新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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幸運艦の『役割』

「これだけあれば当分は持つな……」

 

 

 日はとうに落ち、近くの窓から見える外はとっぷりと黒に染められている。そんな鎮守府の廊下を歩きながら、俺は一人ごちた。

 

 そういう俺の手には一本の(candy)。それを舌で転がしながら、片手は制服のポケットで踊るcandyのストックたちを撫でる。

 

 

 はたから見ると満面の笑みでスキップでもしそうなほど軽やかな足取りで進む俺――――――Jervisは自分が宛がわれた部屋に向かっているところだ。

 

 

 昼間、北上から教えてもらったCandy(こいつ)をついさきほど、夕食の折にマミーヤにおねだり(猫かぶって)ストックを分けてもらった。俺のおねだりに、マミーヤはすごくほほえましい笑顔を浮かべながら「ここから好きなの1本(・・)選んでね!」と言って、candyが入ったかごをドンと出してくれた。

 

 それを夕食時にやったもんだから、他の駆逐艦(ガキども)が色めき立って大騒ぎになるのは当然であって。そいつらにもみくちゃにされるマミーヤをしり目に、10本近く(・・・・・)をくすねて今に至る。楽勝過ぎて笑えてくるぜ。

 

 

 まぁ、とはいってもこいつらはいずれ尽きちまう。何処かしらでコレの作り方(recipe)を手に入れなきゃならねぇ。さて、明日以降でまたねだりに行くか。

 

 

 そんなことを考えながら、俺は歩くスピードを上げる。面倒毎に巻き込まれる前に、さっさと部屋に戻りたいからだ。

 

 

 

 ん? candy争奪戦(面倒事)なんて、もう回避しただろって? いやぁ、それはそうなんだけどな。あぁ、もう……面倒くせぇな。

 

 

 ふと立ち止まり、ちらりと後ろを振り返る。そこには誰もいない廊下が奥へと伸びるだけ。特に何もおかしなことはない。普通の廊下が続くだけだった。

 

 

 

 そう、傍から見ればな。

 

 

 

「出て来いよ、『Lucky girl』」

 

 

 

 

 俺が声を上げ、同時に目線だけをそこ(・・)に向けた。

 

 

 そこにあったのは壁。いましがた歩いている廊下に接する、別の通路へと続く曲がり角。特に何の変哲もない角なのだが、俺の声に反応したそれ(・・)はびくっと身を震わせた。

 

 だが、それ以降特に反応はない。それはただ黙ってその場に隠れているだけだ。

 

 

 しばしの沈黙。俺は何も言わずにそれに視線を向けるだけ。対して、それは何もせずにそのまま硬直するだけ。

 

 

 

「……す、すみません」

 

 

 と、思ったものの。消え入りそうな声を発し、それは角から姿を現した。

 

 

 現れたのはユキカゼ(Lucky girl)

 

 最後に会ったのは昨日か。コンゴーの部屋でティーパーティーしてたとこに、こいつがいきなり飛び込んできたっけ。んで、そのあと話をしたらしょーないことで悩んでたから紅茶をかけて、それでバレたカゲロウに引っ張ってかれた。

 

 

 そこで係りは終わったはずだったんだが、俺が食堂を抜け出してすぐぐらいか? なんか後を付けられていたのだ。

 

 後を付けられるようなことをしたかと言われれば、心当たりがある(・・・・・・・)くらいだ。こちらから接触する気もないし、蒸し返す気もないし、できればスルーしたいところである。

 

 

 でも、このままじゃ俺の部屋までついてくる気がするからな。ゆっくりしてるところに突然訪問されちゃ、面倒くさいだけじゃ済まさない(・・・・・)。だから、最悪の事態になる前に面倒事を片付けようと思ったわけだ。

 

 

 まぁそんなことはどうでもよくて、今目の前に立っている奴は何か知らんが半開きの目をしている。意味は分かんないけど、とりあえず肯定的なものではないのは分かる。となると、心当たりは……

 

 

「んだ? 紅茶の借りでも返しに来たのか?」

 

「いえ! そんなわけ、じゃ……」

 

 

 俺の言葉をユキカゼは慌てたように否定するも、目が合うと真っ先にそらされてしまう。なんか、警戒されてるなぁ。おかしいな、ユキカゼには割とフレンドリーに接してきたはず。

 

 紅茶ぶっかけて、罵って、カゲロウに放り投げて……うん、やっぱり心当たりは無いようであるから何とも言えない。

 

 

 

「で、何の用? 昼間から(・・・・)後付けてきておいて」

 

 

 面と向かってそういう。するとユキカゼは顔を引きつらせた。あぁ、やっぱりか。

 

 

 なーんか今日の昼間あたり、正確には北上と分かれた後ぐらいから今まで(・・・)誰か(・・)につけられているような気がしてたんだよな。よく分からなかったから気配を感じた度に撒いてたけどさ。お前だったか。

 

 

 ……やっぱり借りを返しに来ただけじゃねぇか。

 

 

 

「生憎、もうお前に用はねぇ。これ以上関わらないでほしいんだけど?」

 

「……わ、私は用があります(・・・・・・)

 

 

 俺の言葉に小声で答えながら、ユキカゼは顔を上げた。そこにあったのは、迷いに染まり切った目でもなく、光を追い求める目でもない。

 

 

 

 

 

「どうすれば……『代償』にしないように出来ますか?」

 

「知らねーよ」

 

 

 やっとの思いで絞り出したであろう問いを、俺は速攻で切った。予想してなかったのだろう、ユキカゼは俺の言葉に間抜けな顔になる。それを一瞥し、俺は前に向き直ってそのまま歩き出した。

 

 

「ま、待っ……」

 

 

 すると、後ろからユキカゼの声が聞こえてくる。それに、俺は無視して歩を進める。そのまま進み続けると、後ろからこちらに駆けてくる足音が。

 

 

「待ってください!!」

 

 

 ちょうど真後ろから飛び出したであろう叫び声が鼓膜を叩き、遠慮なく腕を掴まれた。特に抵抗しないままでいると、掴まれた腕を引っ張られて後ろを振り向かされた。

 

