緋弾のアリアドス   作:くものこ

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絶対零度−273
第1弾


 俺の目の前に現れた萌黄色のセミロング丈の髪の女子、苔石フィア。アンテナみたいに前髪の一部がちょこんと立っている。

 名前と髪色からして、たぶんリーフィア。防弾制服を和服みたいな感じに改造しているフィアは、女の子。

 へえ、女の子なんだ。珍しいな……なんて、言ってる場合ではない。

「俺の婚約者になるだって?」

「はい。言わなくてもおわかりかと思いますが、あなたに断る権利はありません」

 常盤色の薙刀の刃を俺に見せながら、フィアがそう告げてきた。

 俺の背後で今も眠る飛鳥。元ラティオスのこいつを倒した、というか押さえ込んだフィアの実力は、相当なものだろう。

 しかし、飛鳥をどうしたんだ? 机に置かれたおはなのおこう、あれのおかげでフィアの攻撃力は上昇していると思われる。しかし、所詮草タイプ。ドラゴンタイプの飛鳥が早々やられるとは思えない。

 ——と、お香の隣のラジカセが目に入る。そこから流れているのは笛の音色。なるほど、草笛で眠らせたのか。俺が眠らないのは特性ふみんのおかげ。

 なるほど、飛鳥が目覚めたとしても、あのスピーカーの音を聴いて即寝るわけか。人間社会の道具を活用した、うまい罠だ。

「どうして俺と婚約したいんだ?」

「もちろんプレートが欲しいからです。あなたと結婚して、私はあなたの全てを手に入れる。そう指示されています」

「指示? 誰かの命令で行動しているのか?」

「はい」

「誰からだ?」

「私の所属する秘密結社からです」

「その結社の名前は?」

「それはお教えできません。私以外の人物のプライバシーにも関わりますので」

「じゃあ何でもいい。その結社に関わる情報を何でもいいから教えろ」

「はい。そうですね……人数からお話ししましょう。私を含め、9人です」

 9人……ちょっと待てよ。リーフィアの所属する9人の団体?

「……その結社って、ブイズか?」

「まあ! 随分と頭の切れるお方なんですね! 私がそのような方の妻になれるなんて、嬉しい限りです!」

 キャー、と言いながら嬉しそうにブンブン小袖を振りまくるフィア。いや、この程度の推理。誰にだってできそうなもんだぞ。というか、肯定しちゃっていいのか? それ、明らかに他の8人の素性をバラしているんだぞ?

「もう1つ聞いていいか? お前はさっきから俺の質問に答えまくっているが、情報を隠したりしなくていいのか?」

 武偵同士の戦いはまず、情報戦から始まる。そういうものだ。それをこいつみたいにペラペラと自分の情報を明かしまくっていたら、簡単に負けちまうぞ?

「構いません。だって私はあなたの妻になるんです。夫婦とは包み隠さぬもの。ましてや私は女性、殿方の指示に逆らうのは愚行というものです」

 古い男女観だな。まあ、服装からして、こいつはそういうのに憧れを抱いているのかもしれない。

「他にも知りたいことがありましたら、是非とも仰せください。私の話せる範囲なら何でもお教えいたします。例えばそうですね……私のスリーサイズなんて如何です? 上から76、58、80です」

「そんな情報いらないから」

「そうでしたか。それはでしゃばりでした、申し訳ありません」

 かくっ。フィアは腰を90度曲げて頭を下げた。そのせいで萌黄色の髪が垂れて、フィアのうなじが露わになったんだが——うわぁ、綺麗だな。日本人として健康的な肌色。

 髪も見た感じサラサラ。さすがはブイズ、毛並みは整ってるわけか。

「ではどんな情報がいいのでしょうか? 私の交際歴ですか? 誰とも付き合ったことはありません。処女です」

「お前な。そんな情報いらないんだって。情報が欲しい時は俺から言う。お前からは話すな」

「そ、そうでしたか……。むうぅ、クロったら、間違ったことを私に吹き込んだのですね! 殿方はそういう情報をすぐにほしがるなんて、嘘じゃありませんか」

 はいはい、黒ずくめさん(ブラッキー)ね。あのポケモン、腹も黒かったのか。

 もう、とほっぺたを膨らませていたフィアは、俺が見ていることに気付くとすぐに笑顔になる。

「ごめんなさい、お見苦しいところを。では、あなた。次は私から質問しますね」

「えっ?」

「夫婦とは包み隠さぬもの。もちろん、あなたも教えてくださいますよね」

 なるほど、最初からそのつもりだったわけだ。一種のハニートラップだな、これは。

『何から質問しましょう?』なんて頬に手を当てて、何を妄想しているのか時々赤くなりながら笑っているフィアを見ながら、俺は覚悟を決める。いいか、糸丸よ。何を聞かれてもポーカーフェイスだ。俺に都合の悪いことは隠し通せ!

