緋弾のアリアドス 作:くものこ
歯が抜けた俺。インプラントという治療をすることになった。歯が抜けた箇所に人工の歯根を入れるらしい。歯周病に注意すれば、30年はもつんだそうだ。ただ、治療するのはとある理由よりすぐではないが。
奥田はしばらく入院することになった。かなり腕の傷が深いらしい。完治するのは修学旅行明けだそうだ。
まあ奥田も奥田だ。いくらフィアが勝手にチーム申請したからといって、発砲までしなくてもいいだろうに。しかも奥田はみずタイプでフィアはくさタイプ。相性も不利だ。相性が全てとは言わないけど。
でもまあアレだ。奥田に危ないところを助けられたのも事実。見舞いに行こう。そう思ったのだが。
俺の目の前の、寮部屋のドア。そこにはどこから生えたのかわからない植物がびっしり。
俺は現在キッチンにいるフィアに聞く。
「フィア。玄関のドアに蔓が巻きついているんだけど?」
「私が草結びさせていただきました」
俺はドアノブを握り、回そうとするが——ダメだ、ビクともしない。
「おい、フィア。開けろ」
「ダメですよ、あなた。虻初ルルがいつ攻めてくるかわかりません。油断大敵です」
廊下にひょこっと顔を出したフィア。割烹着を着て、鎖骨あたりまでの長さの髪を後ろで束ねている。おたまを持っていることから、料理をしていたのだとわかる。
「でもだな、フィア。俺は奥田の見舞いに行くだけなんだけど……」
「ダメです。あの男はいきなり銃を撃ってきたんですよ? 危険です。あなたに会わせるわけにはいきません」
フィアがキッチンに戻った。俺は刀で蔓を切断してやろうかと思ったが、やめた。フィアに何をされるかわからないし。
監禁だな、こりゃ。
俺がリビングに戻ると、フィアが忙しくキッチンとリビングを行き来していた。料理を並べているみたいだ。
「何を作ったんだ?」
「肉じゃがです。新婚生活に食べたい料理ナンバーワンなんだそうです」
弾の跡が残るテーブルに肉じゃがが盛られた皿が置かれている。他には白米と味噌汁。
和食か。明日香の時はイタリアンだったけど。
俺は椅子に座って、あることに気がついた。
「フィア。箸がないぞ?」
「ここにありますよ」
フィアが箸を振ってみせる。ああ、フィアが持ってたのか……一膳しかないけど。
フィアは俺の肉じゃがのジャガイモを箸でつかむと、それを俺の口の高さに持ち上げて——
「はい、あーん」
「……何で? 普通に食べさせてくれ」
「私たちは夫婦になるんですよ? いいじゃないですか、これくらい」
「悪いが俺はまだ18歳になっていない。夫婦にはなれない。なるつもりもない」
「じゃあいらないんですね、ご飯」
パクッ。
フィアがジャガイモを食べた。
「おいしい! ホクホクしてますっ!」
続けてフィアが豚肉を食べる。白米を食べる。味噌汁を飲む。……いいな、俺も食べたい。でも箸がない。
まあ箸がなくても、味噌汁の汁を飲むことはできる。
俺は味噌汁のお椀を取ろうとして手を伸ばす。
「あっ、ダメですよ!」
パシッ。フィアが電光石火の速さで俺の手を叩いた。
「何するんだよ!」
「味噌汁は危険です。私がすぐに食べちゃいましょう」
フィアが俺の味噌汁のお椀を持つと、それを中の具ごと一気に飲んだ。ごく、ごく、ごく。
「ぷはぁ! おいしいです!」
にこっと笑うフィア。……俺の分だよな、それ。てかすごい吸引力だ。あっという間に味噌汁がなくなったぞ。ギガドレインと名付けよう。
次にフィアは自分の分の味噌汁のお椀を持つ。そしてさっきと同じように、ギガドレインで一気に飲み干した。
「おいしー! あなたも食べて?」
「いや、だから箸が」
フィアが再びジャガイモをつかんだ。それを俺の口元へと運ぶ。
「はい、あーん」
これは……俺はフィアに生命線を握られているってわけか? こいつに頼らないと、俺は食事することすらままならない。まるで、というか完全に監禁と同じじゃないか?
