緋弾のアリアドス 作:くものこ
翌日の早朝に帰宅した俺。さすがにもう二人はいなかった。
帰ってくるなり、気になっていたことを調べてみた。武偵殺しのことである。
本来犯罪者を捕える立場にある武偵。その武偵のみを狙う犯罪者がいる。それが武偵殺し。武偵殺しのよく使う手口は武偵の乗り物に爆弾を仕掛けた挙句、短機関銃のついたラジコンヘリで追回し、海へと突き落とすというもの。
類似しているのだ、昨日のチャリジャックに。
そんなわけで調べてみた。俺の体は便利なことに寝る必要がないからな。徹夜も余裕だし、早朝だって余裕。
生き残ったパソコンで調べた武偵殺し。驚くべき情報が手に入った。
調べてみたところ、武偵殺しはもう既に捕まっていたことが判明したのだ。しかも、増える犯罪に対応するために作られた『下級裁隔意制度』が適用され、既に懲役122年という高裁判決が下されている。
その武偵殺しの正体は神崎かなえ。そう、神崎。これを聞いて彼女を連想した。
偶然の一致の可能性も考えて、アリアの方の神崎の家系図を調べてみた。やはり母親の名前はかなえだった。
ここで、ある仮説が立てられる。
仮に昨日のチャリジャックが模倣犯の仕業ではなく、武偵殺し本人のやったことだったとする。そうするとすべての説明がつく。
神崎かなえは無罪。彼女は濡れ衣を着せられたのだ。そしてその彼女の無罪を証明するために、娘の神崎・H・アリアは本物の武偵殺しを捕まえようと必死になっている。昨日、彼女がタイミング良く助けに来ることができたのは、日頃から武偵殺しによる犯行が起きることを警戒していた、或いは武偵殺しの動きをある程度察知できたからだろう。
そして彼女は、武偵殺しを捕まえるために戦力を必要としている。"ドレイ"を。
なぜ奴隷なのか?少し考えてみれば、俺のようなものにとっては単純な話だった。
主従関係である。その主従関係は最初は無理やりにでも作る。もともと別々に生きていたものを、人は無理やり拘束する。
しかし、時間が経てばそこには信頼関係が生まれる。"ドレイ"は主人に
そう、これはポケモンと人の関係と同じなのだ。俺がかつて求めていた野生からの脱出、それをさせてくれると神崎は言っている。
でも、不思議なことに俺はそれを拒絶した。早とちりもあったが、それでも神崎の"ドレイ"になることを拒否したのだ。昔はあんなにそれを望んでいたのに、人となった今はそれを望んでいない。
時計を見る。そろそろ朝食を食べた方が良いよな。
キッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。大量の栄養ドリンクがある中、目的の物がない。
「インドメタシンが切れてるだと⁉︎」
なんてこった。あれを飲まなければ俺の朝は始まらないのに。SSRに所属する知人がきのみから作る特性インドメタシン。それがない。
カロリーメイトだけ持って部屋に戻ると、パソコンでそのSSRの知人にメールを送り、インドメタシンの注文をする。
また金が飛んでいくな。昨日よく分からない請求をされたばかりだというのに。このインドメタシンも結構高いのだ。1本9800円とかするんだぞ?
