新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『姉』と『妹』

「さささ、ここに座って」

 

 

 

 そう言って、私はそこに座らされた。

 

 目の前にはシミ一つない真っ白なテーブルクロスが広がり、ところどころ綺麗に活けられた花瓶とナフキン、花柄の可愛らしい小壺と瓶が置かれている。

 

 

「はい、これはあなたの分よ」

 

 

 横から声が聞こえ、それとともに湯気が立つ紅茶と洋菓子が詰め込まれた器が差し出された。それを目にし、私は差し出された腕の先―――それを差し出したであろう声の主を見上げる。

 

 

 声の主――――陸奥さんは目を向けてきた私に対してニコッと笑いかける。その笑顔はとても柔らかく、年上の余裕というものを存分に感じれるものだ。たぶん私とそこまで変わらないのだろうけど、どことなく『お姉さん』という雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

「大丈夫? もしかして……好みと違った?」

 

「あ、いえ……ありがとうございます」

 

 

 ただいつまでも自分を見上げる私の様子に戸惑ったのか、陸奥さんは少し心配そうにそう問いかけてくる。それに、私は視線をそらしながらそう答えて、紅茶と数枚のクッキーを受け取った。

 

 

「あ……」

 

 

 だが、それがまずかった。

 

 何せ、自分の傍にクッキーを置けるお皿がなかったからだ。おけるのはティーソーサーぐらい。しかし、クッキーの大きさを考えると絶妙に足りない。仮にカップとソーサーで挟み込むことも考えられたが、どうも失礼にあたる気がするので憚れてしまう。

 

 

 そう内心困っていると、ふいに横からクッキーを置くのにちょうどいいサイズのお皿を差し出される。その手の主に目を向けると、片手にナイフとフォークをちらつかせながら私を無言で見つめる狐色髪の駆逐艦――――たしか、陽炎さんかな? 彼女がいたのだ。

 

 私と目が合った彼女は差し出したお皿を私の前に置き、その真横にナイフ、フォークを慣れた手つきでセッティングしてくれた。そのまま目で「そこに置いたらいいよ」と言いたげにお皿に視線を落とし、無言で去っていった。

 

 

 去っていく彼女の背中に軽くお辞儀をし、クッキーをお皿に避難させて紅茶に口を付ける。

 

 

 口に含んだ瞬間、鼻への抜ける柑橘系の香りと、しっかりとした渋みがあるもさらっと通り抜けるようなスッキリ感が顔を見せる。しかし、紅茶の色も普段見る紅茶よりも大分と薄い。

 

 これだけ味や香りが強いのに、この色ということは―――――

 

 

 

「春摘みのダージリン……ですか?」

 

「正解! よく分かったわね~」

 

 

 ふとこぼれた言葉に、陸奥さんは少し驚いたように声を上げる。彼女も嬉しそうに紅茶に口を付けながら、視線だけで私に周りを見るよう促した。

 

 

 それに従い、目を向けると、その先には陽の光に包まれた暖かい談話室で、数人の見目麗しい美少女、美女たちが紅茶やクッキーを摘まみながら優雅なティータイムに興じている光景が広がっていたのだ。

 

 

 

 

 

「ちょっとジャーヴィス!! あんたそれさっきも取ったでしょうが!!」

 

「うっせぇな、早いもん勝ちだろこんなの」

 

「最近、ちょっとサラシ周りがきつくなってきて、二の腕もプルプルしてきちゃった……それが怖くて、最近体重計乗ってないの……もぉ~なんでよぉ~」

 

「……蒼龍さんや、とりあえずその両手に持ってるものを食べなければいいんじゃないかしら?」

 

「……な~んかムカつくからその乳から垂れてる脂肪の塊刈り取ってやろうか?」

 

 

 

 だが、耳に入ってくるのはどう考えてもこの光景から聞こえてくるとは思えない、むしろ聞こえてはいけないであろう内容ばかり。おかしい、私は今何を見ているのだろう。

 

 

 あまりのカオスっぷりにめまいを起こしている私の肩を優しく叩き、先ほどの笑顔のまま陸奥さんはこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

「ようこそ、『妹会』へ~!!」

 

 

 『妹会』――――その言葉を聞いたのは2回目。

 

 初めて聞いたのはついさっき、午前中の哨戒任務を終えて帰投したとき。

 

 

 あの日―――金剛お姉さまたちを救出して以降、深海棲艦の活動は著しく減っていた。

 

 長門さんが示した見解、キス島は資源が乏しい不毛の地だというのは実際に上陸し調査したことで明らかになった。更にキス島は北方海域の中心に位置しており、そこから海域全域の制空権をとれるほどの最重要拠点でもある。ゆえに、『姫』がそこに現れたのもうなずけた。

 

