幻想を映す水溜り   作:BNKN

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リードの先には

 私は火焔猫燐。ここ地霊殿にて怨霊の管理をさとり様から任されているしがない火車である。最近はお空が中々働かなかったり、さとり様が病気になったりと私の仕事が増えている気がするが構うもんか。主が弱っている時に助けないペットなんかいないというものだ。

 

 それで私が今何をしているか。それはズバリ、さとり様のお料理作りである。さっきにもちらっと言った通り、さとり様が病気にかかって、今は満足に動けないし喋れない日々が続いている。喋れないけれどあたいにはさとり様が何を欲していて何をしたいか手に取るようにわかる。主の心くらいなら覚妖怪じゃなくても読めるというものだ。

 

 

 

「さとり様、入りますね」

 

 中からさとり様の返事はない。そりゃそうだ。

 玉子雑炊の乗ったお盆片手にドアを開けるとむわっと篭もりきった匂いが鼻に付いた。

 

「ご、ごめんなさいさとり様っ、今換気しますね!」

 

 地霊殿では灼熱地獄が近くにあるせいで温度が地上よりも高い。そんな中で窓を閉じて密閉された空間の中に長時間いれば汗もかくし、その匂いも篭るというものだ。あたいとした事が窓を開けるのをすっかり忘れてしまっていた。

 

「.....」

 

 ちらりとさとり様を見ると苦しげに眉をひそめていた。

 

「ごめんなさい、本当にすいません」

 

 しょぼくれて謝るとさとり様が少し微笑んでくれた。あたいにはその表情だけで「気にしないで」と言ってくれていることが分かった。こんな時、普段のさとり様ならあたいの頭を撫でてくれるのだが今その手は動かせない。何となく感じたやり場のない不足感にまごついていると、さとり様の視線が私から机の上の雑炊に視線が移った。

 

「ああっそう言えば、雑炊を作ってきたんです!今食べられそうですか?」

 

 私が聞くとさとり様はほんの小さく頷いた。

 

 

 

 さとり様の食べるスピードに合わせてスプーンを口元まで運ぶ。そして、ちょっとずつ食べていくのだ。この時に私は最近あった事をさとり様に伝えている。やはり寝たきりだと退屈するだろうし、何の変化もない生活というのもつらいだろうと言う事だ。

 

「地上では博麗の巫女が代替わりをしたそうですよ」

 

 さとり様が相槌を打つことはないが、私の話を聞いて僅かに表情を変えていくれる。それが嬉しくて、ついつい話し込んでしまう事も少なくない。

 

「それで、最近は鬼のお姉さんが何だかいちゃもんを付けてくるんで――」

 

 今日もつい話し込んでしまい、ちょっとした愚痴を零した時の事、地霊殿の呼び鈴が喧しく館内に響いた。

 

「ああ...また来た」

 

 噂をすればなんとやら。今日もまた鬼のお姉さんが来たらしい。やれやれ、あたいはそんな暇じゃないんだから勘弁して欲しい。

 とはいえ、来てしまったものは仕方ない。

 

「すいません。少し離れますね」

 

 さとり様に一言入れて、さとり様が小さく笑った事を確認してからあたいは部屋を出た。

 

 

 

 〇

 

「また彼処に行ってきたの?」

「ああそうさ」

 

 地霊殿から戻って一人酒を煽っていると、パルスィがやってきて隣に座った。

 

「鬼だって怪我するのね」

「当たり前だろ。私だって不死身じゃあないんだ」

 

 おかしな奴だ。何時も私から誘ってものってこない癖して、声をかけていない時には自分から寄ってくる。猫みたいだな、パルスィは。

 

「ううん、違うわ。そうじゃなくて鬼を傷つけられるのね、彼女」

「...怨霊を操られるとな。ちょいと厄介なのさ」

「成程ね」

 

 怨霊は精神を犯す。肉体よりも精神に比重がある妖怪にとって怨霊はそれなりに脅威なのだ。

 

「彼女の様子はどうだった?」

「どうもこうもないよ。相変わらず狂ってる」

「...」

「いや、違うな。狂おうとしてるって感じだ」

 

 そうだ。あいつはおかしくなろうとしている。あいつも頭では理解してるんだ。

 

