緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第5弾

 翌日。女子寮の前の温室に俺は来た。温室とはつまり、でかいビニールハウスのことである。中では大小様々な植物が栽培されている。

 その温室の中で、本を読む一人の女の子。超能力を最も引き出せる服装であるだという清楚な白いワンピース。そこから覗く白く細い足はとても武偵とは思えない。どこかのお嬢様のような感じだ。

 周囲の植物に溶け込む、肩口まで伸びた淡い緑色の髪。その前髪を留める赤い髪留め。本をめくる細い指。機械好きのエムと違っていかにも女の子っぽい。

「ごめん、待った?」

 声をかけると、彼女は手元の本から目を上げる。クリッとした赤い瞳が俺を捉えると、彼女は微笑む。上品な笑いはこの武偵校には相応しくない。きっとお嬢様学校の方が似合っているだろう。

 切里沙那(きるり さな)。東京武偵高校のSSRに所属する高校2年生。色白の美人である。

「全然。人間というのはやはり素晴らしいです。このような時間を有意義に過ごせるものを作り出してしまうんですから」

 そう言って本を見せてくれる沙那。分厚いそれはゲームの攻略本。……それ、読んでて面白いの?

 少し本を覗き込んでみる。緑色の蜘蛛みたいな生き物が書かれていたが、沙那はそれを閉じてしまう。

 俺を見た沙那は、俺の右肩の包帯に気付く。

「どうしたんですか?」

「少し怪我しただけ。大したことはない。それよりも例のあれは?」

「インドメタシンですよね」

 足元に置かれた段ボール箱。それを細い腕で持ち上げようとする彼女。残念ながら、全く持ち上がってないが。

「あー、大丈夫。持つから」

「すみません」

 インドメタシン10本入りの段ボール箱。結構な重量があるのだ。

「えっと、いくらだっけ?」

「そんな! お金を頂くなんてとんでもない! 糸丸さんにはいつもお世話になっているのに……」

「そんな大した世話はしてないけどな」

 物理的な力が全くない沙那の代わりに力仕事をやったり、ある依頼を引き受けたりしているだけだけどな。

「それで、兄さんのことは何か……?」

「ごめん。まだ何も」

「そうですよね」

 シュンとする沙那。彼女の兄、切里(れい)は現在行方不明。その捜索を俺は頼まれている。ただ、何の手かがりも現在のところ得られていない。申し訳ない気持ちになる。これでもAランク武偵か、俺は。

「本当にごめん。すぐに何か見つけてみせるから」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる沙那。このやりとり、何度目だろうか? その度に罪悪感のようなものを感じてしまう。いい加減、何か見つけなくては。

「あ、インドメタシンですが。糸丸さんはもうとっくに素早さの努力値がインドメタシンでは上がらないところまで到達していると思うんです」

「知ってるよ」

「そうですか」

 それでも飲み続けるのだ。

 インドメタシン等の栄養ドリンクの過剰摂取は嘔吐を引き起こす、それが前の世界の常識だった。目安として10本まで。

 しかし、この世界においては俺は今も飲むことができる。これはまだ限界に到達していない証拠なのでは? そう考えて、今も継続して飲み続けているのだ。

「あっ、イートンだ!」

 そこへフリフリを大量に付けた改造制服を着た女子がやってきた。俺のことをイートンと呼ぶこいつは峰理子、探偵科のAランク武偵だ。クラスメイト。キンジのことはキーくんと呼んでいた。

 イートンとかいう変な渾名をつけることからも分かると思うがおバカキャラで、クラスでは人気者である。それでもAランクの腕前は伊達ではない。友達の多さもあり、彼女の情報網はめちゃくちゃ広い。

「そっちはイートンのジョノカ?」

「か、彼女だなんて! 私が糸丸さんの彼女だなんて……」

 赤面して慌てる沙那。こいつはそういうことには耐性がないらしいからな。ここは俺がビシッと言っておいてやろう。

「理子。俺と沙那は別にそういう関係じゃない」

「えー? そうなの?」

 ニヤニヤしながら肘で小突いてくる理子。大変面倒な人種である。とりあえず話題をそらす。

「ところで理子。お前は何でここに来たんだ?」

「キーくんと秘密の待ち合わせしてるんだぁ!」

「キンジと?」

 女嫌いのあいつが女子と待ち合わせ? 今夜は天変地異でも起きるのか? あられでも降ります?

