緋弾のアリアドス 作:くものこ
「キンジ⁉︎」
「糸丸、早くクスリを使いな。それが君の傷を瞬時に癒すことは、君の部屋にて確認済みだ」
確かにキンジは、4月にアリアとともに俺の部屋にて、俺がキズぐすりを使うところを目撃している。
「それと、早い方の忍者。女の子のスカート捲りを楽しむなんて、感心しないな」
そう言うとキンジは、片手で忍刀ごとテッカニンを表通りの方へと投げ飛ばす。それを追いかけていったキンジと入れ替わるようにこちらへと向かってきたのは——白雪。普段髪に留めている白い布はない。本気モードだ。
「糸丸君! 私が援護します!」
イロカネアヤメを構えた星伽さんは、巫女服ではない。防弾制服だ。白雪の全力を出すには、適さない服装だ。
しかしそれでも、イロカネアヤメの刀身には紅蓮の焔が宿る。
それを見たヌケニンは明らかに、"ヤバい"という感情を表に出している。炎タイプは虫タイプに効果抜群。不思議な守りは作用しない。
「はあああああああっ!」
全力ダッシュで、白雪がヌケニンへと突っ込む。一方のヌケニンは、再び頭の輪っかを光らせて、姿をくらます。
キズぐすりを腹、膝にかけて立ち上がる。感じる。感じるぞ、虫の知らせで。ヌケニンはゴーストダイブで俺をぶっ倒し、そのままこの路地から脱出するつもりだ。
俺にはヌケニンに対する有効打は、今はない。
けれど、足止めくらいはやってやる。飛行、炎、岩技は持ってない。ゴースト、悪の技はこの状況ではうまく決められない。それでも、奴は今はポケモンじゃない。人間なんだ。だから、俺の生身の身体であいつの身体を止めることくらいはできるはずだ——!
虫の知らせで感じ取ったヌケニンの接近。俺はそれに合わせて、右足を振り抜く。
ドカッ!
「くっ!」
腹にヌケニンのゴーストダイブが命中する。それでも、踏ん張るんだ! 倒れてはダメだ!
俺はなんとか踏みとどまり、右足の爪先でトーキックをヌケニンの腹に撃ち込んだ。
ブスッ!
何かが、刺さった。ヌケニンの腹に。
「か……かはっ……!」
光屈折迷彩の効果が切れ、ヌケニンの姿が露わになる。ヌケニンは俺に蹴られた腹を押さえ、口から血を吐いていた。あ、あれ? 不思議な守りが作用していない?
「き、貴様……! 何をした……!」
そんなこと言われても。俺にもわからん。
俺は自分の右足を見てみる。この世界のゲームで、ライモンシティにありそうな学校名のサッカーチームに、炎を足に纏う選手がいた。俺もそれをやったとか?
しかし俺の足はなんともない普通の足。唯一普通じゃない点と言えば、改造を施されたシューズを履いていることくらい。……あ。
この靴。爪先部分に針を仕込んでいたな。毒を塗っていないやつ。もしかして、あれって……
「くっつきばり、なのか?」
俺は、体力皆無なせいですでに気絶してしまったヌケニンの腹を見る。あー、やっぱり。針が刺さっている。
そういえば、俺は今朝からずっとこの右足の痛みに悩まされていたな。そうか、あれはくっつきばりを持っていたからなんだ。
「お……お……お姉様! お姉様ぁ!」
白雪に抱きつく粉雪。怖かったんだろうな。俺が情けないせいで。
しかし、これでバレてしまったわけだ。粉雪が夜に外出していたことが。……いや、それで済ませられるか。内密にすると約束したんだ。そうしないと、貸し借りなしにできないじゃん。つまり俺の事故による猥褻行為がなかったことにできないじゃないか。
困る。武偵には武偵3倍法があるのだから。
「白雪、これはだな。俺が勝手に連れ出したんだ、うん」
「糸丸君が?」
本当に? と疑いの目を向ける白雪。俺は顔に出ないように注意しながら、神妙に頷いた。
「ほら、粉雪っていつも神社に閉じ込められているみたいなものなんだろ? キンジが以前言ってたぞ、白雪が昔、籠の中の鳥だったって。だから、その……ちょっと見せてやりたかったんだ、外の世界を」
「……」
黙って俺を見つめる白雪。その背後で、驚いた表情をする粉雪。どうだ、信じてもらえるか……?
