緋弾のアリアドス 作:くものこ
「昨日ぶりだな」
キュレムがジャンプすると、俺より後方の車両に降り立った。ガシャン、と音を立てながら巨大な絶対零度の砲身をセットする。ばね仕掛けで展開されるようになっているそれは、まっすぐに砲口を俺へと向ける。
「あの時は小癪な手を使いやがって……今日こそ氷漬けだ!」
ヒュラララララ……!
砲口から冷気が溢れ出す。キュレム式のぜったいれいどだ。一撃必殺に限りなく近い攻撃。食らえば死は免れない。
だが、誰が撃たせるかよ!
俺はテクノバスターの照準を合わせて——バスッ、バスッ! 引き金を引いた。
銃口から飛び出した青色の光弾。直径5センチ程度の光の弾丸がキュレムめがけて空を駆け抜ける。
ひゅん、パリンッ!
キュレムの目の前にフリージオが1つ飛んできて盾になった。
粉々になったフリージオが風で吹き飛ぶその中から、キュレムの右腕のキャノンが現れる。
青白い霧がそれを中心に渦を巻き、その奥がうっすらと光り始める。
まずい、撃たれる——!
なんとかしようと思った矢先、新幹線の左右の空から何体ものフリージオが角張った体を高速で
バスッ、バスッ!
「くそっ、こいつら!」
次から次へと襲いかかってくるフリージオたちの対処で手一杯だ。これではキュレムの攻撃を回避できない。たかだか命中率30パーの技を当てられてしまうぞ!
「凍えろ!」
絶対零度砲の砲口が光を強めた。くる——!
……バラバラバラバラ……!
その時、上空からヘリが1台近づいてきた。川崎重工のOH-1だ。さっきレキを運んできたやつ。
まだ用があるらしい。いや、言われなくてもわかる。でもまさか来るなんて。
その開け放たれたハッチから誰かが飛び降りた。そいつの改造された制服の袖口から弾丸が無数に発射される。
ババババババッ!
「むっ!」
キュレムは砲ごと後ろにジャンプ。すると砲口の光が収まる。なるほど、この絶対零度は気合いパンチ的なデメリットがあるっぽい。
——すたっ!
俺の目の前に着地した女子。ちょこんと前髪がはねた萌黄色の髪。改造された和服調の防弾制服。
「糸丸、待った?」
「フィア!」
苔石フィア。彼女が援護にやってきたのだ! どうやらあの星伽のヘリにはレキだけが乗っていたわけではなかったようだ。
「どうして来たんだよ!」
「星伽神社に切里沙那から連絡が入ったの。ほら、S研の学友みたいだし」
「だからってフィアが来なくたって……」
星伽には風雪さんみたいな戦闘力の高い人間だっているのだ。わざわざ怪我人が出てこなくたっていいじゃないか。
「いいでしょ。私もそろそろ東京に行こうかなって思ってたとこだし」
「よくないだろ……くる!」
俺はフィアを押し倒しながら、屋上の端に転がる。
ズドン—————— !
さっきまで俺らがいた空間を冷気の砲弾が突き抜けた。危なかった。もう少し反応が遅ければ、俺とフィアはお陀仏だっただろう。具体的にいうとマンムーみたいなことになっていたかもしれない。……意味わかんねえな。
「リーフィアが来ようと無駄だ無駄! 今は夜。葉緑素だって十分に働かないだろ!」
そうだ。今は午後7時を回っている。日は出ていない。すなわち、フィアは特性を発揮できない。
これはかなりのディスアドバンテージだ。リーフィアから特性をなくしたら何が残る? そこ、少なくともアリアドスよりは強そうとか言うな。相性はいいし!
「糸丸。お願いしてもいい?」
ギンッ!
フィアは背中の薙刀を抜いて飛来してくるフリージオを散らしながらそう言った。
「お願い?」
「うん。少しの間だけでいいの。私の身代わりになって」
バスッ!
俺はフィアの背後から迫ったフリージオを撃ち墜としてから答える。
「お願いなんてするな。言ったろ、俺はフィアを守るって」
「糸丸……いいの?」
「ああ。任せろ」
テクノバスターをゲノセクトに戻し、背中の二刀を抜刀する。確かゲノセクトには自律飛行する機能があったはず。それをうまく活用すれば四方八方から迫ってくるフリージオの対処くらいできるはずだ。
でもどうすれば機能するんだ? 説明書なんてないし……。
とりあえず話しかけてみた。
「おい、ゲノセクト。お前も空飛んで戦え。後方から来るフリージオは頼んだぞ」
ピコン! ゲノセクトのカメラアイが点灯した。うおっ! こいつ……動くぞ!
