緋弾のアリアドス 作:くものこ
結局俺は必死に大事なところを隠し、フィアを見ないように目を閉じながらスライド扉まで四つん這いで進み、混沌とした浴場から抜け出した。これだから混浴は。
なお、その奇跡の脱出劇に際して体のあちこちを擦りむいた。目を閉じて歩いていたので、何回か滑ったのだ。おかげで全身傷だらけである。おい、温泉で疲れを癒すどころか余計にダメージが蓄積したぞ。あそこは実はうずしおだったのか。
まあ何はともあれ。俺は今、洗濯・乾燥してもらった制服を着て、部屋で武装の確認をしている。切里玲との対戦に備えてだ。
まず刀。奪眼と拍断の二刀だ。おそらく今回のメインウェポン。
次に拳銃。夏から一丁のみとなった俺の拳銃だが、今回は修学旅行中とあり予備のマガジンが少ない。あまりバカスカ撃つのは得策ではないだろう。
弾といえば
特殊な弾はもう1つあるが、これは効果がわからない。使わないほうがいいだろう。
毒針。左足にのみ装備してあるが、これは低威力だ。そこまでのダメージは期待できない。
ナイフも二本あるが……やはりサイコキネシスが不安定な以上、この武器も頼りない。
まあ超能力が不安定なのは向こうも同じはず。つまりテレポートはそうそう使ってこないだろう。
どうやら剣戟になりそうだな。
腰のワイヤー及び踵のワイヤーの作動も問題がないかどうか確認しておく。ウィンチがきちんと作動しなかったら話にならんからな。
「ああ、いいお湯でした!」
そこへ、乾かしていないのか湿ったままの髪でフィアが戻ってきた。
「フィア。髪はちゃんと乾かせよ、女の子なんだから」
「はい、あなた」
従順なフィアは備え付けの古いドライヤーで髪を乾かし始める。よし、この間に出よう。
「フィア。少しコンビニに行ってくる」
「あっ、では私も」
「いや、1人で大丈夫だ。フィアは先に寝てろ」
俺はフィアを手で制すと、1人で旅館を後にする。そういえば、さっき確認したがこの部屋、布団が1つしかない。何してくれてんだ、沙織さん。
「あらあら? お出かけですか?」
「はい。少し買い物に」
ロビーで沙織さんと言葉を交わしてから外へ。すでに日は落ち、結構暗い。まあ紅葉シーズンなら夜間のライトアップが綺麗なんだろうな。
せめて自分の血をライトアップされないよう、気をつけますか。
暗い森の中を進んでいくと、木が切り倒されて開けた場所に出た。
バイオリンを奏でるような虫の音、ホーホーという梟の鳴き声。遠くからは犬の遠吠えなんかも聞こえる。
そして倒された木の切り株に腰掛けていたのは——切里玲。例のコートは着ておらず、ハンチングもそばの小枝にひっかけている。
月光に煌めく緑色の髪。遠目に眺めているとどこか神秘的で、この男が沙那の兄だということが納得できる。
「遅かったな」
立ち上がった玲。両腰の鞘に収めた刀は抜かず。
「道に迷ったんだ」
一方の俺は拍断と奪眼を共に抜刀する。
「まあいい。お前が死ぬのが少し遅くなっただけだ」
玲は腰を低く落とし、刀の柄を握る。いあいぎりか。
俺も腰を低く落とし、刀の刃を返して峰を向ける。
「みねうち? なめてるのか」
「虻初と同じことを言うんだな、お前も。悪いけど、この技はそんな敵を生き残らせる優しい技じゃないぜ?」
この技はうまく決まれば、知らずのうちに相手を戦闘不能に追い込める。そういう危険な技だ。
そもそも、峰打ちだって当たりどころによっては死ぬ可能性があるのだ。金属で殴られるんだからな。なめるような技ではない。
俺らは静止したまま、動かない。何か1つのきっかけさえあれば、いつでも飛び出すのだろう。
だが、今ここには風が吹いていない。いつの間にか虫の音、鳥の鳴き声、犬の遠吠えも止んでいる。無音の世界だ。
俺と玲はその時を待っている。この世界に突如、飛んでくる音を——
タァン……タァンッ……!
「——ッ!」
突然鳴り響いた銃声。狙撃銃だ。それもドラグノフではない。
近くにレキ以外の狙撃手がいる——!
