緋弾のアリアドス 作:くものこ
玲はまだ戦闘を継続するつもりらしい。
「続ける? バカか、お前。その状態で勝てるわけないだろ」
「お前こそ、骨が折れたんじゃないのか? 勝てるわけない」
「甘い考えだな。クモのすすら見破れなかったくせに」
「くっ……それはたまたまだっ!」
玲がテレポートできなかったわけ。それは俺が糸弾でクモのすを張ったからだ。木の葉の中に撃ち込まれた糸弾は木の枝たちにめり込んであの倒木上にクモのすを作った。そのせいで玲は木の向こう側にテレポートできなかったのだ。
「いいから諦めろ。今はモンスターボールがないんだ。捕獲したくても捕獲できない。あっ、プレートは置いて行けよ?」
「誰がッ!」
玲が突っ込んでくる。ああ、もう。俺だって骨が折れたのか肋骨あたりがすごい痛いし、できれば戦いたくないんだが——
振り下ろされる二振りの刀を奪眼と拍断でいなす。
「この! このっ!」
次々と繰り出される剣撃を、俺はただ流すだけ。一撃一撃が軽い。集中力が切れかかっているっぽい。もう持久戦は俺の方が有利な状況になっている。
埒があかないと判断したのか、玲は一度バックステップで退がる。そして、中距離から刀を横に振った。サイコカッター。
俺はしゃがんで回避をする。
「今だっ!」
玲が再び斬りかかる。俺がしゃがんでいるこの状態が攻め時と感じたらしい。だが、このしゃがみは溜めだ!
「とびはねる!」
足腰に蓄えた力で地を蹴り、とびはねる。ただ今回は上ではなく、玲の横へと回り込むように大跳躍。大きなカーブを描きながら、俺は玲の背後へ。
「逃がすか!」
急ブレーキをかけ、振り向く玲。俺も逃げるつもりはない。
玲の背後に回り込んだ俺も拍断を地面に刺し、ブレーキをかける。そして玲の方に振り向くと同時に、玲の両脇めがけて腰のワイヤーを打ち出す。
ガガッ!
ワイヤーが玲の背後の倒木に打ち込まれた。
刀を腰に構える。燕返し、今度こそ決める。
玲に向かって走ると同時に、木に打ち込んだワイヤーを巻き戻して加速。サイコキネシスが使えない代わりにこれで擬似高速移動。
「同じことを……!」
ふらつきながらも二本の刀を構える玲。もし燕返しが失敗すれば、まずいことになりそうだ。俺は拳銃の弾の再装填をしていないし、ナイフもない。拍断も地面に刺したままだ。
「はあああああ!」
奪眼を神速に匹敵するかのような速さで抜き放つ。玲はそれに合わせて、片方の刀を動かしてきた。
受け止められたら、俺はさっきのようなカウンターのインファイトを叩き込まれるだろう。だから、なんとかしなければならない。
意識を集中させる。玲だって、璃璃粒子が濃いのにテレポートできたんだ。俺だってほんの一瞬、それも腕だけなら高速移動させられるはず!
奪眼を持つ右手、そこだけに特化させて自らにサイコキネシスをかける。
俺の手が一瞬、高速で動いた。コンマ数秒だけだが、確実に素早さがはね上がった。これで十分だ。これで玲のタイミングはずれた——!
スパッ!
