緋弾のアリアドス 作:くものこ
キャア、キャア、キャア……。
カモメの鳴き声が聞こえた。
後頭部には柔らかい——まるで誰かの太腿のような、そんな感触がする。さらには誰かに頭を撫でられている気もする。
俺は目を開けた——
「糸丸。目が覚めましたか?」
自称メイド、召使い。けれど言葉使いはなっていない、明日香。彼女の顔が目の前にアップになる。
そうか、どうやら俺は明日香に膝枕を——えええええ⁉︎
「何でっ、あだっ⁉︎」
「きゃっ⁉︎」
慌てて跳ね起きた俺のおでこと、明日香のおでことがぶつかる。おかげで俺は明日香の膝の上に逆戻り。
「こ、これも愛情の裏返しですか……?」
おでこをさすりながら、明日香が涙目で何やら意味不明な言葉を呟くのを聞き流しながら、今度こそ明日香と激突しないように注意しながら体を起こす。と、ここはもう原子力潜水艦"伊U"の外だった。
「敵地で寝るなんて……呆れましたよ?」
「すまん」
どうやら明日香が俺を連れ出してくれたようだ。
もともと俺や明日香、パトラの乗っていた救命ボート。それの上に再び俺らは乗っていた。1名増えているが。
「金一さん」
「よく生きて帰れたな、芦長」
長髪の男、遠山金一。キンジの兄。そして——遠山カナ、ご本人。
パトラと明日香の応急処置のおかげで無事回復したようだ。
「キンジとアリアは?」
スッとパトラが指差した先、海の上。そこに海に浸かるキンジと、そのキンジを筏のようにしてちょこんと上に乗るアリアがいた。アリア、もしかして泳げないのか?
「これから拾うところだ」
「シャーロックは?」
「さあな。だが俺らはICBMが飛んでいくのを見た。たぶん——」
それに乗っていたのか。逃げられたということになる。しかしシャーロックは残り少ない命だったはず。逃げたところで、どうにかなるとは思わないが……
でもまあ俺らはこうして生きられてるわけだ。無事に生き延びた。ここはひとつ、こう言っておこうかな。
——何だかとっても、いい感じ——
——と、思ってたんだけどなぁ。
「先輩! どうして白井とかいう女とキスなんてしちゃうんですか! 莉央が依頼を頑張ってこなしてた時にー!」
「静かにしろ、莉央。ここは病院だぞ」
「キス魔は黙っててくださいッ!」
がうっ! と俺に犬歯を見せる莉央。
あの後、俺は武偵病院に入院した。そこまで大した怪我ではないと思っていたのだが、こだわりすぎて少し全身の筋肉やら神経やらに負担がかかりすぎていたらしい。おぞましい道具だな、こだわりスカーフ。2度と使うことのないことを願い事したいぜ。
そんな俺を夏休みなのをいいことに、四六時中ひっついて看病(という名の迷惑の押し売り)をする莉央。はっきり言って迷惑でしかない。俺は療養したかったのに。
あのカジノ警備から2週間が経ち、俺が退院する(キンジはあと2週間くらい退院の目処が立たないそうだ。一体どんな戦いをシャーロックと繰り広げたんだ)日が今日だ。
俺は莉央を病室から追い出し、着ていた寝間着から防弾制服に着替えると、病院のロビーへと向かう。
「先輩! 教務科に退院の報告に行くんですよね? 私も行きます!」
「いや、1人でいい」
「まあまあそんなこと言わずに! それとも、莉央と一緒にいると恋人だと思われちゃうかもしれないから嫌なんですか〜? 恥ずかしいんですか〜?」
ニヤニヤしながら詰め寄ってくる莉央。少し鬱陶しいので、はっきりと言っておいてやるか。
「俺が犯罪者だと思われるだろ」
「ふえ?」
ぽかんと立ち止まる莉央。やがて、俺の言った言葉の意味を理解したようで——
「しょ、小学生じゃありませんッ!」
「そこで莉央がばー! と走って行ってですね、強盗をがー! と弾き飛ばしてやったんです!」
「そうかい、そうかい。お前にやられたなんてその強盗、一生の恥だな。きっと街行くランドセルを背負った子供に怯えながら生きていくに違いない」
「どういう意味ですかッ!」
結局ついてきた莉央の話をテキトーにいなしながら、俺は武偵高の教務科へとやってきた。その掲示板にふと、目をやると——
「……ん?」
赤い血のような文字(まさか本当の血じゃないよな?)で書かれた『警告』の文字。それは夏休み終了までに必要な単位をまだ得られていない生徒の一覧表で——
『芦長糸丸 専門科目 (諜報科) 0.5単位不足』
「は⁉︎ 何で⁉︎」
俺は掲示板に飛びつく。おかしい。おかしいおかしいおかしい! 俺は確実に、前回の時には単位が足りていたはずなんだ。なのに。なのになのになのに!
