緋弾のアリアドス   作:くものこ

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最終弾

「トオヤマ、キンイチ……いや、カナ!」

 パトラが驚きを含んだ声を上げる。その白い顔をなぜか真っ赤にしているが。

 カナさんが援軍に来たのか?

 その時、ざざあっと砂を掻き分けて、砂中から白井が姿を見せる。彼女は特大の青い炎を作ると、それを潜水艇へと撃ち込んだ。

 

 どおおおおおおんっ!

 

 盛大な爆発音とともに、潜水艇が炎上する。しかし、俺は燃える前に一つの影が飛び出すのを見た。

 それは武偵高の制服を着たカナさん。彼女は空中で長い三つ編みを翻し、華麗な月面宙返りを見せ——

 パパパパパパッ!

 6つの光が閃いた。

 直後、スフィンクスの上に乗っていたパトラがそこから落ちる。銃撃したのだ。今の一瞬で。

 すとん。

 カナさんが着地した。その手に握られているのは、燻し銀(マットシルバー)のコルト・ピースメーカー。早撃ちで有名な回転弾倉(リボルバー)式拳銃だ。

 そうか。カナさんの見えない銃撃。それは神速並みのスピードで行われる早撃ちだったんだ。拳銃を抜いて、撃つ。それをほんの一瞬で、見えないスピードで行っていたのだ!

 なんて神経してんだ。常人にはとうていできそうにない技だぞ。ヒステリアモードで神経伝達物質が30倍のスピードで伝達されるならまだしも——

「出エジプト記34章13——汝ら還りて彼等の祭壇を崩し、偶像を毀ち、斫倒すべし——」

 聖書の一節を引用したカナさんは、空中に6発の銃弾をばらまき——ジャキンッ!

 振りかぶった銃を右から左へ、空中で銃弾とぶつかるように払った。よく見れば、ピースメーカーの回転弾倉には銃弾が6発とも、装填されている。

 すごい。空中でリロードしてみせたのだ。トリックみたいだ。いや、技じゃなくて手品の方の。

「キンジ、緋色のバタフライ・ナイフはまだ持っているわね? それを持ったまま、アリアに口づけなさい」

「く、口づけ⁉︎」

 驚くキンジを放置し、カナさんは俺の方へと振り向く。

「芦長君。悪いんだけど、キンジがアリアに口づけするまでの間、彼の娘を相手できる?」

 カナさんが白井を指差しながら俺に尋ねる。

「了解です。行くぞ、飛鳥」

「言われなくても!」

 立ち上がった飛鳥を引き連れて、俺は白井の方へと向く。

「やりあうつもり? 昨日は負けたでしょう?」

 青い炎を複数背後に従えながら、白井は俺に言う。

「たしかに俺は一度負けた。でも今俺は新しい役割を与えられたんだ。それを遂行するッ!」

 まず手始めに——パチン。

 俺は指を鳴らした。金縛りで白井の青い炎を封じ込めるのだ!

「——ッ! 新技かしら!」

 デスカーンと違い、俺が何をしたのかに気付いた白井はすぐさま青い炎を消す。

 さすがは伝説、切り替えが早い。あのまま炎を撃ってくれればよかったのに。

「主は右から攻めろ!」

 召使いのくせに俺に指示を出した飛鳥は、まっすぐ白井へと突っ込む。しかも全速力で。まったく、この戦闘狂は!

「お前のスピードに合わせろっていうのかよ!」

 俺は高速移動で右に、つまり白井の左側に回り込む。その時にはすでに飛鳥が白井に殴りかかっていた。

 例の赤黒い色のエネルギーを腕に纏い、白井に殴りかかる飛鳥。それをギリギリまで引き寄せる白井。

 そして、すんでのところで飛鳥のクローを躱した——

「燃えなさい!」

 すぐさま飛鳥の背後を取った白井が、飛鳥の背中に掌から烈しい火炎を放射する。かえんほうしゃだ!