俺と玲が交差した。それはつまり、玲は俺の刀を受け止めることができなかったということだ。
ボトッと何かが地に落ちた。奪眼が玲の左手を斬り落とした。返り血を浴びて、俺の防弾制服が真っ赤に染まっている——
「うああああっ⁉︎」
玲は右手の刀を落とし、左手を押さえる。肩、手首。玲の左半身は出血が止まらない。
「この勝負は俺の勝ちだ」
このまま失血多量で死亡しては俺が武偵3倍法で死刑になる。だから俺はキズぐすりを巾着袋から取り出し、玲に投げてよこす。手の再生は無理だろうが、止血くらいはできるはずだ。
玲はキズぐすりを拾うと、震える手でそれを吹きかける。ああ、やっと効いてきたのか。
とりあえず119番通報でもしておこう。
玲の出血が止まった頃。玲が唐突に口を開いた。
「なぜ助けた」
「俺は武偵だ。武偵は人を殺してはいけない」
「だが俺を助ければ、お前は今度こそ殺られるかもしれないぞ」
「それはないな。まずお前は今片手がない」
俺は玲の斬り落とされた左手を指した。グロテスクだったので、ガーゼで適当に包んでいるが。
「それからお前は今、動けないだろ?」
「ああ。毒状態か。効果的には麻痺だけど」
俺の刀の峰に塗られた神経毒。それが作用したのだ。
玲の左肩に俺が撃ち込んだクロス攻撃。あれはシザークロスではない。クロスポイズン。毒を塗った峰で攻撃したのだ。
その時から毒は玲の体を蝕んでいったのだ。
ポケモンの毒は残念ながら即効性ではない。徐々に、ジワジワと効いてくる。だから効果が出るまで耐久する必要があるのだ。
「……殺せ」
「は?」
「殺してくれ。お前に負けたんだ。敗者は潔く死ぬものだろう?」
「いや、人の話聞いてたか? 俺は武偵。武偵は人を殺めてはいけないんだよ」
俺は動けない玲に近付くとポケットをまさぐる。あ、あったあった。
俺が取り出したのは——紫色のかけらと、茶色いかけら。ふしぎのプレートのかけらとこぶしのプレートのかけらである。
特にふしぎのプレートの方はなかなかに大きいサイズだ。
「お前、2種類持ってたのか?」
「こぶしがもとから持っていたものだ。ふしぎは最近、盗ん……だ……」
玲はそこで、しゃべらなくなった。ああ、毒か。
じゃあ、モンスターボールがないから捕獲もできないし……戦闘離脱かな。
「聞こえてるかどうか知らないが——せっかく助かった命なんだ。無駄にするんじゃねえぞ。自殺とか、許さないからな」
旅館の近くまで戻ると、フィアが外に出て待っていた。何かを警戒した顔で、深緑刃を構えて立っている。
フィアは俺に気付くと、すぐに駆け寄ってきた。
「あなた! 大変なんです!」
「どうした?」
「それが……あ、あなたも大変です! 血塗れで……」
「いや、俺は大丈夫だ。それより何かあったのか?」
フィアは俺の顔についた鼻血の臭いや、俺の防弾制服に付着した玲の血の臭いを嗅ぎながら答える。
「何者かに狙撃されたんです。旅館が」
そうか。やはりあの時聞いた銃声はここにめがけて撃たれたのか。誰だ? まさかまた奥田がフィアを狙って? いや、そんなはずはない。奥田は今利き腕を怪我していて、銃を撃てないはずだ。
では、誰が……?
「あなた。誰と戦ったんです?」
フィアが俺のポケットをズボンの外から触りながら質問してきた。くすぐったい。やめろよ、そこには何も入ってないんだから。
「私の鼻が正しければ——エスパー・かくとうタイプのポケモンですね?」
わかったらしい。そういえば、玲なんかも俺の血を舐めて2種類のプレートを持っていることを当てていたっけ。つまり、フィアも血の臭いでプレートを的中させたわけだ。
「そうだけど?」
「あなた、知ってますか? エスパー・かくとうタイプのポケモンなんてほとんどいないんです」
知ってるよ、それくらい。アサナン、チャーレム、エルレイド、あとはそれぞれのメガシンカとミュウツーのメガシンカ。あれ、全員メガシンカできるのな。羨ましい。
「巾着袋の中を見せてもらっても?」
「ダメだ——って、また取られてるし」
今回も、いつのまにというほど早くフィアが巾着袋を取って中身を探っている。
「あなた。本当に明日は行かないんですか、大阪」
「ああ。何度も言わせるな。それにこんな襲撃があったんだ。普通の修学旅行を続けるわけにもいかないだろ」
さすがにこれで修学旅行を予定通り行えとは学校も言うまい。……言うのか? 言ってしまうのか、この学校は。……言いそうだな、この学校は。
「そうだ。レキとキンジは大丈夫なのか? 2人は今どこに?」
俺はフィアに尋ねるが、彼女は何か目的のものを見つけたかのように巾着袋の中を凝視していた。
「フィア?」
「……エルレイドですね」
「え?」
「エルレイドと戦ったんですね? そして勝った」
なぜ? なぜわかったんだ?
