緋弾のアリアドス 作:くものこ
「ポリゴン? やめてくれよ。俺にはこの世界での名前があるんだから。
「ほぼそのまんまじゃねえか」
「何言ってんだ、お前らもそのままだろう? イトマル。それとリオル」
「わっ、私はルカリオですっ!」
いつも通りの突っ込みを入れつつ、莉央は手甲鉤を構える。俺も、拳銃の銃口を堀に向ける。
「ここでやりあうつもり? 言っておくけど、俺は強いぜ」
「ぬかせ!」
ババババッ!
武偵憲章5条"行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし"にあるように、俺は先手で仕掛ける。
「甘いな」
堀は自分の足をスパコンの損傷部に触れさせる。すると——ビビビッ! 堀の身体が消えた!
「俺はここだぜ!」
横から聞こえた堀の声。それはコンピューターの中から聞こえる。
「電子空間に逃げ込みやがったな!」
「はははははは!」
堀が動いたのだろう。コンピューターから火花が飛ぶ。
堀の笑い声及びその火花を追いかけて、コンピューターの並ぶ通路を駆け抜ける。
「莉央、回り込め!」
「はい!」
莉央が通路の反対側へと駆けていく。一方の俺は背中からナイフを取り出し、コンピューターのおそらく今堀がいる位置の少し先へと投げる。
「おっとっと!」
ナイフが刺さった箇所を避けるように、堀がコンピューターから飛び出してきた!
「そこだ!」
ババッ!
糸弾を撃つ。けれど堀は今度は反対側のコンピューター内部へと潜り込む。くそっ、面倒な相手だな!
すべてのコンピューターを破壊すれば堀は出ざるをえないだろう。しかしそんなことをすれば俺は一体いくらの損害賠償を払えばいいのだ。どこまで保障してくれるのかわからないし、こんなバカ高いコンピューターをいくつも買える金なんてないんだぞ。
「次はこっちから仕掛けるぜ!」
火花が止まった——と思いきや、そこから電撃が飛んでくる!
横に回転して回避。電撃を放ったコンピューターはビリビリと電気を帯電。チャージビームか。
俺はそこに糸弾を撃つ。が、すでに堀は隣のコンピューターに移動していたようで、そこからチャージビームの反撃が返ってくる。
前方にダッシュし、それを躱す。堀も俺と同じ方向にコンピューター内部を駆け抜け、2人で並走する。
ババッ! バチバチッ!
糸弾とチャージビームを交互に撃ち合いながら、俺らは走る。やがて、コンピューターの陳列棚は終わりを迎え——
「あらよっ!」
堀が次の棚に移るために飛び出してくる。そこをワイヤーで狙い撃つ。
空中で無理やり体をひねり、ワイヤーの攻撃をかわした堀。しかし、そこに背後からちびっこが飛びかかる。
「せいやあああああっ!」
膝を曲げ、それで堀の背中を思いっきり蹴り飛ばす。飛び膝蹴り。かなりの高威力を持つ危険な技だ。
「がっ⁉︎」
不意の一撃をもらった堀。彼は床を跳ねるようにバウンドすると、なんとか立つ。
「やりやがったな、リオル!」
「だからルカリオです!」
俺の射出したワイヤーを掴み、それが巻き戻されるのと一緒に俺の隣へと莉央が戻ってくる。
その瞬間、堀の目が光った。目から小さなウインドウがいくつも飛び出し、そして彼の目は莉央を分析し始める。
「な、なんですか!」
ジロジロと見られた莉央は自分の腕で自分の身を隠す。それを見た堀はニヤリと笑い——
「身長139.9センチ、体重37.1キロ。スリーサイズは上から70、5——」
「何言ってるんですか! せ、先輩、嘘です! この人嘘ついてます!」
真っ赤になりながら、涙目で訴えてくる莉央。いや、俺はお前の身体サイズなんてどうでもいいんだが。
なるほど、ダウンロードか。莉央の弱点——すなわち幼児体型——を読み込み、そこを的確に指摘してきたな。莉央には効果が抜群のようだ。
「しかしだな。堀勤。お前のやったことはセクシュアル・ハラスメント、いわゆるセクハラだ。女子のスリーサイズを目測で測ってしかも口にするなんて、許せるもんじゃないな。絶対に捕まえてやるよ」
俺の脳内に沙那が現れた。はて、何でだろう?