その音を合図に玲は飛び込んできた。反応の遅れた俺は、技をキャンセルしてワイヤーで木の枝の上へと逃げる。
「逃すかっ!」
俺の真下で急停止した玲。身を上の方へと捩りながら、高速で刀を抜刀する。
ヒュンッ!
飛んできた見えない斬撃を拍断と奪眼を交差させてガードする。
「降りてこいよッ!」
玲は左手に旋棍を持つと、木の幹に思いっきり殴りつけた。
メキメキ……!
その
俺は木の枝から飛び降りると、着地の瞬間を狙われないように拳銃を2点バーストで撃ち、牽制をかける。
「その程度で止まるとでも思ったか!」
刀を縦に一振りした後、玲はダッシュしてくる。サイコカッターを先行させて糸を切るつもりだ。
しかしその程度、俺だって読んでいる。玲が突っ込んでくるのは承知の上。そこでこれを撃つのだ。
バンッ!
俺は拳銃のバースト機能をロックすると、1発だけ弾を放った。
その弾は玲に届く寸前、中から白いネバネバした網を放出する。
「ねばねばネット!」
網は真ん中に玲を捉え、玲へと向かって飛んでいく。これは避けられないはずだ。サイコカッターによる切断も間に合うまい。
「くっ!」
が、玲の姿が一瞬にして数メートル後方に下がった。そしてそこから、玲は右へと転がる。
「テレポート⁉︎」
璃璃粒子が濃くても使えるのか⁉︎ それだと、俺がかなり不利になるぞ。
「はあ、はあ、今のは危なかった。油断大敵だな」
刀を杖代わりにしながら何とか身体を支える玲。それを見るに、どうやらテレポートををするには相当なエネルギーが必要なようだ。やはり璃璃粒子が濃いというのは向こうにとってもこたえているようだ。
この勝負、まだ勝機はある。
俺は敵が疲弊しているうちに仕掛ける。奪眼と拍断を交差させ、今度は刃の方で斬りかかる。
「シザークロスッ!」
ギイイイインッ!
同じく刀を交差させた玲がそれを受け止める。俺は左足で毒針仕込みのトーキックをおいうちにかける。
「ぐっ⁉︎」
毒針が玲の右膝に刺さる。玲は1、2歩後退。
やれる。この調子でいけば勝てる——!
俺は拍断を納刀するとまるで鞘があるかのように奪眼を腰に添える。
足が痛むのか、フラフラしている玲に狙いを定める。
「燕返し!」
一歩前に踏み出し、鞘なしの居合斬りを放つ。必中コース、避けられないはずだ!
その瞬間、玲の体がぶれた。いや、違う。上半身だけテレポートをしたのだ! 上半身だけ、ほんの少し横にずれたのだ。それによって俺の刀を躱したのだ!
空を斬る奪眼。刀を振り抜いた俺は隙だらけで——
ドゴッ!
強力なパンチをお見舞いされる。同時に全身から力が抜けていく。一方、玲はさっきまでの疲労が嘘のように元気になる。
「ど、ドレインパンチ……」
「当たりだ。だが気付くのが遅いっ!」
続けざまに玲は刀を握った両の拳による殴打の応酬をする。
急いでワイヤーで後退するが、退がると同時に俺は膝をつく。
「か、かはっ……痛え……」
体力を回復した玲は刀を一度納刀すると、腰を低く落として身構える。いあいぎりか。
「はっ!」
玲が飛ぶように走り、一気に俺との距離を詰める。
ギンッ!
拍断で玲のいあいぎりを受け止めると同時に、その勢いを利用して後ろへと転がり距離をとる。転がりながらホルスターから拳銃を抜き、玲に向けて糸弾を撃つ。
ババッ!
先程のようなねばねばネットを警戒してか、玲は糸弾を斬ろうとはせず、横に回避。
その間に俺は林の中に逃げ込み、身を隠す。
参ったな。敵は回復技を持っている。持久戦に持ち込むのはあまり得策ではないだろう。
かといって、俺の方が瞬間的な火力が高いわけでもない。明らかに向こうの方が攻撃力は上だ。……詰んでる?
いや、まだ諦めるには早い。俺の刀の峰には——
ヒュンッ、ザザッ!
その時、近くの木の枝が折れた。
ザッ! ザザッ!
