緋弾のアリアドス 作:くものこ
「ふうん。イトマルの亭主? ふふっ。あなたたち、結婚してたの?」
「はい」
フィアが頷いた。
いや、フィアが勝手に婚約しただけなのだが。まあツッコんでいたらキリがないけど。
「じゃあその仲、裂いてあげる!」
電柱の上から飛び降りてきた虻初が鎌を振る。それをフィアは深緑刃で受け止める。
ガキイイイッ!
2人は一歩も引かない。鎌と薙刀で力くらべをしている。
と、虻初が顔をフィアの首に近づけて——ガブッ!
「あっ……!」
フィアが声をもらした。噛み付いたのだ、虻初が。
フィアの血を滴らせながら、虻初が顔を上げる。
「プレートは持っているのね。みどりのプレートかしら?」
「それ以外に何があるというんです」
噛まれた首筋を押さえながら、フィアが俺の隣まで後退する。
「フィア、大丈夫か?」
「はい。少しひるんでしまいましたが、大丈夫です。この程度の傷、なんともありません」
フィアが手をどかすと——虻初による噛み傷が徐々に癒えている。すごいな、光合成。
しかし傷の治り具合はゆっくりだ。まだ腕の傷が完治していないからだろう。
「へえ。面白い体ね。どれくらいまで耐えれるのか、実験でもしてみる?」
虻初が手を縦に振った。サイコカッターだ。
俺とフィアはそれぞれ横に跳んで回避。体を起こすと、虻初の周りで風が渦を巻いていた。かまいたちを放つつもりだ!
虻初は今、フィアの方を向いている。彼女を狙うつもりなのだ。
「させるか!」
俺は重い方の刀——拍断を投げ捨てると、軽い方の刀——奪眼を左腰に構える。
鞘なしの抜刀術。鞘との摩擦による速度の減少を受けないこの技は、高速の居合斬りとなる——!
「燕返しッ!」
虻初の横へ一気に距離を詰めながら、刀をいあいぎりのような感覚で振り抜く。
「もう! 邪魔しないでくれるかしら!」
虻初が鎌で受け止める。集中力が切れたのか、渦巻いていた風は消えた。
「フィア、はさみうち!」
俺の合図を受けて、フィアが反対側から走ってくる。大きく跳躍するとともに、下段に構えた薙刀を振り上げる。
「はい、読めた!」
すれすれの動きで虻初が攻撃を躱す。いや、最低限しか動いてないのだ。俺らの攻撃は見切られている!
「それにかまいたちはこれからよ」
虻初が鎌を片手に一回転した。俺とフィアが攻撃を受けないようにそれぞれ後ろに下がると、虻初を中心に旋風が吹き始める。
無造作に次々と撃ち出されるかまいたち。その数は10、20、いや30以上だ!
避けられない!
直撃コースのかまいたちは刀で受け止めるが、残りは俺の手、顔などの露出している箇所を掠めていく。
フィアも同じように攻撃を防いでいるが、かまいたちに続いて虻初本人が突っ込んでいる! しかも薙刀で顔が隠れているのか、フィアはそれに気付いている様子がない——!
「フィア、避けろ!」
俺の声にはっとしたフィアめがけて、虻初が死神のような漆黒の鎌を薙ぐ。
「きゃっ!」
なんとか深緑刃で防御したものの、フィアは力負けして弾き飛ばされる。このまま追撃させるわけにはいかない!
腰のワイヤーを虻初の足めがけて射出する。真後ろからの攻撃、普通はわからないはずだが……
「残念、見切ってるの!」
華麗にバック宙をしながら虻初がワイヤーを躱す。さらに空中で、虻初が腕を二振り。
ザザッ!
防弾制服にサイコカッターが命中する。衝撃で俺は後ろへと吹っ飛び、顔面から落ちた。
立ち上がると、口の中に痛みが。血が出てる。舌を動かして痛むところを確認すると——歯が抜けてる。こんな簡単に抜けるもんかよ。
「ダメ押ししてあげるッ!」
ダメおしの使用宣言をした虻初が鎌を振り上げながら接近してくる。
俺はそばに落ちていた拍断を拾うと、刀の刃を返す。
「みねうち? やぁね、イトマルの攻撃くらいで瀕死になったりしないわよ」
「そんな甘い技じゃないぞ」
刀をクロスさせて構える。エム製のこの刀、峰はただの峰ではないのだ。
接近してくる虻初の急所を見極める。膝の関節、あそこを狙って動けなくすればいいだろう。
俺が腰を落としていつでも飛び出せるようにした、その時——ビシッ!
