緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第5弾

 エムはそれ以降、一切俺に接触しなくなった。

 メールを送っても、電話をかけても、作業部屋の前で扉を叩いても無視。

 そしてさらに困ったことに、奥田と明日香までも音信不通。奥田は面会謝絶だし、明日香は今女子寮に住んでいる。入れない。

 3人はもともと俺とクラスが違う上に所属学科も違う。ゆえに3人とは校内でもあまり会わないのだ。

 そんな状況でも、まだ話を聞いてくれた人物がわずかながらにいた。

「沙那。よかった、来てくれたのか」

 女子寮前の温室。そこで待っていた俺の元に来たのは切里沙那。

「聞きましたよ、糸丸さん。やらかしているそうですね」

 少しムスッとした表情の沙那。怒ってるっぽい。

「一緒にチームを組むと約束していたのに……裏切りですか、まったく」

「ごめん。でもそれはフィアが勝手に……」

「出ましたね、噂の婚約者」

「だから、あいつは婚約者でもなんでもないんだって。どうして誰も信じてくれないのかなぁ……」

 ちなみに今はフィアはいない。なぜなら今は午後の授業時間。フィアは強襲科の授業中なのだ。俺はわざわざ諜報科の授業をサボってまで、ここに来たのだ。もし沙那が来なかったら何してたんだろう俺って話になるところだった。

 しかし沙那がここに来たということは、沙那も授業をサボっているはず。共犯だ。なんか親近感が……わかないか。

「それで? 話ってなんですか?」

「実は、フィアのやつが秘伝の薬を全部割ったんだ。だから、もう一度作ってくれないか?」

「フィアさんに秘伝の薬を見せたのですか?」

「いや、隙を突かれて巾着袋を取られた」

「情けない人ですね」

 返す言葉もないよ。そのせいでモンスターボールも壊されたんだから。しかもエムは作ってくれないし。

「しかしごめんなさい。最近は超能力が不調で、秘伝の薬は作れそうにないんです」

「沙那も?」

「はい。破壊光線も最近うまく撃てないんですよね……。本当は約束破りの糸丸さんに罰として与えたかったんですけど」

 怖っ。良かった、璃璃粒子が濃くて。おかげで俺は延命されました。

 しかしこればかりは仕方ないことだ。超能力が不調というのは俺も身をもって体験した話だし、嘘ではなさそうだ。

「じゃあ、話はそれだけだ。授業中に呼び出して悪かったな」

「えっ? それだけなのですか?」

 沙那が立ち去ろうとした俺の腕を掴んだ。振り向くと、彼女は真剣な目で俺を見ている。

「それだけ? わざわざこんな、他人に聞かれなさそうな時間に呼び出されたんです。私はもっと、大切な話があると思ったのですが。例えば——兄さんの話」

 沙那の兄、切里玲。行方知れずのその男は2度、俺を襲撃している。玲の言い分は沙那に手を出すなだと。つまり重度のシスコンである。

 その行方を俺が調べることになっているのだが。

「それは……ごめん。アドシアード最終日以来、会ってない」

「そうですか」

「沙那の方には接触はあったのか?」

「いえ。何も」

 そうか。今は一体、何をしているんだろうか? あいつは近い将来戦争が起きると言っていた。あれから3ヶ月以上経ったわけだが……今もなお、特にそんな兆しは見られない。本当に戦争なんて起こるのか?

 いや、でもこれは沙那も予知した未来だ。やはり起こるのだろう、戦争が。

「糸丸さんはまだ何も兄さんに関して手かがりをつかめてないんですね」

「ごめん」

「いいんです。それはつまり、兄さんもあれ以降糸丸さんに手を出していないということでしょう? なら、いいんです……」

 

 

「あー歯が痛いなー」

 俺は歯が抜けたままになっている箇所を舌で触りながら、フィアの作った豚肉の生姜焼きを食べる。美味しい。特製の生姜タレが肉に染み込んでいるし、焼き加減もちょうどいい。

「虫歯ですか?」

「いや、そうじゃないけど」

 平賀さん、仕事まだかなぁ。あれを受け取らないと、歯の治療ができないんだけど。これ以上治療が遅れると、口腔に本当にまずいらしい。この間医者に言われた。

 そんなこと言われても、こればかりは譲れない。あのアイテムを有効活用するためには、平賀さんに依頼しているカプセルが必要なのだ。

 俺が豚肉をつついていたら、フィアが俺の手に自分の手を重ねてきた。

「あなた。そういえば私たち、まだ一緒に寝たことがありませんね」

「寝ないぞ。そもそも俺は不眠だ」

「そういう意味じゃないです。わかってますよね?」

「あのな。お前は俺のことが好きでここにいるわけじゃないだろ? あくまで、プレートを手に入れるため。なんでブイズが俺のプレートを欲しがるのか理解に苦しむが、虻初も言ってた。俺のプレートはアルセウスから直接もらった純度の高いプレートだ、だから価値が高いんだと。

 話が逸れたがとにかくだ。無理に体の関係を持とうとするな」

「でも、クロがそういうことをすればより相手が喜ぶと……」

 またお前か、クロ。いつかお前に会った時に、一喝してやるからな。変なことばかりフィアに吹き込みやがって。

「いいか? お前の兄弟たちはどこか変だぞ。あまりあいつらの言うことを鵜呑みにするな」

 俺はフィアが淹れてくれた緑茶を口に含みながらフィアに忠告する。

 するとフィアはクスッと笑った。

「私たちは姉妹です」

「ぶふっ⁉︎」

 俺は緑茶を吹き出した。な、なんだって?

