緋弾のアリアドス 作:くものこ
予習。シャーロックはそう言った。
「予習って何だ?」
「これから君が戦うことになるであろう敵を、僕なりに表現してみようと思ったんだ。もちろん、完璧に真似はできないし、すべては真似できない。でも、きっと価値のあるものになると思うよ」
ただのおせっかいだな。まあ、将来何かの役に立つかもしれない。ここは予習とやらを受けておくか。
「しかし予習をする前には、前提としてそれまでの学習がしっかりと理解できている必要がある。だからまず、復習をしようか」
パパパパパパッ!
シャーロックの手元で、いくつもの光が閃いた。不可視の銃弾——!
俺は虫の知らせとこだわりスカーフで手に入れた反射神経で避けようとして——気づく。
俺に当たらないコースだ。
俺の身体のすぐそばを駆け抜ける弾丸。それらは、後方の俺が入ってきた扉の周りの出っ張っている部分に次々と命中する。
「何がしたい?」
「復習だよ、糸丸君。よく見たまえ」
俺は扉を凝視する。すると、TNKワイヤー——いわゆるピアノ線が張り巡らされている。
ああ、なるほど。たしかに復習だ。
これは俺が4月、自室にてアリアに対して使った技"クモのす"。たくさんの糸の線を集中的に張り巡らせることで、敵の動きを制限、逃げられなくする技。
「君の使う"糸弾"というものの再現にも挑戦してみたんだ。理子君に聞いた話を元に推理して作ってみたんだけど、どうだい、完成度は?」
「まあまあだな。材質はTNKワイヤーではないけど」
「ははは、それくらいは許してほしいな。
さて。講義を聴くだけでは君も退屈だろうからね、ここからは実技試験としようか。講義が終わるまでに、一回でも僕に攻撃を当てられたら君の勝ち。逆に君が負けたら——死んでもらおうか」
「はい? ふざけるなよ、シャーロック」
「でもそうだろう? 君は緋弾について知ってしまったわけだ。ただで帰すわけにはいかないね。それに、弱い人はこれからの戦いに生き残れないだろうからね。少し死が早まるだけだよ」
シャーロックがペットボトルで水を口に含んだ。喋りすぎて喉でも渇いたのか?
だったら、悪いが奇襲させてもらう。俺とて死にたくはない。
俺はこだわりスカーフで高められた素早さで、拳銃を早抜きする。そしてそれをシャーロックに向けて——
ピシッ! カシャンッ!
「くっ! 水鉄砲か!」
キャモメが使っていた技。シャーロックは、それを口に含んだ水で行いやがった。復習の二つ目か。
「思ったより銃を抜くのが早かったね。予想外だったよ。どうやったんだい?」
「そのまま頭捻ってろ!」
俺は拳銃を拾い上げると、全力ダッシュ。シャーロックに接近する。
シャーロックは手をかざして青い炎を作り、俺へと飛ばしてくる。白井の技だな!
火弾をスライディングで避けると——
「そろそろ予習かな?」
パキパキパキパキ——!
「——ッ!」
俺は急停止する。シャーロックの周りの空気が凍結し始めている。
ヒュラララララ……
冷気がシャーロックを中心に集い始める。
バシュウウウウ!
氷の砲弾を放ってきた!
俺は横っ飛びしてそれを躱す。そして、それを読んでいたシャーロックは俺に接近してきていて——
振り上げられたステッキ。俺は拳銃でそれを受け止める。
バチィッ!
「痛っ⁉︎」
受け止めた瞬間、電流が流れた。俺は思わず飛び退く。電気技も? いったいシャーロックはいくつのタイプの技を使えるんだよ。技範囲広すぎ。
次にシャーロックは、青い炎——おそらく白井のだろう——を形成。それの周囲に銀氷を纏わせ、よく分からない複合タイプみたいな攻撃を仕掛けてくる。
俺はこだわりスカーフの素早さ上昇の恩恵にあずかり、その凍りついた炎の真下をくぐり抜ける。その際、陽炎で俺の影分身のようなものがシャーロックに見えたらしい。
「分身かい? そういえば以前、青いニンジャと戦ったね。彼も君らと同種なのかな?」
ババッ、ババババッ!
至近距離から俺が連射した糸弾を、糸だけにいとも簡単に避けたシャーロック。
それにしても、青いニンジャだって? 変幻自在なやつか? 俺とあれを比べるとか、月とスッポンだろうに。
「しかし分身は範囲攻撃でまとめてさよならだ!」
「分身なんて作った覚えないけどな!」
ゴウッ!
シャーロックの背後から突風が駆け抜けてくる。虻素のかまいたちか? いや、違う!
風は俺を中心に回り始め、次第にその風速を早めていく。これはノーマルタイプのかまいたちなんて技じゃない。ドラゴンタイプの——!
