いつか訪れる結末(笑)
ここは白玉楼。死んだ魂たちが閻魔の裁きを受けるまでの間に順番待ちをする場所であり、西行寺幽々子がその統括をしている。統括とはいえど、やっている事はふらりとその辺りを歩いてみたり、宙を漂う魂にちょっかいをかけているだけであるが。
そんな自由な幽々子様が唐突に何かを始めたいと言う時も少なくない。例えば最近で言うと、幻想郷に神霊が大量発生した異変の際、異変の首謀者がそうであった為かどうかは分からないが、仙人になりたいと言った時があった。色々準備した割に、即効で飽きて片付けさせられたからよく覚えている。
そして、そんな風に何かをしてみたいと幽々子様が言う時には異変とも言える兆候が見られるのだ。
「幽々子様、もう召し上がらないんですか?」
「....ええ」
これである。現在、幽々子様がおかわりした茶碗の数は五。普段ならこの三倍は掻き込む幽々子様が五杯で満足するなど考えられないのだ。いや、五杯でも多いとは思うけども。
ともかく、幽々子様がこうやって少食になったらそれは兆候なのだ。
「ねえ、妖夢」
ほらきた。
「私、死んでみたいわ」
「はい?」
今回ばかりは意味が分からなかった。
「どういう意味ですか?」
「死んでみたいのよ」
この人には噛み砕いて説明する気は無いのだろうか。何時も幽々子様の言うことは婉曲的で良く分からないのだ。そうして何時も半人前だと言われてしまう。
「すみません。私にも分かるようにお願いします」
「いやだわ、そんな事だから妖夢は半人前なのよ」
私はそろそろ泣いてもいいと思う。
「ええとね、私は今、死んでるでしょ?」
「ええ」
「で、死ぬ前の記憶がないの」
「らしいですね」
「だから死んだ時のことも覚えてなくて」
「はぁ」
幽々子様は伝えることは言い切ったとでも言うように私に期待の眼差しを送っている。
「え、終わりですか?」
「鈍いわねぇ。だからぁ、誰しも一度は体験する筈のお葬式を私は経験してないのよっ!」
プンプンと擬音語を背中に背負うのは我が主ながら可愛らしい限りではあるが、言ってる内容は全く可愛らしくない。どころか、どことなく狂気を感じないことも無い。
端的に言うと意味不明である。
「普通の人間の場合、経験も糞もないと思うんですが。死んだら終わりですし」
「そんな事知らないわ。重要なのは私のお葬式をしてもらった経験がないという事なのよ。折角死んでるのにこれじゃ一つ損してる気分だわ」
「よく分かりませんが、分かりました。じゃあ、幽々子様のお葬式をすればいいんですね?」
「ええそうよ」
面倒臭いが仕方ない。こうなった幽々子様は自分が飽きるまで止まらない。いやぁ、非常にタチが悪い。
一体、幽々子様は何故こんな事を思いついたのだろうか。私はふと幽々子様がご飯を食べる前に読んでいた本を拾い上げてみた。
幻想郷には外から度々、物が結界を超えてやって来る。勿論、雑誌や文庫本なんかも。幽々子様は暇を紛らわす為と言って、そういった本を読むことが多いのだが、今回はそれが原因になったらしい。
雑誌の表紙にはでかでかと『終活』の文字が書いてある。開いてみると、終活とは人生の終わりを迎えるための活動という事で、人生を終えるためにするべき作業を統括した意味であるらしい。その中に自分のお葬式を自分で決めて予約するという事もあった。
記事には老人の男性が笑顔で自分の遺影を手に持っていたり、笑顔で棺桶に入ったりと何とも楽しそうな終活の内容が書かれていた。おかしな文化だと思いはしたが、まさか葬式をやってみたいと言い出すとは...。
幽々子様に見せる本には検閲が必要なのかもしれない。
〇
「号外ですよ!号外!」
忙しなく動く人混みの中、背中の羽を仕舞い込んだ烏天狗の声がよく通る。号外なので無料である筈なのに人間は誰も取ろうとしない。それだけ烏天狗という種族が作る新聞に信憑性がないということだろう。
「白玉楼の主、西行寺幽々子さんが亡くなりましたーっ!号外ですよっ!!」
