緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第9弾

 先に帰ってしまった粉雪。俺が寮に帰ると——いた。俺の部屋の前で、風呂敷を背負いながら立っている。服装はサマーセーターのまま。なぜ俺の部屋なんだ。キンジの部屋ではなく。

 しかし向こうが待っていたとなれば好都合。俺は先程の失態を謝ることにした。

「粉雪。さっきは悪か——」

「芦長様。私を部屋に入れなさい」

「え?」

 素っ頓狂な声を出した俺に書き付けを渡し、ポケットから勝手にカードキーを取り出すと、粉雪は俺の許可もないまま部屋に入っていった。そして——ガチャリ。

 締め出された。

 

 

 締め出された俺。白雪が書いたと思われる達筆の書き付けを読んだところによると、キンジと白雪は今夜遅くまで影襲撃事件の調査をするらしい。だから、今晩は粉雪を俺の部屋に泊めてくれないか、ということだった。

 大変だな、影襲撃事件。一体どこの誰がかげうちしまくってるんだか。そろそろ俺も本格的な調査をした方が良いのだろうか? もし相手がプレハブなら、俺が出なければならないわけだし。

「お待たせしました」

 と、明日香が帰ってきた。まあ、締め出された俺が呼んだんだけど。

 明日香が勝手に作った合鍵で開錠。俺らは部屋の中へと入った。

 リビングに粉雪の姿は見えない。シャワーの音がするから、勝手に風呂に入っているようだ。いいのかよ、最低で不衛生な人間の部屋の風呂なんか入って。

「明日香。俺はちょっと出かけてくるから、粉雪の面倒見は頼んだぞ」

「承知いたしました」

 ぺこりと頭を下げた明日香を残し、俺は部屋を出た。

 

 

 用事を済ませて帰る際、俺は粉雪のご機嫌をとるためにももまんを買ってみた。アリアならこれで簡単に大人しくなるのだが、果たして。

「ただいま」

「お帰りなさいませ」

 帰宅した俺を出迎えたロングスカートのメイド服を着た明日香。良かった、ミニの方じゃない。まだこっちの方が大人しいからな。

「粉雪は?」

「リビングにて、テレビを見ていますが」

 俺がリビングに入ると、粉雪はドラマのお買い物シーンを見ていた。

 目をキラキラさせて、画面に出てくる綺麗なお洋服、高そうなジュエリー、そういった物に目を釘付けにしている。

 こういうところは、普通の女の子なんだな。五寸釘刺すとか言ったり、短刀を振り回したりしてるけど。

 でも、そのドラマ。よく見てみれば全然男が出てこないな。やっぱり男は嫌いなのか。

 俺は買ってきたももまんが入った紙袋を明日香に渡す。

「明日香、お前から渡しといてくれ」

「ご自分で渡してください」

 と、明日香は俺に紙袋を押し返してきた。なんだ、今日はやけに反抗的だな。

「粉雪さんから聞きましたよ。今日、やらかしたそうですね」

 うっ。痛いところを突いてくるなぁ、こいつは。

 俺は明日香を引き寄せると、粉雪に聞こえないように声を潜めて訊ねる。

「それで? 粉雪の様子は? 泣いてたりしてないか?」

「ええ、まあ。10回ほど風呂に入られましたが」

「じゅっ、10⁉︎」

「御祓だそうです。糸丸に汚されたそうですよ」

 10回……そんなに風呂に入ったのか。これは水道費が馬鹿にならないぞ。白雪にでも請求してやろうか?

「とにかくです。糸丸、彼女にはちゃんと謝っておいた方がいいですよ。以前聞いた話ですが、星伽巫女の藁人形は本当に人を呪い殺せるそうですし」

 ま、マジですか。ゴーストの方の呪いをかけられるんですか。

 それはご機嫌とり……というか、実際俺が悪いことをしたのだから誠心誠意謝罪をした方がいいだろう。

「あの、粉雪。ちょっといいか?」

 椅子に座りながらテレビを見続ける粉雪の隣に立つと——ぱしっ。紙袋を取られた。

 粉雪はごそごそと紙袋を漁り、ももまんを取り出す。そして、はむっ。頬張った。うんうん、いいぞいいぞ。ポケパルレでもポフレをあげれば仲良し度は上がるものだ。

「粉雪。午前中は本っ当にごめん。あれは事故なんだ。分かってくれないか?」

「……」

 俺を無視して、粉雪はテレビを見続ける。だが俺は諦めないぞ。武偵憲章第10条、"諦めるな。武偵は決して諦めるな"!