「仕方ない。今夜は荒稼ぎでもしますか」
野生ポケモンとして生きていた頃は、手段なんて選んでいられなかった。いつ食べ物が手に入るか分からなかったし、いつ天敵やトレーナーに襲われるかと思うと、落ち着いて休むこともできない。
時には逆に人間や他のポケモンを襲うのもやむを得ないのだ。そしてその習慣は、人間になった今も抜けない。
「この野郎!」
ナイフを持った金髪の青年が突っ込んでくる。目がチカチカするその金髪は、暗い夜道において自らの存在を教えてくれている。必死の思いで突っ込んでくる青年は、少しだけ格好良い。ほんの少しだけど。
我武者羅にやるのは嫌いではないが、引き際を見定める力もなければそれは武者でも勇者でもなく、ただの愚者だ。
突き出された青年の手首を掴むと、軽く捻る。動きも鈍い。インドメタシンを愛飲している俺から見れば、ツボツボなみのトロさだ。
青年が落としかけたナイフを逆の手で取ると、足をかけて相手の体勢を崩し、投げ飛ばす。その際に、ナイフで青年のズボンをきりさくのも忘れない。
「ぐはっ!」
受け身すら取れずに背中から落ちた青年は、その辺に倒れているお仲間同様に伸びる。ヤンキー狩り、終了だな。
東京都内のとあるビル街の路地裏。ここにはよくヤンキーがたまる。
別に俺がヤンキー狩りをしているのは保安維持のためではない。
その辺に散らばっているヤンキーたちの財布を拾う。中身はノグチとかいう人の絵が描かれた紙切れ。うーん、今日のヤンキーは大した金を持ってないな。ごく稀にフクザワという人が描かれた紙切れの入った財布が見つかることがあるのだ。同時に白い粉末も入っていることが多いけど。
「まあ、ないよりはマシか」
インドメタシンに加えて神崎にぶっ壊されたたくさんの機器の修理代も稼ぐ必要がある。この程度では到底足りないのだが、"ダンゴロ積もればギガイアス"とも言うし、治安維持の謝礼として頂いていこう。
来た時よりも膨れ上がった自分の財布に満足しながら帰路につく。
が、さっきから視線を感じる。ヤンキー狩りの最中からだ。誰かに見られている感覚。昔、野生で生活していた頃によく人間から感じた感覚。
それに風が変だ。先程から、四方八方のあらゆる方向から俺に向けて風が吹いている。明らかに普通じゃない。
何より、直感がヤバいと叫んでいる。虫の知らせだ。
「上か!」
上を見上げる。ビルの屋上、そこにいたのは黒いブラウスに紫色のスカート姿の女。真っ白な肌、赤い瞳、蒼いボブカットの彼女は俺を見下ろしている。漆黒の大鎌を担ぎながら。
「あなたがアリアドス?」
「違う。芦長糸丸だよ」
「ああ、まだ進化してないのね」
勝手な解釈をされる。違うのに。名前は一生糸丸のままなんだよ。
でも、これで分かったことがある。あいつは元ポケモンだ。そしておそらく、プレハブ。放たれるプレッシャーが普通の奴らとは違う。
「あんたは誰だ。ここで何してる」
「あなたを探していたの」
「俺を?」
小さく頷くと、その女はビルから飛び降りる。危ない、と思う間もなく彼女はふわりと、風に乗るようにゆっくりと舞い降りてくる。
ゆっくりと地面に着地した彼女は、鎌を一振りした。すると、ごうっと音を立てて、目に見えて彼女の周りに風が渦を巻き始める。手強い。そう感じる。
「警告するわ。イトマル、今すぐプレハブ探しをやめなさい」
いきなり出てきて何を言ってるんだ、こいつは。それは俺とアルセウスとが交わした約束なのだ。契約ともいう。それを行うからこそ、俺はこの世界に転生した。
「まずあんたは誰だ。話はそこからだ」
「私は
虻初ルル。なるほど、前の世界ではわざわいポケモン、アブソルだったってわけか。道理でこのプレッシャー。そして、アブソルが目の前に現れたということは。
「不吉だな」
「人を穢らわしいものを見るような目で見ないでくれる?」
そう言って俺を嫌悪感剥き出しで睨みつける虻初。お前こそそんな目で見るなよ、厄病神。
「話を本題に戻すわ。もう一度言うけど、プレハブ探しから手を引きなさい。ここから先起こる戦いは、あなたのような低種族値のポケモンが生き残れるものではない」
「は?」
今こいつ、俺のことを貶さなかったか? 貶したよな? 俺のことを低種族値のポケモンだって言ったよな? 自分だってそこまで高いわけじゃないくせに。
「ざけんな、アブソル。タイプ相性的には俺の方が有利だぜ?」
奴は悪タイプ。俺は虫タイプ。悪と虫の相性は虫に軍配が上がる。
「相性? ふっ、笑わせてくれる」
虻初が鎌を振るう。すると、彼女の背後で渦巻いていた風が動いた。
ヒュンッ!
