緋弾のアリアドス 作:くものこ
「清水寺ですよ! これがかの有名な清水の舞台なんですね!」
俺とフィアは清水の舞台から下を見下ろす。下を歩く人が小さく見える。結構高いな。確かビルの4階建てに相当するんだっけ?
「傘をさして飛び降りると、恋が成就するらしいですよ。飛び降ります?」
「なんでだよ。お前こそ飛び降りろ。俺と結婚したいんだろ」
てかどこに傘があるんだよ。
「言っておきますけど、生存率は85パーセントですからね?」
「それはあくまで昔の話だ。昔は木々が生い茂り、地面だって柔らかかったんだから、その程度の生存率になっただけだろ。いいから飛び降りてくれ」
「ひどいです、あなた。ところで、あなたは何をお願いしますか? 私はあなたからプレートをいただきたいです」
「あからさまだな、お前。じゃあ俺はお前に死んでほしい」
「そうなんですか? それなら——願いが叶うといいですね」
フィアはそう言うと、舞台から飛び降りた。えっ⁉︎ 本当に飛び降りた⁉︎
「フィア⁉︎」
慌てて覗き込むと、手摺に蔦を巻きつけたフィアが宙に浮いていた。
「心配してくれたんですか? 優しいですね、あなた。やっぱり私に死んでほしいなんて嘘じゃないですか」
「バカなことしてんじゃねえよ、まったく。それにお前に死んでほしいと思っているのは本当だ」
正確には、これ以上俺の対人関係を滅茶苦茶にするつもりなら、だけど。
それに、そりゃ心配くらいするだろ。人として見殺しにはできない。
俺がホッと安堵の息を吐いた、その時。
「ご一緒にどうです?」
背中の薙刀を抜いたフィアが、切先を俺の背中に引っ掛けて俺をはたき落としてきた! あっ、おい!
「ば、バカ!」
俺は真っ逆さまに落ちて——パシッ! 薙刀を持っているフィアの手が俺の手も握った。
「大丈夫ですか?」
「落としておいてそれはないんじゃないか?」
「安心してください。私、こう見えて力は結構あるんです。絶対にこの手は離しませんよ」
知ってる。リーフィアは攻撃と防御が高いんだろ。物理技に強いのだ。逆に言うと、特殊技——つまり、この世界で言えば
まあ、仮に落とされたとしても俺にはワイヤーがある。死にやしない。
「あなた。ところで吊り橋効果って知ってます?」
「知ってるよ。でも、俺はこの程度でお前にプレートをあげたいとは思わないからな?」
「そうですか。残念です」
てか、お前が落としたんだろ。そんなんで吊り橋効果なんて起きるかよ。
その後、俺らは観光客の通報を受けてやってきた寺の人に助け出された。めちゃくちゃ怒られた。当然だけど。どこの学校の生徒だと聞かれたから、これは修学旅行明けは教務科の体罰フルコースかもしれない。
清水寺を見学した後、俺らは京都駅へと戻ってきていた。駅ナカで昼飯を食べるのだ。
「フィアは何が食べたいんだ?」
「なんでもいいですよ。あなたが決めてくださいな」
「と言われてもな……」
特にこれが食べたい、というのがないからフィアに聞いたんだが。
どうしようかと悩んでいると、見知った顔を見つけた。そいつはパスタ専門店へと足を入れる。
よし、俺らもあの店にしよう。
「フィア、あそこにするぞ」
「えっ? あっ、はい」
店内に入ると、俺の知人は店の奥の方の席へと向かうのが見えた。
「何名様でしょうか?」
「2名です」
「ではこちらの席に……お客様⁉︎」
店員の案内を無視しながら、俺はフィアを連れて奥の方へ。6人掛けのテーブルに座っている3人の人物。2人は武偵高生徒で、もう1人は白衣を着た金髪の人物。
「よう、ジャロ。相席するぜ」
俺はそのうちの武偵高生徒の1人、ジャロに声をかけて、金髪男の隣の椅子に座る。
「お邪魔します」
俺の隣にフィアが座る。それを見て、向かい側のジャロの隣に座るもう1人の武偵高生徒——銀髪のショートヘアに、山吹色の瞳の女子——エムが睨んできた。
「おうおう、絶対零度並みの視線だな。怖いよ、エム」
「……」
ちょっと茶化すとエムは持っていたフォークをパスタにぶっ刺した。本当、怖いって。
「糸丸君? どうしてここに?」
「ジャロの姿が見えたから追ってきたんだ。お前らこそ、2人で何してんだ?」
「エム君から話は聞いているはずだよ。彼との面会さ」
ジャロが指した人物——俺の隣の白衣の男だ。
メガネをかけていて、金髪をオールバックにしている。ただし、前髪の一部が青く染色されていて、ぐるりと頭を回っている。
シャープな顔はなんか理系っぽい。人を観察するような目の動きに、少し気分が悪くなってくるな。まあ、俺も武偵として分析させてもらってるんだが。
「初めまして、君が芦長糸丸かい?」
「そうですけど」
「いやー、やっと会えたね。嬉しいよ」
男は身に付けていた手袋を外して握手を求めてきた。
「あんた、ラティアスの製作者か?」
「そうだよ。
ガタンッ!