 その直撃を受けた飛鳥。俺の元へと砂上を転がってくる。

「飛鳥!」

「ちっくしょう……あつっ!」

 飛鳥が起き上がる。防弾制服の繊維が縮れ、焼け爛れた背中が見えた。火傷だ。

「飛鳥、火傷を治さないと……!」

「馬鹿、そんな暇ねえよ。それに、なんでもなおしはお前に使ったしな」

「そんな……! じゃあ今すぐ下がれ。後は俺が一人で——」

「主」

 俺が飛鳥の前に立つと、飛鳥は俺の肩に手を置いた。

「あんたには無理だ。あいつは伝説のポケモン。主のような、低種族値の虫ポケモンが勝てる相手じゃない。ここは準伝の俺に任せて——」

 パシンッ!

 俺は飛鳥の頬を平手打ちしていた。

「俺が低種族値なのは知っているさ! 白井に勝てないってことも! 実際勝てなかったんだよ、昨日は! でもだからって俺が戦わないっていう理由にはならないだろ!」

「自分が弱いってわかってんのなら下がれ! 俺がやるって言ってるだろうが!」

「いい加減分かれよ、飛鳥! お前という存在は、お前だけのものではないだろッ!」

「それは……」

 飛鳥の存在。それは明日香と共通なんだ。たとえ二人が入れ替わる時、心も体も入れ替わるとしても、存在は一つなんだ。どちらかが死ねば当然、もう一方も死ぬ。

「お前が危険にさらされるというのとは、明日香もそうなるってことなんだ。わかったら、下がってろ」

 俺は飛鳥に背を向けると、白井に向き直る。白井は俺らがこのやりとりをしている間、わざわざ待っていてくれたようである。

「敵らしくないな」

「アリアドス、いえ糸丸。何か勘違いしていない? 私はあなたを殺そうとなんて思ってない。プレートが欲しいだけ——ううん、あなたが欲しい」

「白々しい嘘をつくな。俺のことが欲しい? そう言って騙し討ちでもするつもりなんだろ」

「覚えないわよ」

 はあ、と白井が溜息をつく。

「どうしてわかってもらえないの? それが真実だというのに」

 白井がかえんほうしゃを放つ。俺は高速移動でそれを避けると、反撃に糸弾を撃つ。

「火力が足りないって言ってるでしょう?」

 神通力でそれを落とした白井は、再び炎を浴びせてくる。

 糸弾が通用しないのなら、接近戦をするまでだ!

 俺は高速移動でさらに加速し、炎の隙間を縫うようにくぐり抜け、白井へと接近。イロカネアヤメとデュランダルを振りかぶる。

「火遊びしてると捕まるぞ、白井!」

「だから私のことは実って呼んでってば!」

 白井は俺の懐に一瞬にして入り込むと、火炎を放射する——が、その炎は俺の身体をすり抜けた。

「あれ——ッ!」

 背後から俺が振るった刀を、白井は紙一重で避ける。

 反撃をしようと、掌を向けた白井は——

「こっち——ちがう!」

 すぐさま体の向きを120度変えると、炎を放射する。その炎は、俺の残像を消した。

「遅いぞ、白井!」

「実!」

 白井は俺の声がした方に炎を放つ。しかし、そこにはやはり俺の残像しか残っていない。

「影分身ね!」

「当たり!」

 影分身。残像を残すほどの素早い動きをすることによって影の分身を作り出し、敵の攻撃が当たらないようにする技。高速移動を連続して使用したことで、俺は残像ダッシュができるほどのスピードで動けるのだ!

「そこだ!」

 俺は白井の背後に回り込むと、糸弾を撃つ。俺のような虫の知らせを持たない白井は、危機を事前に察知できない——!

 フッ!

 糸弾が揺らめく白井の像を通過した。

「なっ!」

「分身を生み出す術は何も残像を残すほどの速さで動き回ることだけじゃないの。例えば、熱ね」

「ッ!」

 ゆらりと動く白井に糸弾を撃ち込む。が、それらはすべて白井の身体をすり抜けていく。

「熱によって空気は密度が変わる。密度の違う空気を通る時、光は屈折するの。それによって起きる現象が蜃気楼。そして、あなたが狙っているのはその蜃気楼よ?」

 ごおおおおっ! 白井の横から炎が噴射される。くそっ、本物はそっちかよ!