ぐわっ! 髪が逆立ち、俺の体が浮き始める。風の渦の中を、バチバチッ! 電気が迸る。
「たつまきか!」
宙に舞い、逆さになり、宇宙飛行士訓練のグルグル回るやつみたいに回転しながらも、俺は拳銃を離さない。離してなるものか。いつ、攻撃のチャンスが来るのか分からないのだから。
「次はこれだよ」
竜巻が収まり、俺がフラフラになりながら着地をすると、シャーロックが指を鳴らした。すると、床からミサイルポッドがいくつも現れる。そして、それらが一斉に発射される!
ドドドドドドドドッ!
さらに空中でミサイルが分裂、中からマイクロミサイルが無数に飛び出してくる。まるで針山のように——!
「ちくしょう!」
俺は拳銃をもう一丁、ホルスターから抜くと二丁拳銃で糸弾を乱射。ミサイルを糸弾の糸で撃ち落としていく。さらに、爆発したミサイルが誘爆を引き起こし——
どおおおおおおおおんっ!
大爆発。俺は部屋の後方へと吹っ飛ばされる。そして——虫の知らせ!
跳ね起きた俺。爆煙から飛び出してきたシャーロックが構えるのはステッキではなく、水で作られた
「ナイフや背中に差してある刀は使わないのかい? ふむ、その僕の予想よりも速い反射神経の犠牲になったとみた」
戦いながらも推理と呼ぶべきか直感と呼ぶべきかよく分からないものを披露してくれるシャーロック。隙がありそうでない。攻撃を入れられない!
そしてついに——シュパンッ!
水の剣が、俺の左手の拳銃を斬り落とした。
「くっ!」
俺は壊れた拳銃を投げ捨てると、空いた左手でシャーロックの腕を掴み、その懐へ潜り込む。そして、もう一方の拳銃を腹に突きつけて——
ごおおおおおおおっ!
シャーロックの体が突然、自然発火した!
慌てて俺はシャーロックから離れると、既に火は消えており——ざざざざ……!
砂嵐が吹き荒れ始める。砂嵐の向こうに立つ、シャーロックの影だけが見える状況だ。
「早くしないと、予習の授業が終わってしまうよ?」
俺に警告をするシャーロック。ちっ、仕方ない。
俺は防塵ゴーグルをかけると、砂嵐へと特攻する。防弾制服にばちばちと砂が当たる。けれど、目はゴーグルで守られている。この程度——!
砂嵐を飛び抜け、拳銃を構える——が、そこにシャーロックはいない。テレポートでもしたのか⁉︎
「後ろだよ」
振り向いた瞬間、ものすごい風圧の空気の砲弾を撃ち込まれた。空気が渦を巻き、唸りを上げながら俺の腹めがけて直進してくる。
ズドンッ!
腹に食らった衝撃に、内臓が揺さぶられ、吐き気がこみ上げてくる。
倒れこんだ俺を仰向きにすると、シャーロックはステッキを振り上げている。
それがあの日の夢と重なる。高速で振り下ろされたそれは、まるでどっかの毒虫の角のようで——
ガスンッ!
俺は拳銃を手放し、その場で回転して躱した。身を起こしてさっきまで俺がいた場所を見ると、ステッキは俺の拳銃に突き刺さっていた。拳銃の内部パーツが弾け飛んでいる。
どうする。拳銃はぶっ壊れたぞ。両方とも。
「武器がなくて困っているのかい?」
シャーロックが指で銃の形を作り、それを俺の拳銃に向ける。その指先に緋色の光が集い——
バシュウウウウ!
緋弾。アリアも撃ったそれを、シャーロックも撃った!
それが俺の拳銃に当たると、光に包まれて——元の形に戻った。
「う、うそだろ?」
時間を戻した……?
「初めてやってみたんだけどね。うまくいったみたいだよ」
時を操る能力。そういう力を持ったポケモンもこの世界に来ているのか?
いや、それは今はいい。今はとにかく、一撃入れないと——!
俺は拳銃を取るために駆け出すが——
バシュウウウウ!
もう一度緋弾が撃たれた。それは再び俺の拳銃に直撃し——拳銃もろとも、俺の目の前から消えた。
「……!」
さっきは時間をいじくったんだ。今度は空間を自在に操ったということか。これでおそらく、この2つの技を持つポケモンは予想がついた。
しかし困った。拳銃がなくなってしまったぞ。俺はこだわりスカーフのおかげでナイフや毒針、イロカネアヤメが使えないというのに。
いや、最後の手段は残っている。しかしこれは自傷を伴う危険な技。チャンスをしっかりと見極めなければならない。
「さて。糸丸君。もうそろそろキンジ君たちが来る頃だね。予習する予定の技もあと一つだ」
あと一つか。やばいな。本気でシャーロックが俺を殺すのかどうかは知らないが、一撃も入れられないのは俺のプライドが許さない。完封負けなんて嫌だ。
「諦めるかい? 尻尾を巻いて逃げるのかな?」
ニヤニヤと笑うシャーロックにカチン。切れたぞ。
「悪いが俺に負ける気も、巻ける尻尾もねえ!」
俺は全速力でシャーロックに迫る。一か八か、やるしかないッ!