 そんな重要拠点を抑えられた敵は、規模を縮小せざるを得ない。おそらく『姫』の撤退を以って、海域全域を放棄したのだろう。現に投入される部隊は要地奪還ではなく、そこから進撃するかどうかを知る斥候部隊の側面が強まった。その証拠に、敵艦隊は交戦よりもこちらの監視を目的とした行動をとり続けている。下手をすれば、交戦せずに帰投することも珍しくないのだ。

 

 

 そんな一種の緩衝地帯に哨戒部隊として出撃し、『変化なし』と報告をし終えたとき。執務室を出てすぐにばったり出会ったのだ陸奥さんだ。

 

 

「あら榛名ちゃん! ご機嫌よぉ~」

 

「あ、お疲れさ……なんですそれ?」

 

 

 唐突に声をかけられ、そんな彼女にそう問いかけたのが間違い(・・・)だった。

 

 

「あぁこれ? これから『妹会』をやろうかと……そういえば、あなたのも『妹』よね? ちょうどいいわ!!」

 

「へ? 妹か――ってどこ行くんですかちょっと!?」

 

 

 私の言葉を聞かず、陸奥さんは私の手を取って強引に引きずっていく。長門級の馬力に成すすべもなく人形のように引きずられていく私は、彼女のもう片方の手にあるものを―――――問いかけてしまった元凶(・・)に目を落とす。

 

 

 

 その手に握られていたのは―――――フリフリのメイド服とピチっとした執事服であった。

 

 

 

 

「『妹会』―――――それは常日頃『姉』を立て続ける妹に対し感謝の意を示すため、その時間だけ『妹』のために奉仕することを強制(・・)して長門さん(自分の姉)にメイド服や執事服を着せてイチャイチャしたいという天地がひっくり返っても叶わない世迷い事()を叶えんがため、既成事実と同調圧力を以って外堀を埋めんと目論む陸奥(アホ)が考えた茶番劇(茶番劇)よ」

 

「そんなんじゃないわよ! 私はただ、長門(お姉さま)が恥ずかしがる格好をさせたいだけよ!!」

 

「オブラートって言葉知ってる?」

 

 

 そう『妹会』を評した執事服姿(・・・・)の陽炎さん。その言葉に満面の笑みで答える陸奥さんへ引き気味に突っ込むメイド服(・・・・)の伊勢さん。ちなみにこの会では、奉仕してくれる姉を敬うために『お姉さま』と呼ぶのだそうだ。

 

 

 そしてその光景に、いつも通りと言いたげな妹勢。

 

 

 半べそかきながら、お菓子を山盛りにしたお皿から流れるように食べ続ける蒼龍さん。

 

 そんな彼女のある一点を睨みつけながら、紅茶をすする山城さん。

 

 執事服の陽炎さんと取っ組み合いつつも、特定のお菓子のみを食べ続けるジャーヴィスさん。

 

 

 

 そんなカオスすぎる『妹会』がそこにあった。めまいを起こすなというのが無理な話である。

 

 

「ち、ちなみに長門さんは?」

 

「午後の哨戒任務があるから厳しい(・・・)って言われたわ。昨日と同じこと言ってたけど……きっと私に感謝の言葉を言う(・・・・・・・・)のが恥ずかしいだけよ」

 

「最強かこいつ?」

 

 

 うっとりする陸奥さんとげんなりしながら突っ込む陽炎さん(被害者Kさん)

 

 おそらく、きっと、メイビー、メイド服着たくない(こっちであろう)と思う理由を飲み込みつつ、私は気持ちを落ち着けるために紅茶を飲む。

 

 

「まぁ、あれだよ。やっと会えたから舞い上がってるだけってことで……」

 

 

 どこか申し訳なさそうな顔の蒼龍がそう言ってきて、私は目元を抑えながら唸る。ちなみに陸奥さんと陽炎さんの話は、何故()にも同じ格好をさせないのかというものに変わっていた。この争いに終わりは来るのだろうか。

 

 

「こうやってお話しするのは初めてだよね? 改めまして、蒼龍型航空母艦1番艦の蒼龍です!」

 

「よろしくおねが……って、蒼龍さんは(こちら)なんですか?」

 

「そう! 『あたし、陸奥さんよりも16個も下ですよ?』って言ったら、その事実(・・)を今後一切しないことを条件にこっち側になれたの!!!」

 

「……しちゃってますけど?」

 

「バレなければノーカンだよ」

 

 

 私の当然のツッコミに悪戯っぽい笑みを浮かべる蒼龍さん。この人もこの艦隊の人なんだなと思いつつ、曖昧な笑みを向けながらクッキーを頬張る。美味しい。

 

 

 

「なんかさ、いろいろと大変なんでしょ?」

 

 