 

 そこに立っていたのは、こちらを真っ直ぐ見つめるユキカゼ。

 

 額にうっすらと汗を滲ませ、硬く結ばれた口を横一文字に伸ばし、少しだけ非難するような釣り上がった目を向けていた。同時に俺の腕を掴む手に力が込められる。そして、わずかに顔を近づけてきた。

 

 

 まるで、『こっちを見ろ』というかのように。

 

 

「なん――」

 

「『幸運艦』、なんですよね。あなたも」

 

 

 俺の言葉を遮るように、ユキカゼはそう言葉を投げ掛けてきた。先ほどと同じようにやつの顔をまっすぐ見ている。対して、ユキカゼは先ほどから一転、そらすことなくこっちを見ている。

 

 

 やっとらしく(・・・)なってきた

 

 

 

「……だったら?」

 

「……あたし、今までたくさんの人を代償にしちゃったんです。どうしようもない時もありましたし、自分でそうしたときもありました……あなたも、同じようなことがあったと思います。でも、あなたはあたしと違うような気がして……」

 

ひっどーい(・・・・・)!! まるで()が人でなしみたいな言い方じゃなーい(・・・・)!!」

 

 

 ユキカゼの言葉を遮るように、今度は俺が声を上げる。その口調は普段の『俺』ではなく『私』、『俺』ではなく『ジャーヴィス《私》』としての言葉。まぁそうはいうものの、そういう口調にしたのは俺だが。

 

 

「あ、そそ、そういう意味じゃ!! なく、て……」

 

 

 そして、俺の言葉にユキカゼは露骨に狼狽える。それも俺の腕を掴んでいた手を離し、顔の前でぶんぶん振りながら否定する。そして、その言葉は途中から申し訳なさそうな顔を向けてくる。

 

 

「……なに真に受けてんだよ。これくらい(・・・・・)のこ……」

 

 

 ユキカゼのくそ真面目過ぎる反応をたしなめようとするも、途中で止まる。それは、こいつが俺に投げ掛けていた問いを思い出したから。同時に、俺が発した『これくらい』という言葉で、その表情が一気にこわばるのを見たからだ。

 

 

 

 その『重いもの』を幾重にも携えて、『取りこぼすまい』と食らいつく必死(・・)の形相を。

 

 

 

 

「なんで、お前みたいなやつがなっちまったんだろうな?」

 

「……そうですね」

 

 

 ユキカゼに投げ掛けた言葉に、やつは素直にそう漏らす。そして、今しがた自分がこぼした言葉の意味を解し、息をのむように口を覆った。まぁ……今の返事、その『重いもの』にとってはあまりよろしくはないな。

 

 

「すみません」

 

「俺に謝ってどーする」

 

 

 更に謝ってくるユキカゼにそう言って、俺は再びその場を立ち去ろうとする。だが、それも再び伸びてきたユキカゼの手によって阻まれてしまう。

 

 

「……んだよ、マジ――」

 

「まだ話は終わっていません!!」

 

 

 振り向きながら言い放つ俺の言葉を、ユキカゼの大声がかき消した。同時に、目の前にやつの顔がある。一緒に俺の腕をつかむ力がこもり、呼吸が俺の口に触れるほどの距離まで詰めてくる。

 

 

 

 そして、『それ』を見せてきていた。

 

 

 

 『こっちを見ろ』、『話を逸らすな』、『はぐらかすな』――――

 

 

 『口を挟むな』、『口答えするな』、『あたしの話を聞け』―――

 

 

 『否定するな』、『拒否するな』、『拒絶するな』―――

 

 

 

 

 『あたしの願いを叶えろ』――――そんな、『願望』を宿した表情だ。

 

 

 

 

おもしれ―女(Intriguing girl)

 

「……なんですか?」

 

 

 そう呟いた時、目の前にいたユキカゼは一歩引いたところで上体をそらしながら立っていた。顔を見るに、さっきの顔は消え去り、なんか変なものを見るような目を向けている。

 

 それを見て、ちょっと顔を触ってみる。あ、なるほど。コレ(・・)見て引いてたのか。とりあえず揉んで筋肉をほぐす。

 

 

 ―――よし、たぶん大丈夫。

 

 

 

「あ、あの……」

 

「あぁ~気にすんな。んで、さっきの話だけど」

 

 

 いつの間にかこっちを覗き込みながら聞いてくるユキカゼに、俺はひらひらと手をさせながらお望み通り(・・・・・)、話を戻す。

 

 

 俺の言葉に、ユキカゼは引き気味の顔を引き締め真剣なまなざしを向けてくる。それを受けて、俺は努めて満面の笑みを向けたこういった。

 

 

 

「お前は何をくれるんだ?」

 

「は?」

 

 

 俺の言葉に、ユキカゼは今度こそ『何言ってんだこいつ』という顔を向けてくる。それに構わず、俺は満面の笑み(猫かぶり)をかましながら更に詰め寄る。一歩後ずさりしようが、その一歩を踏み込んで詰め寄る。そして、構わず話し出す。

 

 

「俺が日本(Japan)に来た理由は、こっちの技術や戦術を習得、情報をまとめてク祖国(jerk home)に持ち帰ること。それはあればあるほど、戦局を好転させることも、クソみたいな宿営環境の改善も、他国との差を広げる(・・・)こともできる……っていうのは表向きの(理由)で、ようは俺のために持ってるもん全部出せってことだ」

 

「え、えぇ……」

 

 

 俺の話に、一層引きまくるユキカゼ。うんうん、そういう反応になるよなぁー最初は。アドミラール(まいだーりん(笑))もそんな顔してたわ。

 

 

 でもな――――

 

 

 

「お前の全てをもって、お前が『最も欲しい答え』を引き出してみろ」

 

 

 その言葉を投げると、ユキカゼは引き気味の顔を一変させる。遠慮がちでもなく、ひどく疲れた顔でも、目を背けたそうでもない。

 

 

 先ほど見せた『願望』を宿した表情―――――――ではない。

 

 

 

 

「ででで、でもあたしが持ってるものなんて……」

 

 

 視線をそらし、胸の前でも指を突き合わせてもじもじするユキカゼだった。

 