 いや、たまにはそういうこともあるだろう。何か理由があるのかもしれないし。それよりも秘密の待ち合わせって人に教えていいのか?

 まあ何はともあれ、秘密の待ち合わせなら俺らがいたら邪魔だろう。

「じゃあ俺らは帰るから。またな、理子。沙那、今日はありがとう」

「じゃーねー!」

 ブンブン腕を振る理子。その都度、豊かな胸が揺れる。神崎と大して変わらない身長のくせに、なぜそこだけ育っているんだか。

「糸丸さん」

「沙那? どうした?」

 俺の後ろを歩いていた沙那に呼ばれて振り返る。彼女はその大きく綺麗な目を半分閉じ、いわゆるジト目で俺を見ていた。

「そういうことを考えるんですか。破廉恥ですよ」

 勝手に人の思考をトレースすんな。

 

 

 ピンポーン

 男子寮の自分の部屋の一つ上の部屋。キンジの部屋だ。

「はーい……糸丸?」

 玄関から出てきたのはピンクのツインテール、神崎・H・アリアだ。どういうわけか知らないが、現在キンジと同棲しているらしい。何をしているんだ、キンジは。女が嫌いじゃなかったのか。

「キンジならいないわよ?」

「いや、神崎に用があるんだ」

「あたしに?」

 とりあえず中にどうぞ、と案内される。リビングに入ると神崎はソファでくつろぐ。まるで自分の家のように。これが適応力か。

「それで? 何の用?」

「あのさ。"ドレイ"になるよ」

「え?」

 キョトンとする神崎。赤紫色の瞳をパチクリとさせる。

「パートナーを探しているんだろ?」

  たぶんここに住んでいるということはキンジと組むんだろうが、やっぱり三コイルよればレアコイルともいうし、一度俺にもお誘いがあったのだから、おそらくは"ドレイ"にしてくれるだろう。

「いいの?」

「ああ。役に立てるなら嬉しいし、自分のスキルも上げたいからな」

 プレハブ探しにも何かしら良い影響が出るだろうし。利用する、と言えば聞こえは悪いかもしれないが彼らが役立ってくれるかもしれない。

「そう! ありがとう!」

 嬉しそうにはしゃぐ神崎。ソファの上をピョンピョン跳ね回っている。なんか子供っぽいな。

「あ、そうだ! 早速頼んでもいいかしら?」

「どうぞ」

 何だろうか。諜報活動とか? もしくは強襲を手伝えとか?

「ももまん買ってきて!」

 ……は?

 

 

 コンビニでももまんを購入し、寮へと帰る。あいつ、まさか本気で奴隷を作ろうと思ってたのか? それは少し困る。俺はパーティーメンバーを募集していたのだと思って奴隷になったのだ。

「ただいま戻りました」

 玄関に入ると、中からキンジの声。キンジが帰ってきたのか。

「糸丸? 何してんだ?」

「糸丸はあたしのためにももまんを買いに行ってくれたのよ」

 リビングからひょっこり顔を出したキンジ。その奥にいる神崎がキンジに説明をする。

「何だ、お前も奴隷になったのか?」

 お前も、か。と言うことはキンジも奴隷になったんだな。

「糸丸。あんたは前衛と後衛、どっちの方が得意なわけ?」

 そうだな。不眠だから突撃用の装備をしてフルアタも良し、ネットを張る補助的な活動も良し。どちらでもできるよな。……少し論点がずれてる?

