緋弾のアリアドス 作:くものこ
ガレージに停められていた車に乗って、俺は京都駅へと送られることになった。ガレージ内には川崎重工の高速ヘリ、OH-1もあった。たしかニンジャとか呼ばれてるやつ。陸自でも運用されてたはず。
車を運転しているのは以前粉雪を迎えに来た車の運転手。後部座席には俺と風雪さんが乗っている。護衛のためだとか。
「芦長様。遠山様から蕾姫に関する話は聞かれましたか」
「いや。そういえば聞いてないな」
後で話すとかなんとか言ってたくせに。……あれ、もしかして俺がフィアと食事してたから?
「では簡単に説明させていただきます。彼女は大陸民族のウルス族の者。彼女たちの祖先はチンギス=ハン」
風雪さんは一度言葉を切ると、俺を見た。俺のリアクションを待っているかのように。
「それで?」
「驚かないのですか?」
「ごめん、チンギス=ハンって誰?」
「……」
風雪さんは眉をぴくりと動かした。
「知らない? チンギス=ハンを? 世界史でも日本史でも出てくるのに?」
「ごめん。知らない」
こちとら元ポケモンなのだ。世間一般的に話に出てくるくらいじゃないと知らない。信長とかアリストテレスとか。
「ではこう言いましょう。源義経の子孫なのです」
「よくわからないけど日本人か。だからレキは大陸の民族出身なのに日本人っぽい見た目なんだな。あれ、でもどうして髪の色は……」
「神崎・H・アリアと同じで、璃璃色金と何年も一緒にいた影響だと思われます」
「えっ、璃璃色金? レキって色金を持ってたの?」
「いえ、身体を検分させてもらいましたが璃璃色金は見つかりませんでした。おそらく、ウルスの地で璃璃色金と心を通じる、いわば巫女的な役割を果たしていたものと思われます」
うん……? そろそろ話がわからなくなってきた。巫女……それって、星伽みたいな? でも星伽と色金ってどんな関係が?
「星伽の書物にはこのような記述があります。『璃璃色金は穏やかにして、その力、無なり。人の心を厭い、人心が厄災をもたらすとし、ウルスを威迫す。璃璃色金に敬服せしウルスは、代々の姫に己の心を封じさせ、璃璃色金への心贄とした』」
つまりレキに感情がないのはその璃璃色金のせいだということか?
「着きました」
ちょうどその時、京都駅に着いたことを運転手さんが教えてくれた。
「ありがとうございます。フィアをよろしくお願いします」
車から降りた俺。その後ろから風雪さんが声をかける。
「芦長様。もう少し教養をつけたほうがよろしいかと。あまりにも無知すぎるのはさすがに星伽も婚姻を認めないと思われます。では」
バタンとドアが閉まって、車が走り出した。
「えっ、何の話?」
京都駅。俺は星伽に用意してもらった切符に書かれた指定席に座る。窓際だ。行きはフィアに色々と邪魔をされたので、帰りはいい景色が見れそうだ。
たしか隣にも武偵高の生徒が乗る予定だと星伽の人が言っていた。誰だろう。知り合いかな? それだといいのだが。ほら、やっぱり知らない人と隣になるって気まずいじゃん?
窓の外を眺めながら今回の修学旅行について考えてみる。あまりいい旅行とは言えなかったな。人を斬ることになるわ、死ぬわ。しかもキュレムなんてのも出てきたし。まさかこの新幹線に乗ってたりしてないよな?