「お口開けてくださいな」
「……あーん」
渋々俺は口を開けた。ひどくこっぱずかしいのだが、仕方ない。
フィアは熱々のジャガイモを、俺の口の中——ではなく、俺の鼻に当てた。
「熱っ⁉︎」
あまりの熱さに俺は後ろに椅子ごとひっくり返った。ひっくり返る瞬間に、フィアがジャガイモを自分で食べるところが目に入った。
「はぁ。お行儀が悪いですよ、あなた?」
「いや、お前のせいだろっ! てか、俺はドードリオ倶楽部じゃねぇ!」
「ドードリオ倶楽部?」
あれ? ドードリオじゃなかったっけ? でも
いや、そんなことは今はどうでもいい。このままでは俺はご飯にありつけない。
もういっそのこと、茶碗に顔を突っ込もうか? ポチエナみたいに餌にがっつくか?
「あなた。きちんと私にお願いしてくださいな。『私めにご飯を恵んでください』って」
無邪気な笑顔で怖いことを言ってくるフィア。なんだ? 俺はお前の奴隷か何かか?
「それ、誰かに教わったのか?」
「はい! サンが『男は侍らせてこそ至高!』と言ってました」
おい、
しかし、俺は空腹なのだ。生理的欲求である食欲に勝つことのできる人間なんているだろうか、いやいない。
というわけで、俺はプライドをかなぐり捨ててフィアにお願いする。
「フィア、いやフィア様。どうぞ私めにご飯を恵んでくださいまし」
「嫌です♪」
にっこりと笑って拒否したフィア。えっ、ちょっ。
「何で⁉︎」
「スイが言っていました。時には冷たくしてあげることも大切だと」
スイ? ああ、
「まあ冗談ですよ。はい、あなた。召し上がってくださいな」
フィアが俺に箸を差し出す。なんだよ、結局自分で食べさせてくれるのか。だったら最初っからそうしろよ。
俺は肉じゃがのジャガイモを掴み、口の中に入れた。熱々で、柔らかくて、中までしっかりと味がしみている。
うまい。
「美味しいな、これ。調味料は何を入れたんだ?」
「愛です」
「……何を入れたんだ?」
「愛情をたっぷり注ぎ込みました」
「……あっそ」
とりあえずとっておきの隠し味を入れたと解釈しておこう。
「明日はカレーにしますね」
にこにこしているフィア。そうか、明日もこれくらい美味しい料理が食べられるのか。
婚約者がいるのも、悪くないかもしれない。
というのは、どうやら俺の思い過ごしだったっぽい。
「だからな? モンスターボールを新しく」
「お断りします」
虻初の襲撃から2日後。
「どうして? あれがないとプレハブを捉えられないだろ?」
「ではまず私の質問に答えてください」
エムは明らかに不機嫌そうな顔で、まっすぐに俺の横を指差した。
そこに立っているのは苔石フィア。腕を組んで、俺の体にべったり張り付いて離れない。
ああ、そっか。そういえば、エムはフィアとまだ面識がなかったな。
「紹介するよ。苔石フィアだ。強襲科のAランク。一応俺と同じ2年A組の生徒」
「ご紹介にあずかりました、苔石フィアです。糸丸君の婚約者です」
「婚約者……?」
エムが俺をジト目で見てくる。
「いや、こいつが勝手にそう言っているだけだ。それよりも、どうしてモンスターボールを作ってくれないんだ?」
「作って欲しいのでしたら、その女と別れてください」
「いや、だからフィアとは別に付き合ってn」
「嫉妬? ジメジメした子ね」
「フィア⁉︎」
俺がエムの誤解を解こうとすると突然、フィアがエムに喧嘩を売るようなことを言った。
「少しはお外で太陽の光を浴びた方がいいですよ?」
「馬鹿ですか。炎天下に出る? 晴れているのに外に出たら、焼けます。私は苦手です。多分アリアドスも嫌いなはずです」
確かに嫌いだな、炎タイプ。
「でも、お日様があった方が私は好きですけどね。身体中の細胞が活性化されます!」
「ようりょくそ、リーフガード。確かにあなたの特性からしたらそうかもしれません。しかし、他人に価値観を押し付けないでください。ついでに無理やりアリアドスと結婚するなんて、最低です」
いいぞいいぞー! もっと言ってやれ、エム。俺もこいつと結婚するつもりはないんだ。……てか、なんでこんな話になったんだっけ?