 

 

 

 こいつ……本当にバカ(dumb)じゃねぇの。ここで俺から情報を引き出そうとしろよバカが。あーあ、マジで骨折り損じゃねぇか。

 

 

 さっさと帰ろ―――

 

 

 

「敵機の爆弾を狙撃することぐら―」

 

「ちょっと待て」

 

 

 ユキカゼの口から洩れた言葉を、俺は遮った。そして、今しがたそらそうとした顔を戻し、やつの肩を掴んでその顔を目の前に置いた。

 

 

 

「爆弾の……狙撃(・・)?」

 

「え、あ……う、うん」

 

 

 俺が引っかかったこと―――――『爆弾の狙撃』を再度聞き返す。すると、ユキカゼは顔を引きつらせながらも肯定した。

 

 

 うん、えっと、うん……その、とりあえず確認しよう。

 

 

 

「……お前できるの?」

 

「え、えぇ……まぁ、他にもできる人いま―――」

 

「他ァ!?」

 

 

 再度問いかけた問いに、ユキカゼが答える―――というかその口から更にトンデモ情報が飛び出す。

 

 

 え、何? ここのやつらみんなできるの? は? なんだこいつら。化け物か? いや、何さも当然のような顔で抜かしてんだオラ。

 

 

「他には?」

 

「ほ、ほかぁ? ぎょ、魚雷の軌道に敵を誘導したり?」

 

「ほか」

 

「……投げた魚雷の狙撃とか?」

 

「ほか!!!」

 

「れ、レーダー掃射砲撃を土壇場でやったり?」

 

 

 ユキカゼの言葉を飲み込むために一旦問いを終わらせる。よし、飲み込んで整理しよう。

 

 

 うん、敵機の爆弾を狙撃、魚雷の射線上に誘導、投げた魚雷の狙撃……これは状況からして意味わかんねぇな。んで、レーダー掃射砲撃を? 土壇場で?

 

 

 

 

 ―――――なんだこいつら、化け物か?

 

 

 

「あ、あの~……」

 

 

 突然黙り込んでブツブツ考える俺をしり目に、ユキカゼはこちらを覗き込んでくる。その表情は、先ほどの『願望』を宿した顔でも、自信さなげな顔でもない。

 

 

 

 

 少し誇らしげな、何かを期待(・・)する顔だった。

 

 

 

「もしかして教え――」

 

「は? 足りるわけねぇだろ」

 

 

 期待の眼差しを向けてくるユキカゼに、俺はバッサリ切り捨てた。瞬間、花がしおれるようにヤツの顔が暗くなるも、それでも何かあるだろう的な視線を向けてくる。何か、さっきより図々しくなってねぇかこいつ。

 

 

 まぁいい、とりあえず……当初の目的(・・・・・)を聞こう。

 

 

 

鎮守府(ここ)の飯が美味いのは?」

 

「……なんで話変えたんですか?」

 

口答えしないで質問に答えろ(Please answer my question!)

 

 

 ユキカゼからの問いを封殺して、口答えしないよう満面の笑み(猫かぶり)しておく。俺の表情で真意を悟ってくれた(させた)ようで、ユキカゼは顔を引きつらせながらも答える。

 

 

「でも、そちらの鎮守府も間宮さんですよね? うちも間宮さんですし、そんなに変わらないのでは……?」

 

 

 と思ったら、口答えしてきやがった。おい、誰が……って、まぁそんな反応になるわなぁ。

 

 

「ちげーよ、愛しい愛しい我がク祖国(jerk home)に持ち帰るって、さっき言っただろ?」

 

「……えっと、たぶんうちのご飯が美味しいのはしれぇがご飯作るの上手だからだと思いますけど……『そんなに』?」

 

「『そんなに』だよ!!!!」

 

 

 ユキカゼの『えぇ……』という顔に、俺は今日一番の大声で詰め寄る。本当に、この『持つもの』どもはマジでこの野郎……

 

 

 

「うちの飯知ってるか? 羊の胃袋に内臓のミンチを詰め込んだだけの見た目0点のゲテモノ『ハギス(haggis)』、パイに生魚をブッ刺した名前詐欺100億万点の『スターゲイジー・パイ(Stargazy pie)』、うなぎのぶつ切りを煮込んで冷やしただけの『うなぎのゼリー寄せ(Jellied eels)』……それが、食卓に並ぶんだぞ? パッサパサのスコーン(scone)と一緒に……『水分はそこから取ってね!』的に鎮座してんだよ!!! それが永遠と日替わりに並び続けるんだぞ!!! 軍に入ってやっとたらふく食えるかと思ったらこの仕打ちだぞ!!!! こんな飯で戦えるわけねぇだろうがァ!!!!」

 

 

 詰め寄りながらユキカゼにぶつけまくる。八つ当たり(take it out on)? 当然だろ、この苦しみを1ミリでもこいつらに知らしめないといけねぇからな。北上がこの場にいなくてよかったわ、いやいてもやってたけど。

 

 とりあえずぶつけてすっきりした。ユキカゼが目を丸くして見てくる――――というか、なんかジト目で見てくるけど、知るか。こっちは文字通り、死活問題なんだよ。

 

 

 それに―――

 

 

 

「お前だって分かるだろ、マトモ(・・・)な飯が出ない状況」

 

 

 俺の一言に、ユキカゼは気まずそうに視線を逸らす。いや、どちらかというと俺が責められる側だと思うんだけどな……トラウマ抉ってるわけだし。

 

 

 

 ……ホント、なんで『こいつ』がなったんだろうな。

 

 

「えっと……聞いていいですか?」

 

 

 ふと、ユキカゼがそう問いかけてくる。同時に向けてきた顔には、視線をそらした時の気まずそうなものだった。

 

 

「まだ足りねぇぞ?」

 

「いえ、そっち(・・・)じゃなくて、その……」

 

 

 俺の釘刺しにユキカゼは特に動揺する様子もなく、おずおずと口を開いた。

 

 

 

 

「食べられなかったんですか? ご飯」

 

 