「全員メスだと? どんな確率だよ、それ!」

 そもそもメスのイーブイが生まれる確率は8分の1である。それが9匹分もだと? 研究所で育てられるポケモンとブイズはオスメス比率が同じだったはず。その研究所ポケモンのジャロやブリガロンはちゃんとオスなのに、こいつらはみんなメス?

「あっ、姉妹と言っても義理です。私たちは、義理の姉妹なんです」

「義理? 血は繋がってないのか?」

「はい。コレクターに集められただけですから」

 コレクター。そうか、だからメスばかり集まったのか。

 ポケモンにはオスとメスのどちらもが存在することが多い。しかし、中にはメスの方が見た目と合わさってしっくりくる、そんなポケモンもいるのだ。

 コレクターの中にはその性別まで気にして集める人もいる。彼女たちはそういった人間に集められた、義理の姉妹ということか。

 あの世界では世界中の知らない人ともポケモン交換できた。詳しい話は野生ポケモンだった俺にはよくわからないが、交換って明らかに人間の都合だよな。通信交換して進化するポケモンもいるが、それは慣れない環境に適応しやすくするためだ。

 ポケモンは強くなることで、新しい環境に順応しやすくしているのだ。

 フィアのようなブイズがいい例だろう。進化というのは環境に適応するためにすることだ。

 しかも、交換されたポケモンは赤の他人の手持ちポケモンになる。全く知らない人間だ。だから、交換されたポケモンは頑張るのだ。経験値を多く稼ぐのだ。新しい主人に認めてもらうために。

 確かにポケモンが強くなる手段ではある。けれど、ポケモンの気持ちってどうなんだろう。俺は手持ちポケモンになったことはないからわからないけど……仲間と別れることになるんだろ? 今まで一緒に行動していたポケモンたちと離れ離れになって、新しいやつらとうまくやりくりしないといけない。