気になって、俺は首を伸ばして座席越しに車内を見回す。……ふむ、それらしき人影はないな。よかった。まあさすがにいるわけないか。
——あ。
車内を見回していたら、俺はとある女子と目が合った。赤い髪をポニーテールに結んだその美少女は、武偵高の制服を着ている。明日香だ。久しぶりだな。
明日香は俺に気付くと、ぷいとそっぽを向いた。……やっぱりまだ怒ってるのか。俺、本格的に明日香に嫌われたな……。
明日香は俺の方を極力見ないようにしながら、自分の席を探し出す。切符と座席の番号を照らし合わせ、だんだんと俺のいる車両の前の方に来る。
そして、急に通路の真ん中で立ち止まった。俺を見て、切符を見て。挙動不審にも周囲をキョロキョロし始めた。
「おい、立ち止まるな。邪魔だ」
「あっ、すみません」
と、後ろからやってきたサラリーマンの人に怒られた。明日香はぺこぺこと頭を下げる。新幹線は停車時間が短いからな、そんな通路の真ん中で立ち止まられては迷惑なのだろう。
意を決したのか、覚悟を決めたような顔をした明日香はゆっくりと前の方に進み、俺の座っている席のある列で止まった。そしてカクカクと俺の方を向き。
「き、奇遇ですねー、糸丸」
微妙にうわずった声でそう言うと、俺の隣に座って前を向いた。なんだ、俺の隣だったのか。恥ずかしいな。さっき人から目を逸らしておきながらその隣に座るなんて。
明日香もその羞恥を感じているのか、顔を耳まで真っ赤にしながら前を向いたまま微動だにしない。ふふっ、可愛らしいな。
俺からの視線に気付いたのか、明日香は振り向いた。
「な、なんですか。私はまだ怒ってるんですよ?」
俺に視線を合わせられないのか、あっちを見たりこっちを見たりしながら明日香が言った。いや、全然説得力ない。本当に怒ってるのか、こいつ。
「糸丸は修学旅行、どこに行ったんです?」
「清水寺、三十三間堂、銀閣寺」
「具体的に何時頃、どこにいたのか教えてください」
「えっと……昼前が清水寺。昼は京都駅で食べて、昼過ぎに三十三間堂。その後銀閣寺。詳しい時間は覚えてないよ。明日香は?」
「お、教えません。私は怒ってますから」
そう言うと明日香は俺から目を逸らした。ちぇっ、ケチ。
他にすることもないので、明日香の行動を観察してみる。手帳を取り出すと、そこに書き込まれた昨日の予定を眺め、時折『ああ、ここですれ違って……』『もう少し早ければ……』とかなんとか呟いている。どうやら反省しているらしい。何を?
次に明日香はポケットからコンパクトミラーを取り出し、髪の毛をいじり始めた。くるくると指先に絡めては戻し、前髪をつまんでは伸ばしてみたり。何がしたいんだ。
そこで、明日香の持っている鏡が微妙に俺の方に傾いていることに気付く。その鏡を覗いてみると、鏡越しに明日香と目が合った。
「な、なんですか?」
「お前こそなんだよ。鏡でずっと俺のこと見てたんだろ。好きなのか?」
「そ、そんなわけないでしょう!」
明日香は手をブンブン振る。殴りたいけど、殴れない。そんな感じだな。
くっくっ、頭白い。明日香は絶対に手を出してこないから、ストレス発散のためにからかっても全然問題ない。すごいことを発見してしまったかもしれない。
「いいですか、私は怒ってるんです。話しかけないでください」
明日香は目を閉じ、頬を膨らませた。『今から寝るから話しかけるな』みたいなオーラ全開である。
しかし暇なんだよな、今。なんか新幹線動かないし。なので俺は明日香をさらに揶揄うことにしてみる。
ポケットから虻初にもらった萌葱色の玉を取り出し、一言。
「綺麗だよなぁ。思わず見とれちゃうよ」
ぴくっ。明日香の眉が動いた。
「いつまで見てても見飽きない。本当、好きだよ」
ぴくん。明日香の唇が動いた。
「そうだな、撫でまわしたい。いいよね、どうせ動かないんだし」
「だ、ダメです! こんなところで——」
ついに反応した明日香が目を開き、俺を見た——萌葱色の玉を手に持ち、窓から射し込む光にあてながら見ている俺を。
「ななな……なんでですか!」
「どうした? ねえ、この石綺麗じゃない? それともまさか自分のことだと思ったの? 明日香ぁー、自意識過剰だなぁ」
「い、糸丸……あああ、もういいですっ!」
明日香は恥ずかしいのか、顔を両手で隠すと通路の方を向いた。ふはは、満足満足。
しかし……一向に発車しないな、新幹線。
俺は腕時計を見る。時間的にはもう出てもおかしくないのだが……何か事故でもあったのか?