 だけど蒼龍さんの言葉で、私の味覚は瞬く間に消え失せた。思わず彼女を見ると、彼女はのんきな顔でクッキーを頬張っている。

 

 

「大変……とは?」

 

「だってついこの間キス島での一件があって、ゴタゴタの後にいきなりうちに吸収されることになるわけでしょ。一気に環境が変わる時って、一番しんどいだと思ってねぇ~」

 

 

 のんきな顔のまま、蒼龍さんはそう続ける。どうやら彼女がいう『大変』というのは、明原 楓の転覆(今やろうとしていること)ではなく、過去のことだった。探りを入れられたわけではない、そう理解して私は心の中で胸を撫でおろした。

 

 

「まぁ……そうですね」

 

「でしょ~? まぁ、遅かれ早かれ一緒になるんだもん。あたしたちとしても早めに打ち解けたいってのがあってね? 陸奥さんの欲望も満たせるし、『妹会』(この茶番)をやってるーって感じ」

 

「……ということは、他の子も参加してるんですか?」

 

 

 蒼龍さんの言葉に、私は疑問を投げかける。彼女の言葉をそのまま受け取るなら、この会は私たちと打ち解けるための会だ。一人のためにわざわざ開くなんて非効率だ。であれば、私以外の艦娘もいることになる。

 

 

 そしてその疑問に答えたのは、蒼龍さんではなかった。

 

 

 

 

 

「もぉぉぉおおおおおおいい加減にしてぇぇぇぇえええええ!!!!!」

 

 

 

 

 そんな地の底から響き渡る声を上げながら、奥の部屋から一人の艦娘が転がり込んできたのだ。

 

 

 黒を基調とした膝丈のワンピースに白のラインが首元から背中へと伸び、その先で大胆にもざっくりと開き、その華奢な背中が伺える。そしてワンピースに沿うように両肩から胸へかけてひざ元へとのびる白いエプロン。その裾には上質な生地のフリルがあしらわれていた。

 

 

 頭には同様に上等な生地のフリルがあしらわれたカチューシャと、一凛の花――――たしか、ミヤコワスレ(・・・・・・)だっただろうか。それととともに大きな鈴の髪留めが光る。同時に、彼女はいつもの横に流した髪を器用に短く巻き付けお団子状にしている―――いわゆるシニヨンと呼ばれる髪型だ。

 

 

 そのシニヨンだが、どうも形が崩れている。というか、彼女が着ているメイド服(・・・・)もところどころ着崩れというか、誰かから逃げてきたような雰囲気で乱れていた。特に、背中が開いた作りのせいで、肩から襟がずり落ちて華奢な肩が見えてしまっている。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……()!? いい加げ―――――」

 

 

 

 肩で息をする彼女は声を張り上げようとしたところで、バッチリ私と目が合った。彼女は呆けた顔のまま私を見続け、そしてその顔はだんだんと赤くなっていく。

 

 

 

「ちょちょちょ、榛名さん!? なんでここにぃ!!!」

 

 

 ようやく時間が動き出した彼女―――――曙ちゃんが悲鳴じみた声を上げながら狼狽える。次に肩が露出していることに気づきものすごい速さで直した。

 

 

「ちょっと陸奥さん!!!!! なんで榛名さんがいるの!!!! あたしたちだけって話だったじゃない!!!」

 

「あら~、そうだったかしらぁ?」

 

 

 

 その勢いのまま立ち上がり、陸奥さんに詰め寄る曙ちゃんと、それをどこ吹く風と言いたげに受け流す陸奥さん。陸奥さんのもとへ全力疾走したせいか、辛うじて形を保っていたシニヨンはほどけてしまう。それに構わずやかましく騒ぎ立てる曙ちゃん。

 

 

 だが、それも唐突に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

「『お姉さま』?」

 

 

 

 そう、地の底から響き渡る声が聞こえたからだ。その声にその場にいた全員の動きが止まり、そのまま声の方を、それを発したであろう主に目を向けた。

 

 

 その声の主は、潮ちゃんだった。手には櫛とヘアアイロンが握られている。そして彼女もまた服装がところどころ乱れている。いや、そんなことは些末なことだ。

 

 

 

 なぜならそれを持つ彼女の顔は菩薩のような笑顔で、その後ろに百鬼夜行張りの数多の鬼を従えているように見えたからだ。

 

 

 

「ダメだよ、『お姉さま』。せっかくセットした髪が台無しだよ? そしてそのままみんなの前に出るなんてさ……もしここに提督がいたらどうなってた(・・・・・・)かと思う?」

 

「……だ、だからってこんな面倒くさい髪にしなくても」

 

「何言ってるの? 提督に見せたい(・・・・・・)って口走ったのは『お姉さま』でしょ?」

 

