緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第8弾

「ここが食堂。購買もあるけど、あっちは戦場だからな。俺のオススメは食堂で食べるか弁当持参」

 俺は近くのテーブルの椅子を引き、サマーセーターの明らかに武偵高の制服ではない制服を着た、目立ちまくり浮きまくりの粉雪を座らせる。

 俺が買ってきた日替わり定食をテーブルの上に置いてやると、粉雪はツンとそっぽを向く。

「まだ昼餉の時間ではありません。お腹は空いていません」

 生意気な子供だな。せっかく人が奢ってやろうとしたのに。しかも、なぜか今朝から痛む右足を引きずってまで買いに行ったのに。

 不機嫌そうな顔の粉雪は、周囲を見回し——購買で買ったパンの奪い合いをする男子、カツ丼にがっつく女子を見て——目尻をさらに吊り上げた。

「作法がなってません。こんなところにお姉様が通われているだなんて……考えられませんっ!」

「考えられなくても実際ここにいるんだから、それが現実ってもんだろ」

 白井風に言うと、真実だ。真実は揺るがない。

 そう、俺が粉雪に学校案内をしてやっているのも、夢ではなくて真実。残念ながら真実。

 どうして俺と粉雪が一緒に武偵高にいるのか。今朝方、粉雪を学園案内するようにキンジと白雪に頼まれたからだ。

 なぜ粉雪が武偵高を見学したいと思ったか。大好きなお姉様を拘束する武偵高なるものが、どんな場所か知りたかったから、らしい。ちなみに入学希望者の依頼を受けた形にして俺が学園案内をすれば、俺に0.3単位入る。おかげでなんとか単位不足は免れそうだぜ。

 最初は楽な仕事だな、と思ったものの。粉雪は武偵というものに対して異常と言えるほどの嫌悪感を抱いている。特に男。

 粉雪がなぜ男嫌いなのか。原因がなんなのかは知らないが、確か星伽は男子禁制(遠山家除く)。おそらく幼少期に、ラッキースケベ体質のキンジに覗きでもされたのだろう、と勝手な推論をしておく。

 武偵が嫌いな理由はわかる。大好きなお姉ちゃんを取られたからだろう。そのお姉ちゃんを取ったのはキンジなわけだが。ほら、白雪ってキンジが好きでついてきたんだろ?

 というか白雪、自分の身内なんだから自分で案内しろ、と言いたいところだが、白雪は今日、キンジと一緒に影襲撃事件について調査中。キンジがそんな依頼を受けるからこうなってしまったじゃないか。

 つまり、これはキンジのせいだ。のろいをかけてやる。俺がやっても鈍いだけだけど。てか覚えない。まあ素で鈍いんだけどさ。

「じゃあ何も食べなくていいの?」

「結構です」

 せっかく買った定食。はぁ。金欠気味なのに余計なことするんじゃなかったぜ。

 俺が後悔していると、粉雪が俺の腕を突いた。

「何?」

「実は昨夜、"詫"が降りました。星伽の巫女の義務で、一昼夜の内にお伝えしなければいけないことになっていますから、今お伝えします——遠山様、芦長様。両名は今月中に、求婚されます」

 ……なんだって? 求婚? 九尾狐じゃなくてプロポーズの?

「まったく……すでに夢幻様という……ありながら、別の女性にも……かけようと……」

 俺がそれの当たる確率を聞こうとしたら、すでに粉雪はブツブツと独り言? のようなものを呟いてたので、遠慮しておいた。

 

 

 俺が次に案内したのは諜報科、その教室。薄暗い部屋の中で、紙をめくる音やキーボードを叩く音、ペンを走らせる音が響く。戦闘訓練をする施設は見せないほうがいいだろう。諜報科は基本、搦め手や卑怯な手を使う。それを見せれば、粉雪の武偵に対するイメージはさらに悪化しかねん。

「陰湿な部屋です。芦長様にぴったりですわ」

 悪かったな、陰湿で。蜘蛛は暗いところが好きなんですよー、だ。

 と、部屋の中に普段は見かけない、見知った顔を見つけた。こいつがここにいるなんて珍しいな。明日は嵐か?