フィアが巾着袋から取り出したのは——ふしぎのプレート、そのかけら。結構な質量を持つそれは、なかなかに貴重だ。沙那に持たせれば間違いなく戦闘力の上昇が見込める。いや、明日香に持たせてもいいかも。飛鳥状態の戦闘力向上に繋がるだろうからな。
「覚えてますか、虻初ルルがクロのプレートを奪ったという話」
「ああ」
覚えている。たしか水投げの日にフィアが言っていた。虻初は覚えていないらしいが。
「それがどうかしたのか?」
「実はその日、EVOを襲ったのは虻初1人ではなかったんです。彼女の昨日の敵・今日の友を名乗る男が、虻初と共に襲撃したんです。何でも2人には共通の敵がいるから今は一時休戦とか何とか言ってました」
昨日の敵・今日の友? つまり以前虻初と戦ったことのある男。——いや、マジで? 話の流れ的にはそういうことなの? てか共通の敵って。おいどんのことですかさいドンですか。
「その時に襲撃してきた男がエルレイド、そしてこのプレートはその時盗まれたヨウのふしぎのプレートです」
ヨウ……
「それで? じゃあフィアはそのプレートをどうするんだ?」
「もう一度聞きます。明日、大阪に行かないんですね?」
大阪。大阪……コガネシティ。フィアが何度も訊ねるということは、何か意味があるのか、そこに。
コガネシティ。豪華絢爛 金ぴか賑やか 華やかな街 賑わいの大型都市。何があった?
百貨店。サイクルショップ、ラジオ塔、地下通路、ゲームセンター、ジム、リニアの駅、GTS、マサキの家。マサキ? おい、マサキ……じゃない、まさか。
「ごめんなさい!」
フィアが突然謝ると、すぐさま蹴りを放つ。予測していた俺は腕で受け止めながら、後ろに跳んで威力を減衰する。
フィアの改造制服の小袖。その袖口から迷彩色のマイクロUZIが飛び出した。
「っ! タネマシンガン!」
バラララララッ!
俺は慌てて横に転がる。俺の後を追うように、マシンガンが掃射される。
音が止み、体を起こすと——
「ごめんなさいっ!」
もう一度謝ったフィアが
ガツン!
フィアは深緑刃を180°回転させ、石突の方で俺を殴り飛ばす。止まっていた鼻血が再び流れ出すのを感じながら、俺は後ろに弾き飛ばされる。
そしてすぐにフィアが俺の前に移動してくる。深緑刃の、今度は刃の方を俺に向けて振り下ろす。
一瞬だけ、本当に一瞬だけサイコキネシスを使用。薙刀のスピードを下げようとするが——ダメだ、効かない! 何でだよ、さっきはうまくいったのに!
仕方ないのでそのままのスピードで、俺は足を用いて白刃取りを試す。死なばもろとも!
パシッ!
「う、嘘……」
……止めた。止めてしまった。足で深緑刃を白刃取りしてしまった!