「捕まえる? へっ、やれるもんならやってみな!」
堀が再びコンピューターの中に入り込む。莉央の飛び膝蹴りを食らっておきながら、なかなかタフじゃないか。
「莉央、もう一度挟み込む——莉央?」
火花を散らしながら遠くへと逃げていく堀。それを追いかけようとすると、莉央がしゃがみ込んでしまっている。
「ひぐっ……せ、先輩……わ……私、一生の恥ですっ……!」
「はあ?」
思わず呆れてしまった俺はため息をつく。こいつは何を言ってるんだか。どうせここにいるのは俺だけ。つまり知られたのは堀と俺だけ。堀は逮捕すればいいし、俺なんかに知られたところで全く関係ないと思うんだが。
それでも、現に莉央は泣きじゃくっている。意味がわからない。はあ、しょうがない奴だ。再び機動できるようにするには、励ますしかないようだ。
ポン。俺は莉央の頭に手を置く。
「先輩……?」
「泣くな、莉央。誰も気になんかしないよ。莉央はまだ成長中だろ?」
「で、でも成長しないかもしれないじゃないですか! 今もモーモーミルク毎日飲んでるのに……」
ペタペタと自分の胸を触る莉央。ああ、もう。
「それにほら、この世界には"貧乳はステータス"って言葉があるだろ? 俺、その言葉が結構気に入ってるんだよね」
「ほ、本当ですか……!」
「ああ。嘘なんかついてどうする」
貧乳はステータス。ほら、紙耐久はステータス! とか、鈍足はステータス! とか、自己流にアレンジして自分を励ますのにも使えるじゃん? だから結構気に入ってるんだよね、このフレーズ。このことは誰にも言わないけど。だって紙耐久とか鈍足ってコンプレックスだからな、俺の。
「そ、そうなんだ……先輩は莉央みたいな……が好きなんだ……!」
小さい声で独り言をする莉央。内容は聞き取れなかったが、でもその声には自信が満ち溢れている。良かった、これでもう大丈夫そうだ。
「よし、それじゃあ堀を捕まえに行くぞ」
「はい!」
莉央と二手に分かれて、堀を探す。堀は動くのをやめたらしく、部屋のコンピューターのどこからも火花は出ていない。
「参ったな。どこにいるか分からんぞ」
俺は糸弾の残弾数を確認しながら、周囲のコンピューターに目をこらす。堀のいるところだけグラフィックが変わるみたいなことはないのだろうか?
俺が叶いそうにない淡い期待を抱き始めた時——
「きゃああ——!」
「莉央⁉︎」
部屋の反対側の方で莉央の悲鳴が聞こえた。くそっ、莉央がやられた! 堀はそっちかよ!
「莉央!」
俺は声のした方向へと全力で走る。秘伝の薬は飲んでいないが、高速移動を使う。
キリキリという頭痛を起こしながら、俺がコンピューターの棚を曲がると——
ガキイイイッ!
誰かが突撃してきたのを拳銃とナイフで受け止めた。それは鈍色に光る手甲鉤。
「り、莉央?」
莉央だ。莉央が俺に攻撃してきたのだ。その瞳は光沢が無く、焦点が合っていなくて虚ろ。まるで操られているような——
「混乱しているのか!」
莉央の攻撃をいなしながら、俺は堀の姿を探す。おそらくサイケこうせんを撃たれたのだろう。それで莉央は混乱してしまったのだ!
ばっ、と一度後ろに下がった莉央。彼女はジャンプをすると、膝を突き出してくる!
飛び膝蹴りだ! でも避けるわけにはいかない。攻撃が外れれば、莉央は——
「くっ!」
腕をクロスさせて、莉央の飛び膝蹴りを受け止める。4分の1に威力を抑え込めたが、それでもかなりの高威力。俺は後ろへと弾き飛ばされる。
さらに莉央は追撃をかけてくる。
ワイヤーを天井に打ち込み、俺は上へと逃げる。が、莉央はそれを追うようにジャンプをして——ガスッ!
ギリギリ躱したが、手甲鉤の先端が天井に突き刺さった。下から上へと空へ突き上げるような一撃。スカイアッパーだ!
天井から飛び降りた俺。下からナイフを投げつける。
ギンッ!