 なんだか、今の俺みたいだな。

 だとしたら……寂しいな、ポケモン交換ってのは。ポケモン側からしてみれば。今まで一緒だったやつと……会えないなんて。

 いや、寂しいのは俺だけではないのかもしれない。フィアだって……こいつだって、ブイズの姉妹たちと別れて俺と一緒に生活しているのだ。彼女も、寂しいのかもしれない。

 フィアが俺に行為を求めるのは、互いの傷を舐め合う、そういう意味合いがあるのかもしれない。仲間から逸れた、孤独な者同士で……。

 修学旅行Ⅰ。フィアは俺と2人きりで行動すると宣言していたな。そこで、もし何かが起きたら——

 ピンポーン。

 その時、インターホンが鳴った。

 出ようとするフィアを止めて、俺が出る。

「やあ、糸丸君」

 ジャロだ。

 ジャロはポケットから超小型のカプセルを取り出した。具体的なサイズを言うと、人の歯よりも小さいサイズ。

「平賀さんに頼まれてね。君に届けてくれって」

「ありがとう」

 俺はそれを受け取ろうとして——ヒョイ。ジャロは俺が取れないように手を後ろに引いた。

「ジャロ?」

「糸丸君。いつになったら借金を返済してくれるんだい?」

 ああ……そんなものもあったな、そういえば。

「……ごめん、まだ返すめどは立ってない」

「はぁ。そんなことだろうとは思っていたけど……」

「いや、聞いてくれ。俺は実はな、カジノで大儲けをしたんだが」

「全てぱあになったんだよね。カジノに白井がやってきて、ピラミディオン台場はめちゃくちゃに。おかげで報酬は無し。かろうじて単位が取れた程度、だったっけ?」

「わかってるなら弁解する必要はないな。つまりジャロ。俺はお前に返す金なんて持ち合わせていない」

「自慢げに言われてもなぁ」

 溜息を吐きながら、ジャロが首を振る。やれやれって言いたげだな。

「まあもう少し待ってあげるよ。君は僕の大切な友人だからね」

「ありがとう! やっぱり持つべきは友達だね!」

 俺はジャロの肩をポンポン叩く。

「そうだね。君だから、ここまで許せるんだよ?」

「そうか」

 かっこよく決めつけたつもりなのか、ジャロは俺を直視せず、少し斜めに目線を外している。ははっ、そんなかっこつけんなって。

「君だから、ここまで許せるんだよ?」

「そうなんだ。ありがとう、ジャロ」

「……君だから、ここまで許せるんだよ?」

「わかってるって。何回も言うなよ」

「……本当にわかっているのか?」

「ああ」

「もう一度言うよ? 君だか——」

 もう一回ジャロが言おうとした、その時。後ろから誰かが走ってきた。

「ストーーーーップ! 危険な香りがプンプンします!」

 俺の隣に、ちょこんと跳ねた前髪をピョンピョン揺らしながら駆けてきたフィア。彼女はジャロを少し突き飛ばした。

「痛っ! 何するんだ!」

「危険な存在だから、ここから追い出すだけです」

「危険? ジャロが?」

「あのタコさんと同じ香りがします。離れてください、あなた」

 タコって奥田? つまりジャロが銃をぶっ放してくるって言いたいのか? そんなわけないだろ。

「何を言ってるんだい、君は。失礼な」

 ジャロもフィアにケンカ腰である。

「ささっ、あなた。早くご飯に戻りましょう? こんな男の戯言、聞いていてはダメです」

 俺はフィアに無理やり部屋の奥の方へと引っ張られる。

「あっ、待てこのレタス! 糸丸君に何をする気だ!」

「そっちこそ、何しようとしてるんです! 下がりなさい!」

 フィアは服の袖からマイクロUZIを取り出し——バラララララッ!

 う、撃った⁉︎

「わっ、ちょっと⁉︎」

 防弾制服を着ていたジャロ。大した怪我はしなかったものの、慌てて玄関から飛び出して影に隠れる。

 そのすぐ後にフィアが玄関のドアを閉める。

「これで一安心ですね、あなた。落ち着いてご飯が食べれます。あ、あとこれ。掠め取っておきました」

 フィアが俺に何か——ジャロが持ってきた、ひらがさん製の超小型カプセルだ——を手渡してきた。突き飛ばした時に取ったのか。

 俺的にはお前がいる方が怖いよ、フィア。

 

 

 9月14日。いよいよ修学旅行Ⅰの当日になった。

 この修学旅行、引率の先生はいない。旅程も、1日目が寺社を3つ以上巡る、2日目と3日目は自由行動というかなり適当なもの。まあ、この学校らしいけど。

 新幹線で京都駅へとやってきた俺は、今日も今日とて俺にくっついているフィアとともに京都の地に降り立った。

「あなた、約束は守ってくれますよね? 今日は京都、明日は大阪。私はコガネシティに行きたいんです」

「わかってるよ」

 俺らは今日はエンジュに行くんだろ? まいこはん、いるかな?

「あっ。今女の人のことを考えてましたね? もう、あなたったら」

 いたずらっぽく笑ったフィアは俺の腕に抱きついてくる。そのせいでフィアの胸が押し付けられる。

 や、柔らかい……じゃなくて!

「は、離れろって!」

「うふっ。赤いですよ、あなた」

 俺の反応が面白かったのか、フィアはさらに強く押し付けてくる。

「や、やめろって!」

「最後の修学旅行ですよ? 楽しまないとダメです」

 最後の? フィア、忘れてるのか? これは修学旅行Ⅰ、つまり他にもあるんだぞ?

「あっ、糸丸さん」

 その時、後ろから声をかけられた。振り返ってみると、沙那だ。

「沙那? どうした?」

「やっぱりその婚約者さんと一緒に行動なさるのですね。無理やりとか言いながら、結局は楽しそうですし」

「いや、俺のどこを見て楽しそうだと⁉︎」

「腕に胸を押し付けられて赤くなってるじゃないですか」

 不機嫌そうに沙那が言う。いや、だからこれはだな。

「わかってるんでしたら、私と糸丸君の時間を邪魔しないでください」

 その時、フィアが俺の前に立った。背中にさしている薙刀を抜くと、それをクルクルとバトンのように回す。

「それとも……無理やり奪います? 受けて立ちますけど?」

「その言葉、あとで後悔しても知りませんよ?」

 沙那が制服を腕まくりする。戦う気か⁉︎

「ダメだ、沙那! お前、超能力が不調なんだろ? 戦っても勝てないだろ!」

 俺が止めに入ると、沙那は驚いた顔をして俺を見てくる。

「糸丸さん? 彼女の肩を持つのですか?」

「そういうわけじゃない。俺はお前の身を心配して——」

 ヒュンッ!

 俺の背後から、高速で何かが突き出された。それが沙那の肩に命中し、彼女を後ろへと弾き飛ばす。

 突き出されたそれは——薙刀の石突。

「よかったですね。もし切先で突いていたら、今頃あなたは死んでたかもですよ」

「フィア! どうしてそういうことをするんだよ!」

 ジャキッ!

 フィアが薙刀を回転させ、刃の部分を俺の首に当てる。

「忘れないでください。あなたの命は私が預かってるんですよ」

 フィアが薙刀を戻し、背中にさす。そして俺の手を強引に引っ張る。

「行きましょう! 修学旅行は楽しまないと!」

 腕を引っ張られながら、俺は後ろを振り向く。突き飛ばされた沙那の姿は、もうそこにはなかった。

 この修学旅行。不安しか感じないぜ。

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