緋弾のアリアドス 作:くものこ
9月1日。日本では2学期が始まるその日の始業式では、世界初の武偵高・ローマ武偵高の制服を模した"
講堂に集まった武偵高の生徒たちと、香港武偵高からの留学生たち。治安が比較的良い日本では緊張感が高まらないということで、緊張感のある環境で育った海外の武偵高の留学生を積極的に受け入れる、という方針らしい。
校長の緑松先生が前方の舞台で語っている中、俺は横に目をやる。
俺の右隣。あの改造制服ではなく、防弾制服・黒を着たフィアがいる。こいつ、俺と同じクラスに配属されたのだ。沙那、エム、ジャロ、奥田、明日香とは違うクラスなのに。
運命ですね、なんてフィアは言っていたが。
そのフィア。例の2メートル近くある薙刀を背負ってらっしゃるのだ。いやでも目立つ。おかげで、結構空席が目立つ講堂において(この始業式は出欠を取られない。なので、サボろうと思えばサボれる)、俺に見知らぬ転校生がべったり張り付いているのが丸見え。すでにさっき、莉央から事情を説明しろという内容のメールが届いた。無視したけど。
反対側に目をやると、今度は狼と一緒にいる男子生徒が目に入る。眠そうにあくびをかみ殺している、目つきの悪い男子生徒。キンジだ。
レキに求婚されたらしいキンジ。今はレキの姿は見えないが、代わりにレキのペット、狼のハイマキがぴったりくっついている。あいつも俺と似たような状況なのかな。
トントン。
誰かに肩を叩かれた。振り返ると——
「ジャロ」
「やあ、糸丸君。そちらは新しい彼女さん?」
「いや、こいつは彼女では」
「はい。糸丸の婚約者の苔石フィアです」
黄色いフレームの眼鏡をかけた男子、蔦時仁郎。俺が呼ぶあだ名はジャロ。車輌科のAランク武偵だ。
「糸丸君、君はもうチームの申請はしたのかい?」
ジャロはフィアの婚約者発言にツッコミを入れもせず、俺に質問をしてきた。その表情から読み取れるジャロの気持ちは、"ああ、またか"。いや、何がまたなんだよ。
少しイラッとした俺は、若干上から目線でジャロに話す。
「まだだ。ジャロは? もしまだなら入れてやるけど」
「僕は引く手数多だからね。すぐに決まったよ」
キザに髪をかきあげながらジャロが言う。そうか、決まったのか。
「剛気君に誘われてね。車輌科と装備科でチームを組むみたいだよ。ああ、エムさんもそのメンバーの1人だ」
へえ、そうなのか。まあその方がありがたいっちゃありがたい。俺は強襲系チームを組むつもりだったからな。エムやジャロのような後方支援組が他のところで組めたのは、チームバランス的には悪くないだろう。
始業式の後、講堂前の道路でマーチングバンドがあった。そこではレキなどのC組女子が狙撃銃や小銃をくるくる回していた。だからキンジと一緒にいなかったのか。
武偵高ではああやって警察署や自衛隊のように音楽やダンスの催しを公開し、世間様のイメージアップを図っている。5月のチアもそうだ。
しかし見ていても何も面白くないな。なんか歩道にはカメックスのキャノンのような馬鹿でかい望遠レンズ付きのカメラを持って撮影している奴もいるが。
俺はこの世界のゲーム・ドラクエのようにフィアを従わせながら、帰路に着く。今日は始業式で午前中だけ。この後は休みなのだ。
そんなわけで、表通りを堂々と歩いていると、目の前から香港武偵高の制服を着た女子が歩いてくる。遠目で顔はよく分からないが、白い肌に青いボブカット。……嫌な予感しかしないな。
「あら? もしかしなくてもイトマル?」
俺に気づいた——いや、おそらく俺がいるからこの道を歩いていた女が、俺に話しかける。というか、こいつ。学生の年齢だったのかよ。
「虻初ルル」
「久しぶりね——その後ろの湿気た顔している女の子は誰かしら?」
「苔石フィア。アブソル、知っているはずです。なぜならあなたは、クロからプレートを奪った!」
「えっ? そうなのか?」
「あー、そういえばそんなこともあったかしら? でも、ごめんなさい。同じようなこといくつもやってるから、全然思い出せないわ」
虻初がペロッと舌を出す。しかし、いいことを聞いたな。こいつ、あらゆるプレハブからプレートを奪っているらしい。つまり、こいつを捕まえれば大量のプレートを取り戻せるわけだ。
「なあ、虻初。どうしてそんな格好してここに来たんだ?」
「レントラーの巣に入らずんば、コリンクを得ず。そういうでしょ?」
つまり、俺のプレートを得るためにわざわざ武偵高に潜入したわけか。そこまでしてアルセウスから直接与えられた俺のプレートが欲しいのか。たいした根性だ。
まあ、あげる気はさらさらないが。
俺は背中の奪眼と拍断を抜く。
「虻初。今からお前を捕獲してやる」
モンスターボールはないが、赤い糸ならある。それでグルグル巻きにしてやるぜ。
「えー? 今日は"水投げ"でしょ、イトマル。刀なんて無粋なもの、使っちゃイヤよ」
「……分かったよ、徒手格闘で相手してやる」
俺は刀を鞘に収める。
水投げ。これは、校長の母校で行われていた伝統行事。その日だけ、誰が誰に水をぶっかけても良いという日である。しかし、それが武偵高では誰が誰に徒手格闘で喧嘩をふっかけても良いというふうになっている。こんな日、いらねえよ。
徒手格闘か。虻初の実力はわからないな。まあ利用できるものは全て利用させてもらう。
「フィア、お前も援護しろ。お前らの結社にとっても、あいつは敵なんだろ?」
「承知しました」
フィアが俺の隣に立つ。2対1。こっちの方が優勢だ。
俺は虻初に飛びかかる。先手必勝、それが武偵の心構えの1つ!