「成程、だから勇儀も彼女に構うのね」

 

 こちらを覗き込む緑の双眸。その目はお前のことなら何でもお見通しだと言うように怪しく煌めいている。

 

「...それだけじゃないんだけどな」

 

 今までは私が地霊殿に行っただけで追い返されてしまっているが、何時までもこんな事をしていられない。あいつの為とかそんな事じゃなく、私の知り合いが嘘に塗れているという事が気に食わないんだ。鬼らしく、自分勝手に行かせてもらおう。それに、さとりとの約束もある。

 

「応援してるわ」

 

 楽しげにグラスを揺らすパルスィ。グラスの中で踊る氷に目を奪われながらの片手間に言われた応援メッセージにはなんの感情もこもっていなかった。

 

「冷たいな。加勢には来てくれないのか?」

「冗談はやめて。私が加勢に入った所で何の力にもなりゃしないわ」

 

 一度グラスを傾けてからそう捲し立てたれた。まあ、加勢に来て欲しいとも思っちゃいないがもう少し手心があってもいいんじゃないかとは思う。

 

「私が出来るのは此処で誰かさんの話を聞いてあげるだけよ」

「私が誘ってもノってくれない奴がなにを言うか」

「馬鹿ね。たまにこうして構ってあげるからいいんじゃない。希少価値ってやつよ」

「そうかい」

 

 長年つき合っているがよく分からん。まあ、確かにこうして話すと確かに何だか得した様な気になる。

 

「有難う。助かるよ、パルスィ」

「ば、馬鹿ね。お礼なんていいのよ。早くあの子のとこへ行ってらっしゃいな」

 

 正面から礼を告げてみるとパルスィは頬を少し染めて顔を背けた。相変わらず他人の感情を正面から受けるのが苦手なようで可愛い奴だ。

 私は「妬ましい妬ましい」とブチブチ呟いているパルスィと別れて、また地霊殿へ足を向けた。

 

 

 

 〇

 

 全く鬼のお姉さんにも困ったものだ。ほっといておくれと、いつもいつもいつもいつも言っても聞いちゃくれない。ここはさとり様の家だ。鬼のお姉さんに兎角言われる筋合いはないというもの。

 少し乱れた服の裾を正して部屋へ戻ると、さとり様は眠ってしまっていた。折角作った雑炊はもう冷えて乾いてきてしまっている。

 

 わざわざ起こすことも無いか。

 

「...」

 

 雑炊は捨てようかと皿を傾けると、後ろからもたれ掛るようにして腕が伸びてきた。驚き振り返れば、こいし様が「私に頂戴」とでも言う様に皿へ視線を向けている。

 

「新しいのを作りますよ」

 

 私がそう言うとこいし様はイヤイヤと首を横に振った。

 

「仕方ないですね」

 

 私は乾いた雑炊の表面にスプーンを突き立てる。僅かな抵抗を無視して雑炊の中へ沈んでいくスプーン。こいし様は食べ物を零してしまうから私の背中に乗るこいし様の口元までスプーンを運ぶ。口に入れるとこいし様はニッコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 ビー

 

「...」

 

 どうやら眠ってしまっていたらしい。地霊殿の呼び鈴の音に目を覚ます。未だ眠気の靄がかかった頭を振って時計を見ると夜の7時。地底では昼とか夜とかあまり関係無いが生活リズムの基準として考えている。妖怪でこんな事を考えているのはきっと私たち地霊殿にいる妖怪だけだろう。さとり様の生活リズムにあたい達が合わしただけだ。きっとさとり様がいなくなったとしても体に定着したこれは中々落ちない事だろう。

 いや、今はそんな事より来客だ。今日はもう鬼のお姉さんは来たから誰だろうか。

 

 

 

「よう」

「...」

 

 最悪じゃないか。少しウキウキして扉を開けてみれば見慣れた一本角がそびえ立っていた。

 

「何か用?」

 

 意図せず語が荒くなってしまう。鬼のお姉さんが何を言いに来たかは分かってるから。

 

「いやね。いい加減目を覚まさないかと」

 

 ほらきた。

 

