緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第8弾

 留置人面会室。アクリルの板の向こうにはアリアに似た美人がいる。彼女が神崎かなえさんなのだろう。母親にしては若いな。

 俺は部屋を見回してみる。狭い、閉じられた空間。2人の管理官が見張っている。モンスターボールの中ってこんな感じなのだろうか? 俺は一度も入ったことがないから分からないが。

「まぁ……アリア、どちらかは彼氏さん?」

 俺らを見てちょっと驚いたような顔をしたかなえさん。アリアが赤面している間に、俺が口を挟む。

「そうなんです。こちらがアリアの彼氏の遠山キンジ。俺はアシスタントの芦長糸丸です」

「ち、違うわよ! ママ、あたしとこいつは全っ然、そんな関係じゃないから!」

 慌てて弁解を始めたアリアは、母親に見えないところで俺の脛を蹴った。か、かなえさん! 娘さんは大変暴力的に育ってますよ!

「キンジさん、糸丸さん、初めまして。わたし、アリアの母で神崎かなえと申します。娘がお世話になってるみたいですね」

 優しい声色で話すかなえさん。彼女がいるだけで、面会室の雰囲気が優しくなっているような気がする。アロマセラピーでも発しているのか。

「あ、いえ……」

 なんか滑舌の悪いキンジ。何をドギマギしているんだか。もしかしてこういう女性がタイプだったりするのか? だったらアリアとキンジをくっつけるのは無理そうな気が……。

「ママ、面会時間が3分しかないから、手短に話すけど……このバカ達は武偵殺しの被害者なの。先週、武偵校で自転車に爆弾を仕掛けられたの」

「……まぁ……」

「さらにもう一件、バスジャック事件が起きてる。ヤツの活動は急激に活発になってきてるのよ。てことは、もうすぐシッポも出すハズだわ。だからあたし、狙い通りにまずは武偵殺しを捕まえる。ヤツの件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役864年が一気に742年まで減刑されるわ。最高裁までの間に、他もぜったい、全部なんとかするから」

 誰かに腕を引っ張られた。目をやるとキンジが目を丸くしていた。瞬き信号(ウインキング)で俺に尋ねてくる。

『知ってたか?』

 俺は首肯。キンジはさらに目を丸くする。プリンみたいだ。

「そして、ママをスケープゴートにしたイ・ウーの連中を全員ここにぶち込んでやるわ」

 イ・ウー。それがアリアの言っていた"あいつら"か。どんな組織なんだろうか。

「アリア。気持ちは嬉しいけど、イ・ウーに挑むのはまだ早いわ。"パートナー"は見つかったの?」

「こいつよ」

 今度はアリアに腕を引っ張られる。

「糸丸さんが? キンジさんは違うの?」

「それは……」

「それじゃダメよ、アリア。あなたの才能は遺伝性のもの。でも、あなたには一族の良くない一面、プライドが高くて子供っぽい性格も遺伝してしまっているのよ。そのままではあなた自身の能力を半分も発揮できないわ。

 だから、あなたにはパートナーが必要なの。あなたを理解し、あなたと世間を繋ぐ橋渡しになってくれるパートナーが。曾お爺さまにも、お祖母さまにも優秀なパートナーがいたでしょう?」

「だから、あたしは糸丸を」

「アリア。別に糸丸さんが優秀じゃないなんて言わないわ。彼からは何かの力を感じられる。でも、急ぎすぎているのよ、アリア。よく考えなさい」

「だってママを!」

「人生はゆっくりと歩みなさい。早く走る子は、転ぶものよ」

「神崎、時間だ」

 壁際に立っていた管理官が告げる。

「待ってて、ママ! 必ず公判までに真犯人を全部捕まえるから!」

「焦ってはダメよアリア。私の最高裁は弁護士先生が引き伸ばしてくれているわ。だからあなたは落ち着いて、まずはパートナーをしっかりと探して。本当に糸丸さんでいいのか、別の人がいいのか。その額の傷は、あなたが1人で対応しきれない危険に踏み込んでいる証拠よ」

前髪に隠されたアリアの傷を指摘するかなえさん。気付いていたんだな。

「時間だ!」

 興奮するアリアを宥めようとアクリル板に身を乗り出したかなえさんを、管理人が羽交い締めにするような形で引っ張り戻す。

「やめろッ! ママに乱暴するな!」

 アリアが犬歯をむき、アクリル板に飛びかかる。しかし、厚くて固いその板はビクともしない。

 結局、そのままかなえさんは面会室から出され、扉は閉められた。

 

 

「訴えてやる。あんな扱い、していいワケがない」

 俺とキンジの前方を、何やら独り言しながら歩くアリア。

「なあ。糸丸は知ってたのか? かなえさんのこと」

「ああ」

「アリアから聞いたのか?」

「いや。武偵なら自分で調べろって言われたんだろ? 俺だって同じだよ。武偵同士の戦いってのは情報戦から始まるんだからな」

「戦いじゃねえだろ」

 しかしイ・ウーか。どんな連中なのかは知らないが、とんでもない集団だな。一人の女性に800年以上もの懲役に当たる罪を着せるんだから。

 アルタの前までつくと、アリアは立ち止まった。俺らも立ち止まることを余儀なくされる。背後から見たアリアは顔を伏せ、肩を震わせていた。

 その足元に、水滴が落ちる。それは雨、ではないのだろうな。

「アリア……」

「泣いてなんかない」

 強がるアリア。でも、涙はこぼれ落ち続ける。さらに、何かに追い打ちをかけるように雨も降り出した。

「キンジ、あとは頼んだ。俺は帰るから」

「帰る? 何言ってるんだよ。アリアをこのまま放っておくのか? パートナーだろ」

「パートナー、か。でもかなえさんは言ってたよな。本当に俺でいいのかって」

 かなえさんは思っているんだ。俺なんかじゃ役に立たないって。アリアも俺ではギリギリだと言っていた。虻初にも言われた。俺なんかの低種族値にはこれからの戦いは勝ち抜けないと。