「あぁん、正直な人」
だっ! 虻初も同じようにダッシュしてくる。しかも、俺より素早さが早い。でんこうせっかだな!
「フィア!」
俺はその場にしゃがむ。俺の背中を馬跳びするように、フィアが前へと飛び出す。それもかなりのスピードで。こっちもでんこうせっかだ。
虻初がフィアの顔に向けてパンチを繰り出す。それをフィアが受け止めようとするが——
「ひゃあ!」
虻初に足を蹴られ、体勢を崩された。フェイントだ! 顔を狙うように見せかけて、足を狙ったんだ!
「脳筋? もう少し頭脳プレーを心がけなさいな」
倒れたフィアに追い討ちをかけようともせず、虻初はまっすぐ俺へと飛びかかってくる。
虻初はフェイントを使える。どこから攻めてくるのか、わからないぞ。
なら、こっちからやるしかないだろ!
俺はしゃがんだ姿勢から飛び跳ねると、虻初の頭を手で押して飛び越える。
「痛っ! 女の子の頭を押すなんて最低!」
「知るかっ!」
虻初は俺を追うように、着地地点を予想して走ってくる。
着地すると同時に、俺は接近してきた虻初に蹴りを放つ。それを見切りで避けた虻初は、俺の腕を掴んでくる。
「離せっ!」
「イヤよ。一緒に踊りましょ?」
俺も虻初の服を掴み返し、俺らは柔道をやっているような状態になる。このまま虻初の意識をこっちに向けさせろ。そうすれば——!
虻初の背後から迫ったフィアが虻初の両腕を後ろから押さえ込む。
「あら」
虻初は一瞬、驚いた顔をして見せた後、足を高く上げて俺の腹を蹴り飛ばす。そして体をねじってフィアを持ち上げ、ドロップする。
「あうっ!」
フィアが地面に叩きつけられた衝撃で虻初を離してしまう。
俺の方に向き直った虻初は、その右手を袈裟斬りでもするかのように振った。
虫の知らせの直感で回避。すると、俺の背後にあった電柱に傷が入った。サイコカッターか。
「ほら、次!」
虻初が次々と腕を振る。放たれる見えない斬撃を、俺は直感だけを頼りに躱す。こんなの、徒手格闘でもなんでもねえぞ!
俺はホルスターから拳銃を抜く。そっちが飛び道具を使うのなら、こっちだって使わせてもらうからな。
ババッ!
糸弾を放つ。虻初は、糸の軌道も読んで回避する。
「反則よ、イトマル!」
「うるさい! だったらお前もそのサイコカッターをやめろ!」
「じゃあやめてあげる」
虻初が突撃してくる。俺は拳銃を上に放り投げて、それを迎え撃つ。
「なんてね!」
虻初が腕をふるった。サイコカッターが俺の足を掠めていく。
なんて卑怯なやつだよ!
バランスを崩した俺の懐に潜り込むと、虻初は俺の首をがっちりと締め付けてきた。
「……くっ……!」
「ギブアップする? いいのよ、我慢できなかったら。その代わり、プレートはもらっちゃうけど」
「だ、れが!」
ガンッ!