一方のシャーロックはステッキをクルクルと回し、迎撃態勢に入る。
「それに、往生際も悪いんでね!」
だからやらせてもらうぞ。最後のわるあがきを——!
「銃なしで何をするというんだい?」
「こうだよ!」
俺は両腰のワイヤーを打ち出し、シャーロックに牽制をかける。
シャーロックがステッキでその先端を弾いた隙を見計らって——
「こんのっ!」
懐に入り込み、拳を思い切り殴りつける。
「おっと! 僕はバリツも得意なんでね」
その手を掴むシャーロック。しかしそれは囮で——
左手の拳でストレートを放つ。狙いはシャーロックの顔だ!
「そっちもかい?」
ステッキで受け止められる。左手から腕にかけて、痛みが駆け抜ける。か、硬い。
でも!
そのまま痛む左手でステッキを掴み、俺はシャーロックの腕を起点にジャンプ。両足でシャーロックの腹に蹴りを入れる。
それをシャーロックは、若干空いていた俺の左右の足の隙間に体を捻じ込ませ、両脇に俺の足を挟んで防ぐ。
「打つ手なしかな?」
「まだ!」
俺は腹筋を使って体を起こし、頭でシャーロックの頭をぶん殴る。
「それも推理済みだよ!」
俺のスカーフを歯で噛み、俺の頭の動きに合わせて自分も頭を下げる。そうだ、ここだ!
俺は一気に自分の頭を戻す。そのせいで、逆ベクトルに同時に力がかかったスカーフは——びりっ、びりびり!
スカーフが破ける。ごめん、エム。せっかく作ってくれたのに。でも、これでナイフも、超能力も、毒針も! 何でも使える!
「シャーロックッ!」
俺はシャーロックの身体に巻き付けていた足の爪先の毒針、それをシャーロックの背中に刺した!
「——ッ!」
顔を顰めるシャーロック。まさか装備品がこうも簡単に壊れる仕組みだったとは思わなかったようだ。
「まだまだやるぜ!」
サイコキネシスによって俺の背中から飛び出してきたナイフ。それらが、シャーロックの両肩に刺さる。
俺は緩まったシャーロックの拘束から抜け出し、距離をとる。同時に背中のイロカネアヤメを抜く。
「は、はは。まさか縛りがなくなるなんてね。でも、君はもう素早くなくなったんじゃないかな?」
「さあ? どうだろうな」
今戦闘していて気付いてしまったのだが、こだわりスカーフを使わなくても高速移動を積めばよくね? そう思ってしまったんだよね。
シャーロックはナイフを抜き取ると、俺の方へ投げてよこす。
「しかしだ。僕は君が一撃くらいは入れることを推理できていたよ。そのための、最後の予習内容だからね」
ドクドクと今も血が出ている両肩。ナイフを抜いたことでさらに激しく出血し始める。
「おっ、おい。医学の知識はあるんだろうけど、大丈夫なのか?」
「心配には及ばないよ」
目を閉じるシャーロック。すると、彼の肩の傷口が内側から治癒されていく——!
「自己再生……」
やばいな。彼がこれをやって見せているということは、将来これを使う敵が現れるということだろう。どうするよ。
「さて。これで予習は終わりだよ。参考になったら嬉し——」
「糸丸⁉︎ どうしてお前がここに……?」
「糸丸?」
その時。俺が入ってきた扉とは別の扉から2人の人影が現れる。キンジとアリアだ。
「どうしてって。えっと……お前らを助けに?」
「なぜ疑問系? ……まあいい。シャーロック。お前を斃しにきた」
とりあえず、あの2人が来たからには
俺は部屋の壁に寄りかかるように座り込む。こだわりスカーフ。あれは本当のポケモンならともかく、今の俺のような元ポケモンの人間には使い勝手の悪い道具だったな。
無理やり体を早く動かしたせいか、全身が痛む。さらにはステッキを殴った左腕がピリピリして、上手く動きそうにない。
そして挙句には——眠い。
おそらく対スフィンクスにおいて特性スナイパーを使用した副作用だろう。ブラド戦と同じ。それが、今緊張の糸が切れてしまったのではないだろうか。
だから——体力回復も兼ねて、少し眠らせてもらおうかな。