どこからともなく飛んできた弾丸が、俺と虻初の間のコンクリートの歩道に突き刺さった。そして——
プシュウウウウウウ……
黒煙が発生した。煙幕弾だ。
「あなた、こっちです。今のうちに逃げましょう」
その煙幕の中で、俺はフィアに腕を掴まれる。この煙幕に紛れて逃げるらしい。
俺はサイコキネシスでナイフを回収しようと試みるが……ダメだ。手応えはない。ナイフを動かせない。
秘伝の薬を飲んでないのだから、もともと力が安定しないのはわかる。けれど……
璃璃粒子。虻初が言っていたそれが、起因しているのか?
撤退した俺らは近くにあったショッピングモール、その屋上に来ていた。屋上には木が植えられており、青々とした葉が茂っていて日陰を作り出している。
その日陰の下。そこに俺らを呼び出した人物がいた。
「奥田。ありがとな、助かった」
日陰の下、フェンスに寄りかかりながら下を警戒している奥田。彼があの煙幕弾を撃って、俺らを援護してくれたのだ。
奥田のそばに置かれた狙撃銃は、非売品のようだ。今まで見たことのない形をした狙撃銃だぞ。
ダークレッドの塗装がされた狙撃銃。狙撃手としてその色でいいのかと言いたいが、そこは置いておこう。
銃の後部に取り付けられた8つの弾倉。どうやら回転するらしく、8種類の弾丸を撃てるらしい。そんなものつけて、精密な狙撃ができるとか。すごいな。
「その銃、自分で作ったのか?」
「まあ。エムにアドバイスもらったりしてな。弾の種類を教えてやろうか? 通常弾、
「弾倉は8つなのに?」
「残りの1つは特殊な環境下でないと使えないんだ」
奥田はその弾倉をクルクル回転させながら説明してくれる。そして——チャキッ。
その弾倉のうち1つをセットすると、俺に狙撃銃を向けた。
「奥田⁉︎」
「今、火炎弾をセットした。イトマルも、そこの草も炎は苦手だろ? 変に抵抗しないほうがいいぜ。じゃないと、燃えるぞ」
「ちょ、ちょっと待て! なんのつもりだよ! 俺が何をしたっていうんだよ!」
「それはこっちのセリフだぜ、イトマル! お前、俺に約束してたろ? 同じチームになるって!」
「ああ。したな」
確かにした。だって俺は元ポケモンたちでチームを組むつもりだったから。俺、奥田、明日香、沙那。ジャロとエムも誘おうかと思っていたが、2人は別のチームから誘いを受けているらしいからな。だからこの4人で。そう思ったのだが——
「じゃあなんでそこの草と2人でチーム申請してるんだよッ!」
「はあ? 俺はそんなことしてない!」
「じゃあこれを見てみろ!」
奥田がポケットから折りたたんだ紙を取り出すと、こっちに投げてよこす。俺はそれを拾って広げる。
申請済みチームの一覧表のコピーだ。その中で、墨汁によってラインが引かれた部分。
たしかに、俺とフィアの2人でチーム申請されていた。チーム名は未定。な、なんで?
「私が申請しました」
「フィアが?」
「はい! あなたと2人っきりの時間を作りたかったんです!」
フィアはニコニコと笑っている。なんだか嬉しそう。こいつに尻尾があったら激しく揺れていそうな、そんな感じ。
「私たち、夫婦になったもののあまりお互いのことを知りません。なので、これを機にお互いに対する理解を深めようと……」
「ちょ、ちょっと待て⁉︎ 夫婦⁉︎ 夫婦って言ったか⁉︎」
なぜか奥田がそこに食いついてきた。そこ? 食いつくところそこなの?
「いや、違う。これはフィアが勝手に」
「はい、夫婦ですよ? キスだってしたんですよ?」
一方的にな。
「う、うそだろ⁉︎ イトマルがキスしたって⁉︎」
「嘘じゃありません。なんなら今ここでお見せしましょうか?」
あっ、これはやばい。虫の知らせがした俺は、フィアから遠ざかろうとするが……
「あん! 逃げないでください!」
刀身を布で包んだ深緑刃で器用に俺の背中を引っ掛けたフィアによって引き寄せられる。
「だ、ダメだって!」
「私たちの愛の証、奥田さんが見たいんですって」
「そもそも俺らは愛し合ってないだろ!」
「まあ……ひどいです、あなた。私は……私はこんなにも想っているのに……!」
顔を覆い、嗚咽をもらし始めるフィア。えっ、泣いたの? 俺が泣かせたの? 心なしか、前髪のくせ毛が萎んでいるように見えなくもない。
「フィア……?」
「なーんて!」
ちゅっ。
いきなり顔を上げたフィア。俺の頬に、一瞬でキスをした。こ、こいつ! うそなきかよ!