 予想外の問いに、思わずユキカゼの顔を見つめてしまう。対して、やつは「やっちゃった……」って顔を浮かべている。それでも、視線だけはこちらを見ている。いや、そんな顔するなら聞くなよ、と言いたくなるが、その目はまるで逆のことを示していた。

 

 

 『トラウマ抉った(さっきの)コト、これでチャラね?』――――と。

 

 

 

「……まぁ、そうだな」

 

「それ、戦争のせいですか?」

 

 

 その視線を受けて、俺は視線を外しながらそうこぼした。すると間髪入れずにユキカゼが質問を飛ばしてくる。おい、さっきの遠慮はどこ行った。

 

 

 

「逆だ、戦争のおかげ(・・・)で食えるようになった」

 

「え……」

 

 

 俺の言葉に、ユキカゼは今度こそ目を丸くした。予想外の言葉だったんだろう。まぁ、そうだよな。こんないい(・・)国なら。

 

 

「お前、出身は?」

 

 

 いまだに目を丸くしてるユキカゼに、更に問いを投げつける。それを受けて、再起動したユキカゼはちょっと視線をそらした。んだ? またなんか地雷踏んだか?

 

 

「実は……艦との同化で記憶がなくて……」

 

「へぇ、そう」

 

 

 おずおずと口を開いたユキカゼの言葉を、俺は適当にあしらう。すると、「マジかこいつ」とでも言いたげな顔を向けてきた。そのまま、何処か非難するような目に変わる。

 

 

「だってお前、イーストエンド出身じゃねぇだろ」

 

「いや、たぶん普通の家……って、『イーストエンド』?」

 

 

 俺の言葉に少し砕けた口調になるものの、聞きなれない言葉にはてなマークを浮かべるユキカゼ。あぁ、こっちでいうとなんて言うんだ? いや、もっと分かりやすく言うと、えっと……

 

 

 

「『スラム』―――分かりやすくいうと『貧民街』だ」

 

 

 

 ようやく思いついた言葉を口にすると、瞬間ぴしっと空気が凍った気がする。その原因はもちろんユキカゼ、今まで向けていたジト目はどこへやら、口を押えてこちらを見ていた。

 

 

 

「貧民街……」

 

「そ、俺は貧民街出身、もっというと孤児だな」

 

 

 ユキカゼの言葉に俺は更に畳みかける。その瞬間、「ヒュゥ」という甲高い音がユキカゼの口から鳴った。顔色が青を通り越して若干白くなっている。

 

 

 そんなユキカゼに構わず、俺は満面の笑み(・・・・・)を浮かべて語りだした。

 

 

 

 俺の祖国―――イギリス(United Kingdom)は、俗にいう『紳士の国』と呼ばれている。

 

 

 どんなことにもスマートに対応、紳士的に、誰に対しても礼儀を払い、互いの立場を敬い、三方良しの精神を綱抜く『世界のリーダー』――――と、いう建前で成り立っているように見えるだろうか。

 

 しかし、一方で自国の利益のみ(・・)を目的とした徹底的合理主義――――『利己主義(エゴイズム)』を国是としている。それはこの世界の歴史が物語っているので、そのものの説明はなしにしよう。

 

 

 そして現在。深海棲艦という未知の脅威が発生した際も、同じくこの『エゴイズム』は遺憾なく発揮された。

 

 

 元々祖国は海洋国家だったので、他国よりも幾分か上の海軍戦力を持ち合わせていた。そのため、深海棲艦が現れた当初は、その戦力を持って何とか食い止めている状況ではあった。

 

 しかし、海洋国家は、言い換えれば資源産出国ではない(・・・・・・・・・)と同義である。

 

 昔なら遠方の植民地から資源をかっぱらっていたわけだが、植民地を失った今ではそれも叶わない。同時に、他国からの輸出入が絶たれた今、自国で賄う力もない。しかも『紳士の国』として他国よりも優位に立たなければならない、なんていうちんけなプライドがあったせいで近隣諸国との連携もこちらから(・・・・・)は決してしなかった。

 

 そのため、速攻で祖国は窮地に陥った。

 

 そして戦闘による人的被害、上陸による領土への被害、戦争により生活をが破壊された貧民の増加、有効打を打てない国への批判、不満の膨張などなど……文字通り亡国の危機だ。

 

 

 だが、唐突に艦娘が現れた。

 

 場所は知らない。とりあえず上陸された際に突然現れて撃退したらしい。そして、そのままたった一人で深海棲艦を押し返し、最期は敵を道連れにして沈んだ(・・・)とか。

 

 

 

 そこから、祖国は『エゴイズム』を発揮した。

 

 

 まず、その艦娘を大体的に発表し、国の英雄として祀り上げた。その勇ましい最期(・・)に、全国民は歓喜し、最大限の謝辞を評した。

 

 次に、全国民に対して艦娘への志願制を公表、公募を募る。亡国の英雄という大弾幕を引っ提げて、へんなおっさんのポスターなんかも張り出して、大々的にだ。

 

 しかし、『エゴイズム』が骨身に染み渡っていた国民からはそこまで応募が出ず、更に適性の関係で数が絞られてしまったので、公募制から徴兵制(・・・)に変更。

 

 だが、一般国民から強烈な批判を食らったので、徴兵対象(・・・・)を絞った。

 

 

 

 ――――そう、戦闘によって爆発的に増えた『貧民』だ。

 

 

 祖国は徴兵対象を貧民に絞り、半強制的に徴兵した。そして徴兵した貧民に適性試験を施し、最低限の艦娘を確保、供給される体制を作ったのだ。

 

 

 ちなみに、半強制的というのは、貧民街に『軍に入れば腹いっぱい食えるぞ』というビラをばら撒いたからだ。明日食うものも瀕していた貧民はこのビラにこぞって集い、競うように艦娘に志願(・・)した。

 

 もちろん艦娘になれるのは女子または女性だけだが、男子、男性も構わず徴兵した。文字通り、兵士として。それも、艦娘以外の有効な手立てがない深海棲艦に対して最前線で身体を張る兵士――――いわゆる肉壁(・・)としてだ。

 

 