「イエス、サー」
ゲノセクトから流れてきた音声は……ボーカロイド(女性)。なるほど、メスか。
……えっ、なんで? 性別不明じゃないの⁉︎ どういうことだよ、クロマ! お前の趣味か、そうなのか⁉︎
ゲノセクトは俺の腕のアームバンドから離脱すると——カチャカチャ! 変形した。
下部に収納されていた2本の足が展開される。フリスビーみたいだった本体部分は前後に分裂、中からアームが2本とテクノバスターが現れる。アームは両脇に、テクノバスターは本体前部の上に設置されて砲台になる。
アンドロイド? いや、虫型だから違うな。アンドロイドは『人間に似たもの』という意味らしいし。
「セントウヲ、カイシシマス」
キュイイイン——!
ゲノセクトが高速で動き、フリージオにぶつかる。
パリンッ!
フリージオが粉々になる。氷と鋼、砕けるのは氷だ。
ゲノセクトはフリージオの破片が舞う宙を飛び回り、次のフリージオへと突進する。さらにUターンをしたと思うと、バスバスッ! テクノバスターを撃ち、フリージオを片っ端から撃墜した。
強い。速い。同じ虫でもここまで違うものなのか。
「次は当ててやるッ!」
その時、キュレムが再び絶対零度のチャージを始めた。
「撃たせるか!」
俺は二本の刀を構えながらダッシュ。キュレムめがけて攻撃を仕掛ける。
「ジオ!」
キュレムの声に反応したフリージオたちが、キュレムを守るように囲み始める。一番近くにいるやつから叩き斬るが……ダメだ。数が多すぎる!
ヒュラララララ……
キュレムの姿が冷気でかすむ。空気が冷え込み、鳥ポケじゃないのに鳥肌が立つ。どうせならさめはだの方が便利なんだけど。
いや、文句を言っている場合じゃない。これから絶対零度が撃たれるのだぞ。
俺は後ろを振り向く。ゲノセクトが次々とフリージオを蹴散らすその手前。そこではフィアが薙刀を持って舞っていた。
袖が舞い、袴の裾が舞い、髪が舞う。フィアの姿は流れるように動いていた。思わず見惚れてしまいそうな華麗な舞い。薙刀と一体となったかのように、自然な動きでそれを振る。
まだ9月ということもあり、運動をすれば汗をかく。フィアが動くたびに汗が弾けとび、それが月の光を受けて煌めく。その光景はどこか幻想的だった。
守ってみせる。何があっても、フィアを守らなければ。
つるぎのまい。それを積むために、フィアは俺にみがわりを頼んだのだ。みがわりならみがわりにらしく、敵の攻撃を受け止めてみせる。
「死ね!」
キュレムの声を合図に、キュレムを取り囲んでいたフリージオたちが一斉に散り散りになる。チャージ完了された砲口がまっすぐ俺を捉えている。白く眩い光が輝き始める。
避けることはできない。そうすれば後ろのフィアに当たってしまう。
だから俺は——!
「ゲノセクト!」
俺はゲノセクトを呼ぶ。後方のフリージオを全滅させたゲノセクトは俺の元へと滑空、左腕のアームバンドにくっつく。
クロマはこのゲノセクトの用途について、色々と語ってくれていたな。自律飛行ユニット、近接武装、銃、そして——
ててててん!
ゲノセクトから何かのゲームの効果音のような音が鳴った、次の瞬間——
ズドン——————!
キュレムの右腕の武装から、 絶対零度の弾丸が放たれる。それと同時に、俺の左腕のアームバンドに接続されたゲノセクトが、俺の腕ごと俺の体の正面へと移動する。そして——シュインッ!
ゲノセクトを中心に半透明の円状のシールドが形成される。シールドが俺の正面に展開されたのだ。
ドンッ!
そのシールドが砲弾を受け止める。衝撃で俺は屋上を数十センチ後ろへと滑るが——
「防げたな」
無傷である。ダメージ0。
まもる。ポケモンの防御技の1つ。ゲノセクトがこれを習得してくれて助かったぜ。
シールドが消える。平然と立つ俺を見て、キュレムは目を丸める。
「ば、馬鹿な……!」
すぐさまキュレムは絶対零度の再チャージを開始し、その周りをフリージオたちが飛び始める。
俺がゲノセクトからテクノバスターを取り出そうとすると……
「糸丸、バトンタッチ!」
後ろからの声。振り向くと、ちょうどフィアが深緑刃を突き立てて棒高跳びをし、俺を飛び越えていくところだ。
そのまま空中でクルクルと回ったフィアは、深緑刃を振りかぶりながらフリージオの大群の中へと突っ込む。
「やぁ!」
バキバキバキッ!