 だが、白井の攻撃も俺の真横を通り過ぎる。向こうも俺の位置が分からないらしい。お互いが影分身を積み、お互いの攻撃が当たらなくなっているのだ!

 このままでは運ゲーだ。どちらかの攻撃が運よく当たるまで、戦いが終わらない。そして、白井は俺を一撃で屠ることができるのに対し、俺は数発必要だろう。

 つまり、このままだと負ける確率が高い。

 では、技を当てるにはどうすれば良いのか。ロックオン、心の目などの技が考えられるが、あいにく、俺はそれらの技を使えない。俺が使えるのは——

 俺は柱の影に隠れると、デュランダルでイロカネアヤメを研ぐ。使っている感じとしては刀の方が俺に馴染む。だから、ジャンヌには悪いがデュランダルは研ぎ石として使わせてもらうぞ。

 つめとぎ。今は刀を研いでいるのだが、同じこと。要は武器を研ぐことで、集中力を高めるのだ。そして攻撃力、命中率を上げる。

「見つけた!」

 柱を回ってきた白井。彼女は俺の頭めがけて炎を放射した。

 俺はそれをしゃがんで避けると、低姿勢のまま白井へと突っ込む。そして、集中して彼女を見る。

 ぼんやりと揺らぐ白井の像。そして、その横にうっすらともう一人、本物の白井が現れて——

「もらったッ!」

 ざん!

 一閃。イロカネアヤメが、白井の左手へと命中する!

 がしっ。

 それを白井は傷ついた左手で掴んだ……は⁉︎

「糸丸のような紙耐久の人には分からないかもしれないけど、肉を切らせて骨を断つってことわざがあるの!」

 どんっ! 白井が俺を蹴り飛ばす。そしてもともと、俺の影分身は高速移動による素早さによって作られていた。つまり、速く動かない状態では影分身は製成されず——

 まっすぐに俺を捉えた白井の掌。彼女はにっこりと笑う。

「一度瀕死にしてあげるわ。そこで私がこれ——げんきのかたまりで治してあげる。そうすれば、あなたは私に惚れる——」

 金色に輝く塊を取り出して、うっとりと笑う美少女、白井。でも、その笑みからは恐怖のようなものを感じ取れる。こいつ、狂ってる……!

「じゃあ——さよなら」

 彼女が手が緋色に染まった、その時——!

「主!」

 俺らの間に男が入ってきた。焼け爛れた背中、飛鳥だ。

 白井が顔をしかめる。

「何の用? 竜星群を撃ってあなたのとくこうはがた落ち。火傷で攻撃も下がってる。何もできないでしょう?」

「ああ。お前を倒すことはできないな。だから——最上級のお土産、くれてやるよッ!」

 ぐわっ、と飛鳥の身体から化身のようなものが現れて、それが白井に覆いかぶさった。

「う……く……!」

 苦しそうに身悶えする白井。一方の飛鳥は——

「ふっ、ふふふ……はははは……! お前は主に3分以内に殺られろ!」

 そう言い残した飛鳥は——どさっ。倒れてしまった。

 俺は慌てて飛鳥に駆け寄り、脈を測る。……ある。気絶しただけみたいだ。あれだ、意識を失ったの("ひんし")だ。

「な、何がしたかったのよ……!」

 ふるふると頭を振った白井は、再び俺に掌を向ける。

「仕切り直し! ——一度瀕死にしてあげ」

「そこから⁉︎」

「悪い?」

 ごめん、我慢できなかった。思わずツッコんでしまったじゃないか。

「仕方ないわね。糸丸の頼みだから聞いてあげる。コホン。じゃあ——さよなら」

 白井がかざした掌が緋色に染まり——

 プスンプスン。

 煙だけが出てきた。ナイスだよ、飛鳥。

「あら?」

 自分の手を見つめる白井。彼女は首を傾げて、飛鳥を見て。

「おきみやげ……? ——ッ!」

 何かを察知したのか、白井は慌てて宙を駆けるようにガラスの淵へと飛び乗った。そのはずみで、彼女の手からげんきのかたまりが落ちる。

 次の瞬間——ひゅんひゅん!

