緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第12弾

「うおおおお!」

 バイクに乗ったままフロアを突っ切り、白井へと突撃するジャロ。彼はアーモンド型の手榴弾を投げた。タネばくだんだ。

 どぉん!

 白井の後方に投げ込まれた爆弾。その爆発を受けて白井は前に吹っ飛ぶ。

「もらったぁ!」

 バイクから飛び降りたジャロ。彼は緑色のムチを持つと、白井目掛けてムチを振るう。

 パシンッ!

 しかし、白井はいとも簡単にそれを手で掴み取った。そしてムチを引っ張ってジャロを引き寄せる。

「邪魔しないで」

 白井は右肘を引くと——ドスッ!

 鈍い音を立てながら、ジャロの腹を殴った。

「うぷっ⁉︎」

 殴られたジャロは慌てて口を押さえると——

「ウゲェ!」

 吐いた。しかも、そのゲロが白井の真っ白なTシャツにかかる。き、汚ねぇ!

「きゃあっ⁉︎ やめなさいよ、気持ち悪い!」

 短く、しかも可愛らしく悲鳴をあげた白井は巨大な炎を形成、それをジャロへとぶつけた。

「あちちちちち⁉︎」

 丸焦げになったジャロは転がるようにしてバイクまで戻ると、その場で気絶した。……あれ? ジャロさん?

「まったく、汚れたじゃない……ああ……落ちない……。後でクリーニングに出さないと……」

 プンプンと怒りながら、せっせとポケットティッシュで服を拭く白井。なんか、そこからはもう伝説のポケモンのオーラ的なものは感じられない。むしろ普通の女の子みたいで可愛いとさえ思えてくる。

 

 にぎっ。

 

「痛い痛い痛い⁉︎ 沙那⁉︎」

 急に起き上がった沙那に肘を抓られた。目をつり上げ、不機嫌な顔をしている。

「まったく。あの人は敵ですよ? どうして可愛いなとか思ってるんですか」

「知ってるけどさ」

 てか、また人の心を読んだのかよ。懲りねえな。

 と、沙那は白いレースの手袋をとると、それを俺に手渡してきた。

「左手の手袋を敵のところに投げてください」

「どうして?」

「早く」

 有無は言わせません、と言いたげな顔で言われたので、仕方なく俺はそれを白井の目の前に投げた。

「何? これで拭けってこと? って、よく見たら手袋。そう、決闘がしたいのね」

「え⁉︎」

「いいわよ。普通にやっても私が勝つだけだし。面白くない」

 決闘⁉︎ いやいや、ちょっと待て! 勝てねえよ! レシラムとタイマン勝負? 無理だろ! どのみち勝てないって!

「大丈夫です。糸丸さんなら勝てます」

「何を根拠に⁉︎」

 ツンツン。

 後ろから肩を突かれたので、振り向くとエム。

「これ、使ってください」

 渡されたのは緑色の液体入りの霧吹きのようなもの。

「かいふくのくすりです」

「ど、どうも」

 俺はそれを全身に吹きかける。みるみるうちに、疲れが取れた。でも、いくら体力満タンでも俺はワンパンされるぞ?

「いいですか? 落ち着いてください。策を練れば、勝てない相手ではないんです」

 沙那がゆっくりとそう告げながらエムの腕を掴み、俺の腕を掴む。何だ? 何がしたいんだ?

「落ち着いて。よく考えるんです、糸丸さん。私たちの行動に一切の無駄はないはずです。ジャロさんが無謀な特攻を仕掛けたのも何か意味があるはずなんです」

「意味か……。そうだな。ジャロのこと、信じてみるか」

 白井に絆がどうのこうのとか言っちゃったしな。ここは仲間の力というものを見せつけてやろう。

「私たちのこともですよ?」

「分かってるよ」

 沙那が俺の腕から手を離し、ウィンクをした。彼女が何をしたのかは分からないが、俺が勝てるように手を打ってくれたのだろう。

「いつまで待たせるの、アリアドス。早くしなさい」

 苛立ちを含んだ声で俺に言う白井。もはやただのわがままなお嬢様にしか見えない。()()()()()()()()()()()()()

「どちらかが倒れたら、倒れた方の負け。あなたが負けたらプレートはもらうわ」

「じゃあお前が負けたらボールに大人しく捕まれよ」

「分かってるわよ」

 俺らは向かい合うと背中を合わせる。ポケットに入っていた斬られた空の銀の粉のケースを取り出すと、その場に落とす。

「3歩よ? 分かってる?」

「当たり前だ。言っておくけど、手加減はしないぜ」

「私も、フルパワーで迎え撃ってあげる」

 俺は先にやられた仲間を見る。ジャロ。沙那。エム。レキ。白雪。あと、ハイマキ。俺はこいつらの仇を討たなきゃならない。かたきうちだ、覚えないけど。

「——ワン」

 俺らは互いに一歩進む。

「——ツー」

 心臓がものすごい速さで鼓動している。汗で拳銃を握るグリップが滑るな。注意しなければ。

「——スリー!」

 俺は振り向いた。そして、白井の右手に形成されている大型の蒼い炎を見る。直径2メートル以上ある特大サイズだ。それはなおも大きさを増している。これがこいつのフルパワーか。

 俺からはもう、白井の姿は見えない。でもそれは、向こうだって俺の姿が見えないということだ!