それを手甲鉤で払うと、莉央はそのまま手甲鉤を天井に突きつけて——
キイイイイイイイインッ!
部屋中に響き渡る金属音を掻き鳴らす。俺の頭にも当然響き、平衡感覚を失って俺はふらつく。
「——後ろから⁉︎」
虫の知らせで攻撃を察知する。けれど頭がクラクラしていた俺は反応しきれず——バチバチッ!
チャージビームの直撃。身体中に電気が流れ、四肢が痺れる。
「ははは! ざまあないぜ!」
コンピューターから0と1の数字が大量に飛び出す。それが人の形になり、堀になる。
目がチカチカするような赤と青の配色。いや、実際に電流のせいで俺の目がチカチカしているかもしれない。
「どうだどうだ?
「そうだな、
「本当。俺もショックだったよ、この世界に来て。見たか? この世界にはポケモンが娯楽として存在しているんだぜ? ゲーム、カード、ぬいぐるみ。そして——アニメ」
堀の顔が一気に暗くなる。堀の拳が小刻みに震え始めた。
「お前はアニメを見たか? まだ見てないなら見ないほうがいいぜ。あれは不遇と優遇の差がはっきりとしているからな。お前は不遇だ。大抵悪として出るからな。映画にも。でももっと不遇なのが——この俺さ」
「お前?」
「そうさ。レンタル屋で全てのアニメを見たんだ。映画も含めて。そしたらよ——出てないんだよ、俺が! 唯一の出演が、お前が悪役として出た映画のオープニング、そこで一瞬チラッと出ただけだぞ! しかも、俺の進化系なんて一度も出ていやしない!」
悲痛な叫び。その声が部屋に木霊する。
そんなことがあったのか。でも、一体どうして?
俺の疑問をトレースしたのか、堀は詳しく話し始める。
「どうやら俺が初めてアニメに出た時、ポケモン・ショックだとかポリゴン・ショックだとか呼ばれる事件が起きたらしい。俺の出ている映像を見た多くの人が発作を起こしたんだと! それ以来、その映像はレンタル化もされず! 放送もされず! ポリゴン系のポケモンはろくに出させてもらえず! 俺が何をしたっていうんだ!」
ガンッ!
堀がコンピューターを殴った。自分の逃げ場所であるコンピューターが、壊れるほどに。
「だから決めたんだ。俺は全ポケモンに八つ当たりする。俺は見返してやるんだ、この世界の人間を! 俺がポケモンの頂点に立つことで! まず手始めにお前を陥れてやった。データ内の単位を減らしたりしてな。これからもっと大きいことをやっていく予定だぜ? 高度に電子化されたこの世界、活躍できるのはこの俺だ!」
堀が吼えた。こいつは本気だ。本気でそうしようと、そうなると考えている。馬鹿みたいに。
俺は立ち上がる。まだ腕が少し痺れているな。指で引き金を引くのは、少しタイミングが遅くなってしまうかもしれない。
じゃあ、指じゃないもので引くか。
「無理だな」
「ああ? なんつった?」
「無理だと言ったんだ。お前が頂点? 無理だ。たしかにお前の境遇には同情できる。それに俺も不遇らしいからな、同盟を組みたいくらいだ。
でも、そんな日は一生来ない。なぜかわかるか? 自分の思い通りにならないからって、すぐ力に訴える今のお前みたいな奴が嫌いなんだよ、俺は。力こそ正義みたいな主張がな。
アニメに出させてもらえないからやつあたり? いい加減にしろよ。この世界にはこの世界のルール、法ってもんがあるんだ。それを守ることもせず、頂点に立つなんて馬鹿げてる。こそこそとして、他人を傷付けることを厭わない奴が、頂点に立てるわけないだろ。お前はこの世界に順応しきれていないんだよ。その脳みそ、アップグレートでもしておけ!
いいか? 社会を見返そうとするのは構わない。でもな、方法ってものがあるんだよ。犯罪で見返そうとするんだったら、俺は認めないぞ。犯罪者は——俺が絶対に逮捕してやる! 武偵として!」
「じゃあ捕まえてみろよ! お前にはそのリオルを傷付けることなんてできない! 混乱しているそいつのおかげで、俺の勝ちは揺るがない!」
堀が顎で何かの合図を出した。すると、後ろから攻めてくる気配——!
