緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第10弾

 公園内に見える、忍び装束の男。テッカニンだ。

 テッカニンはじっとこちらを見ている。いつ仕掛けてきてもおかしくないぞ。

 よりにもよって、なんでこんなタイミングに出現するんだよ。

「粉雪、走るぞ」

「は、はい!」

 俺は粉雪の手を引っ張り逃げる。とてもじゃないが、粉雪を守りながら戦って勝てる相手ではないんだ。逃げるが勝ち。

 しばらく走ってみたものの、向こうが追いかけてる気配はない。

 気付いてなかった? いや、あいつはたしかに俺を見ていた。見逃したのか?

 数分走ったところで、通りに出た。走っている車の数も多く、非常に明るい。よし、この道を行こう。

 深夜の街を歩くカップルや飲み会帰りの酔っ払いを避けるように、車道ギリギリの路駐している車の脇を駆け抜けていると……

「痛っ!」

 粉雪が転けた。見ると、アキレス腱が何か刃物のようなもので斬られている。

 周囲を見回してみるが、誰も不審な奴はいない。誰も乗っていない車が道を行き交う車のヘッドライトの光を受けながら、路駐してあるだけ。

 すると、後ろの方からテッカニンがゆっくりと歩いてくるのが見えた。やっぱり追いかけてきてたのか。余裕綽々って感じだな、むかつく。

 俺は巾着袋の中にあった破れたこだわりスカーフで簡単に手当を施すと、粉雪を負ぶう。

「あ……芦長様、何を……?」

「ごめん。男嫌いなのは知ってるけど、こうするしかないんだ」

 俺は粉雪をおんぶしながら道を走る。これ、はたから見たら女子中学生を誘拐する男子高校生みたいな構図になってないだろうか?

 ただ、思っていたよりも粉雪の抵抗がないな。午前中はこれ以上近づくなとか言っていたのに。

 それくらい状況が緊迫しているってことだ。

 俺は路地に入り込む。このまま表通りを走っていては、テッカニンを撒くことはできない。ここは一旦、暗いこの裏道に入って——

「粉雪、しっかり掴まってろよ!」

 両腰のワイヤーをうまく使い、壁キックのような要領で狭い路地の両脇の建物の壁を上へ上へと登っていく。

 屋上へと向かう最後のひと蹴りを壁にしようとした、その時。目の前の壁が、一瞬ぶれた。

 ザンッ!

「なん、だ——!」

 何かを切断した音。すぐに俺の体が重力に引っ張られていく。誰かにワイヤーを斬られたのだ!

 背中から俺は落ちていく。いや、落ちるわけにはいかない。背中には今、粉雪がいるんだ!

「間に合え——!」

 俺は両足の踵のワイヤーと斬られていない方の腰のワイヤーをそれぞれ両側の壁に打ち込む。

 ガクン。

 落下が止まった。地上まで5メートルくらいか。

 俺と粉雪は今、3本のワイヤーで作られた簡易な蜘蛛の巣に引っかかったかのように空中に静止している。つまり無防備。

 まずいな。もしここでテッカニンなんかに襲われたら……。

 とりあえず、援軍を呼んでおこう。明日香あたりに電話をして、刀とナイフを——! 上から誰かが来る!

 俺は星すら見えない都会の空を見上げる。その暗闇に誰かがいる。ぼんやりと輪郭が見えるのだ。宙を俺に向かって、飛び降りてきている!

 俺はホルスターから自分の拳銃を抜くと、糸弾を連射するが……

「なっ⁉︎ 弾が効かない⁉︎」

 敵の姿が消えた。ぼんやりとした輪郭すら、見えなくなった。たぶん……ゴーストダイブ。一度姿を消してから、防御不可避の高ダメージを与えるゴーストタイプの技。おそらくこいつがかげうち使いなのだ。キンジや白雪が捜査している、あの事件の!

 ドガッ!

「はうっ⁉︎」

 重い一撃が腹に与えられた。その衝撃で打ち込んでいたワイヤーが外れ、俺の元へと巻き戻される。そして、支えていた糸がなくなった俺と粉雪は。

「——!」

 地上へと真っ逆さま。粉雪を傷つけるわけにはいかないので、俺は空中で無理に姿勢を変え、腕から着地する。

 グキッ、という嫌な音を左腕から立てながら俺は受身を取り、路地のさらに奥へと入り込む。

 パッ。片側の建物の裏口と思しきドアに付属していた電灯が点いた。人が近づくことで反応するタイプらしい。

 そして、明るくなった路地には——敵、つまりかげうち使いの姿はなかった。

 俺を仕留めたと思って、去ったのか?