「あんれぇ? せんぱぁい、単位不足ですかぁ? 莉央と同級生になっちゃいま、キャンッ!」
ニヤニヤしながら俺を見てきた莉央には1発空手チョップを決め、俺は教務科からのお知らせを凝視する。
詳細には何も書かれていない。つまり、特に何の理由もなく、俺の単位は足りていなかったという事だ。わけわからん。
しかも俺は別の名前を発見した。
『遠山金次 専門科目 (探偵科) 1.0単位不足』
あれ? キンジはカジノ警備で1.9単位取ったはず。つまりこいつも不足しているはずはない。つまり、なぜか不当に単位がなくなっている俺の仲間——
『詳細 カジノ・ピラミディオン台場での警備任務は、営業を円滑に継続させるに至らなかったため評価を半減、ただし端数切り上げとする』
ふむ。キンジは俺と違って正当に単位が足りていないようだ。なんだ、仲間ではなかった。ただの落ちこぼれだわ、これは。
つまりこれは、俺をピンポイントに狙った——
「悪意あるデータの改竄に違いない!」
となると犯人を探さなければなるまい。俺が留年をすることで喜ぶ奴。得をする奴。嬉しいと思う奴。
それはもう、こいつしかないだろう。さっき俺が留年することを喜んでたし。
「犯人は莉央! お前だな!」
「何でですか!」
まだ空手チョップをされた頭が痛いのか、目を潤ませながら俺を見上げる莉央。うっ。少しながら、可愛いと思ってしまったじゃないか。
なんか莉央を可愛いと思ってしまったことに、言葉にできないイラつきを覚えた俺は、莉央のほっぺたを左右に引っ張る。
「ふへええええ⁉︎ ひ、ひはいへぇす、ひはいへぇす!」
「白状しろ、莉央! どうやって改竄したんだよ!」
「ひ、ひひはへん! ははひてー!」
何と言っているかわからなかった。仕方ないので俺は手を離してやる。莉央は涙目のまま、ほっぺたをさする。
「痛たたた……。よく考えてみてください、先輩。莉央に武偵高のすべてのデータを取り扱っている、巨大コンピューターをどうこうできるわけないじゃないですか!」
「コンピューター?」
そういえば、莉央は初めて俺の部屋に来た時にパソコンやらスピーカーやら何やらにすごい驚いていたような。
うーん。となると、この推理はダメか。俺もシャーロックのように素晴らしい推理力を持っていればなぁ。
仕方ない。俺には頭だけで何かを解決する能力はないみたいだからな。
「莉央。これから現場行くぞ」
「先輩……先輩! はい、行きましょう!」
HPCサーバー、いわゆるスーパーコンピューター室。誰かが潜んでいる可能性も考え、俺は両手をホルスターに伸ばし——
ああ、そうだったな。拳銃は今、一丁しかないんだ。
シャーロックにぶっ壊された2丁拳銃。しかもそのうちの片方はどこか別の空間へと飛ばされてしまった。
おかげでエムが修理できたのは片方だけ。そういうわけで俺には今、拳銃が1丁しかないのだ。
「莉央、武器は携帯——莉央?」
俺が後ろの莉央を振り返ると、彼女はニヤニヤしながら俺を見ていた。
「ふふっ……これも一種のデート……はああ……最高です……」
ダメだ、こいつ。なぜかは知らないが心ここにあらずって感じだな。
頼りになるのは自分だけか。
でもイッシュのデートって何だ? イッシュ地方にはそんなポケモンでもいるのか?
衝立のように立ち並ぶコンピューターの間を特殊部隊のように動き回る——と、開けた場所に出た。
「ここは……大崩落のあったところか」
以前ジャンヌと戦った時、最後に白雪がぶっ壊してくれたエリア。瓦礫等は撤去されているものの、傷ついたコンピューターはそのまま放置されている。こんな高いもの、なかなか捨てるに捨てられないのだろう。
しかしもう少しうまく対処してほしいものだ。時々バチバチとスパークが迸ったりしているぞ。まるで人の傷口のようなんだよな。傷口はちゃんと塞いでおかないと、悪いバイ菌が入るかもしれないし、このままだと変なウイルスに入られてしまいそうだ。
「しかし特に異常は見られない、か」
コンピューターの外部に何かが取り付けられたわけでもない。ましてや、ウイルスを入れられたとなれば、それはもう俺の管轄外だ。通信科や情報科に任せるしかない。
しかし改竄されているはずなのだ。だって俺が単位不足とかありえんし。莉央ならともかく。
やっぱりウイルスの線が濃さそうだな。これは正式に通信科か情報科に依頼しようか? ジャンヌあたりに頼んでみるのもいいかもしれない。
一応写真を撮っておこう。そう思って携帯を取り出すと——バチッ!