「粉雪。この通りだ。何でもするから!」

 俺はとりあえず土下座をしてみた。この国では、一番誠意が伝わる謝り方らしいからな。

「……」

 それでも粉雪からは何の反応も帰ってこない。参ったな。

 俺は後ろを向いて、明日香に目で助けを求める。その明日香は——ぷい。何が気に入らないのか、俺から目を逸らしやがった。何か明日香の気に触ることでも言ったか? 言ってないよな?

 しかし引き下がるわけにはいかないのだ。よくよく考えれば、これは俺の命に関わる話。キンジと生き別れになることになった白雪が、道連れにその発端となった俺をこの世とお別れさせる可能性があるのだから。

「なあ、粉雪」

 サンドめのチャレンジ。その瞬間、粉雪はセミロングの髪を払いながら振り向いた。

 女の子特有の甘い香りがした。10回も御祓をしてもこの香りは落ちないらしい。俺の回避率は落ちたけど。

「黙っていてください、私はテレビを見ているんです」

 早口でそう言った粉雪は、再びテレビに向き直る。

 黙れという指示を受けた俺は、ドラマを見ている粉雪に話しかけるわけにもいかず。仕方ないので、椅子を並べて一緒にドラマを見ることにした。

 主人公と思しき女性が、買い物袋で腕を一杯にしながら道を歩いていく。そして、曲がり角にさしかかったとき——どんっ!

 男の人とぶつかった。2人は折り重なって倒れてしまう。あっ、さっきの俺と粉雪と倒れたときの姿勢が同じだ。

 女性が男性の名前を呼んだ。どうやら知り合いらしい。

 しばらく硬直したまま見つめ合う2人。まるで本当に午前の俺と粉雪みたいだな——と思っていたら、どちらともなく、キスをした。……は?

 な、何この展開。この2人、恋仲だったの⁉︎ くそぅ、リア充爆ぜろ! ……じゃなくて!

 恐る恐る隣の粉雪を見る。すると——目があった。どうやら粉雪も、途中までの様子が自分たちと重なっていたようで、ぼぼぼ。星伽の炎が発生したかのように、粉雪の白い頬が真っ赤に染まる。

「ふ、不衛生です! 不衛生です!」

 慌ててリモコンでテレビを消した粉雪。紙袋に入っていたラストももまんを口に咥えると——パサッ。紙袋を俺の頭に被せた。

「汚物は徹底的に除去しますっ!」

「ちょっと⁉︎ 何でお、れェ⁉︎」

 塞がった視界で、俺は正面から強力な打撃を食らった。明日香は攻撃できないから、百パー粉雪が犯人。たぶんリモコンか何かを投げつけたんだろう。

 さらにどんっ!

「あっ、ちょ、ぬわっ!」

 椅子を蹴飛ばしたらしく、俺は椅子ごとひっくり返った。

「なんてものを見てしまったんでしょう! 目を清めなくては!」

 とっとっとっ、と粉雪の足音が遠ざかっていく。

 仲良し度、全然上がらねえ……。

 

 

 夜になったが、書き付けにあった通り白雪とキンジは帰ってこなかった。なので、粉雪には空いていた小部屋を1つ貸してやった。

 もともと4人用のこの寮部屋は、リビングダイニング、キッチン、寝室、風呂場、トイレ、洗面所に加えて小部屋が4つある。そのうちの1つを俺が使ってもう1つを明日香に貸しているのだが、2つ余っているのだ。

