緋弾のアリアドス 作:くものこ
「ほら、ここ。ここに白雪は住んでる」
俺は第3男子寮のキンジの寮部屋の前に女の子を案内すると、インターホンを鳴らす。
——ピンポーン——
しかし、反応はない。出かけているのか。
「いないみたいだね。どうするの?」
「ではここで待っています」
女の子はキンジの部屋の前に立つとそのまま微動だにしなくなる。
でもまだ中学生くらいの女の子を夜にこんなところに放置しておくわけにもいかないよな。
「なあ、白雪が帰ってくるまで俺の部屋に来る? ちょうど真下なんだけど」
俺が提案すると——きっ。女の子は俺を睨んできた。
「最初からそういう魂胆でしたか。やはり魔性の武偵、遠山様のご友人にはろくなものがいませんね」
ま、魔性の武偵? キンジが? あいつは超能力は使えないはずだが。
「てか待て。俺は別にお前をどうこうしようというわけではなくてだな」
「信用できません」
「はぁ……あのな。俺はお前のことが心配でこう言ってるんだぞ? 女の子が、それもお前みたいにその、なんだ、可愛い子が1人でこんなところに突っ立ってるなんてよくない。一応言っておくけどな、ここは男子寮なんだぞ?」
「し、心配なんていりません! それに、あなたの部屋のほうが危険ですっ! 男の部屋じゃないですか!」
確かにそうだけど……あ、そうだ。だったら女に頼もう。
俺は携帯を取り出すと、俺の部屋にいるであろう明日香に連絡する。要は男の俺が嫌なんだろ、だったら明日香に相手してもらおう。
数十秒後、下の階から明日香がやってきた。
「何でしょうか?」
「明日香、こいつの世話を頼んだ。お茶かなんかでも淹れてやってくれ」
「結構です。そんな気遣い、必要ありません」
ぷい、とそっぽを向く女の子。まったく、せっかく人が親切にしてやってるのに。
「そんな意地張るなって。な? 白雪なら俺がここで待っててやるから」
「だから結構です! そこまで親切にしてもらういわれはありませんので!」
はあ。だからって、いつ帰ってくるかわからないのに、外で待たせるわけにはいかないよなぁ……。
「帰っていいですか、糸丸」
「待ってよ、明日香。明日香からも何か言ってやってくれ」
俺は明日香にそう頼む。すると、なぜか明日香は俺を睨んだ。……なぜ?
「まったく。糸丸はどうしてこう、次から次へと女をひっかけようとするのでしょうか……私がありながら……」
ブツブツ文句を言いながら、明日香は背を屈めて女の子と目線を合わせる。そして、にこっ。微笑んだ。おい、さっきまでの俺に向けた表情はなんだったんだ。
「お腹、空いてるでしょう? サンドイッチでもいかがです?」
「い、いいです。遠慮しておきます」
女の子は、少しだけ頬を染めながら断る。はぁ。これだから美少女って役得だよな。俺の時の対応と比較してみろよ。羨ましいぜ。
「ですが……食べないと、体に悪いですし。それに私、あなたと話してみたいです」
「い、いえ。いいんです」
きゅるるる——。
その時、誰かの腹が鳴った。現在、その本人は俯いて顔を真っ赤にしている。
「ほら。身体は正直だな」
「い、いやらしい言い方をしないでくださいっ!」
「糸丸……私も少し引きました」
「は、はあ? 意味がわかんねえよ」
頭にハテナを浮かべる俺をよそに、2人は会話を続ける。
「大丈夫ですよ。あの男は外に追い出しますから」
「えっと、じゃあ……そ、その……行ってもいいですか?」
なんだよ。そこまで俺が嫌か。凹むぞ?
「では糸丸。ここで待っていてください」
「はいよ」
「……お願いいたします」
ぺこり。
女の子が頭を下げた。うんうん、ちゃんと礼儀はわきまえているんな。そこはさすが、星伽の子だ。
「腹減ったな……」
午後7時。明日香が女の子を連れて俺の部屋へと行った時刻である。
そして今は午後9時。まだ帰ってこない。……どこをほっつき歩いているんだか、白雪さんは。
「芦長様」
と、下の階から明日香と連れられて女の子がやってきた。
「まだ帰ってきてないぞ」
「構いません。もう十分休ませていただきましたから。芦長様はどうぞ、夢幻様と契りでも交わしていてくださいまし」
おい、明日香。お前は一体何を吹き込んだんだ。契りってなんだ、契りって。
「だそうですので。では糸丸、私たちは2人で熱い夜を——」
「……粉雪?」
その時、別の声がした。白雪だ。
「お姉様!」
粉雪と呼ばれた女の子が、白雪の方にかけていく——が、隣にキンジがいることに気付き、足を止める。
「やはりお姉様は、私が"託"で予見した通り、この悪しき学校で魔性の武偵、遠山様に誑かされていたのですね!」
"託"。えっと、以前聞いた話だと、たしか星伽巫女の占いの一種だったような。突然予感が訪れるのが"託"、意図的に何かを占うのが"占"だったはず。
「お前、粉雪か? 大きくなったなぁ。中学3年生か?」
なんか久々に会った親戚のおじさんのようなことを言うキンジを一睨みすると、粉雪は白雪に向き直る。
「こんなに夜遅くまで男性と遊び歩くなんて、お姉様は不衛生です! あ、あんなに清廉で星伽巫女の鑑とまで言われていたお姉様が、よりにもよって、男性と! 夜遅くに!」
ガミガミと叱り始めた。えっ、このためにここまで来たの? 星伽の実家のある青森から?