「なら!」
俺は体を捻って深緑刃をフィアの手から抜き取り、放り捨てる。そのまま腕の力で倒立するようにその場を離脱すると、ホルスターから拳銃を早抜き、マシンガンを構え直そうとしたフィアに向ける。
「……フィア。どうして本気でやらない?」
俺は拳銃の撃鉄を起こしながら聞いた。
深緑刃を俺が真剣白刃取りできたわけ。それはフィアが速度を落としたからだ。フィアの手から簡単に抜き取れたのも、フィアがちゃんと握っていなかったから。
「私は本気です」
「なあ、なんでだ?」
フィアにもう一度訊ねる。
フィアはマイクロUZIを袖口にしまうと、ポツリポツリと語り始めた。
「……本来の、目的なんです。……私がこの学校に送り込まれたのは修学旅行Ⅰで芦長糸丸、あなたを大阪に連れて行くため。それも1人で」
1人で、ねぇ。それであれか、あからさまに俺の仲間を遠ざけていたわけか。
「それで、しかし俺が大阪に行かないと言い出した」
「はい。それを電話がかかってきた時に報告したんです。そしたら、そしたら……殺せ、と」
フィアが袖で目を拭った。泣いてる……のか? その袖、乾く間もなしとか言わないよな?
「で? 殺せばいいじゃないか。何をためらってる」
「だって……あ、あなたは私の婚約者です!」
「何言ってるんだ、フィア。それも所詮、俺を大阪に連れて行くためにやってたんだろ? そうしろとお仲間さんに命令されたんだろ?」
「でも、でも……」
「プレートが欲しいんだろ、俺の。ヨウとやらのふしぎのプレートも」
「そ、そうです。プレートは欲しいです。あなたをここで殺さないと、私がどうなるか……でも。それでも……」
「はっきりしろよ、フィア! お前はEVOの苔石フィアなんだろ? だったら!」
俺は先程放り捨てた薙刀を拾うと、それをフィアの手に無理やり握らす。
「こ、殺せと? 自分を殺せと?」
「ああ、そうだ。じゃないとお前が殺されるんだろ、EVOとやらに。リーフィアってブイズ同士の中では弱い方だって聞いてるぞ。唯一王とやらに歯が立たないんだろ?」
あれ、なんでだろ。俺、フィアに俺を殺せと怒ってるの? どこかのエルレイドみたいだな。
ああ、そうか。俺は……俺はフィアを殺されたくないんだ。……かといって、フィアに俺を殺させるのも犯罪を防ぐ武偵としてどうなんだって話だけど。
まあ、あれだ。俺が生き返ればそれで万事オッケーだろ? フィアは俺を殺す。でも俺は生き返る。そう、そうすればいいんだ……たぶん。
「でも……。それでもやっぱり嫌です! 殺したくなんてありませんっ! そうするくらいなら、EVOを裏切った方がまだ——」
「いいから。それに俺は死なないぜ? 大丈夫、信じろ。フィア、俺はお前の婚約者だ。そうなんだろ、お前の中では。じゃあ俺の言うことを聞いてくれ。最後のお願いだ。これで俺を刺せ」
「そ、そんなこと……」
「ほら、早く」
俺はフィアに背を向ける。防弾制服をめくって、確実に刺さるように。
しかしいくら待ってもフィアは刺してこない。何をやってるんだ。
「フィア」
「無理です……無理ですよ、こんなの。どうして……どうして!」
「フィア。もう一度言う。俺は死なない。信じろ。フィアをEVOの奴らなら守るにはこうするしかないだろう? 一度フィアが俺を殺さないと。俺の頼み、聞いてくれるか?」
「嫌って言ったら?」
「うーん、そうだなぁ。じゃあ婚約解消」
俺のプレートをいただくためにあれだけ婚約関係にこだわっていたフィアだ。これならさすがに刺すだろう。
「卑怯です……ずるいです」
「何とでもいえ」
「他の誰かのになるくらいなら……やっぱりここで……本当に……刺しますよ?」
「ああ」
大丈夫。あの平賀さんの腕前が確かなら……俺は生き返る。必ず。むしろフィアの発言の方が気になる。何かがヤバイ気がする。
「ほ、本当に……本当に、ごめんなさい!」
ズッ!
防弾制服の隙間から、フィアが薙刀を突き刺した。