「まあ、あたしとキンジがフロントだから、後衛をやってもらおうかしら?」

「おい、アリア。俺は前衛確定なのか」

「いちいちうるさいわね。奴隷が主人に口答えするつもり? あんたたち二人は私の指示通りに動けばいいのよ」

 まさにトレーナーとポケモンの関係そのものだな。俺の方がレベルが高ければ言うことを無視できるんだけど。

「あ、そうだ。糸丸も明日は強襲科を自由履修しなさい。あんたの技術も色々と確認したいし」

「あー、それはちょっと……」

 強襲科。卒業時の生存率が97.1%ということもあり、明日なき学科とも呼ばれている。武偵校の三大危険地域の一つでもある。

 俺が渋るのはそういう理由もあるのだが、一番の理由としては戦従妹が挙げられる。キンジファンのあいつがいるのに、キンジと一緒に強襲科なんかいけるかよ。きっとタネマシンガントークになるぜ?あいつ、タネマシンガンなんて覚えないけど。くさタイプじゃないし。

「まあ、無理にとは言わないわ。糸丸の実力なら一昨日見たしね」

「そうしてくれると助かる」

「なあ、俺には無理やり自由履修受けさせようとしてなかったか?」

「お腹すいたわね。ももまんももまん!」

 俺からももまんの入った紙袋を取る神崎。

「おい、神崎。代金はちゃんと払ってくれよ」

「ねえ、その神崎ってのはやめなさい。アリアでいいわ。キンジもそう呼んでるし」

「無視か? 無視なんだな?」

 

 

 レポート用紙に昨日から今朝までのキンジの行動を記録する。俺とキンジがアリアの奴隷になった、要はアリアのパーティーに入ったのが一昨日。昨日はキンジが強襲科に自由履修に行って、その後アリアと一緒にゲームセンターに行ったらしい。

 携帯という便利ツールのメール。それに添付されていた写真には、レオポンとかいうストラップをつけた2台の携帯が写っている。片方はキンジの携帯で、もう一方はアリアのだ。

 なんか、イチャイチャしているのを見せつけられていないか?

 ふと、あることを思いついた。もし、この写真を星伽さんに見せたら……。

「いや、やめておこう。ろくなことにならん」

 武装した星伽さんがアリアを襲撃するところが目に浮かぶ。ヤンデレとSランク武偵の戦闘とか、このマンションが壊れかねん。うん、このことは忘れよう。

 レポートに書きかけたゲーセンデートの文字を消す。こいつにも教えなくていいか。適当に街の案内とでも書いておけば問題はない、はず。

 ここ数日分のキンジ観察レポートを読み直す。アリアと同棲。アリアと依頼(クエスト)。アリアとゲーセン。……こいつら、付き合ってないよな?

 机の上にレポートをまとめ、簡単なメッセージを書いた付箋を貼っておく。今日も部屋の掃除に来るのだろうから、これで受け取れるだろう。

 外に出ると、雨が降っていた。さっきまでは降ってなかったのに。誰か雨乞いでもしたのか?

 自転車で突っ走ろうか、と思ったが、よくよく考えればチャリジャックで爆破されたままだった。買い直す必要がある。……また金が必要なのかよ。最近出費ばかりで嫌になるな。

 傘を持って玄関を出た、その時。携帯が鳴った。

「もしもしヒトモシ」

『糸丸? ヒトモシって何? まあ、そんなこと気にしてる場合じゃないわ。事件が発生したの。今すぐ女子寮の屋上に来て!』

 名乗りもしなかったアニメ声。特徴的なその声のおかげで人物の特定はできるものの、貴族だというのならもう少し態度を考えてほしい。

「事件かよ」

 大きい事件でないといいのだが。……彼女、チャリジャックの時は一人で助けに来てたよな。呼び出されるということは、よほど大きい事件なのだろう。

 せめてプレハブが絡まないことを祈ろう。

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