身動きできなかった。気付けばすぐ側を風が通り過ぎていて、俺の右肩の防弾制服は破れていた。そこから赤い血が覗く。
「かまいたちか」
首筋を冷や汗が垂れるのを感じる。心臓がとんでもない速さで鼓動している。頭の中で警報が鳴り響く。こいつはヤバい。
「この程度も避けられずにプレハブ探し?
ホルスターへと手をゆっくり動かす。次は反応してみせる。伊達にインドメタシンを飲んでいるわけじゃないということを証明せねばならない。
「諦めな、イトマル。プレハブ探しの任務は他の奴に任せて。例えば私とか」
一歩ずつ近付いてくる虻初。拳銃を引き抜こうとしてもできない。体が金縛りにあったように動かないのだ。体全体に重圧がのしかかっていて、身動きが取れない。呼吸すらうまくできない。
俺の隣へとやってきた虻初は、俺の耳に囁く。その声はさっきまでの緊張感を孕んだ冷たい声ではなく、甘い誘うような女の子の声。
「さあ、あなたも持っているのでしょう、プレハブなのだから。渡しなさい?」
渡してしまおうか?彼女は強い。俺なんかよりも。彼女ならば、この任務を遂行してくれるのでは?彼女に任せておけば、俺は……。
「ほら、早く」
俺の前に手を出す虻初。右手に持つ鎌は今、刃を地につけている。
「誰が!」
右手でホルスターから拳銃を抜き出し、連射。同時に右腰のワイヤーを後方に射出して距離を取る。
「甘いね。私の声と同じくらい」
虻初は至近距離から撃たれた銃弾を全て回避し、鎌を持ち上げる。みきりか!
「死にたいならはっきり言いな!」
虻初が右手で鎌を振るうモーションに入る。見えた!
左腰のワイヤーを横に打ち出してビルの壁に打ち込み、巻き戻して俺は横に高速移動。右手の拳銃で虻初に照準を合わせる。
「見切ってんの!」
しかし虻初はニヤリと笑う。彼女は何も持っていない左手を目にも留まらぬ速さで振るった。次の瞬間、
ズシャアッ!
「あぐっ⁉︎」
左膝に激痛が走る。思わず俺はその場に倒れこむ。目には見えない斬撃。おそらくはサイコカッターか。
敵が近付いてくる気配に顔を上げると、首元に鎌を突き付けられる。あと少し動かせば、俺の首は飛ぶのだろう。
「ね? あなたには無理だから」
ニッコリと笑う虻初。目鼻立ちがくっきりとしたその顔。意外にも美少女だった。
彼女はスカートの中の、通常の武偵がホルスターを提げているところからペットボトルを取り出す。おいしいみずだ。
「頭を冷やして考え直しな」
彼女はそれを俺の頭にぶっかけた。冷たい。
空になったペットボトルを投げ捨てると、虻初はその場を去っていった。一人取り残された俺は唇を噛み締める。口の中に血の味が広がる。
悔しい。結局この世界に来ても、俺は弱いままなのか。ただなされるがままななのか。
そんなの、いやに決まってるじゃないか。
じゃあ、どうすれば強くなれる?何をすれば、虻初のような奴にも勝てるようになる?
昔、ある人は言っていた。野生のポケモンとトレーナーの所有するポケモン。強いのはトレーナーのポケモンだ。なぜか。
それは適切な指示を出してくれる存在がいるからだ。野生のポケモンは戦いながら自分で最善の選択肢を選ばなければならない。しかし、トレーナーと組むことで、ポケモンは戦いに専念できる。さらに人の戦術は相応に良いものが多い。だから強い。
だったら俺は。