 さっきまで白井がいた位置を、大鎌の軌跡がはしった。

「あら。逃げられたわ」

 クールに髪を掻き上げた大鎌の使い手——カナさんの姿が、一瞬だけぶれた。

 パパパパパパッ!

 6つの閃光。白井はガラスの外へと飛び降りた。同時に、ガラスが盛大に割れる。

 見えない。やっぱり、この人の銃撃は見えない。

「"不可視の銃弾(インヴィジビレ)"。そういう名前よ」

 コルト・ピースメーカーを取り出して弾をリロードするカナさん。

「これ、もらっておきなさい」

 カナさんがげんきのかたまりを拾うと、俺に手渡す。カナさん、これの効果を知って言っているのだろうか? まあ、どっちでもいいか。

 そういえば、パトラの姿が見えない。

「カナさん、パトラは?」

「下。キンジたちも。流砂が仕掛けられていたの。迂闊だったわ」

 ずずん……!

 その時、地響きとともにピラミッドが揺れた。

「こ、これは……?」

「パトラは船を沈めつもりなのよ。自分が水中で生き残る術があるからってね」

 カナさんは割れたガラスから外へと出た。

「下に行きましょう」

 

 

 カナさんと一緒にピラミッドの側面を移動し、彼女が一つ下の段のガラスを蹴破った。

 中に飛び込むカナさんに続いて、脳震盪を起こして意識不明(いわゆる"ひんし")の状態の飛鳥を背負った俺も、室内に入った。

 中では——

「……!」

 アリアが。紐みたいな薄布と黄金の装飾品しか身につけていないアリアが、ただ黙って立っていた。

 いや、あれはアリアじゃない。まるでギルガルドに乗っ取られているような、そんな感じ。

 瞳孔から緋色の光を放つアリア。まるで白井が放つオーラのようだ。アリアも火の玉プレートを持っているのか? いや、そんなわけあるまい。

 ふと、切里玲の言っていた言葉が、脳裏に浮かんだ。

 "色金"。

 たしか、この世界におけるプレート的な存在だったはず。それを、アリアが持っているのでは……?

 アリアがパトラに向けて、拳銃のように人差し指を突き出す。その先端が緋色に輝き始める——!

「……緋弾のアリア……!」

 カナさんが呟いた。緋弾。それが、色金の一種なのか?

 すくみ上がるパトラ。パトラの手、膝。それらが震えている。

「何ぢゃ、こ……この感情は? ……こわい……? わ、妾が……お、恐れて……?」

 直径1メートルほどの大きさになった光は、それでも広がるのをやめず。ついには太陽のように発光しだした。

 そして、その光がアリアの指先から放たれた。

「避けなさいパトラ!」

 カナさんの叫び。それを聞いたパトラは、床によって作り出された大盾を滑り台のように利用してその場から離脱する。

 緋色の光は砲弾のように、黄金の大盾をまるで紙のように貫通し、さっきパトラがいた場所を通過した、その瞬間。

 

 ——————!

 

 ビッグバンのように、それが弾けた。

 緋色の光が、室内に降り注ぎ、すべてを塗りつぶしていく。ラスターパージのように——!

 俺は慌てて自分の目を守る。そして、再び世界を見ると——

 青。空が広がっていた。ピラミッドの上部が吹き飛ばされたのだ。

 何ていう威力だ。600族並み、いやそれ以上かもしれない。

 ふらっと倒れたアリアを、なぜか血塗れの顔のキンジがディアンシー抱っこした。……間違いない、ヒスってる。

 カナさんがパトラを黄金櫃にしまう一方、俺は崩れて砂に戻るピラミッドの内装をただ眺める。どうやら、ピラミッドの上部を失ったことでパトラの魔法は持続できなくなったらしい。

 無限魔力のパトラ。なかなかに手強い敵だったが——

 俺はキンジの腕に抱かれたアリアを見る。

 神崎・H・アリア。彼女は一体、何者なんだ?

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