「粉雪。あなただってこんな夜遅くに何をしているんですか」
と、白雪が反撃に出た。
姉に痛いところを突かれたっぽい粉雪は、うっ、とたじろぐ。
「ま、まあまあ、白雪。一応俺の部屋で預かってたからさ。ほら、明日香が面倒を見てたから」
「はい、夢幻様にお世話していただきました。お姉様、私は決して男と一緒に過ごしてなどおりません!」
あくまで俺といたことを否定する粉雪。あのなぁ、ここまで来れたのは誰のおかげだと思ってるんだ。
すると、ここでキンジが話に入ってきた。
「いいだろ、別に。外出くらい。ほら、まだこんな時間だぞ」
キンジが腕時計を見せようとすると——
「なりませんっ! 門限5時、8時には就寝! 星伽の掟でございます!」
大変だな、星伽って。でも粉雪も星伽の子なんだよね? もう8時過ぎてるけど寝なくていいの?
「ささっ、お姉様、こんな堕落した男の妄言に聞く耳を持ってはなりません! 早く室内へ、そして湯浴みですっ。お背中お流しいたしますっ!」
ものすごい勢いで白雪を部屋に押し込むと、粉雪は扉から顔を出して、キンジに向かって舌を出す。
「丑の刻参りしてやりますわ!」
そう言い残して、ばしん!
ドアを閉めてしまった。……そこ、キンジの部屋だよね?
と、思ったら開いた。今度は、少し頬を赤らめて明日香を見る。
「あの、夢幻様。またお話ししていただけると嬉しいですっ」
そして、ばたん!
今度こそ、ドアを閉めた。……俺には何もないのね。
「へえ。白雪って7人姉妹の長女だったのか」
現在、俺の部屋。自室を追い出されたキンジとともに、明日香の淹れてくれたミックスオレを飲んでいる。
妹に粉雪か。吹雪という名前の妹もいたりするのだろうか?
キンジが時計を見る。午後10時。あれから1時間だ。そろそろ湯浴み、要は入浴が終わっているだろう。そう見込んだキンジは、部屋に帰るらしい。
「そうだ。キンジ、お前単位足りてないよな? どうするんだ?」
「それなんだが、一応依頼を受けておいた。最近影に襲われるという不可解な事件が多いらしい。それの調査だ」
「影?」
「ああ。自分の影や、木とかの影がいきなり襲ってくるらしいぞ」
"影が襲う"か。そんな技があったな、たしか。かげうち。
俺もポケモンだった頃は使えたのだが、この世界では使えなくなってしまった。俺の霊力では、影で物理的なダメージを与えるのに不十分らしい。ナイトヘッドでやったみたいに、影を動かすことはできるんだけどな。
とにかく。かげうちという技があるのだから、その事件は元ポケモンの人間による可能性が高そうだ。もちろん違う可能性もあるのだろうが。
「キンジ、気をつけろよ? やな予感がするぜ」
「やな予感? そうか。じゃあ何かあったらお前にも連絡するよ。手助け、頼んだぞ」
「やめろ、厄介ごとに巻き込むな。……まあ、もし身の危険が迫ったら、頼ってくれてもいいんだぞ?」
「……ああ、そうする」
キンジが去り際に、口だけ動かして何か言った。読唇術で読み取ると、『ツンデレ』だそうだ。誰が?
キンジが帰ったら、急に腹が減ってきた。そういえば、粉雪はサンドイッチを食べたんだっけ? 俺も食べたいな。
「明日香、何か食べるものある?」
「ありますよ」
玄関からリビングに戻ってきた俺を明日香が出迎える。黒白のミニスカートの方のメイド服で。なんか嫌な予感がする。
「どうぞお召し上がりになってください」
明日香は両腕を広げて俺にウィンクしてきた。
「……何?」
「私を食べてください」
「は、はあ⁉︎ いや、待てよ! どうしてそうなる⁉︎」
「粉雪さんが私たちに夜の営みをするようにと——」
「中学生だぞ⁉︎ 中学3年生の女の子に言われて、それでその、よよ夜の営みをするのかよ!」
「もちろんです。ですが、わ……私は意識があるうちにやるのは初めてなので……優しくお願いしますね」
あー、そっか。全部飛鳥が守ってくれてるってこと、知らないんだっけ。
というか、なぜ嬉しそうにはにかんでいるし。お前と粉雪が何を会話していたのか知らないが、やめたほうがいいと思うぞ。
「やらないぞ、そんな営み」
俺は明日香を無視してテーブルの椅子につく。よかった、サンドイッチが余ってる。これでも頂こう。
カツサンドを頬張る俺の隣に明日香が座る。
「私たち、言葉では契約してますよね?」
「まあ、確かにしてるな」
契約書、あるもんな。でも関係なくね? 婚姻届ならまだしも。誰も明日香と結婚するとは言ってないし。
「ですから、今夜も肉体的な契りを交わしましょう?」
そんな必要ナイトヘッド。
「ただ、今まで一度も肉体的な契りを私は記憶に残せていないんです。いつも糸丸が激しすぎて……」
明日香がどこか色っぽい、アンニュイな溜息をつく。
そう。頭が痛くなりそうな話なのだが、
しかし、もちろん俺はそんなことをしていない。明日香はそのことに気付いていないのだが。
「ね? 糸丸、やりましょう?」
明日香はミックスサンドを取ろうとした俺の腕に抱きつき、その形の良い胸を押し付けてくる。や、柔らかい……じゃないよ!