「だから、何時も言ってるけど何の話さ」

「知らばっくれるなよ。わかってる癖に」

「分からないからこうして聞き返しているんだよ」

 

 何時も何時も同じやり取りをしている気がしする。いい加減、鬼のお姉さんも飽きないのだろうか。

 

「違うね。お燐(お前)はよく分かってる。分かっちゃいるが認められないのさ」

 

 どこか遠まわしな物言いに腹が立ってくる。あたいは暇じゃないんだ。鬼のように気ままに暮らすことなんて出来ない。

 

 

 なんせさとり様のペットなんだから。

 

 

「...知らないけどもう行っていいかい?さとり様の様子を――」

「それだよ」

 

 あたいがかぶりを振って館内に戻ろうとすると鬼が扉を掴んで言った。

 

「は?」

「お前は何時も二言目にはさとり様って言うよな」

 

 当たり前だろ。

 

 

 私はさとり様のペットなんだから。

 

 

「当たり前だろって顔してるな。それくらい覚妖怪でなくてもわかる」

「五月蝿いな。冷やかしなら帰っておくれ」

「いんや、今日は帰らない。帰ってやるもんか」

 

 いつになく強情だな。

 面倒極まりない。

 殺してしまおうか。

 

「...分かったよ。そこまで言うなら誤魔化さずに、もっとハッキリ言っておくれ」

 

 あたいが鬼の方へ向き直ると鬼は扉に掛けていた手を離した。

 

「じゃあハッキリ言ってやろう。お前の言うさとり様なんて何処にいるんだ?」

 

「は?」

 

 こいつは一体何を言い出すんだろうか。何処にも糞も地霊殿に決まってるじゃないか。

 此処がさとり様のいる場所なんだから。

 

「ああ、言い方が悪かったな。お前がお世話してるさとり様やらこいし様は今何処にいるんだ?」

「お姉さん、おかしな事ばかり聞くんだね。さとり様は此処で暮らしているし、こいし様だって此処に帰ってくる。さっきだって此処にいたよ」

「へぇ。ならお前がいつもしているお世話は一体どんな仕事なんだ?」

 

 ズカズカと他人のプライベートにまで入り込んでくる。これだから鬼という種族は嫌いなんだ。

 

「...今日はさとり様の部屋を換気して、使った雑炊をさとり様に食べてもらったよ」

 

 こんな事聞いてどうするんだか。

 

「成程、そういう設定なのか」

「は?」

「いやな、お前が慕っていたさとりはもういないぞ」

「あ?」

「随分前に寿命で死んだよ。あの時に一番悲しんでたのは他でもないお前だったじゃないか」

 

 コイツが一体何を言っているのかさっぱり分からない。

 

「死んだ?馬鹿言っちゃいけないよ、お姉さん。さとり様は今は病気で動けないし喋れないけど、私に微笑んでくれる!私の作った料理を食べてくれるっ!!死んでなんかいないっ!」

 

 あたいから沸き立つ怨霊たちの軍勢が鬼の肌に傷をつけ始めた。それを気にした様子も無く鬼は続ける。

 

「違う。それはお前さんが作った幻だ。さとりだってこいしだって死んだんだ。目を覚ませ」

「生きてるって言ってんだろうがっ!!!」

 

 あたいが声を上げる度、怨霊達は死体を引き摺る様な声を上げて鬼を攻撃する。

 

「じゃあ見せてやるよ」

 

 鬼はそう言うと地面を強く蹴った。その衝撃だけで怨霊たちは弾かれ、鬼は館内に立ち入ろうとする。

 

「おいっ!勝手に入ってんじゃねえぞっ!!!」

 

 あたいが繰り出した爪は鬼の肩を抉り、フロントの床に赤い花を咲かした。

 

「丁度いい。一緒に連れていってやる」

 

 そう言って鬼は私の手首を固く握って、引き摺るようにして館の奥へ進んでいく。鬼が一歩進んでいく度に私の視界に入っていた白靄は晴れていった。ドンドン地霊殿の中の様子が脳みその中に入ってくる。見慣れている筈の景色が形を変えていく。

 

 破れたカーテン。

 

 朽ち果てた木製扉。

 

 動物達の腐った死体。

 