「じゃあ、そうですね。まずはお名前から!」

「……はい?」

 俺は早速、ぽかんと阿呆な顔をしてしまった。ポーカーフェイスって難しいな。まあ、ここでする必要はないんだが。

 しかし名前? 知らなかったの?

「えっと、芦長糸丸だ」

「糸丸君ですね! わかりました。でも、私は"あなた"と呼ばせていただくので、あまり関係ありませんね!」

 てへっ☆、とおでこに手を当てるフィア。何がしたいんだ、こいつ。

「では次の質問をしますね。えっと……経験はありますか?」

「け、経験?」

 なんの経験だ? 経験……戦闘の結果得られる経験値のことか?

「フィアは? あるのか?」

「私ですか? さっきも言った通り、ゼロですよ?」

 ゼロ? フィアが? でも、さっき飛鳥を……ああ、倒していなければ経験値は入らないか。もしかして彼女の得意技はみねうち? あれ、でもリーフィアってみねうち覚えたかなぁ……。

 まああれだ。とりあえず、俺は強いんだぞということを誇示しておこう。威嚇だ威嚇。

「経験値ならたっぷりあるぞ。今までたくさんの奴らとやってきたからな」

「ま、まあ! それは……そ、その、逞しいのですね! 私、心強いと申しますか、なんといいますか。お手柔らかに? 優しく? で、でも、あなたが激しいのがお好みでしたら、どうぞお構いなく」

 ? ? ? ダメだ、頭にハテナしか浮かばない。どういうことなんだろう。あっ、もしかして。こらえるからのがむしゃらとでんこうせっかのコンボで強敵を倒し、一気に経験値を稼ごうということなのか? しかしがむしゃらって覚えるんだっけっか……? いや、俺の燕返しみたいに人間になったから習得できたみたいなこともあるかもしれん。

 だか残念だったな、フィア。俺には毒状態にする手段がある。お前の策通りには進行しないぞ。

「まっ、いつでもかかってこいよ。相手してやるぜ?」

 所詮経験値ゼロのレベル1。俺の相手ではないな。

「ほ、本当ですか⁉︎ ぜ、絶倫……もしかして、こういうことを言うのでしょうか? あ、あの……後ほど早速やりましょうか?」

「別に構わないけど……」

 絶倫ってあれだよな、同族の中で抜きん出ていることだよな? もしかして、俺って6Vだったのか? もしそうならテンション上がるぜ。

「では、やる前にもう1つお伺いしても?」

「いいけど……何?」

 フィアが俺の腰を指差した。巾着袋だ。

「その中身を見せてもらっても?」

 ははーん。俺を倒す前に、持ち物を奪い取ろうという魂胆だな? ふっ、どうせ俺が勝つんだかな。

 でも、ダメだ。油断禁物。見せるわけにはいかないな。

「わあ! すごいいっぱい! こんなに入るなんて、まるでトレーナーのバッグみたいです!」

「まあな。エム曰く、それをモデルに作ったらしい——って、なんで勝手に取ってるの⁉︎」

 いつの間にか俺の腰に巾着袋はなく、フィアがそれをひっくり返して中身を全部ぶちまけていた。けむりだま、赤い糸、キズぐすり、防塵ゴーグル、などなど。

「夫婦とは包み隠さぬもの。もちろん、私に全て見せてくれますよね?」

 無邪気な顔で俺に笑いかけるフィア。あどけない、可愛らしい顔で。

 はあ。もういいよ。見られてしまったものは仕方ないんだし。

 俺が諦めた、その時——

「んー、これは要りませんね。ゴミは廃棄ですっ!」

 バキンッ!

 フィアが薙刀の柄で何かを叩き割った。それは——モンスターボールだ。

「なっ! おい、フィア! 何してんだよ!」

「これも危険ですね。アブない香りがします」

 続けてフィアが小瓶を叩き割る。秘伝の薬だ。こいつ、わかってやっているな!

「何してんだよ!」

 これ以上は看過できない。俺の生命線とも言える秘伝の薬をダメにするとは、許せん。俺は背中の奪眼と拍断を抜刀。フィアに斬りかかる。

 俺の拍断による叩きつけを後転して回避したフィア。そのまま起き上がると同時に、薙刀を振るう。

 2メートルくらいの長さがある薙刀、その常盤色の刀身が俺へとめがけて突き出される。

「ちっ!」

 ギンッ!

 奪眼と拍断を交差させて、それを受け止める。

 そこからは薙刀のラッシュ。俺は受けるだけで精一杯。ダメだ、不利だ。薙刀と刀では、リーチが違う。

 俺は一度後方にジャンプし、距離をとる。すると、フィアが右腕の袖口から迷彩色にカラーリングされたマイクロUZIを取り出した。これは——タネマシンガン!

 弾を掃射される前にテーブルの下へと潜り込み、テーブルの脚を蹴り倒して防壁とする。

 バラララララッ!