次々と枝が斬り落とされていく。どうやら玲のやつ、サイコカッターを手当たり次第に撃ちまくっているらしい。
狙いは上か。さっき俺が枝の上に逃げたから、今も俺が上に逃げたと思っているらしい。
「おい。いつまで隠れているつもりだ。早く出てこい」
耳を澄ませば、その足音がだんだんと近付いてきている。見つかるのも時間の問題だな。
だったら、先にこちらから仕掛けて不意打ちした方が——いや、待て。向こうの特性はなんだ。不屈の心? 正義の心? わからん。不意打ちはやめた方が良さげだ。
拍断を一度しまい、代わりにナイフを二本握る。
よし、行くぞ!
「玲!」
俺は木の陰から飛び出し、声がした方へ走る。
「そこか!」
玲が刀を振りかぶるが、サイコカッターは撃たせない!
持っていたナイフを投げつけて牽制。玲は刀で弾いてナイフを捌くが、その間に一気に距離を詰める。奪眼を高速で振り抜くが——
ガキイイイッ!
「読める、その程度」
玲が刀で受け止めた。続けて、もう一本の刀を振り下ろす。
「くっ!」
急いで左手で拍断を抜き、抜く途中において肩上でギリギリ受け止める。そのため、刀の峰が肩に食い込む。
「特殊な峰なんだろ? さあ、どんな効果があるんだろうな」
「自分で考えろっ!」
奪眼で玲の刀を逸らすと、そのまま足を狙う。軽くジャンプをしてそれを躱した玲は着地するとすぐに俺の胸に蹴りを放った。
「うっ⁉︎」
「まだまだ!」
着地した玲はすぐに刀を突き出す。俺はその攻撃を払うが、次第に距離を詰めた玲は刀を後ろに放り捨て、俺の手首を掴んだ。
まずい。刀の交戦距離より内側だ。
「インファイトッ!」
手を引き、俺を自らの方に引き寄せた玲は膝蹴りを入れる。
さらに腹を蹴られてくの字型になった俺の頭に肘打ち。いつの間にか握っていた左手の旋棍で下に動いた俺の顔をアッパーカット。そして最後に思いっきり引いた右の拳を俺の腹に撃ち込む。
ズドンッ!
俺は後ろに吹っ飛ぶ。どうにか受け身を取り、体を起こすが鼻が生温かい。手の甲で拭うと多量の血が付着した。鼻血が出たらしい。
「次行くぞッ!」
後ろに放り捨てた刀を拾うと、玲は高速で振った。
直前に虫の知らせで感知した俺は横に転がって回避する。
シュパンッ!
背後にあった、先程隠れていた木の幹に亀裂が入った。するとメキメキと音を立てて木がこちらへ倒れてくる——!
「くそっ」
後方へ跳んで回避。ずん……と木が倒れ、木の葉が舞い散る。
来る。虫の知らせが俺に告げる。この木の葉の中から玲が飛び出してくる——!
ババババババババ……ガキンッ!
ホルスターから早抜きした拳銃で糸弾を弾切れになるまで連射する。けれど、弾が何かに命中した様子はなく——
「死ね、芦長糸丸!」
木の葉を纏った刀、リーフブレードが俺に襲いかかる。
防弾制服で攻撃を受け止める。左脇腹に入った一撃に、肋骨が折れたような気がするが気にするか。白井が言っていただろ。
「肉を切らせて骨を断つ!」
いやどちらかというと骨にダメージを負わされたのは俺なんだか。
奪眼で高速の突きを放つ。それを読んでいたと言わんばかりのどや顔での玲の姿がぶれる。テレポートで逃げる気か。
「だが、無理なんだよッ!」
奪眼がぶれた玲の左肩を斬り裂いた。肉を切らせてもらったぞ。
そして俺は勢いそのまま玲の後ろ側に回り込み、拍断を抜刀。
狙いを定める。玲の今の急所——肩の傷口に!
拍断を縦に、奪眼を横に振り抜く。そして命中する直前に、俺は刀の刃を返した。
ダダンッ!
先に命中したのは奪眼。軽いこの刀は拍断より先に敵の急所に直撃する。
そしてその後、奪眼の刃に拍断の峰がぶつかる。重い拍断の一撃を後ろから受けた奪眼の峰は、より深く敵の傷口に食い込む——!
吹っ飛んだ玲。だが、それでも立ち上がる。
「はぁ、はぁ。シザークロスか? 急所に当てるとは運のいいやつめ。だがまだだ。まだ続けるぞ」
しぶといやつだ。打たれ強いってやつか?
だが。防御力なんて関係ない。俺はもう仕掛けたぞ。あとは耐久するだけだ。
フラついた玲は頭を振り、刀を持ち直す。俺も二刀を構え直す。
次のターン、開始だ。