「照? どうしたんだ?」

「あ?」

 俺に呼ばれて顔を上げた男子生徒、襟木照。照は机に向かって、他の生徒が書いたレポートを片手に(カンニングをしながら)ひたすらペンを走らせている。

「単位が足りねえから必死にレポート書いてんだ。邪魔すんなよ」

 照が再び視線を紙に戻す。

 それにしても、こいつの格好。色々とおかしいだろ。全身を覆う真っ黒なローブ、大きいマスク、今は外しているがサングラス。暑くないのかよ。

「"喉元過ぎれば熱さを忘れる"っていうだろ。同じだよ、同じ。部屋に入れば暑さ忘れる」

「同じじゃないだろうに……」

 俺は粉雪の様子を見る。こんな変なやつを見て、武偵のイメージを悪くされては困るからな。

 粉雪は——いた。随分と遠くに離れたところから、俺らの様子を見ている。目をつり上げながら。

 もう遅いようだ。

「あ、そうだ。お前、チームはどうするんだ? 誰にも誘われてないんなら、俺らのところに入るか?」

「お前の縄張りになんかいたって面白くねえよ。それに俺は誘われてる」

 照が?

「誰に?」

「通信科で知り合った女子」

「うわぁ。リア充だったのかよ、お前」

「そんなんじゃねえよ。それにそのセリフはお前にだけは言われたくない」

 照は机の上の卓上加湿器——プッシュで蒸気を噴射させられるタイプ——を持つと、俺の顔に吹っかけた。やめろよ、熱いだろ。熱湯なんてかけるな。火傷する。

 火傷はトラウマなんだよ。

 

 

 いよいよ最後だ。その最後に案内するところが——強襲科。順番、誤っただろうか?

 ただでさえ、男が嫌いな粉雪。これから行く強襲科はそれはまあ、男臭い空間だ。どういう反応を示すのやら。

「粉雪。中に入ったら足元に注意しろよ。強襲科にはいつも空薬莢がゴロゴロ転がってるからな」

 俺は事前に注意しておいてから、強襲科の体育館みたいな訓練施設に粉雪を招き入れる。

「死ね!」

「死ね死ね!」

「お前が死ね!」

 なんてこった。さすがは"死ね死ね団"。挨拶代わりに死ね死ね言い合う強襲科生徒だぜ。入り口付近でも、アイドルの写真集を取り合って殴り合い蹴り合いのケンカをしている。

「……」

 俺の横に立っている粉雪を確認。案の定、絶句。これは本当に失敗した。強襲科なんてなかったことにしておけばよかったんだ。

「あ、あれは格闘訓練の一種でだな……う、うん。たぶんそうだ。あはは、あはははは……」

 無理だ。これをフォローするなんて無理だ。さっきから粉雪からの視線が痛い、痛すぎる。視線で俺を殺せてしまうレベル。なるほど、ファイヤーの睨みつけるってこんな感じだったのだろうか。

 しばらくして、男子どもはいなくなった。本当の訓練を受けにいったようだ。

 夏休みということもあり、人はほとんどいない。いや、1人いた。ツインテちびっ子。

「おーい、莉央!」

 俺に気付いた莉央は、こっちに両腕を嬉しそうにぐるぐる回しながら走ってきた。まるでエレキッドだ。おい、そんなに慌てて走るな。

「あっ、先輩! 遊びに来てくれた——わきゃ⁉︎」

 途中で薬莢を踏んづけてすっ転ぶ。まあ、予想はできていた。

「痛たた……って、ええ! 先輩、今度は莉央よりも小さい子を毒牙にかけたんですか⁉︎」

 莉央が粉雪を指してそんなことを言い出した。なんだよ、毒牙って。俺はどくどくのキバなんて使えないぞ。

 俺が否定しようと口を開いたとき、隣の粉雪が真っ赤になりながら——

「ち、違います。私がどうしてこんな男と付き合っている設定なんですか! それに、この人には嫁がいますし!」

「は、はあ? 嫁?」

「ふ、ふーん。嫁ですかそうですか。先輩、後でじっくり話を聞かせてくださいね?」

 ジトッと俺を睨む莉央。怖くない。むしろ膨らませたほっぺをツンツンしたい。でも放置。

「おい、粉雪。誰が俺に嫁がいるなんて言っていたんだ。お前にそんな嘘を吹き込んだのは誰だ?」

 俺はつい、いつも莉央に対して怒るようなノリで粉雪の腕を掴んでしまった。しかしこれがどうやらミスチョイ。

「こ、この殿方は……! 婚約者がいるというのに……し、しかも自分の身辺も淫らにしていらっしゃるのですか! 奥方と認識しないで契りを結んでいるなんて……不衛生です不衛生です不衛生ですっ! 触れないでくださいっ!」

 サマーセーターの下から護身用の短刀を取りだした粉雪。それを振り回す。

「ちょっ、何で! 何でそんなものを持ってるんだよっ!」

 俺は短刀を躱しながら、相手が一般人なだけに(あの超ヤンデレの妹だから相当な戦闘力が実はあるのかもしれないが)手が出せない。何とか言葉で落ち着かせないと——!