 俺は先程落としたケース、その真横めがけて糸弾を撃つ。普通に撃つのでは、あの炎が邪魔で白井には当たらないだろう。だからこそ、床で弾を跳ねさせて狙い撃つ。そう、レキが以前俺にやった跳弾(エル)だ!

 ババッ!

 しかし引き金を引いた瞬間に俺は気付いた。白井も炎を撃ってきていた。銃弾にも劣らないスピードで放たれた蒼い炎。そしてそれはもう目の前に迫ってきており、俺は避けられない——!

 ああ、相討ちか。これだけの威力の炎、即死するかもしれない。

 俺の遺産は誰に渡されるんだろう、そんなことを考え始めようとしたら、あることに気付いた。同時に、一瞬のうちに思考が駆け巡る。

 炎を撃たれたのに、虫の知らせが働かなかった。つまりどういうことだ? 特性が変わった? なぜ? いつから?

『私たちのこともですよ?』

 沙那。そうか、その時か。そういうことだったんだな、沙那。だから決闘方式にしたわけだ。

 ——信じて正解だった。

 

 バアアアアーーーーーンッ!

 

 俺は炎を真正面から受け止めた。その威力に、俺は後方へ吹っ飛ぶ。

 伝説のポケモンの、プレハブの、高威力の専用技。しかも効果は抜群。ついでに俺は低耐久。普通なら即死、良くて瀕死だ。

 でも、今の俺は。

「痛たたた……。超ヘビーな攻撃だったぜ」

 ()()()()()()()()()()()

「う、嘘……」

 白井が呆然と呟いた。その右肩は血で汚れている。どうやら俺が撃った弾はしっかり命中したらしいな。

「どうやったの? 気合いで耐えたとか?」

「根性論? 違うな、()()()だ」

「頑丈……? 本当にそれが真実? だって、あなたの特性は頑丈じゃない」

「ああ。でも頑丈の特性を持つ仲間ならいる。なっ、エム」

 俺はエムを見る。そう、彼女——エアームドの特性、頑丈。それを俺が拝借したのだ。

 方法? 簡単だよ。

「沙那、ありがとな」

「いえ。これくらい朝飯前ですよ」

「サーナイト……? まさかスキルスワップ?」

「当たりですよ、白井さん」

 沙那が白いドレスに付いた煤を払いながら説明する。

「まず私とエムさんの特性をスキルスワップで入れ替えました。現在エムさんはトレースを持っています。

 次に、私と糸丸さんの特性を入れ替えました。私は今、特性虫の知らせなんです」

「でも、待って! 私は特性ターボブレイズよ? 知ってるでしょ、攻撃する時に相手の特性を無効にして攻撃できるの! 頑丈を持っていたって意味はない!」

「まったく、子供じゃないんだから少しは自分で考えてみろよ」

 俺は白井のTシャツを指差す。つられて白井は自分のTシャツを見る——ジャロが吐いて汚した、そのTシャツを。

「胃液。強力な酸性の液体をかけることで、相手の特性を無効化する技。気付いてなかったのか? お前は途中からオーラなんて出してなかったんだよ」

「な、なら! あいつが相性不利に構わず突っ込んできたのはわざとなの?」

「そういうことだな——これがこの決闘の真実だ」

「真実……。これが……?」

 呆然とする白井。まあ、ショックだろうな。伝説のポケモンが、一回しか攻撃できないと決めていたとはいえ、アリアドスに勝てなかったのだから。

 気分爽快。伝説のポケモンにワンパンされなかったアリアドスとか、これから一生自慢できるかもしれない。

「堕ちたもんだな、伝説のポケモンとやらも」

「……」

 白井は俯いて黙り込む。

「真実。たしかに、今のお前みたいに一人で追い求めるのも悪くないのかもしれない。けれど、誰かと協力して掴み取るのもいいんじゃないか? レシラムだって、自分の認めた英雄についていくんだろ?」

「……他人を信じろと? 人は裏切る。私は彼と一緒にプラズマ団を倒した。ポケモンリーグのチャンピオンとだって戦った。なのに、なのに、なのに……!