 防弾製のテーブルが弾丸を全て受け止める。これはテーブルを購入してくれた奥田に感謝しないとな。

 音が止んだ瞬間、俺は手持ちの武器を刀から拳銃に切り替えてテーブルから身を乗り出す。

「これで——フィア?」

 けれど、引き金は引けなかった。フィアがわたわたと割れてしまったお香の破片を掻き集めていたのだ。

「わ……私の……私のおはなのおこうが……」

 戦闘中だというのに、この有様。今なら簡単にフィアを撃てるだろう。でも——

「撃てないだろ、こんなの」

 目の前のフィアは俺のことを気にもとめず、壊れてしまったお気に入りらしいお香を嘆いている。さっきまで機関拳銃を撃っていた子とはまるで別人だ。

 いや、そもそもフィアは争いを好まないのでは? リーフィアにもそういう性質があったはず。さっき攻撃してきたのは、俺が先に仕掛けたからで……。

 いや、でもやっぱりフィアが悪いんじゃないか? フィアが俺のモンスターボールや秘伝の薬を壊したから、俺はフィアに仕掛けたのだ。

 でも、なんだろう。うう……、と嗚咽をもらしているフィアの背中を見ていると、罪悪感のようなものを感じる。俺は悪いわけではないはずなのに、謎の感情に苛まれる。

 それにあれだ。俺はこいつに勝てそうにない。経験値ゼロなんて嘘じゃないか。めっちゃ強いぞ。だってマイクロUZIなんて命中精度が悪い代物を使ったのに、テーブルの弾痕がほとんど集中している。かなりの訓練を受けているとみた。

 ここはおとなしく謝っておいた方が俺の身のためだろう。

「フィア。その、悪かった」

「いえ! いえいえ! 悪かったのはフィアです! フィアが自分で割ってしまったんです……」

 ごしごしと目をこすった後、フィアは不意に顔を上げた。

「それに、あなたのことを何も考えずに行動してしまいました。フィアは悪い子です。お嫁失格です」

 目に涙を浮かべて、床に女の子座りしているフィアが俺を見上げた。うっ、上目遣い……!

「い、いや! そんなことはないと思うぞ? フィアは可愛いし、気が利く……んだろうし、きっといい嫁になれる! そんないいお嫁さんがもしいたら、貰いたいくらいだよ」

 なんの根拠もないけど、ここはそう励ましておくべきだろう。そう思って言ったんだが……

 ぱあっと笑顔になったフィア。その笑顔は、どこまでも無邪気で——

「では、私をお嫁さんにしてくれるんですね!」

「えっ? あっ、いや。それとこれとは多分、別で」

「私、精一杯頑張ります! あなたが満足できるような、魅力ある女になります!」

 なんか変な宣言をして、立ち上がるフィア。拳を天高く突き上げる。

「えい、えい、おー!」

「待てよ、フィア! だからそれとこれとは——」

 その瞬間。フィアが俺の方を振り向き、即座に顔を近づけてきた。電光石火のごとく——

「——ッ⁉︎」

 それは優しかった。白井のような、熱い情熱的なものではなく。人を癒すような、そんな——キス。

 数秒にわたって口づけをした後、フィアはゆっくりと俺から離れた。

「ど……どうでしたか? なにぶん、経験値ゼロなものですから、うまくできたかどうか」

 ぜ、ゼロって……そう言う意味だったのかよ。

 感想は……その、悪くはなかった。いや、むしろ良か——ッ!

 殺気を感じ取った俺は振り向く。そこに鬼のごとくオーラを出しながら立っていたのは、明日香。顔を伏せている明日香からは、得体の知れない恐怖を感じる。

 あれ? 草笛は? そう思って周囲に目をやると——スピーカーは蜂の巣になっていた。タネマシンガンの餌食となったっぽい。

「あ、明日香。め、めめ、目が覚めたんだな」

「はい。その女と随分楽しまれていたようですね」

「こ、これは……」

「いいんです。どうせ私は捨てられる運命だっただけです。追い出したりしないとか言っておきながら、別の女とそうやって……」

「明日香。聞いてくれ。別にお前を追い出すつもりなんてない。これは——」

 説明をしようとした俺の前に、フィアが立った。薙刀を構えながら。

「去りなさい。この方は私の夫です。もし、この家から出て行かないというのなら——この深緑刃(リーフブレード)の錆にしてあげますよ」

 明日香が悔しそうに唇を噛み締める。彼女は逆らえない。攻撃できないから。そう思っているから。

「糸丸……さよなら」

「明日香!」

 明日香は玄関の方へと走っていく。俺が呼び止めても、止まらずに。

 明日香が去る時、宙に何かが煌めいた。涙だ。

 俺は約束したのに。追い出したりしないって。

 明日香は自分の前から誰かが消えるのが嫌だって、言ってたのに。これじゃあ同じようなもんじゃないか。

「あなた。今日はあまり気分が乗らないみたいですね。また別の日にしましょう」

 フィアが眩しいくらいに屈託のない笑顔を見せる。まったく邪な気持ちを感じられない、その笑顔。

 それがとてつもなく怖い。

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