 灯りの消えた天井。

 

 罅の入った通路壁。

 

 頭が痛い。深い眠りから無理やり引きずり出される様だ。

 

「おら、ここだ」

 

 鬼が私を連れて辿りついたのは凄まじい死臭を放つ扉の前。

 

「だ、駄目だよっ!!鬼のお姉さん、頼むからよしとくれよっ!」

 

 此処だけは醒めちゃいけない。

 

 此処だけはあたいの世界なんだ。

 

 腕を掴まれている鬼の手首を切り落として、扉の前に立ち塞がる。

 

「もうっ...もういいだろっ!」

「良くない」

「本当に駄目なんだ。あたいは、まだ夢に浸っていたいんだ...だから」

「どけ」

「お願い...」

「どけ」

「お願いします...この通りです....」

 

 精一杯頭を下げる。あたいには何もできないんだ。

 

「どけ」

 

 だけど鬼は聞く耳を持ってくれない。

 

「....ううううっ、ああああああああっ!!!」

 

 どうしてもこの扉を開けるって言うなら殺してやる。相手が鬼だろうと知ったことか。

 鬼の首元狙って突き出された右腕。顔見知りだろうが関係ない。完璧に殺すつもりだった。

 

 だけどその手が鬼の肌に触れることは無かった。

 

「う"っ!」

 

 気付けばあたいの体は宙に浮き、扉を突き破って部屋に叩き込まれていた。

 

「これが現実だよ」

 

 妙に優しく語られたその言葉にあたいは顔を上げることが出来ない。上げてしまえばあたいがあたいでなくなってしまうから。

 

「ちゃんと見な」

 

 蹴られた腹が痛むあたいを鬼は無理やり持ち上げて、顎を掴まえてベッドの方へ向かせた。

 

「っ!」

「見えたか?」

 

 あたいの視線の先にはボロボロのベッドの上に寝そべるよく分からない人型の何か。肉がドロドロに腐敗していて、元が何か分かったものではない。その顔と思われる場所の下部には乾いた米がへばりついていた。

 

 無造作に床に置かれた皿の近くにもう一つの肉の塊。こちらは体に革製のベルトが巻き付けてあり、まるでランドセルの様にも見えた。

 

 それはどうしようもなく。

 

 本当にどうしようもなく、唯の死体だった。

 

 

 

 〇

 

「分かったか。死んでるんだよ」

 

 五月蝿い。

 

 そんな事ずっと分かってた。

 

 分かってない筈ないじゃないか。

 

 

 あたいはさとり様のペットだぞ。

 

 

「何時までこんな馬鹿なこと続けるつもりだ?」

 

 馬鹿なこと?

「馬鹿なこと?」

 

「ああ、馬鹿な事だ。何時までも死者に引き摺られ、自分に嘘をつき続けるお前は大馬鹿だ」

 

 こいつは何も分かってない。

「...お前は何も分かってない」

 

「今のお前よりは分かってるつもりさ」

 

 分かってない。

 

「あたいは...あたいはさとり様がいないと駄目なんだっ!さとり様が死んじゃって、こいし様もいなくなっちゃたなら私は何者なんだいっ!!」

「お前は火車。お前は火焔猫燐だ。それ以外何者でもなくなったんだよ、遠い昔に。」

 

 やっぱり何も分かってない。

 

「違うっ!!私は、私はっ!さとり様のペットの妖怪だっ!さとり様のペットの火車だっ!さとり様のペットの火焔猫燐だっ!!さとり様あってのあたいなんだよっ!主がいないペットなんて...そんなの...そんなの要らない....」

 

 あたいが、[お燐]になったのはさとり様に名前を頂いた時からだ。

 

 あたいが、[お燐]でいられるのはさとり様がいる時だけだ。

 

 [お燐]はさとり様がいなきゃ、生きていられないんだ。

 

「主を貶めるのはペットの役目なのか?」

「貶めてなんか...」

「死んでからも、お前のままごとに付き合わされるんだぞ」

「う、うるさいうるさい五月蝿いっ!大体、なんでお姉さんが口出ししてくるんだいっ!放っておいておくれよっ!」

 