「……なんか、キンちゃんみたいです」
「キンジ?」
「いえ。そういうことでしたら、粉雪を責めるのはやめておきます。もちろん、素直に着いて行った粉雪にも問題はあるのでしょうが……」
白雪が粉雪を怒るように見ると、粉雪はシュンとなる。姉に怒られて相当滅入っているようだ。
「でも……無事で良かったです、粉雪」
「お姉様……! 粉雪、感動いたしました!」
再び抱き合う2人。うん、これで良かったんだ、たぶん。
兄弟姉妹は仲良くするのが一番だよな、きっと。
翌日。粉雪は帰る前に、なぜか俺の部屋に寄ってきた。俺はちょうど莉央の知人の家に修行に行く直前で、玄関にいた。
「あの……芦長様」
落ち着きなく、キョロキョロしながら粉雪は俺の名を呼んだ。
「明日香か? あいつなら、武偵高に行ってるけど?」
「いえ。芦長様に用があって来ました」
巫女装束の粉雪が折り目正しく三つ指をついた。
「逗留中、お世話になりました」
「そうか? ももまん奢ったくらいだと思うんだが……」
「昨日のこともです。私を庇ってくださいました。やらしい男衆から、忍びの者共から、星伽から」
「あー、それはまあ、あれだ。武偵として当然のことをしたまでだ。困っている人は見過ごせないし、依頼人との契約を最後まで守るのは当然だろ?」
「その……武偵を悪く言ったこと、あれはすみませんでした。私の認識が甘かったようです」
まあ、身をもって体験してしまったわけだしな。
「まだ武偵自体を好きにはなれませんが……あ、あ、あ、芦長様になら……こ、ここ好感を持てるかもしれません」
「そっか。じゃああれだ。また見学に来いよ。案内してやるから」
「そ……それだけですか?」
「ん? それ以上に何があるの?」
だって、あくまで武偵の中では俺に好感が持てるって話だよな?
やはり男が苦手なのか、どもっているし。
「……」
頬を真っ赤に染めた粉雪が、しばらく絶句する。そして——
「失礼します」
パッ! と、テッカニンにも負けず劣らずの素早さで玄関を出ていった。
「あっ、粉雪!」
俺は出かけるついでに、彼女を見送ることにした。ので、外に出る。
エレベーターはもうすでに下に向かって動き始めていたので、ワイヤーを使って一気に下まで降り立つ。
寮の車寄せに停車している長いリムジン、それの前に行くと白雪がいた。
「あっ、糸丸君」
「白雪。キンジは?」
「キンちゃんなら、事件の報告に学校に行ってます」
「そっか」
あの後、キンジはテッカニンを軽々と担ぎながら戻ってきた。まあ、いくら加速持ちのテッカニンといえども、30倍の反射神経の前には勝てなかったわけだ。素早さが40しかなくても30倍したら1200だもんな。……キンジ、マジで600族を凌駕してないか?