その時、俺の隣のフィアが立ち上がった。見れば背中の薙刀に手を伸ばしている。
「Mr.クロマ! 見つけましたよ!」
「フィア?」
「この人はアクロマ! あっちの世界の住人です!」
「えっ、そうなの?」
驚いた俺に——
「糸丸君気付かなかったのかい? 無知だな、君は」
「私のことを知らないとは……驚きですね」
「……」
ジャロ、Mr.クロマ、エムが三者三様の反応を見せる。エムが反応してないって? いやいや、怖い目でこっちを見てくるんだよ。
それよりも、この人ってそんな有名人なの?
「糸丸君、彼は世界的に有名な科学者なんだ。ポケモンの力をいかにして引き出すか、それを研究しているんだよ」
「そうだったのか」
「今は人の力が何によって引き出されるかを研究しているんだけどね。ところで——フィアと呼ばれた君。君は私に恨みでもあるのかい?」
みんなの視線がフィアに集まる。
フィアは薙刀をいつでも抜けるように構えながら、質問に答える。
「私たちの結社——
「証拠はあるのかい?」
「それは……」
「疑わしきは罰せず。君には私を罰する権利なんてないね」
ゆっくりと椅子に座るフィア。
しかしこの男。否定しなかったな。それはつまり、本当にこいつが次元転移装置なるものを作ったのか……?
「ところで糸丸、ラティアスの調子はどうだい? あれは脆いからね。簡単に泣き出すだろう?」
「明日香は機械じゃない。調子に波があるのは当たり前だ」
「ふうん。感情移入させているのか。そんなプログラミング、したかな……」
「人の話聞いてるか? 明日香は機械じゃない。人間だ。お前の作った道具ではないんだぞ?」
「いや、機械さ。それも兵器。なぜなら私がそうなるように調整したのだから。いやー、大変だったね。あれを調整するのは。まず攻撃技を全て忘れさせた。研究の最中に抵抗されたら困るからね。
でも攻撃できないんじゃ、兵器としては最悪だ。力を発揮するどころじゃない。だからオカルトチックな話だけれど、"こころのしずく"を使ったんだ。あれはラティアスやラティオスの魂を結晶化したもの。逆にあれを使えば、ラティオスの魂だって作り出せるはずなんだ。そしてうまくいった。
ただ次の問題はあのラティオスが血の気の多い性格だということだった。必要ない時にあの人格にラティオスになられても困るからね、仕方ないから脱出ボタンをラティアスにもたせたんだ」
ペラペラと得意げに明日香の改造歴を語る黒間。
俺はそんなこいつの態度を見ていて、無性に苛立ってきた。こいつは明日香を、飛鳥をただの道具としてしか見ていないんだ。そんな奴が世界的に有名な科学者だって?
「それで? だからなんだっていうんだ」
「結果的には失敗かな。今君の隣にいるのはラティアスじゃなくてリーフィア。これは失敗だね。常にそばにいないんじゃ、力を引き出すなんて無理だ」
「なるほど。Mr.クロマ。あなたは糸丸君の力を引き出すことを考えていたんですね」
ジャロがうんうんと頷く。なんだよ、お前。こいつの話に納得できるのか?