振り向いて回し蹴りをする。右足の爪先に仕込まれた毒針で莉央の手甲鉤を受け止める。
ギンッ、バキッ!
毒針が折れた。ダメだ、こんなちゃちな武器じゃ防げない!
するりと流水のように俺の懐に莉央が入り込み、手甲鉤を突き立ててくる。
俺は体をくの字に曲げて、空いている左手でその腕を止める。
「目を覚ませ、莉央!」
莉央に呼びかけるが、莉央は止まることなく、もう一方の手も突き出す。それは手甲鉤を利用した突きではなく、手の平を見せて俺の腹へと当てるように——
発勁だ。発勁を使おうとしている!
俺は後ろに跳ぶことで威力を減衰させようとするが、完全に流すことはできず——どんっ!
「かはっ!」
外から攻撃を受けたのに、腹の内側から痛みが込み上げてくる。俺は宙を吹っ飛び、手から拳銃が離れる。
カシャン、カシャンと音を立てて床を跳ねる拳銃。それは回転しながら、堀の後ろまで跳ねていく。
どさっ、と床に落ちた俺はその堀を——いや、その後ろの拳銃を見る。銃口が堀の方を向いた、その瞬間。
ババババッ!
拳銃が火を吹いた。俺がサイコキネシスで引き金を引いたのだ。痺れて指を素早く動かせなかったら困るからな。
糸弾が連射され、それが堀の足、腕を掠める。
「な、なんだ⁉︎」
堀が後ろを振り向いた。その隙をついて、俺は巾着袋からモンスターボールを取り出す。
「堀! お前を捕獲するッ!」
床に寝たままボールを投げる。それは堀の踵に命中し——バシュン!
堀の姿がボールの中に吸い込まれた。やった。捕獲成功だ。
と、ほっとするのも束の間、俺の真上に人影。莉央だ。そうだ、こいつはまだ混乱していて。しかも俺は今、秘伝の薬無しのサイコキネシスによって激しい頭痛に苛まれている。
このピンチを切り抜ける方法を必死に模索していると——ぽた。
水滴が俺の顔に落ちた。な、なんだ?
「先輩……せんぱああああああい!」
大声で泣き叫んだ莉央、彼女が抱きついてくる。
「り、莉央?」
「先輩、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 莉央が不覚を取ったばかりに……せ、先輩を……先輩を……」
またしても涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった莉央の顔を見ながら、俺はまたかと思う。正直この展開には飽きた。いや、飽きる前からやめてほしいとは思ってるけど。
「泣くな、莉央。俺は大丈夫だから。でも、いつから混乱が解けたんだ?」
「発勁を撃った瞬間です。私、私、先輩をこ、ころ、殺してしまったんだと思って……」
莉央はううっ、とさらに涙を流し始める。そんな、殺したって。何言ってんだ、俺に格闘技の通りは悪いんだぞ?
「莉央。お前は俺がお前の格闘技で死ぬほどヤワだと思ってたのか?」
「そ、そうじゃないですけど……」
「じゃあ心配するな。でも——ありがとう。俺のこと、そこまで大事に思ってくれて」
本当、いい戦妹を持ったもんだ。混乱した彼女と戦って、改めてわかった。彼女は強い。俺なんかよりも。
「先輩、わ、私こそありがとうございます! 私なんかを……」
「そんな卑下するなよ。お前は十分強い。それに、もっと強くなれる可能性だってあるんだから」
「先輩だって! すごい、すごい先輩です。尊敬できる、私の誇りの戦兄です! 先輩ももっとレベルが上がるはずです!」
莉央はそう言ってくれるが、俺が言いたいのはレベルの話ではないんだけどね。
メガ進化。この世界で発現できるのかどうか知らないが、もしできるなら、こいつは——。
しばらくして莉央が泣き止み、俺らは帰ることにする。
莉央が立ち上がり、ボールと俺の拳銃を拾いにいく一方。俺は寝たまま。
「先輩? 帰らないんですか?」
「莉央。それがさ——麻痺ったみたいなんだよね」
お前の発勁で。やっぱり俺は情けない戦兄でした。
俺の容態を確認した莉央。そして、俺の顔を覗き込む。にへらと笑った、少し不気味な顔で。
「じゃあ、私が付きっきりで看病します!」
……明日香を指名したらダメだろうか?