「り、莉央! ヘルプ!」

 俺はとりあえず、戦妹に援護を求めるが——

「べー。嫁って人でも呼べばいいじゃないですか。私は訓練があるので、さよならー」

 舌をちょこんと出して去っていく莉央。あの役立たず!

「殺菌! 除染! あっち行ってくださいっ!」

 なぜか強襲科で刃物の回避訓練を受けている俺。短刀が俺を掠めるたびに、冷や汗が流れる。こいつ、素人ではないぞ。剣の裁きが速い!

 さすが白雪の妹だ。星伽、恐るべし。

 俺は足元の空薬莢を蹴散らしながら後退する。しかし、部屋という空間は限りがあり——どんっ!

 壁にぶつかってしまう。

「天誅ですっ!」

 そこに、短刀を突き出しながら突進してくる粉雪。どうしてそこまでするのか理解に苦しむが、このままみすみすやられるわけにもいかない。

 俺は真剣白刃取りをすることにした。秘伝の薬は飲んでないが、なんとか成功させてくれよ……!

 その時、粉雪の体がバランスを崩した。後ろにひっくり返るように、粉雪が倒れる——!

 足元だ。足元の空薬莢を踏んで、足を滑らせたのだ。

「粉雪っ!」

 俺はすぐに動く。その小さい手が握っている短刀を右手で押さえる。もし粉雪に刺さったりでもしたら危険だからだ。

 次に、俺は自らを粉雪の下になるようにしようと体を身をよじるが——ダメだ。間に合わない。

 仕方なしに、俺は粉雪の体をぐっと自分の方に引き寄せる。そして、俺の頭と膝、短刀を押さえていない手が先に床につくようにして、その場に倒れこんだ。

 ガツン。石頭ではない俺の頭に衝撃が走る。が、ここは我慢だ。

 俺は体を起こした。

「粉雪、大丈夫——では、ない?」

 俺の下になった粉雪は、目を大きく見開いて固まってしまっている。そりゃそうだ。だって、俺に引き寄せられた、つまりは抱きしめられたんだから。

 どうやら俺は対応をミスったらしい。

「えっと……これは、その……」

 弁解しようとするが言葉が出てこない。というか、粉雪が動かない。瞬き1つすらしない。ショック死?

 俺は恐る恐る短刀を押さえていた手を離し、粉雪の肩を突こうとして——びく。

 粉雪が動いた。そのハイライトを失った目が、俺の手を凝視している。

 俺も自分の手のひらを見てみると——血で汚れていた。どうやら短刀を押さえた時に切ったらしい。ああ、確かにこんな手で触れるのは悪いな。

「ご、ごめん」

 俺は手を引っ込める。すると、粉雪は、ばんっ!

 ごろごろと床を転がって、反対側の壁まで移動。すぐに起き上がると、短刀を構え直す。

「あ、あ、あ、芦長様は最低です! 最低に不衛生です! 武偵がいかに乱暴で、危険で、金や性に貪欲で、卑しい者か、実体験をもって教えていただきました! やはりお姉様には似つかわしくありません!」

「粉雪。ごめん。俺がしたことは謝る。けれど、こんなことを言える立場じゃないことはわかってるんだが、今のこれだけで武偵自体が悪者だと決めつけるのはよしてくれ。俺のことは嫌ってもいい。でも、世の中にはちゃんとした武偵もいるんだ。金とかの欲求を満たすためじゃなくて、純粋に増える犯罪を何とかしようという武偵もいるんだ。今の日本には、犯罪に巻き込まれて、武偵を必要とする人間がいるんだ」

「詭弁です! そんなの、犯罪に巻き込まれる本人が悪いんです! 私は危険な所には行きませんし、不必要に金品を見せびらかしたりなんかはしません!」

「でも——」

「とにかく! 私は武偵が大っ嫌いなのです! 特に遠山様と芦長様が! 遠山様は私のお姉様を誑かして……あ、芦長様は卑猥なことを私にしました!」

「だからそれはごめんって……」

 俺が粉雪に近づこうとすると、粉雪はブンブンと守り刀を振り回し始める。

「こ、これ以上私に近づかないこと! 近づいたら刺します! メッタ刺しにして、丑の刻参りです! それと、これは遠山様にやろうとしていたのですが、藁人形に五寸釘を乱射します!」

 ……そうですか。てか、キンジも大変だな。こんな巫女さんとも関わっていたなんて。

 プンプン怒りながら、粉雪は訓練施設から出ていった。これ、白雪が星伽に連れ帰らされそうだな。そしたらキンジが怒る——いや、あいつはむしろ喜びそうだ。それよりも怖いのは白雪ご本人。キンジから離れるとなると——

 ぶるっ。虫の知らせがするな。げんきのかけら、用意しておいたほうがよさそうだぜ。

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