「痛っ!」
静電気? のようなものが起きた。俺は携帯を取り落としてしまう。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
軽く痺れる手を振る。まあ、大丈夫だろう。
俺が携帯を拾い上げると——
「先輩、お腹減りましたー」
何もしていない奴が、今度はそんなことを言い出した。『働かざるもの食うべからずというだろ。お前は腹をすかしていろ』……なんていうこともできないので、仕方なしに俺はカロリーメイトを取り出す。
「ほら、これでも食ってろ」
「ありがとうございますっ!」
ぱあっと顔を輝かせた莉央。脇目も振らずにカロリーメイトにかぶりつく。よくもまあ、こんなただの栄養食品を美味しそうに食べるよ。
「そんなに美味しいか?」
「先輩にもらった食べ物です。美味しいに決まってるじゃないですか」
まるで一流シェフに作ってもらった料理なんだから美味しいに決まってる、とでも言いたげに言う莉央。ごめん、よく分からない。
「俺があげたカロリーメイトってそんなに価値あるのかな……」
俺は携帯を開くと、壊れていないかどうかの確認も含めて入院していた間にためていたメールのチェックを行う。いつもの元ポケモンメンバーからの見舞いのメール、クラスメイトからのメール、武偵高からの通達、などなど。俺がどういう相手と戦っていたのかは一応機密ということになっていて、国のお偉いさんとも俺が入院している間に司法取引を済ませている。明日香もだ。
だから俺は今、明日香と秘密を共有しているわけだ。そういうことをこの間、本人に伝えたら——
『私たちは包み隠さない関係ですからね……///』
なんて頬を染めていた。こいつも最近はよく分からない言動が増えてきている傾向にある。要注意だな。
メールはそれくらいか。
確認が終わり、携帯を閉じようとした時——チロリンチロリン。
「あれ? メール?」
メールが届いた。差出人は——非通知。
『アリアドス、好きだ』
……何だこれ?
誰とも知らない人から、好きだというメールをもらってしまった。全くもって意味が理解できない。
俺が頭を捻っていると、隣から莉央が覗き込んできた。
「先輩? どうかしました——か?」
俺は慌てて携帯を閉じた。が、この戦妹さんはなかなかにめざといようで。
「……先輩、それ誰からです? 『好きだ』って書いてありました! 誰ですか、今度はどんな女を作ったんですかぁ——!」
銀爪付きの手で俺の胸ぐらを掴み、ブンブン振り回す莉央。や、やめろ! 爪が刺さったらどうしてくれるんだよ!
俺から携帯をふんだくると、莉央はそれを開き、内容を確認する。何度も何度も血走った目でメールの本文を読み、読んでは俺を睨みつける。こ、こわい。
しかし誰がこんなメールを送ったんだ。どうせいたずらか何かだろうが、タイミング悪すぎ。どうしてこんな地下に莉央と2人きりの時に——
「待てよ。おい、莉央。携帯見せろ」
俺は莉央から携帯を奪い返し、画面の端を確認。
圏外。はっきりとそう表示してある。
しかもよくよく考えれば、こいつは"アリアドス"と俺のことを言ってきた。それすなわち——元ポケモン!
「莉央! 戦闘態勢!」
「は、はい!」
俺らは背中合わせになり、周囲を警戒する。敵が潜んでいる。確実に。でも、どこに? 俺らは隈なく部屋を探してみたのに、その姿はなかった。通路のどこにも。
その時——ばちばちばちばちばち!
俺のポケットにしまった携帯が、電気を放ち始めた!
「何だよ!」
ポケットの中からビリビリと痺れる携帯を取り出すと、宙に放る。そして——ババッ!
拳銃で撃ち落とした。すると、携帯からIとOの文字が溢れ出す。
「アンノーン……?」
莉央が呟いた。アンノーン。アルファベットの形状をしたポケモンだ。しかしアンノーンは28種なのに対し、これはIとOだけ——いや、違う!
「これは数字だ! 0と1! つまり——」
空中にて整列し始める数字たち。0と1の羅列、それが次第に人の形を作っていく。
形が完成すると、皮膚ができ、服が作られ、それぞれの色が配色されていく。薄く朱の差した頬、水色とピンクの2色の配色で作られた服。まるで子供のお絵かきみたいな服を着たそいつは。
ああ、間違いない。
「ポリゴン!」