その内容が内容なら尚更な事である。
「聞いてくださいよ霊夢さんっ! 誰もこれ取ろうとしてくれないんですよっ!」
「それで、なんで此処に来るのよ...」
人里と打って変わって、閑散とした博麗神社。此処にいるのは紅白巫女に白黒の泥棒だけである。
「はいっこれどうぞ。号外です」
「いや、私もいらないわよ」
「まあ落ち着け、霊夢。私が読むから心配しなくていいぜ」
「ちゃんと持ち帰りなさいよ」
「それは知らないな。私はここに置いてある新聞を読むだけだぜ」
にししと笑う魔理沙に霊夢は睨む目を強めるが、溜息と同時に目線を新聞の上に落とす。
「いらないんじゃないのか?」
「私の家にあるなら読まないと損でしょうが 」
「くっく、そうだな。どれどれ」
「おい、バカラス。記事間違ってるぞ」
「射命丸です。そして記事は間違ってません」
「幽々子は元々死んでるだろうが」
「それが私もそう思ったんですが、妖夢さんがそう言うので...」
一面に書かれた西行寺幽々子死去の文字。それの隣にはでかでかと笑顔の幽々子の写真が写されている。元気にこちらへピースしている。
「もうちょっと写真あったんじゃない?」
「幽々子さんがどうしてもこれがいいと仰って...」
「良くわからないわね」
そう言うと霊夢はお茶を飲み干して、ゆっくり立ち上がった。
「ん?霊夢、どこへ行くんだ?」
「白玉楼。何か企んでるなら未然に防がないとね」
「奇遇だな。私もちょうど行こうと思ったところだ」
人間がコンビニ感覚で冥界に行けるというのだから恐ろしいものだ。この二人に関していえば妖怪に近いのかもしれない。
「さて、私ももうちょっと配ってきますかね」
どこか諦めた雰囲気の見える声色で呟く新聞記者は直ぐに人里へ飛び立った。
〇
「何だこりゃ」
魔理沙がそう呟くのも無理はないだろう。冥界に入って飛び込んできたのは無数の魂。それは何時もの事であるが、その一つ一つが黒い喪服を着用しているのだ。はっきりいって気味が悪い。
「いよいよ怪しいわね」
私達が白玉楼門前まで来ると、中からドタドタと音が近付いてきた。その音は向こう側で止まり、門を開けた。
「ああ、霊夢さんたちでしたか...早かったですね」
出てきたのはそこいらの魂と同じ様に喪服に着替えた庭師の妖夢。今日は自慢のなんたら剣も持っていないらしい。
「気になったから様子を見に来たのよ」
「暇だったから茶々入れに来たぜ」
「そうですか...幽々子様も喜ぶと思います」
私はともかく、茶々入れに来られて喜ぶのもどうなんだ。
私たちは中へ通された。
「この度は態々、幽々子様の為に――」
「いやいやいや、待ちなさい。私たちは別に幽々子が死んだと思って来たわけじゃないわよ」
「え?」
キョトンとした顔を見せてくれるが、私の感覚はごく一般的なものじゃないだろうか。
「だからね、私はあんたらがまた妙な事をしてると思って、調査しに来たのよ」
「なるほど...つまり、幽々子様が死んだという事は信じていらっしゃらない?」
「当たり前よ」
「いいでしょう。ではこちらに」
妖夢が後ろの麩を開けると、そこには小さな祭壇と木製の棺桶が置かれていた。
「顔を見ていって下さい」
妖夢が開けた覗き窓に目をやる。
「どうです?綺麗な顔してるでしょう...死んでるんですよ...」
「....」
「おお、こりゃまた...」
綺麗な顔してるってか笑ってる。
めっちゃこっちにウィンクしてきてる。
「まるで生きてるみたいだぜ」
「いや、生きてるでしょ。死んでるけど」
茶番過ぎる...。
魔理沙も何故か妙に乗り気だし、意味がわからない。
「幽々子様は今朝亡くなりました。突然の事でした...。何時ものようにご飯を十五杯召し上がられた時に....くっ....喉を詰まらせて....ウプ....き、きっとお年だったのでしょう」
いや、笑ってんじゃん。
「そうか...そんな間抜けな死に方だったのか...。でも、なんて言うか幽々子らしい最後だな」
「くっくく...」
