緋弾のアリアドス 作:くものこ
第1弾
船の甲板へと移動した俺ら。しばらくして、船の舳先に寝かされていたアリアが目を覚ました。
「……キン……ジ……」
「アリア……!」
「あれ……キンジ? どうして生きてるのよ! パトラに撃たれたわよね⁉︎」
どうやらキンジは撃たれたらしい。それをヒステリアモードの機転と反射神経で生き延びた、と。……化け物だな。
一方のキンジは——
「アリア!」
「ちょっ、えっ? キ、キンジ⁉︎」
キンジが持ってきていた防弾制服を着たアリアに抱きついた。はい、ヒステリア乙。
俺は、パトラの入った黄金櫃に寄りかかるようにして寝ている飛鳥を見る。俺もキンジのような行動を取ってみるか? 飛鳥なら男だし、問題ないよな?
と、その飛鳥の体が薄い光に包まれて——
「……うぅ……糸丸?」
明日香が目覚めた。あれ、飛鳥じゃないのか。
明日香は俺を見て、自分が寄りかかっている櫃の中のパトラを見て。
「糸丸、すごいです! パトラを捕まえたんですね!」
「えっ? いや、それはカナさ——ああ明日香⁉︎ しゃがんでくれ!」
立ち上がった明日香を見て、俺は思わず手で目をふさいだ。しかし、あくまで状況確認のために指の隙間から様子をうかがう。
明日香の着ている服、防弾制服。それは飛鳥が白井と戦闘したせいで、あちこちが破れているのだ! それで、明日香の肌があちこち見えて——
「糸丸? どう——ひゃあ⁉︎」
自らのあられもない姿に気付いた明日香は、それを隠すために俺に背を向ける。でも、その背中は白井のかえんほうしゃによって全面よりもひどく裂けていて——
白い、綺麗な明日香の背中が大胆に露出される。思わず見惚れてしまうほど綺麗な背中、その背中の真ん中より少し上辺りにあるホック付きの布。
そ、それってブラ——
「芦長君」
後ろから声をかけられると同時に、俺は肩を掴まれて無理やり振り向かされた。カナさんだ。
「あんまりジロジロしちゃダメよ?」
「えっ、いや……その……」
「……やっぱりキンジと同じレベルかしら?」
しどろもどろする俺に微笑むと、カナさんは背に隠していた何かを取り出した。
「これ。アリアの武器。芦長君から渡しておいてくれる?」
「は、はい。了解です」
俺は二丁のコルト・ガバメントと二本の小太刀を受け取る。小太刀、か。結構振りやすかったんだけどな、イロカネアヤメ。エムあたりに頼んで刀を打ってもらおうかな?
「……!」
その時、カナさんがハッと振り向き、無言で海を見つめた。何かに警戒しているかのような表情に、俺は尋ねる。
「カナさん? どうかしました?」
返事はない。ただ、じっと海原を見つめている。そして——
「キンジ! 芦長君! 逃げなさいッ!」
叫んだ。そこまで長い付き合いではないが、カナさんがこんなにヒステリー気味になったのは初めて見た。それくらいに動揺している。
「逃げるのよ! 急いでここから撤退しなさい!」
「待て! 待て、カナ! 俺たちは撤退も何も、小舟一つ持ってないんだ!」
いや、あるにはある。ラティアス。でも、これだと全員を運べる保証は——!
その時、俺の直感が危険信号を発し始める。今までにないレベルの警報。全身の鳥肌がたち、頭がチクチクしてくる。とてつもない危険が、迫っている……!
「海が……海が、おかしい。生物がいない」
キンジがボソッと言った。たしかに。海にはクジラも魚も鳥もいない。まるでこれから来る者に恐れて逃げ出したかのように——
「あ……ああ……!」
カナさんが声をもらすのとほぼ同時に——
海が震えて——
っざあああああああ!