たったの一撃で、大量のフリージオが粉々になって吹き飛ぶ。間一髪でキュレムは後方へと回避したが、フィアの深緑刃は新幹線の車両の屋根に大穴を開けた。凄まじい攻撃力だ。まさに攻撃がぐーんとあがったって感じだ。
フィアは深緑刃を横に薙ぐ。キュレムはジャンプしてそれを躱し、フリージオを踏み台にして大きく後ろに跳躍。フィアから距離をとる。
「それならっ!」
フィアは改造制服の袖の中から短機関銃を取り出すと、キュレムめがけて弾をばらまく。しかしそれらはすべて、フリージオの束が盾となって受け止める。
ダメだ。攻撃力が高くても、当たらなければどうにもならない。今は日射しがないからフィアの素早さは普通の状態。キュレムはフィアの動きに対応ができてしまうのだ。
「終わりか? ならばこっちから仕掛けるぞ!」
キュレムの背後にフリージオが集結する。そして一斉に回転を始めた。
「何を……?」
フィアが身構える。敵の攻撃を警戒する。これはなんだ? なんの技だ?
ひんやりとした風が頬を撫でる。汗が冷や汗に変わる。少し肌寒くなってくる。
「ゆけっ、フリージオ!」
別のフリージオたちが左右から飛び込んでくる。フィアは深緑刃で薙ぎ払おうとするが、フリージオはフィアの懐に潜り込んで体当たりをかます。
「きゃっ!」
フィアが躱しきれず、フリージオに弾き飛ばされる。
「フィア⁉︎」
バスッ、バスッ!
俺はテクノバスターでフリージオを牽制しながらフィアの元へ駆け寄る。おかしい。フィアが不覚をとるなんて。
俺はフィアの元に来て気付く。寒い。キュレムの方から吹いてくる弱めの風が、俺の体温を奪うような冷たさをもっている。
これは凍える風……!
「立てるか、フィア?」
「これくらい……!」
フィアは深緑刃を杖代わりにして立ち上がると、キュレムを睨む。
対するキュレムはうっすらと笑みを浮かべた。
「どうした。仕掛けないのか?」
まずいな。このままだとキュレムに攻撃を当てられない。それはすなわち、やつに絶対零度を撃たせるチャンスを与えることにもなる。まもるで防ぐのにも限界はあるぞ、きっと。連続使用は危険なんだ。
ガシャン!
その時。背後で音がした。俺とフィアが振り向くと——
「素早さをあげたいのなら、これが有効かと」
さっきフィアが開けた穴。そこからひょっこりと顔を覗かせていたのはエム。彼女は穴から歪な扇風機のような、赤いカラーリングの機械を屋根へと押し出した。赤。たしかこの世界では赤は通常の3倍らしい。
「エム? その機械は?」
「ラティアスの残骸から急ピッチで製作しました。ウイングパーツを羽根に、モーターエンジンを動力にして完成させただけの急ごしらえものですが、性能に問題はありません。ちゃんと2倍速になります」
ぴっ。エムがスイッチを押す。すると——
ブオオオオオオオ——!
強力な風が、扇風機から俺らへと送り込まれる。そう、俺らにとってこの風は——
「おいかぜ!」
おいかぜ。強力な追い風を味方につけることによって、素早さを2倍にする技。3倍まではいかないけど、それでも十分。ようりょくその代わりにはなる。
エムは車内に戻る前に、フィアを見た。
「私はあなたのためにやっているわけではありません。イトマルのためです。勘違いしないでください」
「わかってる。誰もそんな勘違いしないから」
あーあーあー。これはあれだ、ツンデレってやつだ。そうか、実はエムはレ——
「糸丸、絶対違う」
フィアに断言された。
「えっ、違うの? てかなぜ人の心が読めた? まさかお前、エスパーだったのか⁉︎ 草・エスパーとか、ナッ……あっ、いえ。まるで
フィアのニコニコした顔が怖かったので、訂正しておいた。うん、フィアはヤシの実ではないな。
と、その間にも危険を察知したらしいキュレムは後退を開始していた。フリージオをミツハニーのようなハニカム構造みたいに複数連結させて足場を作り、その上に乗って逃げていくところだ。もうある程度の高さに上がっていて、普通のジャンプなら届かないだろう。
「糸丸、追いかけるよ!」
「わかってる!」
俺らは追い風を受けながら全力で新幹線の屋根の上を走る。フリージオの足場との距離を縮め、まずフィアが思いっきりジャンプする。
「ワイヤーを!」
フィアが深緑刃を投げとばし、足場に突き刺す。俺はワイヤーを打ち出して深緑刃に引っ掛けると自分も飛び出した。
空中でフィアを抱きとめる。ワイヤーを巻き戻し、俺とフィアはフリージオの足場に飛び乗る。
「バカめ。追いかけてこなければいいものを!」
数メートル四方のフリージオの足場の反対側で、待ち構えていたキュレムが俺らを嘲笑う。
追い風はない。むしろ進行方向を考えれば俺らには向かい風。近くに俺らの援軍はない。フリージオは飛び回っているが。
それでも戦う。こいつを逃すわけにはいかない。こいつがプレートを持っている限り。あれほど強力な氷技だ。絶対にプレートを持っているはずである。
「さあキュレム。プレートを返してもらうぞ」