクーラーがガンガンに効いていたエントランス・ホール。けれど今は暑い、いや熱い。焼けるような熱さで、噴水の水が蒸発している——異常だ。明らかに。
「何かあったのか?」
俺はカジノ・ホールへと入る。
「うっ⁉︎」
思わず顔をしかめたくなるような熱さ。全身から発火しそうだ。グレンの火山の中に落とされたらこんな感じなのだろうか? もしくは、タタラ製鉄所の炉の中に入れられた感じか。
ぐるりと周りにある水路。その水の水位が著しく減っている。海水が中に送り込まれてきては、それが蒸発してしまっているのだ。
気付けば、俺の服はもう乾いていた。やばいぞ、この熱さ。
俺は試しにスロットマシンの一つに触れてみる。
「ぅあっち!」
かなりの高温。もう触れることすらままならない。なんだ、この灼熱地獄は。
——どおおおおおおん!
「な、何だ⁉︎」
突然、爆発が起き、地が揺れた。上からは火の粉が舞い落ちる。どうやら、ことは二階で起きているらしい。
俺は蜃気楼のように揺らぐ二階を目指して走る。階段を一気に駆け上がると、そこでは——
「み、みんな! どうしたんだ⁉︎」
沙那、レキ、エム、ハイマキが倒れていた。熱いのか、苦しそうな顔をしている。ただ1人白雪が俺に背を向けて立っていた。
「糸丸君……!」
俺に気づいた白雪が振り向く。その額には尋常じゃない量の汗を浮かべている。そして、振り向くと同時に倒れてしまった。
「やっときた。プレハブさん」
白雪の向こう側から、一度だけ聞いたことのある声がした。この熱さにも平然と立っていられる美少女。彼女を中心に、緋色の燃え盛るようなオーラが放たれている。
そのオーラとシンクロしているかのように靡く白い長髪。白いTシャツ、赤のチェック柄のフレアスカート。それぞれから伸びる細く白い手足は、この暑さだというのに汗を全くかいていない。
「レシラム」
俺はジャロに教えてもらった彼女の名前を呟く。これが伝説のポケモン、その力……!
俺の呟きを拾ったのか、彼女は微笑んだ。
「たしかに向こうの世界ではその名は真実。でも、この世界では違う。私は
「そうかい、白井さんよ。でもそんなのはどうでもいい。何をしにここに来た」
「決まってる。あなたのプレートが欲しいから。それ以外に理由なんてあるの?」
「俺のプレートをお前が持っていても意味はないだろ。虫タイプでも毒タイプでもないのに」
「でも、ルルが言ってた。プレートを集めれば、凄い力が手に入るって」
何だそれ。初めて聞いたぞ。
でも、プレートは次元転移する際に使用するエネルギーにもなったんだ。ありそうな話ではある。
「だから欲しいの。渡して」
「誰がそう簡単に渡すかよ」
「それなら、あなたもこの子たちと同じように苦しみなさいな」
白井が開いた手のひらを閉じる。すると——ごうっ!
彼女の背後から急に発生した球状の蒼い炎が、俺の方へと飛んでくる!
「くっ!」
側転して横に回避。俺はホルスターに収めていた拳銃を抜くと、白井目掛けて発砲する。ただ、弾は白井まで届かずに、途中で地に落ちた。
「調べたぞ、お前のこと!」
俺はフロアを走り回りながら、白井に話しかける。
「お前、英雄を助けるポケモンなんだろ⁉︎ それがどうしてこんなことを!」
「この世界に英雄なんていないもの。みんな、自分のことばっかり。真実を求める人間なんていない。あなただって、隠している真実がある。違う?」
「だからなんだよ!」
俺は拳銃で牽制をかけながら、白井に接近する。
「隠し事の一つや二つ、誰にだってあるもんだろ! 全てを明らかにして、何の意味がある! 人を傷つけてまで手に入れる真実なんてくだらない!」
俺はナイフを取り出すと、白井に飛びかかる。
「近づくなッ!」
が、目に見えない力——おそらく神通力——によって、後ろへと吹き飛ばされる。
すぐに起き上がるとワイヤーで天井へ。飛来してきた蒼い炎を避ける。
「真実がくだらない? ふざけないで! 正しいことを知らないで、何ができるというの! 誤った道を進むだけじゃない! だから人は愚かなのよ! これだから人は……!」
「たしかにそうかもな。でも、だからこそ人はぶつかり、違う世界を知り、成長するんじゃないか! 何でも真実だけ追い求めればいいってわけじゃないだろ!」
再び飛んできた炎を天井から落下して躱す。
「それにお前は今は人だ! その愚かな人の1人だろ!」
「私が堕ちたとでも? 笑わせないで。この力があるのに、そこらの人間と——あなたたちみたいな弱いポケモンと一緒にしないで!」
彼女が足を地面に叩きつけた——ドンッ!
俺の足元の床が爆発した。俺は衝撃で吹っ飛ばされる。
今の技は、おそらくだいちのちから。
俺は立ち上がろうとして、バランスを崩した。足首に変な痛みがする。捻ったか?
動けない俺に、白井は話しかける。
「分かる? あなたと私の格の違いが」
「そうだな、たしかに俺とお前では格は違う。でも——」
俺は落ちていたT字状の棒を支えにして、立ち上がる。
「俺らには絆がある! 真実が分からなくたって、絆があれば十分だろ! 白雪やレキを見てみろ! 二人はお前がどういう人間で、なぜ俺らと敵対しているのかを知らなくても戦っているじゃないか! 真実なんて分からなくたって、人は繋がれる! そして、お前なんか簡単に超えられるさ!」
「嘘よ。プラズマ団って知ってる? あいつらは真実——本当の目的を知らなかったから解散に追い込まれたの。あなたたちのその関係も、そのうち綻びる。そうに決まってる!」
「それはどうかな!」
豪快なエンジン音とともに、下から駆け上がってきた一台のバイク。俺と白井の2人とも、そのバイクに目を向けた。
乗っていたのはジャロ。
「今から僕が相手だ!」