「糸丸君、昨日は……粉雪が1人で出かけたんでしょ?」
……バレてる。
「大丈夫、星伽には言ったりしないから」
「そう。ちなみにどうしてわかったんだ?」
「粉雪が男の人と一緒に外出したがるなんて思えません」
確かに。
「でも……今後は、したいと言うかもしれないね」
「どうして?」
「それは——」
その時、寮から粉雪が出てきてリムジンの前にいる俺を見て固まった。金縛りにあったみたいだ。俺、使ってないけど。
「ど、どど、どうして芦長様がここにいらっしゃるのですか!」
「いたら悪いのか?」
「わ、悪いに決まってます! 退いてくださいっ! でないと若葉の恋の魔術を……い、いえ! 呪ってやります、呪い殺します!」
なんかひどく物騒なことを言った粉雪は、俺を突き飛ばすととっととリムジンに乗り込む。ひでぇ。
「ったく。これだから子供は……」
「ふふっ。粉雪ったら」
なんか白雪笑ってやがるし。何が面白いんだか、まったく。
立ち上がると、リムジンの窓が開いた。そこから顔を覗かせた粉雪は、初めて可憐で愛らしい笑顔を俺に見せて、少し頬を赤らめながら——
『また、お会いしてくださいね』
読唇術で読み取ると、そういうことを言ってきた。
ふ……不意打ちは反則。可愛いじゃないか。
夏休みも最終日。俺は、莉央の知人の家に来ていた。
「驚きました。1週間ちょっとで、ここまで習得できるとは」
「そんなにすごいのか?」
「ええ。ただ、やはりスピードが今少し足りませんが」
俺と会話しているのは、白雪の戦妹の佐々木志乃。白雪みたいな黒髪ロングである。探偵科の生徒だ。
なぜ俺がこの子の家に来ているのかというと、それはある技の習得のためである。
本来、その技をアリアドスは覚えない。あのポリゴンですら技マシンで覚えるのに。
しかし、ここはポケモンの世界じゃない。人間の世界。俺らは人間なのだ。つまり、人間世界の技"燕返し"を覚えてしまおうというわけ。
その巌流"燕返し"の使い手が、この佐々木志乃。有名な剣豪の子孫らしい。
「では、依頼したものを」
佐々木さんが催促してくる。そう、タダで教わっているわけではないのだ。
俺は制服のポケットから茶封筒を取り出すと、それを佐々木さんに差し出す。
奪い取るようにそれを受け取った佐々木さんは——
「はああ……あかりちゃん可愛い……」
その封筒の中に入っていた間宮あかりの盗撮写真を見て、頬を緩めている。えっ、俺は盗撮してないよ? 戦妹にやらせたに決まってるじゃん。
佐々木さん曰く、間宮さんが莉央にだけに見せる表情というものがあるらしい。なんとなくわかる気がする。ほら、2人とも幼児体形だし。
俺は『あかりちゃん成分、摂取』とかなんとか言っている佐々木さんが若干怖くなってきたので、さっさと帰ることにする。
佐々木さんの家(お金持ちなのか、豪邸である)の広い庭を抜けて、門の外に出ると——ドラグノフ狙撃銃を背負った、レキがいた。
「レキ」
「……」
俺が呼んでも、返事はなし。
「何か用か?」
しばらく俺を見ていたレキは、踵を返して歩き始める。
ついて来いってことか?
レキについていくと——ファミレス、ロキシーに入っていった。
あれ? 食事のお誘い?
俺も中に入る。
「2名様でしょうか?」
こくり。
店員の確認にレキが頷く。やっぱり食事か。
店員に案内されるがまま、俺らはテーブル席に着く。座ったレキは、メニュー表を開きもせず、ただ黙って俺を見ている。……本当に食事なのか?