 思えば、今までの攻撃は全て影から受けていた。ワイヤーを斬られた時も、壁は反対側の建物の影になっていたわけだし。

 それに、粉雪が足を斬られた時。あの時、粉雪は路駐していた車の影に入っていた時に斬られたのだ。

 くそ、キンジと白雪め。ちゃんと働けよ、まったく。

 ……まあ、仕方ないのか。敵は元ポケモンで、ポケモンの技を使う。要は一種の超能力者なのだ。しかもキンジたちにとっては、未知の。

「粉雪、立てるか?」

「なんとか……」

 腕を痛めたため、うまく粉雪を背負えなくなった俺は、彼女を下ろし、観察する。……うん、さっきやられたアキレス腱以外には特に怪我した様子はないな。

「芦長様……本当に、本当に申し訳有りません。私が愚劣で、浅はかにも夜遊びなどに耽ったばかりに……」

「しっ。静かにしろ」

 俺は五一式手鎗にエムにもらった特殊な弾を装填すると、粉雪の口に人差し指を当てた。すると、粉雪はすぐに大人しくなる。……若干、頬に紅を差しているような気がする。ああ、男に触れられるのが嫌なのか。

 俺はすぐ指を離してやる。

「かげうち使いが去っても、まだテッカニンが残っているんだ。のんきに謝罪なんてしてる場合じゃないぞ」

 困惑した顔をする粉雪。かげうちとかテッカニンとかの意味がわからないらしい。まあ、それでいいんだけど。

 耳を澄まし、敵の接近を警戒する。俺らは2人とも物音ひとつ立てないので、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。

 敵が現れた瞬間に、この特殊弾を撃つ。この弾はモンスターボールの伸縮技術が応用されていて、ある程度なら自由に弾のサイズを変えられるのだ。つまり、あらゆる拳銃で撃てる。

 今さらながら、この五一式手鎗をもらっておいてよかったぜ。いちいち糸弾を入れ替えないといけないのは面倒だからな。

 鼓動が一層高まる。来るぞ。あと3秒。2……1……0!

 パンッ! シュッ!

 俺が発砲したのと、路地の向こう側から現れた男が何かを投げつけたのがほぼ同時。空中で男が投げた何かが俺の銃弾を掠り、両者の軌道が微妙に逸れる。

 やはり速いのは銃弾。先に俺が放った弾が破裂し、忍び装束姿の男に鳥黐を吹っかける。ネバネバネット、決まったな。

 一方、その忍者が投げてきたもの——星型の手裏剣は、五一式手鎗の銃身に突き刺さる。

「な、なんだこれ!」

 ネチャー、とした白い網に拘束されたテッカニンは、身動きを取れずにいる。まさに蜘蛛の巣にかかった虫。よし、この勝負は俺のか——

「影!」

 その時、テッカニンの影が動いた。それはテッカニンの足元から分裂して、俺らの方へと向かってきて……ヌッ!

 影から別の忍者が現れた。灰色の忍び装束。頭に天使の輪のような変な機械を身につけ、手にはクナイ。

「ヌンッ!」

 そいつがクナイを振るう。狙いは粉雪だ!

「この!」

 俺は自らの身を粉雪の前に出し、防弾制服でクナイを受け止める。同時に、使えなくなった五一式手鎗を投げ捨てるとホルスターから糸弾を装填してある拳銃を抜き——ババッ!