何真剣な顔でそれっぽいこと言ってるんだか。
「下らない。私は帰るわよ」
私が立ち上がると妖夢が私の裾をひっ掴む。
「お待ち下さいっ!これから様々な人妖が集まって、それから葬式を開きます。それまで此処にいてください」
「はぁ?こんな茶番に誰が付き合うのよ。私は帰――」
瞬間、私の言葉を遮って沢山の妖怪達が部屋に入ってきた。
慧音、妹紅、レミリア、咲夜、早苗、優曇華、てゐ、紫、藍、橙、命蓮寺の連中に仙人ども、それから馬鹿四人。他にも沢山の妖怪たちがゴタゴタと入ってきた。全員がご丁寧に黒っぽい衣装にドレスアップしている。
突然、狭い部屋に雪崩込んで来たものだから私は外へ行くことが出来ず、中へ押し戻される。
「はいっ、それでは一通り幽々子様の顔見せが終わったところでっ!いよいよ、お葬式を始めたいとおもいまーーすっ!!」
妖夢の大声に妖怪たちは拍手喝采。
いや、拍手て。
「それではまず、何か言いたい人ーっ」
一斉に元気よく手を上げる妖怪たち。
随分と仲のよろしいことで。
というか、葬式のスピーチを挙手制ってどうなってんだ。
マイクが三人ほどの手を渡り、妖夢の元へ返った。参考までに言うと、その三人のスピーチはどれもこれも巫山戯たものばかりだった。
「それでは次に、幽々子様からの挨拶です。それでは幽々子様こちらへ」
妖夢がそう言うと、幽々子は棺桶から立ち上がって何時ものようにスィーっと移動していった。
いや、流石の私もこれは予想してなかった。まさか死人からの挨拶を段取りに入れているとは...。
ていうか妖夢は葬式のやり方を絶対に知らない。
「はい、どうも皆様こんにちは。今日は私のために態々、お越しいただき本当に有り難うございます」
一礼。釣られるように妖怪たちも一礼。
「えー私、西行寺幽々子は死んでからの記憶しかございません。故に、お葬式というものを誰かに開いて貰った記憶も無いのです。そんなの不公平ではありませんか。そして、私は思いつきました。ならお葬式だけでも開いてしまえばいいんだと。私は既に死んでいるわけですから、本質は変わりませんし。今回はそんな私の我が儘にお付き合い頂き、重ねて御礼申し上げます」
まあそんな事だろうとは思った。こいつら妖怪は一々やる事がオーバーなのだ。
「えー今日は無礼講でありますのでこの後、思う存分騒いで頂けると私も安心してあの世に行けます」
葬式が無礼講なんて聞いたことない。それに、此処が既にあの世だ。
「はいっ、幽々子様からの謝辞でした。それでは幽々子様、ゆっくりお休みになられて下さい」
幽々子はマイクを離すと、また静かに棺桶の中へと寝そべった。
「えー、次に人間代表の博麗霊夢さんから乾杯の音頭を取っていただきます」
「はあっ!?」
妖夢が私を無理矢理、立たせてマイクと杯を持たせる。いや、馬鹿じゃないの、乾杯て。
「...」
「霊夢さんっ早くっ」
「おーいっ早く飲ませろーっ!!」
私が黙っていると妖夢が急かし、魔理沙が野次を飛ばしてくる。ああ、そういう事か。やっと分かった。
「はぁ...やっとあんたらのしたい事が分かったわ。要するにあんたら全員、暇で暇で仕方ないから呑んで騒ぎたいだけなのね」
部屋の何処からか「当たり前だろー」という声が上がる。
「そういう事なら、こんな面倒な事せずに早く言いなさい。あんたに言ってんのよ」
いつの間にか棺桶から半身持ち上げて、杯を持つ幽々子に指差すと、幽々子は悪戯っぽく舌をだしてウィンクしてくる。ムカつく。
「こういう事なら、何時も通りでいいわね」
一拍置くと妖怪たちの目に喜色が見られる。どんだけ飲み騒ぎたいんだか。
「乾杯っ!!」
「「「乾杯っ!!!!」」」
〇
始めは部屋にギリギリ入り切る程の人数だった人妖達の宴。いつの間にかその人数は膨らんでいき、皆外へ出て騒ぎ倒すようになった。
下品な笑い声、乱暴な怒号、何故か聞こえる破裂音。酒の肴とでも言うように空には弾幕の花が咲く。
案外、長きを生きる妖怪を初めとする人外の葬式なんてこんなものなのかもしれない。