 これはあたいと、さとり様の問題なんだ。

 こいつは部外者なんだ。

 

「それはな、私の友人が狂ってることに私が耐えられないってのが一つ」

「そんな理由で――」

「それで、さとりにお前さんを任されたのがもう一つだ」

「っえ?」

「お空やこいしが死んだ時のお前の乱れ様を見たさとりが私に頼み込んで来たんだよ。『どうか私が死んだ時は...面倒を見てくれとまでは言わないが、気にかけてやって欲しい』ってな」

 

 嘘だ。

 

「言っておくが私は嘘なんてつまらんことは言わん」

「じゃあ、どうして...」

 

 あたいにはその先の言葉が分からない。ただ口から零れた音の意味を自分で理解出来ない。

 

「そんなの...あたいはどうすれば....」

「ペットを辞めればいいのさ」

「そんなの出来ない、出来ないんだよ。あたいにはそれが全てなんだ」

 

 それきり部屋は静まった。ボロボロの壁に旧地獄を舐め上げる風が吹いて少しだけ音を立て、朽ち果てた窓枠が薄らと緑色に光った。

 

「...なあ、お燐」

「なんだい...鬼のお姉さん」

「私は嫌いか?」

「あぁ...大ッ嫌いさ」

 

 口に出すとゾクゾクと胸の内からお姉さんへの恨み辛みがダムが決壊するが如く、溢れかえってきた。

 

「大ッ嫌いだよ。あたいはお姉さんが妬ましいんだ。主がいなくたって生きていけるその力強さが妬ましいっ!自己を持っているその図太さも妬ましいっ!その傲慢さ、その優しささえ、全てが妬ましいんだっ!何よりっ!さとり様に信頼されているという事実がどうしようもなく、妬ましいっ!!!あんたなんか大ッ嫌いさっ!!!」

 

 吐いた。

 こみ上げてくる思いをお姉さんにぶちまけた。

 そんなあたいを前にしてもお姉さんの視線は揺るがない。

 

「私の事が嫌いなお燐はさとりのペットのお燐じゃない。間違いなく抜き見のお前自身だ」

「...何が言いたいんだい?」

「その首輪の持ち手はとっくに手を離してるんだよ。あとはお前がそれを外すだけさ。そして、お前にはそれをするだけの自己がある」

「...分からない。何もわからない。ねえ、お姉さん。ペットを辞めたなら、あたいは一体どうすればいいのかな...」

「それはお前が決める事だよ」

 

 あたいは一人だ。

 

 さとり様...寂しいよ。

 

「ただ一つ言っておくと、お前が私の事を嫌っていようと私はお前の事が結構好きだぞ」

 

 鬼のお姉さんはそう言うと床に落ちた手首を拾って部屋を出ていった。

 

「....なんだい、それ」

 

 なぜだか分からないけれど笑いが込み上げてくる。

 

「本当に気持ちいい程の妖怪だね、お姉さんは」

 

 笑いの後には涙が零れた。

 

 

 

 〇

 

「お疲れ様」

 

 私が手首を無理やり引っ付けているとパルスィがやって来て、隣に座った。

 

「加勢はしないって言ってなかったか?」

「さあね。どうだったかしら」

「...そうかい」

 

 今夜は珍しくパルスィから酒を持ってきた様だ。久し振りに二人で呑むとしよう。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 陽の光が届かない筈の旧地獄。

 酒盛りの声や怒号、笑い声など、その名前からは想像出来ない程の賑わいを見せる猥雑とした表通り。そこを真っ直ぐ進んでいくと次第に光量は小さくなり、騒ぎ声の数も減っていく。やがて、喧騒が遠くに聞こえるようになる程進むと、何もない更地が眼前に広がる。そこはかつて、地霊殿という館があった場所で、そこに住む妖怪達がいなくなった後に取り壊された。

 

 そんな地霊殿跡地のちょうど真ん中に一つの石碑が鎮座している。彫られている筈の名前は既に風化していて読むことはできない。墓前に供えられている物など何もなく、墓と言うには余りに侘しい物であった。

 

 誰が立ち寄るわけでもなく、何処からともなく乾いた風が吹くと、墓石に括られた真新しい首輪が静かに揺らめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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