 更に、志願者の全員が艦娘になれるわけでもない。艦娘になるには、適性がなければなれないのだが、それを見る試験に安全性(・・・)もない。目の前で、何人海の底に沈んでいった(・・・・・・・・・・)だろうか。数は数えてないし、数えきれないかもしれない。

 

 辛うじて(・・・・)一命をとりとめた人間も、結局は肉壁(兵士)として前線に送られる。

 

 

 そんな『エゴイズム』に振り切った政策は、一般国民から圧倒的な支持(・・・・・・)を受けた。

 

 都合のいいことに、最初に現れた艦娘が敵を道連れに沈んだおかげ(・・・)で、艦娘は敵を道連れに沈むことが『普通である』という認識ができた。おそらく、自身の代わりに多くの命が失われていることへの罪悪感から、そういう思想が自発的に表れた。そして、それに祖国は全力で乗っかったわけだ。

 

 

 

 そんなク祖国(・・・)で、『俺』は徴兵された。

 

 

 残念ながら、俺は戦争に全く関係ない孤児だ。親の顔なんか知らん。いつの間にかイーストエンドに居て、そこで出会ったクソどもと生きていた。生きるために何をしたかなんか、今更語ったところで意味はない。とにかく、生きるために『なんでも』やった。

 

 

 そんな中、俺が戦争を知ったのはイーストエンドに人が増え始めたときだ。その時はなんか人が増えてきたという違和感と、どう考えてもイーストエンド(ここ)にいるはずのない小奇麗なやつをちらほら見始めたからだ。後者は、俺たちにとって格好のカモ(・・・・・)だったのもあるが。

 

 そしてさっき話したビラが撒かれ、役人どもがやってきて志願という名の徴兵を喧伝してきた。それに、俺は乗っかった。

 

 目的は『飯が食える』から。

 

 そこに『祖国のために』や『世界の平和のために』なんていう役人どもがのたまっていたが、俺の周りにいた連中はだーれもそんなことを発した奴なんていなかった。全員が全員、『今日を生きる』ために入隊していったのだ。

 

 

 そして、俺は周りの連中が沈んだり、兵士として消えていく中で、J級駆逐艦 1番艦 『Jervis』となった。

 

 

 当然徴兵時の環境がそれなら、その後(・・・)も改善されることなんてない。更に、先の『素晴らしい認識』のおかげで、すぐに消える存在(・・・・・・・・)のために割く予算も余裕もないってことで。それはそれは『素晴らしい環境』だった。

 

 新兵の入れ替わりは当たり前、新設された部隊が一週間もたたずに壊滅なんて日常茶飯事だ。朝顔を合わしたやつがその日帰ってこないことも、普通(・・)にあった。

 

 

 唯一のメリットは、『飯が出ること』だけ。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、元々何もなかった俺にとって、それだけでも命をかけるには十分すぎる理由だ。

 

 そして、同時にそれは周りを切り捨てる(・・・・・・・・)理由にもなる。てか、そんなこと入隊する前からやっていることだ。『今更辞めます』なんてできるわけもなく、『辞めろ』と言われる筋合いもない。

 

 

 なぜなら、国そのものがそれを―――――『究極のエゴイズム』を肯定しているから。それを良しとし、周りに課すことを是としているからだ。

 

 

 それに、俺がなった『Jervis』は、どうも先の大戦を生き抜いた『幸運艦(Lucky Jervis)』なんていうじゃん。しかも、おばさん(old lady)に次ぐ勲章をもらったなんていう武勲艦も武勲艦らしい。

 

 スラムの何時野垂れ死んでもおかしくない最底辺から、幸運の名を冠する艦娘様になったんだ。これ以上の幸運(lucky)はないし、それを利用しない手もない。

 

 

 だから、俺は何でもやった。文字通り、『なんでも』だ。何をしても咎められることもなく、何をしても許すことも許されることもなく、それすらも有耶無耶にできる。やることの全てを正当化(・・・)できる環境、状況、情勢、思想。

 

 

 都合がよすぎる(・・・・・・・)ほど、『幸運』な出来事だった。

 

 

「と、いうわけだ」

 

 

 ようやく身の丈話が終わり、一息つくことができた。いやーこう身の丈を改めて話すって、なんかこっぱずかしいなぁ~オイ。

 

 これを聞かせたとき、ほとんどの連中はドン引きとか同情からの号泣とか、まぁいろいろあって付け入りやすくなる(・・・・・・・・・)。便利っちゃ便利だ。

 

 

 さぁて、ユキカゼの反応は?

 

 

 

 

「……やっぱり(・・・・)、そうですか」

 

 

 そこに居たのは、ユキカゼだった。いや、たぶんユキカゼではない(・・・・)何かがそこに居る。

 

 

 欲しかった答えが、『もう何処にもないのだ』という顔をした、ただの少女だった。

 

 

 

 

『……そうだよね、(me)がいると、幸運艦(Jervis)たちに迷惑がかかるよね……』

 

 

 

 同時に、その姿とある僚艦(・・・・)が被る。

 

 

 

 

「……ついてないナスビ(Bad aubergine)

 

「ばっど……なんですか?」

 

 

 ふいに口から出た言葉に、少女(・・)は驚いたような顔を向けてくる。その顔は、なぜかどうも、ク祖国でも見た気がした。

 

 

 その顔に向けてもう一度(・・・・)言葉をぶつけるべく、俺は一歩踏み出した。

 

 

 

「お前さ、なんでユキカゼになった?」

 

 

 俺の言葉に、彼女(・・)は面を食らったような顔になった。おそらく、初めて投げ掛けられた言葉なんだろう。いや、そういえば記憶がないとか言ってたっけ。

 

 

「……分かりません」

 

 

 俺の予想が合っていたようで、彼女は目をそらしながらそう答える。その姿も、すでに見たことがあった。だから、俺は構わずもう一歩踏み出す。

 

 

 

「じゃあ、なんでユキカゼになれた(・・・)?」

 

 

「…………素質があった、から」

 

 

 次に投げかけた問いも、彼女は同じ答えを返す。その様子は、先ほどとは違う。多分、過去に投げ掛けられた、いや投げつけられた言葉なのだろうか。そう応える彼女の手が、ぎゅっと握り締められたから。