海中から何かが浮上してきた。30メートルはあるあのクジラの、およそ30倍はあろうかという巨大な黒い何か。
それの出現によって生じた波浪が、俺らの乗る船を揺らす。
黒く塗装された巨大物体が、その場でターンをする。
巨大すぎるためにこれが何なのかはわからない。けれど、間違いなく人工物である。
なぜならば、巨大の表面に描かれた巨大な2文字があったからだ。"伊"と"U"。合わせて
以前理子につけた発信機が示したのは海上だった。こういうことだったのだ。イ・ウーとはこの巨大な何か——おそらく潜水艦、これのことだったのだ!
ふと、その伊Uの艦橋に立つ男が見えた。ひょろ長い痩せた身体。鷲鼻に角張った顎。右手には古風なパイプ、左手にはステッキ。歳は20歳前後に見える。
彼がイ・ウーの教授、シャーロック・ホームズか……!
シャーロック・ホームズ。人類史上最高の探偵にして、最強の武偵。アリアの曾お祖父さん。……アリア。
呆然とシャーロックを見るアリア。曽祖父が現れたことで、アリアはどんな行動をとるのだ……?
この世界の人間は親や祖父母、祖先を大切にする。しかもアリアは貴族だ。より一層、その傾向が強いと思う。
そのアリアの曽祖父、シャーロック・ホームズが敵の首領なのだ。
俺は自らの手にあるアリアの武器を見る。これを、アリアに渡していいのだろうか……?
その時、カナさんが舳先に立った。俺らを護るように。
「教授……やめて下さい! この子たちと——戦わないで!」
ビシュッ!
しかし、そのカナさんが見えない何かに跳ね返された。
慌ててキンジがカナさんを受け止めた時。
——タァン——
銃声。男が撃ったのだ。この距離だから、おそらく狙撃銃を。
しかし、男の
「不可視の銃弾……!」
イ・ウーは天賦の才を持つ者が集まり、互いに高め合う場所だと聞いている。つまり、そこに一時的でも所属していたカナさんの技を、イ・ウーのリーダーである教授が使用できてもなんらおかしくはない。
「カナ! ——カナ!」
叫ぶキンジの腕の中のカナさん。その左胸からの流血は、止まる気配すらない。
弾が武偵高の防弾制服を貫通したのだ。おそらく、敵の使用した弾はA-TNK弾。理論上作成が可能とされ、開発が国際的に禁じられている
狙撃銃による不可視の銃弾。しかも弾は防弾制服を貫く装甲貫通弾ときた。
俺は明日香を黄金櫃の影へと押し倒す。
「明日香! そこから動——」
ビシュッ!
背中に何かが突き刺さった。そしてその何かは俺の胸を貫通していった。
目の前の金色の櫃に、紅色の鮮血が飛び散る。
昨日のようにおまもりこばんはない。俺の身代わりになるものは何一つない。そもそも身代わりを作り出す時間すらなかったのだが。
櫃の向こう側にいる明日香が目を見開く。その目からは今にも涙が溢れそうで。
——明日香。
彼女の名を呼ぼうとしたら、口から血が溢れてきた。
ごめん。もう誰かが死ぬのは嫌だって、言ってたのに——。
「糸丸……! 糸丸!」
俺は倒れた。
……。
…………何だろう、胸が暖かい。撃たれた場所から熱のような何かが発せられている。
いや、待て。俺は生きているのか?
