緋弾のアリアドス   作:くものこ

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最終弾

「……うん。殺した……えっ? プレートを? 明日、コガネに? ……わかった……」

 目が覚めると、そういう声が聞こえた。

 ピッ、という通話を終了する音の直後。地に横になる俺の胸に、重みが加わった。

 生き返った俺、芦長糸丸。体が横になっているのはわかる。倒れたんだろう。でも……なんだ、この胸にかかる重みは。

 てか……濡れてる? 服が濡れてる気がするぞ。雨でも降りました?

「ううっ……私は……私は……どうしようもない、人殺しです……」

 フィアの声だ。目を開けると、フィアが横になっている俺の胸に顔を埋めて泣いていた。

「フィア?」

「えっ? な、なんで? なんで生きてるんですか⁉︎」

 飛び跳ねたフィアは深緑刃を俺に向ける。

「ぞ、ゾンビ!」

「違う! 普通の人間だよっ!」

「じゃあどうして? どうして生き返るんですか!」

「それは……企業秘密だな」

 まあ簡単に説明すると。インプラント治療によって入れた歯根。その歯根に平賀さんに作ってもらった超小型のカプセルを入れておいたんだ。それは生体反応が消えれば開く。そしてその中に入れてある粉末状のげんきのかけらが、放出させるという仕組み。

「とにかくだ。フィア。お前は言われたことはやり遂げた。俺を一度、殺したんだ」

 しかし……当たったな、2つの予言。レキの、正確には風が言ったらしいが、俺が死ぬという予言。それからジャロの予言。いつか俺が後ろから刺されるだろうという予言。えっ? 予言であってるよね、あれ。違う?

「あの、でも、私……」

 発言しようとしたフィアを手で制しながら、俺は立ち上がる。刺し傷も、さらには折れた肋骨も治っている。さすがはげんきのかけら。ただ、体に疲れは残ってるけど。やっぱ塊じゃないからな。

 さっきの電話はフィアがEVOと連絡していたものだったのか。どうやらプレートを持ってくるように命じられたらしい。

「フィア。お前はどうする? 俺を殺した、お前は。EVO、だっけ? そこに忠誠を誓うならそれでいいさ。今からでも戦ってやる。でも、もしそうじゃないのなら——」

 俺はフィアに手を差し伸べる。虫の知らせ、ではないけど直感でわかるんだ。フィアはきっと、この手を握ってくれる。

「明日、俺と一緒に東京に行こう。エーフィだろうがブースターだろうが、守ってやるよ。俺が、お前を」

 なんか似たようなことを他の誰かにも言った気がするけど。パスタ店で。

「あなた……」

 フィアが俺の手を握り、立ち上がった。

「あ、あと。そのあなたってのもやめようぜ。俺とフィアは婚約解消。だってあれはお前の意思じゃないからな」

「えっ……あ、あなた。あれは……でも今は……」

「はい、というわけでまあ名前でいいよ。糸丸って呼べばいいんじゃない? あと丁寧語もいらないよ。ブイズ相手には丁寧語使ってないみたいだし」

「……」

 ぽかんと口を開けたまま、俺を見つめるフィア。最初は困ったような顔をしていたが、次第に眉がつり上がっていく。

「なるほど……だからあんなに女がたくさんいても……気付かない……しかも、お、男まで……」

 何かを悟ったらしいフィア。薙刀を拾い上げると——どんっ!

「痛っ⁉︎」

 石突で俺の腹を殴り飛ばしてきた。な、なんで? まさかEVO側につくことにしたの?

「糸丸、どうする? 旅館に戻る?」

 フィアが俺の方を振り向き、そう言った。ですます調じゃない。あなたでも。

 なんだが嬉しくなってきた。フィアは東京に戻ることを決めたのだ。武偵高に。

「そうだな。帰るか」

 それにちょっと寒くなってきたしな。俺の顔にこびりついた鼻血が、凍りついて氷柱みたいになるくらいに。——は?

 

 パキパキパキパキ——!

 

 周囲の木々が凍り始める。樹氷というやつか?

 ユキノオー? いや、違う。あられは降ってきていない。ユキノオーではない。

 じゃあなんだ。誰なんだ——!

 

 ヒュラララララ……

 

 どこからか聞こえてくる、腑抜けたような風の音。この音は聞き覚えがある。シャーロック・ホームズがイ・ウーで俺に見せた予習で。この音の直後に放たれたのは、巨大な氷の砲弾だった。

「フィア! 敵はこおりタイ——」

 

 ズドン——————!

 

 フィアに警告しようと、振り向いた瞬間。突如飛来した冷気の塊が、敵を視認していたのか、そちらに目を向けていたフィアにぶつかった。

「——!」

 宙を舞いながら、フィアが何かを口走った。読唇術で読み取ると——"ニゲテ"。

「フィア!」

 倒れたフィアに駆け寄り、その脈を測るが……ほとんど動いていない。時折わずかに鼓動するだけで、正常な脈とは言えない状態だ。状態異常。う、うそだろ?