 

 

 多分、いやおそらく、十中八九―――――認めたくない言葉だったのだろう。そこまでは、あいつ(・・・)と重なった。

 

 

 

「じゃあ、俺たち(・・・)の役割ってなんだと思う?」

 

「……?」

 

 

 次に投げかけた言葉。それに対して、彼女は先ほどと打って変わり、目を丸くしてこちらを見た。まるで、「なんでそんなことを聞くの?」とでも言いたげに、だ。その姿はあいつとは違っている。何せ、それを投げ掛けたことがないのだから。

 

 

 

 だが、それはこれから同じになる。

 

 

 

 

 

 

「俺たち――――『幸運艦』の役割だ」

 

 

 

 その言葉を彼女に―――――ユキカゼになった彼女にぶつける。その瞬間、その顔が一気にこわばった。同時に、視線が泳ぎ、胸をぎゅっとつかみ、口元が震える。

 

 

 

「だ、誰かを幸せにすること……とか?」

 

「……本当か(Really)?」

 

 

 貼り付けた笑顔を浮かべたユキカゼの言葉を切り捨て、真っ向からにらみつける。もし本気でそう思ってたら、おめぇここ(・・)に居ねぇだろうが。

 

 

 

 

 

「……誰かを犠牲にして……生き残る、こと」

 

 

 次にその口から絞り出すように漏れた言葉――――それこそ、己が今まで背負ってきた(もの)だとでもいうように。

 

 

 同時に、『幸運艦』という尊称の裏に隠された―――――『死神(本当の姿)』をさらけ出すかのように。

 

 

 

 

「No way」

 

 

 それを、幸運艦()が告げる。すると、それを投げ掛けられたもう一人の幸運艦(ユキカゼ)は、音もなく顔を上げた。そこにあったのは眉をひそめながらも、なんとなくのニュアンスを受け取った顔だ。

 

 

 

「あ、あの……どういう」

 

そんなわけねぇだろうが(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 そして、あいつと同じように、俺は改めてその言葉を―――――真っ向から否定した。同時に、更に一歩前に踏み出す。

 

 これで、ユキカゼとの距離はわずか。

 

 手を伸ばせば、その首元を掴むことができる。足を出せば、そのおぼつかない足を引っかけることができる。ここで声を出せば、その間抜け面に罵声を浴びせかけることができる。

 

 

 

 その逃れらない、無視できない距離で、俺はこの言葉を吐き出した。

 

 

 

 

幸運艦(俺たち)の役割は、幸せになること」

 

 

 

 それを受けて、ユキカゼの顔は『困惑』一色に染まり切る。多分、いやおそらく、十中八九、同意できない(・・・・・・)からだ。

 

 

 何せ、自分は誰かの命を犠牲にして生きている、生き永らえている。それはどれだけ贔屓目に見ても、『幸せ』などと呼称するものに触れるなんて憚られるからだ。むしろ、それに近づこうものなら今まで犠牲にしてきた命への冒涜だとも揶揄されるだろう。実際されただろう。

 

 

 だからこそ、俺は続けてこの言葉をーーー『逆の答え』を投げ付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちのせいで沈んだ奴らの分も(・・・・・・・・)、幸せになることだ」

 

 

 その言葉を投げかけたとき、彼女の目が大きく見開いた。その目は心底驚いているようにも、何処か信じられないようなものを見ているようにも見える。

 

 だろうな、そうだろうな。死神(俺たち)幸せ(その言葉)から最も遠い存在。近づいてもいけないし、触れてもいけないし、目に、口に、耳にしてはいけない――そう思い、そう言われて、そう投げつけられた。

 

 

 幸運(その名)を冠する癖に、最も遠い存在であり続けなければならない――――なんて、ズレたこと言われたんだろうな。

 

 

「大体よ? 誰かを幸せにするってのが俺たちの役割だとして、その『誰かの幸せ』とやらが何なのか(・・・・)、分かんのか?」

 

「それは……」

 

「ほら、即答できねぇじゃん」

 

 

 口ごもるユキカゼに、俺はわざとらしく肩をすくめる―――こともせず、淡々と告げた。彼女はなおも目を丸くしているが、どことなくその目に光が宿る。普段ふざけたやつがいきなり真剣になった、みたいなものか。我ながら笑えてくる。

 

 

「『誰かの幸せ』なんて分かんねぇんだよ。生きてるやつでさえ口には出すが腹ん中は読めねぇ、そいつがそう望んでいるのかさえも曖昧、そもそもそいつ自身がそうだと勘違い(・・・)してる場合もある。そんだけめんどうくせぇモンだ……まして沈んだやつ(・・・・・)なんてもっと分かりっこねぇだろ?」

 

「それだと!! 余計……沈んだ方が……」

 

 

 俺の言葉にユキカゼが大きな声でそう反論してきた。が、すぐに声を潜めて視線を下げる。それじゃあ沈んだやつが報われないってか? まぁ、こいつみたいな甘ちゃんならそう思うだろな。

 

 

「勘違いすんな、俺らは『神』じゃねぇ。誰かを幸せに、まして願いを叶えるなんてできねぇ。お前はわれらが『全知全能の救世主』になったつもりか? ま、死に掛けのガキ(me)一人救えない能無し(・・・)なんかと、幸運の女神なんて尻軽クソ女(Fucking bitch)なんかと同列にされるくらいなら、俺は沈む方を選ぶがな」

 

 

 神を真っ向から切り捨てた言葉に、ユキカゼはドン引きした顔―――――ではなく、意外と普通の顔をしている。そうだろ、お前なら―――『幸運の女神(クソビッチ)に振り回され続ける』お前なら。

 

 

 

 この言葉は意外でも、不思議でも、信じられないでもない、至極当然(・・・・)の答え――――『ありがた迷惑』だからな。

 

 

 

「もしそいつの幸せを―――分かんねぇから、せめて『その命』に報いたいんだったら。そいつが命張っただけの『価値』を俺たちが示すしかねぇ。その価値ってのも、誰にも決められない(・・・・・・・・・・)。じゃあせめて自分の中で、最も価値がある(・・・・・・・)もんを叶えようってなったら……もう『自分の幸せ』だろ?」