うっすらと目を開ける。視界に入ったのは、おかっぱ頭の美人。
「ほっ。本当に生き返りおった。ムゲンアスカとやら、その秘術を妾にも教えよ」
「技じゃないです。たまたま糸丸のポケットに入っていたから——」
明日香が、俺の顔を覗き込む。頬にうっすらと涙の跡が見える。
「気分はどうですか?」
「どうって……なんか、暖かい。元気が湧きそうな感じ」
「そうですか。やっぱり本物だったんですね……」
明日香が金色の八面体を俺に見せる。
「げんきのかたまり。糸丸の制服のポケットに入っていたものを割って、げんきのかけらにしました。そのうちの一つを飲んでもらったのですが——効果があったようで……良かったです……!」
嬉しそうに笑う明日香。残ったかけらを俺のポケットにしまう。そうか、俺は蘇生されたのか。良かった、あの時げんきのかたまりを拾っておいて。
俺はゆっくりと体を起こす。
海の上。潜水艦"伊U"から少し離れた位置に浮かぶ救命ボート、それに俺らは乗っていた。
でも、俺ら3人だけだ。他の人たちは見当たらない。
「キンジたちは?」
パトラが黙って潜水艦を指差す。そうか、あそこか。そういえば、アリアの武装もない。持って行ったのだろう。
「明日香。ハンググライダーを頼む」
「行く気ですか⁉︎」
「当たり前だろ。撃たれたんだ。やり返してやる」
「よすのぢゃ、アシナガイトマル」
パトラが俺の腕を掴んだ。その手には、かなり力が込められている。
「トオヤマキンジらが行ったのは、HSSを持つからぢゃ。お前が行くべきではあらぬ」
HSS。ヒステリア・サヴァン・シンドローム。キンジが、それとおそらくカナさんも、持つ能力。血中のβエン……エンペルト? だかなんだかがの分泌量が増えると、反射神経や思考力などが通常の30倍にもなる、そういう能力。
「お前、さっき教授に撃たれておったではないか! そんな実力で勝てるわけなかろう! 諦めるのぢゃ!」
「たしかにそうだな。でも、それでも俺は行く。それに、無策ってわけでもないんだぜ?」
俺は巾着袋から布切れを引っ張り出す。
こだわりの生地で作った、最高の肌触りのスカーフ。青いストライプ柄のそのスカーフを、俺は首に巻いた。
「こだわりスカーフ……!」
明日香は気付いたようだ。一方のパトラは首を傾げたまま。
「それを付けるだけで……?」
「まあ見てろよ。行くぞ、明日香」
「はい」
明日香の姿が透明になり、俺の目の前にハンググライダーが現れた。
コントロールバーを握ると、俺はボートの淵に足をかけて——
「ま、待て! 妾も連れてゆくのぢゃ!」
「はあ?」
いきなり行くと言いだしたパトラは、俺の背中に抱きつく。おっ、おい! 結構あるんだな……じゃなくて!
「なっ、何してるんだよ!」
「妾はキンイチが心配なのぢゃ! ああ、キンイチ……無事かの……」
キンイチのことが心配で、居ても立っても居られないらしい。駄々っ子のようにしがみつくパトラは、なかなか離れそうにない。
まったく、仕方ないやつだな。
「……ん? キンイチって誰だ?」
「キンイチも知らぬのか。無知ぢゃの」
「いいから早く教えろ」
「早く飛ぶのぢゃ」
「……分かった。潜水艦に着く前に教えろよ?」
俺は笛を吹くと、ボートを蹴って空へ飛び上がる。
静かな海の上を滑走しながら、パトラに尋ねる。
「それで? キンイチって誰なんだ?」
「トオヤマキンイチ。カナの本名ぢゃ」
……はい?
俺は耳を疑う。これはアレだ、風の唸りのせいで聞き間違えたんだ。
「カナはキンイチが女装した時の名称ぢゃ」
「う、嘘でしょ?」
「妾が嘘をついたと抜かすか、この無礼者!」
ばしっ、ばしっ! とパトラが俺の頭を叩く。やっ、やめろよ! 操縦がうまくできないだろ!
若干俺の足が海に浸かり始めた頃、パトラはやっと叩くのをやめる。
「よいか。キンイチは妾のものぢゃ。お前は手を出すでないぞ?」
「出さねえよ!」
男なのかよ、あの人! ずっと女だと思ってたよ! てか、どこからどう見たって女じゃないか。声とか、明らかに女性のそれだし。絶世の美女だなぁ、とか思ってたし!
いや、確かにキンジに遠山金一っていう兄がいたことは知っていたけど。けれどまさか女装家だったなんて……。
「そろそろ着くようぢゃな」
俺は潜水艦の表面を蹴り上がるようにして上昇、甲板へと降り立つ。
そこで俺らが見たのは——
「——キンイチッ!」
黒いアンダーウェアを血で真っ赤に染めたカナさん、いや遠山金一だった。