とりあえず何か注文しないと。そう思った俺は、ドリンクバーを2つ頼んだ。
「糸丸さん」
俺がレキの分もドリンクを持って戻ってくると、ついにレキが口を開いた。
「糸丸さんに絶対的な存在はいますか?」
「絶対的? 神ってこと? まあ、いるにはいるよ」
「その命令は絶対ですか?」
「は? 命令? そうだな、まあそうかも」
実際、俺はその命令を受けてこの世界にいて、プレハブを取り締まるようなことをしているわけだし。たまに死にかけながらも。
「それがどんな命令であったとしてもですか?」
「それは……さすがに、死ねと言われて死ぬほど従順ではないけど。でも基本的には命令を聞くと思う。だってそれが絶対的な存在ってことだろ?」
少し考えているのか、じっとコップに浮く氷を見つめるレキ。ちびちびとジュースを飲み続けていたら、ついには空っぽになってしまった。
他にすることもないので、レキに質問をしてみる。
「何か命令されたのか?」
レキは少し間を置いてから……
「はい、求婚を」
……何だって? 九尾狐……ではないよな。たぶん、プロポーズの。
その時、脳を粉雪の"託"がよぎった。俺とキンジは、今月中に求婚される——
「そ、それは……誰に?」
「キンジさんです」
「……」
……なんだ、キンジか。少しでも期待した俺がバカだったぜ。
「って、なんだって⁉︎ レキがキンジにきゅ……な、なんで?」
ガタン。俺は思わず椅子から立ち上がった。それくらいショッキングな話だったのだ。この無感情無表情で有名なロボット・レキが、求婚?
「い、いつから好きだったんだ?」
きょとん、と首を傾げるレキ。あっ、そうか。レキの絶対的存在——たぶん風——に命じられたのか。
「いや、レキ。考え直せ。これは生死にも関わるレベルの話だし、いくら命令と言っても——」
俺の言葉を遮るように、レキが席を立った。ドラグノフ狙撃銃を肩にかけ直すと、ファミレスの外へと歩いていく。
「れ、レキ⁉︎」
急いでレジカウンターにて会計を済ませると、レキを追いかけて外へ。
しかし、そこにはもうレキの姿はなかった。
「どうしちゃったんだろう、レキは」
俺は1人、自分の寮部屋へと帰宅する。求婚するって、どうして? なぜ風はレキにそんな命令を下したのだ?
わからない。想像もつかない。けれど、1つ確かなのは——
「粉雪の"託"、当たったな」
キンジが求婚された。つまり、これは俺も求婚されるのではないか?
誰にだろう。今月中と言っていたから、それ即ち今日中ということだ。この後会う予定があるのは——俺の部屋に住む明日香だけだな。
明日香が俺に求婚? ああ……なんか、いつものようなことかな。今度は代わりに何を要求してくるのやら。
俺は99パーセントの諦めと1パーセントの期待を抱きながら、ドアを開けた——ふわっ。
ドアを開けた瞬間、芳しい花の香りが漂ってきた。さらに心地よい笛の音色も聞こえる。
あれ? なんかいつもと違う。これはもしかして求婚の可能性があるのか?
恐る恐る廊下を歩き、リビングへ。
リビングのテーブルに置かれたおはなのおこう。その隣のラジカセからは、録音したらしい笛の音色を流している。
そして、床に倒れている
「あ、飛鳥⁉︎」
俺は彼に駆け寄ろうとして——ジャキッ。
首筋に当てられた冷たい何か。薙刀だ。
「死んではいません。眠らせただけです」
優しい、ほんわかとした女の声。でも、状況的にこいつが善良な市民だという判断はできまい。
「誰だ、あんたは」
俺が女に背を向けたまま訊くと、薙刀が首から外れた。俺は後ろを振り向く。
萌黄色の髪。くせ毛なのか、前髪がチョコンと跳ね上がっている。
彼女の得物、薙刀。その刃は常盤色に光っている。
そして、彼女の服は——改造が施された武偵高の制服。肩は全開にしてあるし、腕には長方形の広袖を増設している。ブラウスはシャツイン、腰には黒い半幅帯が巻かれている。そしてスカートは地面すれすれまで伸ばして袴のように左右が分かれている。なんかちぐはぐな和服仕様の防弾制服だな。
「転校生、なのか?」
「はい。
へえ。珍しいな。こいつの一族はオスが多いはずだが、メス個体か……なんて、現実逃避している場合ではなさそうだな。
俺は求婚されたらしい。