 

 

 俺は大嫌いな言葉を発した。口にするだけで嫌なのだ、幸せ(こいつ)は。んなもん、自分が幸運(そう)呼ばれているから。

 

 

 ……恥ずいんだよ、要するに。でも、ここまで言っちまったらもう何言っても変わらんだろ。

 

 

「ちなみに、()の役割は『この世界で1番幸せになること』。この戦争を生き残って、国から殊勲艦(Heroic Ship)に選ばれて莫大な金とでかいポストをもらって、何不住なく悠々自適に過ごすことだ。まぁ万が一、俺がどこかの戦闘でおっ死んじまって、地獄(Hell)で先に沈んだやつと出くわしたらなんていうと思う? 『ごめんなさい(Sorry)』? 『許してください(Please forgive me)』?―――――なわけねぇよな」

 

 

 そこで俺は話を切り、ユキカゼから一歩離れ、腕組してやつの目をまっすぐ見つめて、こう言い放った。

 

 

 

「Thanks to you, It was the best life.―――――『お前のおかげで、最高の人生だった』」

 

 

 その言葉を真正面から投げつけられ、そして受け止めた(・・・・・)であろう。やつの顔は、初めて(・・・)見るものに変わっていた。

 

 

「そんだけ言われれば、どんな奴だって『沈む価値はあったかな?』なーんて思うだろ。仮に思わなくても、まぁ文句は言われねぇ。逆に言えば、文句が言われないよう誰もが断言できる(・・・・・・・・)ほど幸せにならなきゃなんねぇ。たとえ、どれだけ周りを傷つけて、蹴落として、妬まれ恨まれようともな」

 

 

 そこで俺は話を切り、やつに向けて歯を見せる。目じりを吊り上げ、口角を上げ、頬を持ち上げ、らんらんと輝くのか、薄気味悪く光るのか、そのどちらと形容するには。近しくもあり、遠くもあり、似て非な者であり、得てして当て嵌めるもののでも、引き離すこともできるものでもある。

 

 

 そんな顔―――――――――『笑顔』を浮かべてやった。受け取るものの感情(・・)に最も左右される、どちらともとれるであろう『(それ)』。

 

 

 

「つまり、幸運艦(俺たち)この世で一番(・・・・・・)幸せにならなきゃいけねぇ。誰よりも強欲で、誰よりも我儘で、誰よりも自分を(・・・)大切に、誰よりも自分を(・・・)幸せにしなきゃならねぇ。世界一強欲で、我儘で、自分勝手で、傲慢で、独善で、何よりも自分の幸せを追求する利己主義者(Egoist)でなきゃならねぇ」

 

 

 俺は(うそぶ)く。幸運艦というものを、その表面(・・)だけをなぞるように。鏡に映しだされた反対(もう一人)の自分に向けて、指を指し、その存在そのものを非難(・・)するように。周りの連中が見続けて、罵り、怒りを向けたであろう、表裏一体の『表』の部分のみ。それを切り取り、さもこれが『正体』だと喧伝するように。

 

 

「それと同時に、その道ほどで無数に消えていった他人の命や価値、時間、苦労、悲壮、憤怒。それらの存在を、誕生から消滅までの時間を、後に残された想いや願いを――――『俺たちが受け取ったもの』の全てを肯定する(・・・・)。『己の幸せ』を持って、それを立証し、証明し、記録し、流布し、刻み込み、刷り込み、書に遺し、決して忘却されない(・・・・・・)ように。俺たちの存在で、俺たちの幸せで、俺たちの艦生で、俺たちの人生(・・)で、なにもかもを『全肯定』しなきゃならねぇんだ。そのために、幸運艦(俺たち)は誰よりも何よりも、自分をないがしろ(・・・・・・・・)にしちゃいけねぇんだよ」

 

 

 俺は表白(ひょうはく)する。幸運艦というものを、ありとあらゆる欺瞞で染め上げられた仮初の正体(表面)を剥がすように。そいつらが見えないであろう、幸運艦()でしか見えないであろう―――幸運艦(ユキカゼ)の『正体(本心)』を。その薄汚れた表面から取り上げ、高らかに掲げるように。

 

 

 そして、俺はことさら笑顔()を向ける。そこに映り込んでいるであろう表面の、その反対側にいるユキカゼ(本心)に向けて。

 

 

 

「改めて聞いてやる――――お前の『役割』はなんだ? 誰かの命を捧げて、その命に見合うだけの幸せ(役割)ってのは」

 

 

 

 それが映し出すものは、いったいどのようなものか。ユキカゼ(それ)が指し示すものは喜か悲か(どっちだ)。それともそれ以外か、それ以上か。

 

 

 

 それとも予想外(今まで通り)か。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――誰かを幸せにする」

 

 

 それが、ユキカゼの口から飛び出した。それはある意味予想外(今まで通り)だった。『こいつ』ならそう答えるだろうな。クソ甘ちゃんのお人よしの、大間抜け―――――

 

 

 

「あたしも、他の子も、あなた(・・・)も、あなたの鎮守府(・・・・・・・)も、あなたの国(・・・・・)も、あたしの目に触れて、手を差し出して、言葉を交わして、笑いあったり、喧嘩したり、泣いたり、あたしと同じ時間を共有している、共有していた(・・・・)人たち―――その『全て』を幸せにしたい」

 

 

 だが、次に出てきたのは、まさに『予想外』だった。それに思わず目を向ける。

 

 

 そこに居たのは、まぎれもない幸運艦だ。己の欲望と、我儘と、傲慢と、独善と、何よりも自分の『願望』を追求する利己主義者(Egoist)

 

 

「あたしに関わった人、『全員』を幸せにしたいです」

 

 

 その中でも、とっびきりのバカで、間抜けで、お人よしで、傲岸無知で、後先考えない、無謀すぎる阿呆なヤツ。

 

 分厚い面の皮を惜しげもなくひけらかす。この世に存在するありとあらゆる願いの全てを笑顔(この一滴)に凝縮した。『幸運艦』という言葉、それに寸分の狂いもなく一致するであろう。

 

 

 

 

誰でも(・・・)幸せにする―――『本当の幸運艦』になりたいです」

 

 

 

 『幸運艦』という言葉そのものになりたいという―――一人のちっぽけな少女(クソガキ)がそこに居たのだ。

 

 

 

 

 

最高に狂ってるよ、お前!(It's crazy awesome!)