「どうでした? クロに教えてもらった、ふいうちキッスです!」
俺から一歩離れ、上目遣いで見上げてくるフィア。ひ、卑怯な。てか、クロさん。ロクなこと教えてないな、あんた。
「あああああ⁉︎」
と、突然大声を出した男が1人。頭を抱え、口をパクパクさせている。
「ききききキスした⁉︎ イトマルの頬に⁉︎」
「だって私たち、夫婦ですから」
「ふ、ふざけんなッ!」
——タァン!
奥田が狙撃銃を撃った。おそらく衝動的に。なぜかは知らないが、それくらい奥田は動揺しているように見えた。本当に意味がわからないが。
銃口から飛び出た弾丸。それが通った後の空気が、炎の軌跡を描く。まるで銃が火炎を放射しているかのように。
フィアは一瞬で刃を包んでいた布を外す。そして——
ギンッ! ごおおおおおっ!
銃弾を真っ二つに切った。弾に込められていた炎が弾け飛び、一瞬フィアの姿が火に包まれる。
「フィア⁉︎」
追加効果のやけどを負わせる仕様だ。しかも全身に。さすがにこれでは——
「大丈夫ですよ、あなた。私はお天道様に見守ってもらっていますから」
火が消え、フィアの姿が現れる。その肌はやけど1つしていない。
リーフガードか。晴れている状態において、状態異常にならない。
「あなたは危ないです、奥田哲。私がここで、深緑刃の錆にしてやりましょう」
「誰がッ!」
奥田が狙撃銃の弾倉を回転、別の弾をセット。そして発砲。
フィアは弾が撃ち出された後に動いた。
ギンッ!
それにもかかわらず、弾を一刀両断。斬られた弾丸からは赤青黄の三色の光が溢れる。信号弾だ。
「くそっ、なら——」
奥田が次の弾倉をセット。フィアに狙いを定めるようとするが——
「遅いですよ」
フィアはいつの間にか奥田の背後に回っており、奥田の背中を蹴り飛ばした。
「この程度で!」
蹴り飛ばされながらも、奥田は体を捻って狙撃銃を構える。けれど、フィアは一瞬にして奥田に迫り——
ガツンッ!
薙刀の柄で狙撃銃を弾き飛ばした。速い。フィアの動きが速すぎる。
「銃がなくてもッ!」
奥田がポケットから銃弾を取り出した。奥田の自家製武偵弾だ。
武偵弾は、銃で撃たなくても効果を発揮することができる。手榴弾のように投げればいいのだ。
「だから遅いんです」
風に乗るような滑らかな動きで奥田に接近するフィア。風車のように薙刀を回転させ、奥田の腕を斬る。
深緑刃は防弾制服もろとも、奥田の腕に深い斬り込みを入れた。
「うっ⁉︎」
奥田が銃弾を落とした。フィアがすかさずホッケーのように薙刀で銃弾を弾く。
俺の元へ転がってきた弾丸。俺はそれを拾い上げた。これは何弾だ?
いや、それを気にしている場合ではない。フィアが暴走している。今もなお、奥田に襲いかかろうとしているのだ。
「容赦はしませんよ? ようりょくそは太陽の光でエネルギーを生み出すんです。素早さ、攻撃力、防御力、どれにもそのエネルギーは回せるんですよ?」
俺の虫の知らせがこの世界で独自の進化を遂げたように、フィアのようりょくそもこの世界に合わせてパワーアップしているらしい。
強い。フィアは強いぞ。
「い、イトマル! お前の奥さんだろっ!」
違えよ。別に俺らは夫婦じゃない。
でも、フィアを止められるのはきっと俺だけなのだろう。だから仕方ない。俺はフィアに呼びかける。
「フィア、もういい。奥田だって、本気で殺そうとなんかしてないだろ?」
「そうでしょうか。火炎弾を使ってきたのですよ?」
確かにそうだが……。
「炎技を使う相手は危険です。今すぐここで危険は取り除いておかないと……」
深緑刃の刃が奥田の首にかけられる。でも、奥田は優秀なスナイパーだ。殺すには惜しい存在なんだ。
そして何と言っても、俺の大切な仲間の1人。
「フィア、奥田を病院に連れてく。お前も手伝え」
「息の根を止めましょうか? 運びやすくなりますよ?」
「いいから手伝え。あと、その深緑刃は俺が預かっとく」
俺はフィアから深緑刃を強引に奪い取る。まあ、こんなことしてもあまり意味はなさそうだが。フィアにはまだ、タネマシンガンだってあるのだから。
「はあ。あなたは甘さんですね。それではクロの奇襲に勝てませんよ?」