 至近距離から撃ち込んだ。その弾は確かに、忍者に命中したが——

「ふん。痛くもかゆくもないわ」

 平然と立っている忍者。やっぱりか。ゴーストタイプ。かげうちとゴーストダイブを使い、しかも銃弾の通用しない体質。

「ヌケニン」

「そうだ。不思議な守り。効果は言わなくてもわかるだろう?」

「まあな」

 テッカニンと協力し合うゴーストタイプ。なんとなく想像はついていたが……さて、困った。

 今の俺には、その特殊な忍び装束を貫く攻撃手段がないぞ。

 不意打ちも追い打ちも、成功しないと考えた方がいいはず。この世界では簡単に攻撃を躱すことができるのだ。

 ナイトヘッドも、秘伝の薬を飲んでいない今は使えない。

 刀があれば、現在莉央の友達から教わっている最中の"あの技"とかつじぎりとかが使えるんだが……。

「粉雪。短刀は持ってないんだよな?」

「は、はい」

 小声で後ろの粉雪に確認を取る。そっか。さっきはうまく握れなかっただけ、なんてご都合主義はないか。

 まずい。本当にまずいぞ。

 俺らはじりじりと後退するが……この先、行き止まりっぽい。

「さぁて。まずは……」

 ヌケニンが俺らから背を向ける。何をする気かと思えば、クナイでネバネバネットを切り始めた。さらにまずい事態になりそうだ。

「助かったぜ、ヌケ」

 指をポキポキ鳴らしながら、俺の方を愉快そうに見てくるテッカニン。背中の忍刀を抜く。

 あれを泥棒するか? いや、そんなうまくはいかないだろう。そもそも道具というより武器だ。盗める保証はない。

 勝てない。これが詰みということなのだ。俺は、ここで……

「あ……芦長様……」

 粉雪が後ろから俺の制服をぎゅっと掴んだ。今にも泣き出してしまいそうな顔で、俺を見上げている。

 そうだ。俺なんかよりずっと不安に感じてるんだ、粉雪は。それなのに、何をビビっているんだよ、武偵さん。

 俺は特性びびりじゃない。こいつらの攻撃を受けたところで、素早くなんてならないけど……でも。

 正義の心は持っているつもりだ。女の子1人守れなくて、武偵が名乗れるか。悪になんか、屈しねえぞ。……こいつらが今までに悪技を使ったところは見てないけど。

「そんじゃあ早速……いくぜッ!」

 ダッ!

 まっすぐに突っ込んでくるテッカニン。その背後を、影となりながらヌケニンが付いてくる。

 なるほど、鈍足のヌケニンがテッカニンの動きに合わせるため、かげうちを使っているのか。なかなかのコンビネーションだ、あくまでこっちの世界では。

 俺は糸弾で迎え撃とうとする——が、忍者たちの背後に、武偵高の制服を着たカップルが現れた。

 ダメだ、これでは撃てない。テッカニンが弾を避けたら、後ろのあの2人に命中してしまう。武偵高の制服は防弾製だが、万一頭にでも当たったらまずい。

「ほらよ!」

 迫り来る忍刀。俺は防弾制服の袖で受け止めようとして——ヒュンッ!

 刀は空を切り、テッカニンは勢いそのまま俺を通り越してダッシュ。その時に生じた風で粉雪のスカートが捲れ上がる。

「きゃっ⁉︎」

「粉雪⁉︎」

「よそ見する余裕があるのかっ!」

 テッカニンの背後から迫ってきたヌケニン。その影が、俺に重なった瞬間——ザンッ!

 右膝に爪で引き裂かれたような激痛が走る。見れば、俺の膝にかかるヌケニンの影が鋭利なクロー状になっている。

 シャドークローだ。

 俺はその場にたっていられなくなり、片膝をつく。

「テッカ、足は止めたぜ」

「おう。じゃあ後は俺が徹底的にれんぞくぎりで痛めつけてやるよ」

「そうかい、そうかい。そんじゃ、儂はそっちのお嬢ちゃんと戯れようかな」

 ニターッと笑ったヌケニン。

「あ……あ……芦長様……」

 震える粉雪。だめだ。やらせるわけにはいかないんだ。

 俺は巾着袋からキズぐすりを取り出す。これを膝にかけて……

「させるかよッ!」

 亜音速のスピードで俺に接近したテッカニンが忍刀で俺の手を叩き、そのまま俺は殴り飛ばされる。

 硬いアスファルトの上を転がりながら、俺は反撃に糸弾を撃つ。

「そんなもん当たるか!」

 高速で左右に飛び回り、テッカニンは弾を全て避ける。

 その弾は皆、テッカニンの背後にいたヌケニンに当たるが、不思議な守りというその特殊な忍び装束が全て防ぐ。

「ああ? 今何かしたか?」

 ヌケニンが、ニヤッと笑いながら振り返る。そして頭部のリングが光り出すと——ヌケニンの透明になってゆく。

 そして、何かが接近する気配とともに——どんっ!

「かはっ!」

 俺は弾き飛ばされた。ゴーストダイブだ。

 徐々に目の前にヌケニンの姿が現れる。

「この頭の道具、アメリカが開発した光屈折迷彩(メタマテリアル・ギリー)を応用して作ったらしいぜ?」

 透明人間になるってことか? なんちゅうものを作ってるんだよ、アメリカは。

 と、痛みに悶える俺の前にもう1人の忍者、すなわちテッカニンが立ち——

「二回もお前の仲間にやられてよぉ! お前には絶対ぇ負けねぇのによぉ! ムカついてんだよ!」

 忍刀を振り上げる。まずい。動きが早い。今の俺では確実に避けられない——!

 絶体絶命かと思われた、その時。

 さっ! と流れるような動きで、表通り側から誰かが走ってきた。そいつは、道に転がっていたキズぐすりを華麗に俺へとパスを決めながら、俺を飛び越してテッカニンの忍刀を真剣白刃取り——の片手版で受け止めた。

 そんな人間離れした技を使える人間。それは俺の知人には1人しかいない。

「そうかい。それじゃあ2度あることは3度ある。今回も、糸丸の仲間である俺に斃されてもらおうかな?」

 ヒステリアモードになったキンジ。彼が現れた。

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