 ちなみに俺のベッドがリビングにあることから推測できるとは思うが、寝室は魔改造が施されている。一般人にはちょっと見せられない。

 さて。不眠で寝られない俺は、今日も今日とてバッチリ目を覚ました状態でベッドに横になっているのだが。

 さっきから、粉雪に貸した部屋。電気がつけっぱなしなんだよなぁ。

 電気をつけたまま寝ちゃったのかとも思ったが、度々聞こえてくる粉雪の声——『ゆ、勇気を出すのです』とか『チャンスは今夜しかないのですから』とか『ファイトです』とか——を聞く限り、どうやら夜中にお出かけするらしい。そういえば、粉雪は明日星伽に帰ると書き付けに書いてあったな。今夜しかないわけだ、チャンスは。

 しばらくして、小部屋のドアが開いた。俺は薄目で、部屋からもれる光にライトアップされた粉雪を見る。

 レイヤースカートに大人っぽいUネックの半袖カットソーにデニムのベスト。バックルの大きなメッシュベルトできめている。

 ふむ。いつか莉央が女子高生向けのファッション雑誌を読んで真似してみたものと似ているな。どういうわけか、中学生の粉雪の方が似合ってるけど。

 抜き足差し足で廊下を歩き、玄関に行く粉雪。手に持っていたコサージュサンダルを履くと、そっとドアを開けて外に出た。

 俺もベッドから抜け出すと、すぐに着替えて拳銃だけホルスターに収め、家から出る。

 本当は女の子の尾行なんて犯罪くさくてやりたくないんだが、仕方ないだろう——虫の知らせがするんだから。

 

 

 最近、不景気の影響で深夜もオープンしているヴィーナスフォート——女性向けショッピングテーマパークを、粉雪は顔をキラキラとイルミネーションにも負けないくらいに輝かせながら歩き回っていた。

 ここまで辿り着くのに、見ていてすごいハラハラしたぜ。粉雪、モノレールの切符の買い方も知らなかったのだ。通りすがりの武偵高女子に聞いて、何とか乗れたが。

 ウインドウショッピングから始まり、途中で高級そうなオルゴールを購入。そこからはもう財布の紐が緩みまくり。あっという間に細い両腕が紙袋で埋まってしまった。

 それにしても財力があるんだな、星伽は。羨ましい。

 途中で休憩のためカフェに入った。小洒落たオープンカフェで、俺はこんな店利用したことはないのだが、これも尾行のため。やむをえず、1人でこっそりとコーヒーを飲んだ。

 あと、今朝から痛む右足の様子を確認してみた。爪先から出血をしていて、靴下が赤く染まっていた。いつ怪我したかなぁ……。まったく身に覚えがないんだが。

 一方の粉雪はてんこ盛りのパフェを注文。携帯で写真を撮ったり、一口食べては美味しそうにほっぺたを両手で押さえたり、とにかく忙しそうだ。すごい楽しそうだけど。

 なんか、等身大の中学生だな。年相応。この年齢だと、俺が元いた世界ではチャンピオンになっちゃったりしている人もいるわけだが、やっぱりこれが普通の十代の女の子だよな。

 

 