「そうだよ。さっきから言っているじゃないか。私は人の力をいかにして引き出すか、それを常に考えているんだ。僕の結論は、機械。マシンによって人の力を最大限に引き出せる。そう信じてるよ」
クロマは一息つくと、床に置いていたアタッシュケースを取り出した。
「例のものはこの中だよ。PMZ-NO649——GENEral Supporting Equipmemt Capable Training-oneself、
ラティアスはハンググライダーにしかなれなかったけどね、こいつは違う。盾、銃、近接武装、さらには自律飛行ユニットにもなる。まさに君の戦闘全てをサポートするんだ!」
クロマがアタッシュケースを開いた。中に入っていたのは毒々しい紫色のボディ。以前エムに見せてもらったイメージ図では直方体だったが、実物は改良したのか角が削り取られている。ラグビーボールを平たくのばしてフリスビーディスクのようにしたような感じだ。
前方には車のヘッドライトのようなものが付いている。ひっくり返してみると本体の裏側に足のようなものが4つ付いている。それらが折りたたまれて、楕円形の本体の裏側に収納されているのだ。
クロマはアタッシュケースに一緒に入っていたアームバンドを取り出すと、俺の腕に巻きつけてサイズの確認をし始める。アームバンドには事前に見た通り、USBメモリのようなものが4つ付いていた。
「あと、ラティアスのような人変形の機能の代わりに高性能な人工知能を搭載してある。敵戦力や状況などあらゆる情報をダウンロード可能で、さらにテレパシーで会話することもできるよ。
そして何より、こいつには"がくしゅうそうち"が内蔵されている。戦闘を繰り返せば繰り返すほど、学習し、強くなる。それが僕の最新作、ゲノセクトだ」
クロマがアタッシュケースからゲノセクトを取り出すと、俺のアームバンドに取り付けた。
カチャッ、という音ともに裏側にあった足のようなものがアームバンドに引っ掛けられる。
「軽いな」
「表面はメタルコートやプロテクターを使用しているけど、内部はかるいしせいだからね。君もその方が持ち運びやすいだろう?」
「これは銃だと聞いたが?」
「ああ、ほら」
クロマがゲノセクトの側面を押した。すると——ガシャン!
ゲノセクト本体が前後にスライドし、真ん中から銃のグリップがホドモエの跳ね橋が上がるような感じで現れた。自動拳銃。
「テクノバスター。弾はアームバンドにあるこれね」
クロマがUSBメモリを指した。これが本当に弾?
「テクノバスターは実弾を用いない。特殊攻撃、つまりこの世界でいう
「素晴らしいな。糸丸君。ゲノセクトっていうのはイッシュに伝わる幻のポケモンだよ。実はプラズマ団という悪の組織が太古のポケモンを改造したものらしいんだ。タイプは虫・鋼。糸丸君にちょうどいいんじゃないかな」
虫タイプなのか、ゲノセクトっていうのは。
そういえば、テレパシーが使えるってクロマが言ってたな。
俺が話しかけてみようとしたら、ジャロがアームバンドごとゲノセクトを取り上げた。
「テクノバスターの
「私の研究の理解者がいてくれて助かるよ」
クロマは荷物をまとめると席を立つ。帰るらしい。
——と、去り際に何かを思い出したように振り向いた。
「糸丸、もしラティアスが必要なかったら廃棄しても構わないからね?」
「おまえ、ふざけてんのか!」
その一言に、俺は我慢の限界を迎えた。
椅子から立ち上がるとすぐさま奪眼を抜刀、燕返しを放とうとして——動きを止めた。
俺が攻撃を仕掛けようとしているのに、クロマは不自然なほど落ち着いている。何か用意している。
俺は天井を見上げた。天井の隅。そこに何かが張り付いている。
U字磁石みたいなものが丸い球体に2つ、くっついている。球体には黒い点のようなカメラがあり、それがしきりに動いて周囲を観察している。
「よく気付いたね。噂に聞く虫の知らせかな? あれはPMZ-NO081コイル。私の防衛を任されている自律ロボ、その試作品2号。君は今、ロックオンされているよ」
コイルが俺にカメラを合わせる。ロックオンの後は——でんじほうか。
「糸丸君、やめておいた方がいい。彼のおかげで助かったことがあるというのも事実なんだ」
「……わかったよ」
俺は奪眼を納刀する。それになんだかんだ言いつつもこの男の作った武器にこれからも頼るのだ。
性格は俺とは合わないし、こいつの明日香に対する態度は許せないが……仕方ない。
「賢明な判断だね。じゃあ、またいつか会おう」