 脈をとるために握ったフィアの手首。それがどんどん冷たくなっていく。まるで氷に触れているかのように。

 死んだのか? 一撃で?

 俺の脳裏をよぎったのは、一撃必殺技——すなわち"ぜったいれいど"。それを使える敵が、近くにいるのか?

 ひゅんひゅんひゅんひゅん……。

 その時、俺の耳が何かが高速で飛行する音を捉えた。上空を見上げると——いた。たくさん。

 六角形の形をした、クリスタルのように透き通った何か。その何かがたくさん、縦横無尽に空を飛び回っている。そいつからは冷気のようなものが発せられていて、周囲にはダイヤモンドダストが降り注いでいる。

 ガシャ、ガシャ。

 今度は地上だ。何か思い機械を引き摺るようにして誰かが歩いてくる。男っぽい。

「——この街の裏には、ものすごくでっかい穴があいている」

 男は詩のような、伝承のようなものを諳んじながら歩いてくる。その間も上空を、六角形の何かが飛び回っている。

「——その穴は昔々、空から大きな隕石が降ってきてできたそうだ。そしてその隕石の中には世にも恐ろしいバケモンが潜んでいた。

 バケモンは晩になると冷たい風とともに人里に現れては人やポケモンをとって食らうと言われていた。……けっ。ふざけやがって。ただのポケモンなんて食っても美味くもなんともねえよ。俺が欲しいのは……そう。真実と理想だ」

 男が近づいてきたことで、その姿が露わになる。

 灰色のコートを着た男。被ったフードに隠れかけている糸目。顎はしゃくれている。そして何より——機械で覆われた、極端に短い右腕。

 身体的な障害者なのか?

 その腕の機械。腕にしっかりと固定される設計になっていて、先端からはシュルルル、と冷気が漏れ出ている。あれがさっきの攻撃を放った兵器か。

「キュレムだな?」

 俺は立ち上がると、男に話しかける。

 白井にイッシュの伝承に疎いと指摘された俺は、色々と調べてみたのだ。その中にこいつがいた。最強のドラゴンポケモン、キュレム。

 こおり・ドラゴンタイプのこいつは体内で絶対零度に()()()()()冷気を作り出すことができる。そう、こいつはぜったいれいどを使えない。覚えない。

 いや。俺のように燕返しを覚えたりするかもしれない。だから油断はならないのだが……。

「い……と、まる……」

「フィア!」

 背後からフィアの掠れ声が聞こえた。生きてる。やっぱりキュレムは絶対零度はムリなんだ。

「まだ生きてたのか。効果抜群だから即死だと思ったんだが。ああ、この氷は特殊でな。確かに最初は絶対零度ではない。だが、これを受けたやつはだんだんと体温が低下していき、やがて——死ぬ」

 俺はキュレムを警戒しながら、フィアの手首を掴んでみる。

 確かに、さっきよりもさらに冷たくなっている。

 もしキュレムの言っていることが本当なら……まずいぞ。早く何か手を打たないと。

「糸丸……にげ、て……」

「バカ言うな。俺はお前を守るって約束したばっかじゃんか」

「だめ。キュレムに、は……」

 勝てないって? 確かにそうかもな。

 最強のドラゴンポケモン。白井よりも上ということだ。勝てないかもしれない。

 それでも逃げるわけにはいかない。逃げるなんてコマンドは許されないんだ。トレーナー戦と同じで。だって対人戦だもんな。

「あー、熱々だな。冷ましてやろうか? ジオ!」

 キュレムが上に向けて叫んだ。すると——ひゅんひゅんひゅんひゅん!

 次々と六角形——ジオと呼んでいたから、おそらくフリージオが襲いかかってくる。そいつらは角張っていて、ぶつかったら痛手を負いそうだ。

「こんな奴ら!」

 俺は奪眼を抜刀すると、刀と拳銃で次々と襲いかかってくるフリージオたちを蹴散らす。

 ギンッ、ギギンッ、ババッ!

 防御が脆いフリージオらは、刀や拳銃の攻撃で簡単に壊れていく。けれど……

(数が多すぎる!)

 討てども討てども、フリージオの数は減らない。次から次へと四方八方から飛んでくる。

 ギンッ! ギンッ! ババッ! ガキンガキン!