「ダメだ! そういうことはしない!」
俺は明日香を引っ剥がす。すると、するり。思ったよりも簡単に離れた。いつもはもっと強引に迫ってくるのだが。
どういう風の吹き飛ばしだ、じゃない、吹き回しだ?
「そういえば、9月下旬にはチーム編成がありますよね」
俺のミックスサンドから皿に溢れたレタスの破片をつまみながら、明日香が話題を変えた。
チーム編成。ああ、そんなのがあったな。
武偵校では2年生になると、9月の末までに2〜8人のチームを組んで学校に登録しなければならないのだ。
このチーム制度はかなり重要で、登録したチームは国際武偵連盟にも登録される。
通常、武偵はそのチームで活動するし、仮に進路が分かれても、チームの協力関係は組織の枠組みを超えて最優先して良い。そういうふうに国際武偵法でも定められている。
したがって夏休みには男女関係がこじれたりなんだかんだして、チーム編成に影響が出ることがあるのだが——そういうことか。
明日香は夏休み前に編入した。けれど召使いということで、俺ばっかりに構っていたせいで学校内における人間関係はイマイチなのだろう。チーム編成の際、誰とも組めなかったとならないように俺に、言い方は悪いけど、媚を売っているってわけか。
そんな心配しなくてもいいんだけどな。明日香は元ポケモン。すなわち、プレハブ関係の事件にもすぐに対応することができる貴重な人材。チームに入れたい存在だ。ハンググライダーも頼りになるし。
「明日香。心配しなくても平気だぞ。絶対にチームに入れてやるからな。むしろ明日香が嫌がってても入れてやる」
「えっ? あっ、はい。お願いします」
「こちらこそよろしくな。俺には明日香が必要なんだ。明日香、一緒に頑張ろうな」
「ひ、必要……ですか? 私が必要……ふふっ」
体をクネクネさせる明日香。なんだろう。変なの。
「あの、1つお願いしてもいいですか?」
ぺこり。
急に椅子の上に明日香が土下座みたいな格好をする。お願い? 何もそこまでしなくても——
「糸丸!」
「明日香⁉︎」
がたん。
明日香が椅子に座る俺に飛び乗ってきた。勢いで椅子が倒れ、俺と明日香は重なったまま床に放り出される。ふ、ふいうちかよ。
倒れた俺に馬乗りになった明日香は、自分の顔を俺の顔に寄せる。彼女の赤い髪が俺の首をくすぐる。
「糸丸、糸丸。お願いです。今日は優しくしてくださいね……?」
「や、優しく?」
「糸丸はいつも私を気絶させます……。それくらい私で興奮してくださるのはいいのですが、でもやっぱり私も、その。ちゃんとやりたいんです」
な、なんだろう。俺は明日香がチームに入ることを知らせればこういう展開はなくなると思ったんだけど。どこで推理を間違えたんだろうね。
「で、では。まずはキスから——」
目を閉じて、明日香が唇を近づけてくる。柔らかそうな薄桃色の唇。このままキスしてしまおうかという激しい衝動に駆られそうになる。
でも、ダメだ。やっぱり良くないんだ、そういうのは。チームという居場所を得た明日香が、今は何を求めてこんなことをしてくるのかはわからないが、ここはなんとかやめさせないと。
口で言っても聞かないだろう。逃げようにも、明日香の細い足が俺の体をガッチリ押さえ込んでいる。無理だ。
つまり、いつも通りの方法でやるしかないのか……。
もうあと数ミリくらいにまで迫った明日香の顔、そのおでこに狙いを定めて——
パチン!
「あうっ!」
デコピン。次の瞬間、明日香の体が光に包まれて——
「痛いだろ、主!」
バコンッ!
「ふがっ⁉︎」
俺の顔に倍以上の威力を伴って、パンチとして返ってきた。そしてすぐに、俺から男が飛び退く。
「まったく……明日香の……こんな弱……どこがいいんだか……。主、血はちゃんと拭いておけよ?」
その男は最初ブツブツと何かを呟いた後、俺に向かってハンカチを投げてよこす。
「わがっでるよ、あずが」
パンパンと手を払いながら溜息をつく青髪の好青年、飛鳥。そう、これこそが俺が編み出した明日香のハニトラ(?)回避技。
追加効果? 鼻血不可避だけど何か?