 

 

 

 そのクソガキに向けて、その対極にいる(・・・・・)であろう利己主義者()が『肯定』してやる(・・・・)

 

 

 

 前言撤回しよう、お前は『幸運艦』だ。文字通り、『この世界で最も欲深い幸運艦(クソ野郎)』だ。

 

 

 何せ、凡夫が決して考えつくことのない絶対に叶えられない(最高に狂った)こと。この世の人間全員が束になっても絶対に叶えられないであろう――――まさに『不可能』と呼ばれることを、世界一幸せにならなきゃいけない(・・・・・・・・・・・・・・)幸運艦の『幸せ』として掲げちまうんだからな。

 

 

 こりゃ、幸運の女神(クソビッチ)も人選を間違えたな。こいつの幸せを是が非でも叶えなきゃいけねぇんだから。

 

 

 こいつに使い倒され、骨髄までしゃぶりつくされ、『これっぽっちじゃ足りねぇぞ』ってケツを蹴り上げられながらゆすられる幸運の女神(あの女)の顔が見える。最ッ高に傑作じゃねぇか。

 

 

 

「だが、それだとちょっと(・・・・)曖昧だな。最初は『的』を絞った方が良いぞ」

 

 

 

 そして、俺はユキカゼに助言を、いや幸運の女神(クソビッチ)に助け舟を出す。生憎、あの女には俺の幸せも叶えてもらえなきゃいけないんでね? お前にかまけ過ぎてこっちを疎かにされたら困るんだよ。

 

 

 ま、こいつの幸せに四苦八苦するあの女は普通に見たいので、的を絞るだけで大きさそのもの(・・・・・・・)は変えさせねぇが。

 

 

 

 

 

 

「っぁ」

 

 

 そして俺の言葉に世界一強欲な『幸運艦』は、何故か両頬に手を当てながらもじもじするおもしれ―女(Intriguing girl)になる。

 

 

 バカ(dumb)でも役立たず(Useless)でもない。こいつは俺にとってクソビッチに一泡吹かせられるっつう利用価値(merit)がある存在だからな。利用できるもんは利用するさ。

 

 

 そして、モジモジしていたおもしれ―女(ユキカゼ)は、絞る先を決めれたのか、はたまたもともと絞っていたもの(・・・・・・・)を口にする決心がついたのか。

 

 

 

 伏せていた視線を持ち上げ、両頬の当てていた手を握りこぶしに変え、ゆでだこのように真っ赤(・・・)になった顔で、今日一番に強い意志を感じさせる目を閉じながら、その平らな胸が風船のように膨らむほど大きく息を吸った(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

「――ぇを幸せにしたいです!!」

 

 

 

 そう、ユキカゼは大音量で叫んだ。ちなみに、最初の方が上手く聞こえなかった(・・・・・・・・・)のは俺が手で耳をふさいだからだ。明らかにバカみてぇな声で叫ぶだろうなって察したからな。鼓膜がいくつあっても足りねぇぞ。

 

 

 

 まぁ一番の理由は、何が……いや()が出てくるなんか、ユキカゼが口に出さなくても分かってたがな。

 

 

 

 

 

 

「惚気か?」

 

「……ッ!?!?」

 

 

 なので、そう(・・)返しておく。それを受け取ったやつは一瞬呆けた顔になるもの、先ほどよりも更に顔を真っ赤にさせた。が、何も(・・)言い返すことはしなかった。

 

 

 

 

 代わりに、ただ顔をしかめながら首を()に振ったのだ。

 

 

 

 

 

「……そんな顔するなら、言わなきゃよかったのに」

 

「そっちが言わせたんじゃないですかぁァァァ!!!!」

 

 

 

 俺の言葉にユキカゼが血相変えて噛み付いてくる。おーおー、キャンキャン吠える犬だ。まぁ吠えるだけで特に掴みかかってこないので、耳栓をしながら適当にあしらう。

 

 俺の周りで散々騒いでいたユキカゼも取り付く島もないことを察してか、「うぅ~……」と唸りながら渋々引き下がった。それを見て俺は耳栓を外し、改めてやつに向き直る。

 

 

 

「んで、聞きたいことはもうないか(・・・・・)?」

 

「……離れていても幸せにできますか?」

 

無理、不可能だ(No way)。それは幸運艦(俺たち)が一番分かっているはずだ。『そうする』って決めたんなら、死の淵(On the brink of death)から地獄(Hell)までとことん付き合え」

 

 

「……分かりました。では、そうさせてもらいます(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 俺の答えに、ユキカゼは神妙な顔でそう言う。そして詰め寄っていた俺から少し距離をおき、そこで姿勢を正して片手を腰に、もう一方をピンと伸ばしそれを額の前も持っていき()をこちらに向ける。

 

 

 

 

 

ありがとうございました(I'm truly grateful)

 

 

 

 そう流暢な英語(うちの言葉)で言って、英国式(うちのやり方)で敬礼してきた。その姿に面を食らうも、盛大なため息をつきながら俺もやつに向き直り、額に手を置く。

 

 

 

どういたしまして(Not at all)

 

 

 

 そういうと同時に、手を前に振る。それを受けて、ユキカゼはニコッと微笑みながら深々とお辞儀をし、先ほど現れた廊下の向こうへ消えてしまった。

 

 

 やつが消えていった壁を見つめながら、俺は再度大きなため息を吐く。それは、どっと疲労感が押し寄せてきたからだ。

 

 

 

「……だりぃ」

 

 

 

 そう愚痴をこぼしながら、俺は制服のポケットに忍ばせていた(Candy)を取り出す。すぐにその包装を剥がし、ノータイムで口に放り込む。

 

 

 

 

 

 

 それは先ほどと同じものだったはずが、何故か妙に甘かった。

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