俺は上から落ちてきた拳銃を掴むと、その銃床で虻初の頭を殴りつけた。
虻初の拘束から抜け出し、俺は数歩下がる。
危ないな。もう少しで首の骨が折れるかと思った。虻初のやつ、プレートを着実に集めているらしい。明らかに攻撃力が上昇している。
でも、生命の危機にたったことで俺もむしのしらせが発動。戦闘能力が上昇している。これなら互角に渡り合えるかもしれない。
それに俺だってテッカニンとヌケニンを捕獲したことでたまむしプレートの質量が増えたんだ。前のようになす術なくやられたりはしない。
痛そうに頭を押さえながら虻初が立ち上がる。流血しているな。効いているぞ。
「まったく……反抗期かしら? それなら、少し手荒くやるしかないのよね」
虻初がスカートの中から刃物の束を取り出した。虻初がそのうちの1つを掴んで一振りすると、刃物は次々に組み立てられ、漆黒の大鎌となる。
「いくわよッ!」
虻初が鎌を振り上げて突進してくる。俺は空いている左手で拍断を抜刀し、それと斬り結ぶ。
「強くなったのね。でも、やっぱり弱い」
「何を!」
俺は虻初に蹴りを入れる。後ろに跳躍して威力を減衰した虻初は、何も持っていない左手を振った。
見えない斬撃、サイコカッター。俺は直感を信じて横に回転して回避。起き上がると同時に拳銃を構えるが、目の前に虻初が迫っている!
「ほら、遅い!」
ガキッ!
高速で振るわれた鎌が、確実に俺を弾き飛ばす。拍断でガードしたのに弾き飛ばされてしまうような威力だ。
「やっぱりイトマルでは私には勝てない。当然よね。イトマルがアブソルに勝つなんて聞いたことないし」
「だったらここで俺がお前の歴史を塗り替えてやるよ!」
拳銃をホルスターにしまい、右手に奪眼を持つ。そして同時に、背中からナイフを二本取り出して宙に並べる。
「へえ、4本の刃物? サイコキネシスで浮かしているのね。でも、大丈夫かしら? 最近、璃璃粒子が濃いわよ」
「何が濃いだと?」
「璃璃粒子。知らない?」
璃璃粒子? 聞いたことないな。こいつのハッタリだろう。だましうちでもするつもりだな。
「悪いけど、そんなハッタリは通用しないぞ!」
俺はナイフを左右から回りこませ、自らは中央から突っ込む。
ガキイイイッ!
二本の刀で鎌を挟みつける。これで虻初は自由に動けまい。そこにナイフを飛ばせば、虻初は鎌を捨てて回避するしかないはず。
俺はサイコキネシスでナイフを虻初へと突っ込ませる。
しかし、ナイフは途中で落下してしまった。
「なんで⁉︎」
「だから言ってるでしょ! 璃璃粒子が濃いのよ!」
虻初が鎌を一回転させる。集中力の切れていた俺は、それに合わせて体の重心を動かされ、バランスを崩す。
「隙だらけね」
俺を蹴り飛ばすと、虻初は鎌を振り回しながら接近してくる。
俺は横に回避しようとして——くらり。目眩がした。
やばい。秘伝の薬を飲まないでサイコキネシスなんか使ったから!
振り下ろされる鎌を見ながら、俺は考える。真剣白刃取り? 無理だ。サイコキネシスが不調なのだから、それはできない。
白井がやっていた、"肉を切らせて骨を断つ"作戦は? 防弾制服でうまく受け止めれば、それもできるかもしれないが……虻初のスピードに対応できるのか?
そうこう考えているうちに、虻初は目の前まで迫っていて——
「死になさいな!」
ズシャッ!
鎌が振り下ろされたその時。俺と虻初の間に誰かが入った。その誰かの左腕に、鎌が刺さる。そこからあたり一帯に鮮血が飛び散る。
「フィア⁉︎」
「やあ!」
フィアはマイクロUZIを握った右手を虻初に向ける。
バラララララッ!
容赦なく引かれたトリガー。しかし、大ジャンプをして電柱の上に移動した虻初には1発も当たらない。
すると、フィアが俺の方に振り向いた。
「あなた。怪我はしてないみたいですね。よかった」
「バカ言うな! お前は重傷じゃないか!」
「これくらい、なんともありません」
「なんともないわけないだろ! 鎌が腕に食い込んでたんだぞ? それに、その鮮血は動脈が切れたってことじゃないか!」
そんな傷にお構いなく、フィアは背中の薙刀、
いや、それだけじゃない。日光を受けて光っているのは、刃だけではなく——フィアの腕の傷口もだ。
これは……光合成だ。フィアは日光さえあれば、傷の1つや2つ、問題ではないんだ。
「虻初ルル、と言いましたね? 私の亭主に手を出すものは——1人残らず、この深緑刃の錆にしますッ!」