その時、車内アナウンスが流れた。
『お客様にお伝え申し上げます。現在、のぞみ246号において発生した不慮の事故により、その他の便は全て運転を見合わせております……』
なんだって? のぞみ246号——たしかキンジと白雪が乗っていたはずの新幹線だ。
「お、おい! これを見ろ!」
その時、車内の誰かが叫んだ。そいつは携帯のワンセグ機能でテレビを見ていたらしいのだが、とあるテレビ局のニュースが流れていた。
『名古屋駅付近を走行中ののぞみ246号。爆弾が仕掛けられているとのことで……たまたま乗り合わせた当局のスタッフと連絡が……中継します……』
騒ぎ出した乗客のせいで後半はほとんど聞き取れなかったが、どうやらキンジたちの乗っている新幹線がジャックされたらしい。とことんついてないな、キンジ。
「糸丸」
隣からの声に振り向くと、明日香が俺を見ていた。頬を少し紅潮させているものの、目は真剣そのもの。
「私の出番ですね」
「だな」
俺と明日香は新幹線から降車すると、プラットホームの名古屋方面の先まで走る。
「でもどうするんだ? 俺は秘伝の薬を持ってない。うまくラティアスを操れる自信はないぞ」
「なんとかしてください! 男でしょう!」
んな無茶な。男だろうとオスだろうと無理だろ。例えばガブリアス6匹相手に1匹で勝てと言われても無理なんだよ。無理なものは無理。
「糸丸さん! 明日香さん!」
その時、俺たちの背後から俺らを呼ぶ声がした。振り向くと——
「沙那!」
沙那だ。沙那がこっちに向かって走ってきている。
「どうした?」
「秘伝の薬です。1本しかないんですけど……」
沙那が俺に手渡した小瓶。秘伝の薬。
「作ってたのか!」
「はい。実は修学旅行初日に、渡そうと思ってたんですが」
フィアに邪魔をされてしまった。そういうわけか。まったく、困ったお転婆さんだ。
「どうして私たちがここにいると?」
「星伽から連絡を受けたんです。ほら、私と白雪さんは友達ですから。どこかの蜘蛛さんと違って友達、多いので」
うっ。悪かったよ、少なくて。おかげで今回の修学旅行では死にかけたりなんかもしたしな。もう少し交友関係を広げよう、そうしよう。
「あ、そうだ沙那。東京に帰ったら話があるんだ。今度食事に行こう」
「「えっ」」
驚く沙那。あと明日香。なぜ明日香も驚く?
「構いませんが」
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
俺は沙那に手を振ると、再びプラットフォームの端めざして走る。慌てて明日香が追いかけてくる。
「事が終わったら話があるって……フラグですよ」
「知るか。俺はフラグくらい折ってやるよ」
「そうでした。建築士ですものね、糸丸は」
建築士? 俺は別に建物を建てたりしたことはないが。
「それと。フィアさんはどうされるんです? 婚約者がいるのに他の女性と食事なんて……」
「それを言ったら今も明日香と2人で行動しようとしてるだろ。それに……婚約は破棄だ。フィアと俺はただのクラスメイトだよ」
俺らはプラットフォームの端についた。新幹線が止まっているという事で、俺と明日香は線路の上に下りる。そのまま線路伝いに駅の外へ。
「それ、本当ですか?」
「ああ。だから何の問題もないだろ。俺は明日香と(救援に)
秘伝の薬を飲み干し、俺は明日香の方を向いた。なぜか彼女は顔を真っ赤にし、驚愕の表情で俺を見ていた。
「明日香? ダメ?」
「い、いいいいいえ! そうですね。私も一緒に
急に笑顔になる明日香。ほら、やっぱり俺に怒ってなんかないじゃんか。
「だよな。よし、ラティアスを頼む」
「はい!」
威勢のいい返事をした明日香の姿が綺麗な水のように透き通る。そしてやがて消え、代わりにハンググライダーが現れた。
コントロールバーを掴み、ワイヤーで体を固定する。MG装備を装備したラティアスなら、新幹線にだって追いつけるはずだ。最高時速がマッハ4なんだから。
「とびはねる!」
俺は地を蹴り、空へと飛び跳ねた。