 手首の内側につけた時計をチラチラ見ながら、粉雪はヴィーナスフォートを後にした。

 俺も時計で時間を確認すると——なるほど、終電の時間か。

 そこはやはりしっかり者の粉雪ってとこか。

 自由の女神像を経由し、ホテル日航を回り込むようにして台場に向かう途中、粉雪は立ち止まった。

 視線の先にあるのは東京の夜景。名残惜しいんだろうな。明日帰るらしいし。

 またいつか来るのだろうか? そしたら、粉雪はもっと美人になっていたりして——

「こんばんはー、いっぱいお買い物したねー」

 その時、公園から粉雪の方へと数人の若い男が出てきた。大学生っぽい。数は4人。

「あれ? もしかして1人? 可愛いのにもったいないなぁ」

「おっ、Max&Co.の袋じゃん。なにげにダミエのベルトだし、もしかしてお嬢様?」

「ラッキー! お金貸してくんない?」

「ついでに君自身も貸してくんない?」

 ギャハハと笑いながら、男たちは粉雪を囲むように作った輪を徐々に小さくしていく。

「の、退きなさい。星伽の巫女は、悪徒の威迫には応じません!」

 粉雪がいつもの調子でキッ! と吊り目で睨み返すと——

「ハァ?」

「日本語喋れやガキ!」

「剥くぞ、オラ!」

 大学生の1人が取り出したモノをみて、俺は頭が痛くなる。

 あれは五一式手鎗。旧ソ連のトカレフをコピーした、中国製の粗悪な拳銃だ。安全装置がないやつ。

 粉雪は両手に提げた紙袋を落とし、自分の懐をまさぐるが——どうやら、護身用の短刀は所持していないらしい。

 残りの3人もナイフやらスタンガンやらを取り出した。それを見て、粉雪はついにその場にしゃがみこんで……

「……お……お姉様……たすけて……」

 泣き出してしまった。仕方ない。ここはお姉様ではないが助けてやるか。

「おい、お前ら。もうその辺にしておけよ」

 俺が隠れていた茂みから野生ポケモンが出現するように姿を出すと、4人がみな揃いも揃って俺の方に振り向き、武器を向けた。うーん、粉雪を人質にでも取るかと思ったんだが。

 その粉雪は、俺が助けに参上してやったのに『ゲッ、あいつかよ』みたいな顔で俺を見てくる。……助けるの、やめんぞ?

「なんだテメェ!」

「ただの通りすがりの虫さ」

「バカにしてんじゃねえぞ!」

 俺が粉雪の方へと歩き出すと、ナイフを持ったやつが突っ込んできた。

 俺はナイフの突きを軽く躱すと、左足爪先の毒針でそいつのくるぶしを掠める。

「な、なにしやがった!」

 掠っただけでフラフラとする男。この程度の毒でそんなんじゃ、大したことないな。

「こ、こいつ……強いぞ!」

 拳銃を持った奴がそう言うと、その拳銃を構えた。おうおう、撃つつもりか?

「撃っても構わんが、命中率は3.2パーセントだ。ズブの素人がこの交戦距離でマンシルエットに命中させられる確率。まだかみなりを10連続で当てるのと大差ない確率なんじゃないか?」

「は、ハァ?」

 男に隙が生じた瞬間を狙って、俺は接近。拳銃を男の手からもぎ取ると、粉雪と男たちとの間に立つ。

「な、なんてスピードだよ……」

 おいおい、この程度のスピードに驚くとか、テッカニンと遭遇したらどうするんだよ。見えないんじゃないか?

「こ、ここは引いてやる! その拳銃もくれてやらぁ!」

 覚えとけ! と捨て台詞を口々に吐いた男たちは、みんな揃って逃げていく。弱すぎ。

 俺は安全装置の付いていない五一式手鎗から弾を抜こうとして——おい、弾が入ってないじゃんか。これ、ただのハッタリだったのかよ。

「あ、芦長様……」

 か細い声に振り向くと、足元にしゃがみ込んでいた粉雪が俺を見上げていた。そして……

 べたぁー。

 土下座した。その背中は小刻みに震えている。

「……ほ、星伽にはこの事、な、何とぞ内密にしてください……!」

「ああ、言わないよ」

「ほ、本当ですか!」

 ばっ! と飛び上がった粉雪は俺の手を握る。いいのかな、男の俺にそんなべったりくっついて。

「ああ、約束する。それにこれで貸し借りなしだろ?」

「あ、アレは! ……そ、そうですね。許しましょう」

「よかった。それと、やっぱり武偵は必要だったよな? ほら、犯罪に巻き込まれるだの巻き込まれないだのっていう話」

「そ、それは……」

 罰が悪そうに俯く粉雪。まあ、責めるつもりはないけどね。わかってもらえればいいんだ、それで。

 それと——

「粉雪。安心するのはまだ早いぞ」

「えっ……?」

 俺は紙袋を持たせると粉雪の手を握る。いるのだ、敵が。俺の虫の知らせは、どうやらさっきの大学生たちに対するものではなかったらしい。

 まずいな。武器は拳銃が2丁(しかも片方は弾なし)と毒針だけ。刀とナイフは持っていない。秘伝の薬も。

 薄暗い闇の中、ぼんやりと敵の姿が浮かび上がってきた。俺たちから数十メートル離れた、公園内に。

 闇夜に溶ける忍び装束。背中に背負った忍刀。手には複数の手裏剣が握られている。

 ——最悪だ。

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