 どうして彼は私をこの世界に転移させたの? 分からない、分からないの! 彼にどうして見捨てられたのか……」

「白井……」

 彼女はトレーナーのポケモンだったらしい。おそらく、彼女が真実を追い求める英雄だと判断したトレーナーの。でも、そのトレーナーは事情は知らんが白井をこっちの世界に送った。

 裏切られた。それが彼女の持つ真実。そんな真実を抱く彼女の心の傷は——

『だから、この世界にいるプレハブたちは心がすさんでいる、そういうポケモンが多いんです』

 明日香にそう言われた時は乱獲されたポケモンの話だったが、こういうパターンもあるのか。

 今まで俺はプレハブをボール捕獲することだけを考えていた。けれど、それだけではダメなのかもしれない。これからはそういったポケモンの心のケアを考えなければならないのかもしれない。

 じゃあ、彼女をその第一号にしてみるか?

「沙那、腕の傷を治療してやってくれ」

「いいのですか?」

「ああ」

 近付く沙那を白井は手で制す。

「その必要はない。掠っただけ」

 ゆっくりと立ち上がった白井。彼女はまっすぐ俺を見つめる。

「あなたたちの真実。それは仲間との絆が力になるというもの。でも、私には分からない。仲間なんていないから」

「じゃあ仲間になるか?」

「糸丸さん!」

 後ろから沙那が囁く。

「いいのですか? 彼女は信用できませんよ?」

「昨日の敵は今日の友。今日の友は明日も友達。だろ?」

 俺は沙那から白井に視線を移す。

「もしお前がそれでいいのなら、俺らの仲間にならないか? 一緒に真実を探そう」

「一緒に?」

「信じられないなら、信じなくてもいい。でも、俺はお前を信じるよ。伝説のポケモン、レシラム。真実を追い求めるドラゴンなんだろう? 君が嘘をつくなんて思わない」

「アリアドス……」

「たしかに向こうの世界ではその名は真実。でも、この世界では違う。俺の名は芦長糸丸」

「このお人好しは……。奥田さんの時といい、どうしてそこまで敵に優しくするんです」

 後ろで沙那が呆れたように溜息をついた。悪いな、お人好しで。

 しばらく考え込む白井。やがて、顔を上げた。

「……私は別に仲間にならなくていい。それにさっきから偉そうに喋ってるけど——あなたたちは負けたのよ?」

 笑いながら、パチッと白井がウィンクをした。元が美少女なだけに、行動がいちいちドキッとさせられるな——ゾクッ。何だろう、後ろから殺気のようなものを感じたんだが。

「でも、あなたのそのまっすぐな気持ち。それは感じられた。あの人みたいだった。だから私の知っている真実を一つ、教えてあげる。イ・ウーのボス、"教授(プロフェシオン)"。その正体は——」

 白井はすっと自然に俺へと近づき、耳に噛み付くように口を寄せる。

「——初代シャーロック・ホームズ」

「何だって?」

 驚いた俺の顔を見て、クスッと笑う白井。白い八重歯が見えて可愛らしい。外国では悪魔の歯らしいが。

 いや、そこはどうでもいい。こいつ、今何と言った? 初代シャーロック・ホームズ?

「嘘だ! 生きてるわけないだろ!」

「生きてるのよ。それに私を誰だと思ってる? 嘘は一番嫌いよ。理想よりもね」

「根拠を示せ!」

「熱くならないで……」

 白井は俺の手を掴むと、指と指を絡ませてくる。そして、俺の腕を引っ張って——口が塞がった。熱い何かで。

「ん⁉︎」

 キスされた。それに気づくのに時間は必要なかった。

 舌先が痺れるような熱さを感じる。その熱さは次第に身体中に広がっていく。全身の体温が上昇していくのが感じられる。火傷するんじゃないかっていうくらい、情熱的な——

「ぷはっ! 白井! い、いきなり何を!」

 長い口づけ。終わった後も、俺の舌はヒリヒリしている。ちなみに初めてだった。

「ファースト・キスのプレゼント。ほら、()()()()()()から、私。それに白井なんて余所余所しく呼ばないで? キスまでした仲なんだから、私のことは実って呼んで」

「……いい加減にしなさい、白井さん」

 ゴゴゴゴ……、という効果音付きで睨みつける沙那。やばい、ターボブレイズに負けないくらいのオーラがここから出ている。

「糸丸さん、やはりこの女は信用なりません! 絶対に捕獲しましょう!」

「それは嫌。第一、あなたたちでは私には勝てない」

「そんなことありません! 私が癒しの波動で回復したり、エムさんが薬を使用すれば糸丸さんは何度でも頑丈で耐えますよ!」

 何だその無限ループ。攻撃されて回復して攻撃されて回復して……って。俺が鬱になるぞ?

「それでも無駄。まず糸丸。あなたは火力が足りない。たぶん私が倒れるより前に(パワーポイント)が尽きるわ。それに——」

 白井は俺を指差した。ご丁寧に、手で銃の形を作って。

「火傷しちゃったみたいだし」

 ばんっ、と白井が手を動かした——くらり。

 目の前が真っ暗になった。

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