 結局、人になっても俺は下位互換の存在だということなんだよな。昔、ペンドラーの劣化版だったように。

 そりゃキンジのヒステリアモードには歯が立たないだろうさ。反射神経や論理的思考力が通常の30倍になるんだろ? どうやって勝てっていうんだよ。600族だって無理だろ。

「糸丸……」

 俺は一人で駅に向かう。過ぎゆく人たちは楽しそうに会話をしながら歩いていく。羨ましいな、普通の人は。強くなくたって、人より劣っていたって、そこそこに生きていけるんだから。

 

 

 その日の夜。アリアからメールが届いた。

『糸丸。あんたには悪いけど、一度イギリスに帰ろうと思う。ママも言っていたでしょう、本当に糸丸でいいのかって。だから、一旦パートナーの関係は解消。あたしはもう一度パートナーを探してみる』

 アリアは明日の午後7時、羽田発の飛行機でロンドンに行くらしい。もう一度パートナーを探してみるんだと。

 俺は携帯を強く握りしめる。

 ——そうかい、やっぱり俺はお払い箱か。

 別に気にしてなんかない。一度は目をつけてもらった分、ポケモンだった頃よりマシだ。いつも通り、俺は劣等種だっただけだ。

 何がプレハブだ。持っていたって、全然役に立たないじゃないか。いっそ、虻初のやつに渡してしまおうか。

「いや、それはダメだな」

 俺はアルセウスに頼まれたんだ。だったら最後までやり遂げてみせる。それにアリアのパートナー外されたのが何だっていうのだ。今まで通りに戻っただけだろ。他の元ポケモンのやつらとともに戦っていけばいいだけじゃないか。

 

 

 次の日。一般科目の授業にアリアの姿は見当たらなかった。昨日のメールの通り、今日ロンドンへ発つのだろう。

 キンジは知っているのだろうか? アリアのメールは、あの時点で奴隷だった俺宛てに送られてきたもの。だったらキンジに送ってはないんだろうな。

 昼になり、俺はキンジと食堂でランチを食べる。ヌオーみたくヌボーッとしているキンジを見ていると、何を食べているのか分かっているのか気になってしまう。

「キンジ、元気か?」

「……ああ」

「今日はアリアがいないな」

「……ああ」

「お前、アリアのことが好きなのか?」

「……ああ」

 ……ダメだ、こりゃ。心ここにあらずってこういうことを言うんだな。そこまでアリアがいないのが気になるのか。ってあれ? それってアリアのことが好きってこと? もしかしてあながち間違っていないのか?

 その後、時間ギリギリになってもゆっくり食べ続けるキンジを何とか引っ張って探偵科へと連れて行き、俺は急いで諜報科の授業へと向かった。

 ことが起きたのはその授業後である。

 諜報科の授業を終えて、帰路につこうとした時、俺はキンジを見た。探偵科の建物から出てきたキンジは真剣な顔をして何処かへと向かっていく。午前中の様子からは想像できない顔つき。何があったんだ?

 気になった俺は進路を変更。キンジの尾行を開始する。もちろん、昨日のキンジの下手な尾行とは違ってバレることなく。

 モノレールに乗って台場へ。キンジはクラブ・エステーラの前で立ち止まった。建物に出入りするのはOLやデート中の若者たち。この店は高級カラオケボックスのような店らしい。

 キンジが入り口のところで辺りをキョロキョロと見回す。誰かと待ち合わせか。

 駐輪場の方へ回ってみる。自転車に混じって悪趣味な色合いのスクーターが停めてあった。ショッキングピンクの改造ベスパ。ああ、思い出した。これ理子のだ。どうやら理子とキンジが密会するっぽいぞ。

 でも、理子がキンジに何の用があるんだ? わざわざこんな高級なところに呼び出してまですること……。

「ま、俺には関係ないか」

 時計を見る。時刻は午後6時を過ぎたところ。そろそろ空港に行くかな。見送りくらいはしたいし。

 モノレールの駅に向けて歩き始める。今日はだいぶ風が強いな。天気予報では台風が接近していると言ってたっけ。

 強い風。あの日の夜を思い出す。まさか今日も現れたりしないよな?

「糸丸君!」

 その時、歩道を歩いていた俺の真横に一台のバイクが横付けされた白バイを改造し、迷彩色に染めたそれは通称ジャロバイ。乗っているのは言わずもがなジャロ。

 彼は俺にヘルメットを投げてよこす。

「事件だよ、糸丸君!」

「悪い、今忙しいんだ。飛行機の見送りに行かないと」

 アリアの出発まであと一時間しかないんだ。

「誰か他の武偵を探してくれ」

 ヘルメットをバイクのハンドルにかけてその場を去ろうとすると、ジャロに腕を掴まれた。

「君じゃなきゃダメなんだ!」

「俺……?」

 そんな話があるというのか。誰かの下位互換でしかない、俺でなければならないことなんて——

「プレハブだ! プレハブが暴れてるんだよ!」

 ——プレハブ。

 そうだ。俺にしかできないこと。俺のアイデンティティ。俺はアルセウスに頼まれたんだ。あの世界の神様に。だから、これは俺がやらなければならないこと。俺にしかできないこと!

「分かった! 20分でケリをつける!」

「そう来ないとね! フルスピードで行くよ!」

 ヘルメットをかぶり、ジャロの後ろに乗る。ジャロバイは元々俺が後ろに乗ることを前提に改造されている。そのためか、座り心地はなかなか。

「さあ行こう、糸丸君!」

「おう!」

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