 やがて拳銃が弾切れになる。まずい。予備の弾倉はもうない。

 俺は拳銃をホルスターにしまい、拍断を抜く。二刀流で舞うように刀を振り回し、フリージオたちを弾いていく。

 しかしこれでは、キュレムに手を打てない。俺はサイコカッターは使えない。離れたところにいる敵に刀で攻撃することができないのだ。

 キュレムをそれを承知でこの物量作戦を行ってきていたのだろう。俺が拳銃をしまったのを確認すると、悠々と右腕の機械をセットし始めた。

 キュレムが引き摺らなければ運べないほど巨大なそれは、正常な左腕の倍以上の長さだ。

 機械の下部から伸ばされた支柱が地面に突き刺さる。

 正面から見るとキュレムの顔のような、一部が凍りついているその巨砲。背部にはブースターらしき4つの突起物が左右2つずつ付いている。

 ガガン、とX字状になっている砲口が開いた。そこから白い冷気が漏れ出る。

 まずい。虫の知らせが走る。今あれを撃たれたら……。

 俺の足元にはフィアがいる。俺がここから離脱しようとすればフィアが確実にフリージオたちに仕留められてしまう。ただでさえ、早く何とかしなくちゃいけないのに。

 かといってここでフリージオの相手をしていると、キュレムの疑似絶対零度の格好の餌食だ。何か手は——

(あった!)

 あった。いや、正確にはあるかもしれない。

 これがどういう効果なのかはわからない。けれど、こいつに賭けるしかない!

 俺は制服のポケットに手を突っ込み、それを掴むと宙へと放り投げた。

 

 キィィィィィィィィンッ!

 

 耳を劈くような超音波が響く。これは超音波弾(ちょうおんぱ)だったのか。

 奥田がフィアと戦った時に、不発に終わった特殊弾。フィアがはたきおとしたのを俺が拾ったものだ。そうか、フィアの特性リーフガード。あれは混乱は防げない。だからこの弾を使用しようとしたのか。

 超音波弾の効果は覿面。空を飛んでいたフリージオたちは、今は彼方此方に飛んで行っては木に衝突したり、地面に墜落したりして自滅している。キュレムも地面に膝をつき、耳を押さえている。

 逃げるなら今だ。

「逃げるぞ、フィア!」

「……い……」

 フィアの身体は、触っている俺が凍ってしまうのではと思うほど冷たかった。このままでは、本当に死んでしまう……。

 俺はフィアを背負い、薙刀を拾うと走り始めた。とにかく走る。この場から離れるんだ。どこに向かえばいいのかはわからないけど——。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ここはどこだ……?」

 どれくらい走っただろう。とにかく走り続けた俺は、もうほとんど足が動けなくなるまで走った。おかげでここはどこだがわからない。

 とりあえず道路には出た。しかし車通りはない。困った。

「フィア……」

 背中のフィアに声をかけるも、後ろからは何の返答もない。どうする。もう本当に……フィアは凍りついてしまう。

 凍る? これはこおり状態なのか? なら対処法は何かあるはず。

 いや、ダメだ。俺はこおりなおしを持ってない。なんでもなおしを持っているのは明日香だ。

 ダメ元で明日香に電話をかけてみるが……反応がない。そりゃそうか。今まで無視してたのに、今日だけ電話を受けるとか。フィアの自業自得? いや、俺のせいだ。

 確かにフィアはこういう事態を狙っていた。こうして俺が救援を受けられない状況を作り出し、大阪に連れて行ってEVOによるリンチを企んでいたのだ。改めて考えてみるとそら恐ろしいな。ハニートラップじゃないか。

 でも、俺がもっとフィアと他のメンバーが仲良くやれるように計らっていれば……。俺は口ではフィアは婚約者じゃないとか言いながら、ずっとフィアを放置してきたんじゃないか。自分が力比べでかなわないからと、逃げてきたんだ。

 俺のせいだ。俺の逃げが、フィアが死にかける事態を引き起こしてしまったんだ。自分で自分にクモのすを張るべきだったんだ、俺は。逃げられないように。

 何も手の打ちようがない。俺が炎技を使えれば、なんとかできるかもしれないのに。

「——何かいる⁉︎」

 虫の知らせ。道路脇の茂みの中に何かがいる。生き物だ。わずかながらに息が聞こえる。

 俺はフィアを背負ったまま、フィアの薙刀を構える。誰だ。敵か? キュレムの奴がもう追ってきたのか?

 

「ぐるおおおん!」

 

 茂みからそいつが飛び出してきた。大ジャンプをして、上から俺へ飛びかかってくる。

 俺は薙刀の刃先をその何かに向けて——そいつの正体に気付き、慌てて薙刀を下ろした。

 俺のすぐ脇に着地した獣。神々しいまでに美しかった毛並みは乱れ、月光の下に栄えそうな銀の毛は血に染まっているが……こいつは。

「ハイマキ!」

 ハイマキは震えながらも立っている。俺と同じように血塗れのハイマキ。かなりの傷を負っている。なぜ?

 すぐに答えは出る。例の狙撃手に違いない。ということは、キンジとレキは——

「ハイマキ! キンジとレキはどうした⁉︎ 2人は今どこに⁉︎ 無事なのか⁉︎」

 ハイマキは道路沿いに走り出した。知っているのか、2人の居場所を。

 俺はフィアを背負い直すと、ハイマキに従って走っていく。

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