「あー、とにかくだ。エム、モンスターボールの件はいい。実はもう1つ頼みたいことがあってだな」
「嫌です」
エムが俺らを部屋から追い出す。まだ要件も述べてないのに!
「ちょっ、なんで⁉︎ さっきも言ったけど、俺とフィアは付き合ってはないぞ!」
「一緒にいるのですから、同じです」
「同棲してるんですよ? いいでしょー」
「……」
あっ、エムが固まった。なんか【目の前が真っ暗になった】って顔をしている。
「修学旅行Ⅰも私と2人で行動。チームも私と2人っきり。これから一生、糸丸君は私と2人っきりで生活するんです。他の女には一切介入させませんよ?」
「フィア、お前は少し黙ってろ!」
俺はフィアを先に部屋の外に追い出し、急いで扉を閉める。
「あ、あなた⁉︎ どうしてです⁉︎」
扉の外からフィアの声が聞こえるが無視。
「エム。いいか? よく聞けよ。俺とフィアは——」
「帰ってください」
エムがポケットからリモコンを取り出し、ボタンを押した。
ジャララララ!
すると、上からトゲトゲした金属が落ちてきて——
「痛たた⁉︎ なんだこれ⁉︎ まきびし⁉︎」
「帰ってください」
まきびしから頭を守っている隙に、エムは俺を外へと無理やり押し出し——
バタンッ、ガチャ。
鍵をかけられてしまった。
エムに頼もうとしていたこと。それは早急に作ってもらわないとならない。
そこで、俺はジャロに相談した。彼は車輌科と装備科の生徒でチームを組むと言っていた。もしかしたらエム以外の腕利きの装備科生徒を知っているかもしれないからな。
そうしたら、やっぱりいた。Sランク相当の実力を持つんだそうだ。
装備科棟のB201作業室。そこには"ひらがあや"と平仮名で書かれた表札がかかっているその部屋のドアをノックする。
「はーい! 開いてますのだ!」
子供みたいな声が返ってきた。扉を開けて中に入ると——うわぁ、エムよりもひどい散らかり具合だな。
大小様々の工具、古今東西の銃の部品。それらが雑然と天井まで積み重ねられている。
そしてジャングルのような室内を、奥からやっていたのは——いかにも無邪気な小学生という雰囲気を醸し出す女の子。あっ、この子。保健室で覗いてた時に見た子だ。へえ。何かの才能があるのだろうと思っていたが、発明家だったのか。
「君が蔦時くんが言っていた、芦長くんなのだ? ……おおっ⁉︎ こっちもデキてるのだ!」
ひらがさん? は俺の後ろのフィアを指すとそう言った。
「いや、これはそういうわけではないんだが」
「遠山くんと同じことようなことを言ってますのだ!」
遠山くん? キンジ?
「キンジが来たのか?」
「今もいますのだ!」
ひらがさんがジャングルの奥を指した。そっちを覗いてみると——
「糸丸? なぜここに?」
「……」
キンジとレキ、そしてハイマキがいた。ああ、キンジも大変だな。わかるよ、君の状況が。
「お二人さん、ラブラブですねー! 羨ましいです!」
フィアが手を合わせてニコニコしながら言う。いや、俺らも大差ない。だからやめてほしいのだが。
まあいいや。それよりも。
「ちょっとひらがさんに頼みたいことがあって。ひらがさん、生体反応が消えた時に開く、とっても小さいサイズのカプセルって作れない?」
「んー、作れるけど……」
営業スマイルを浮かべたひらがさん。手をこねこねして、よく見る悪徳商人みたいだ。
「お高いですのだ!」
……歯の治療、保険料をなんとか多く騙し取れないかなぁ。