「バっ?! そそそそそんなこと言ってないわよ!!!!!!!」

 

 

 目の前で繰り広げられる姉妹喧嘩(?)に、誰も口を挟めずにその結末を見守るしかなかった。いや、結果は誰がどう見ても分かっているのだが。

 

 

「なんで? 髪いじりながら『あいつ、元気出るかな?』って呟いたでしょ? いきなり巻き込まれて、そんな理由(・・・・・)で手伝わされてる私の身にもなってね?」

 

「いや言ってないし!!!! いや、確かに言ったのは言ったけどさ……てか巻き込んだの夕立でしょ!!!!! あいつどこ行ったのよ!!!!」

 

「夕立ちゃんなら「夕立には無理っぽい☆」って言って出ていったよ。その分、一人で髪とかしてうねりとってつや出して、なんやかんやでやっとシニヨン作れたと思ったのに……『お姉さま』が動いたからまた最初(・・)からだよ」

 

「だ、だからこんな髪型やめれ―――」

 

「『お人形さん』」

 

 

 

 彼女はそう発する。それと同時に、彼女が手にしていた櫛が真ん中からへし折れた(・・・・・)。同時に、ミシミシという奇妙な音が彼女のもう片方の手から―――――そこにあるヘアアイロンの柄から聞こえてきた。

 

 

 その光景に、誰もが声を失う。いや、「あたしの櫛……」という声が真横から聞こえてきたが、それ以降は黙った。それは曙ちゃんも同じだったようで、その口から空気を吐き出す甲高い音を鳴らしただけだ。

 

 

 

 

「うん、今から『お姉さま』じゃなくて『お人形さん』にしよう。そうすれば動かないし喋らないし、ちゃんと最高の姿にさせてくれるよね」

 

「……うし―――」

 

()の『お姉さま(お人形さん)』はね、勝手にしゃべらないし、嫌だって暴れるなんてしないし、やることなすこと全て完璧な姿じゃないといけないの」

 

 

 曙ちゃんの言葉を遮り、そのまま彼女の首根っこを掴んでずるずる引きずっていく。曙ちゃん(お人形さん)は助けを求めるような視線を向けてきたが、ついぞ手を差し伸べられることはなく奥の部屋へ消えていってしまった。

 

 

 

「……あ、あれはあれでいい関係なんじゃないかな」

 

「泣くわよ、私なら」

 

 

 何とかフォローしようとする蒼龍さんの言葉を、伊勢さんがツッコミで否定する。が、周りを見回したときに山城さんと陸奥さん(約二名)が「その手があったか」という顔をしていたが、私は黙って見ないふりをする他なかった。

 

 

 

「でも、潮ちゃんの気持ちも分からなくないかなぁ~……私も『お姉さま』にはいつまで凛々しい姿でいてほしいって思うし」

 

「……それ、姉としては身を摘ままれる思いだよ」

 

「もちろん絶対とは言わないわ。でも姉であれ何であれ、『憧れの人』には常に恰好いい姿であってほしいって思うものよ。もちろん、そのために(私たち)ができることは何でもしてあげたいってなるのは、ごくごく自然なことよねぇ」

 

 

 

「そう、でしょうか」

 

 

 ふと、私の口からそんな言葉が漏れていた。それは今しがた喋っていた方々の話を聞いて、自分の頭に浮かんだ言葉。それが脊髄反射のごとく、私の意志とは無関係のうちに漏れ出た言葉だった。

 

 

 そして、それを漏らした私が視線を上げると、その場にいた全員が私を見ていた。

 

 

「や、すみません。何でもな―――」

 

「なんでもなくはないでしょ?」

 

 

 急いで否定する私の言葉を、蒼龍さんが遮る。彼女はそういうと同時に私の手を握ってきた。そして、透き通るような翡翠色の瞳と灰色がかった瞳の両方を向けてくるので、まるで二人から見つめられているような感覚に陥った。

 

 

 

「大丈夫、ここでの話は外に漏れない。ここにいる誰もまだココの艦娘じゃないから、今ならこの場限り(・・・・・)で終わる話にできる」

 

「い、いえ、そういうわけでは……」

 

「それにここは『妹会』。()に普段言えないことをいうのも全然OKなの。直してほしいところとか、やめてほしいこととか。ここ、ちょっと前まで取り仕切ってのはあなたの姉でしょ? まぁそれを聞き入れられるかどうかは置いておいて、言うだけ(・・・・)ならタダよ」

 

 

 蒼龍さん、陸奥さんがそう言ってくる。周りの人たちも口には出さないが、目でそう言ってくる。

 

 

 同時に、私の頭には陸奥さんの言葉―――――『姉に普段言えないこと』という言葉が何度も何度も響きわたっていた。

 

 

 

 『姉』に普段言えないこと。()に言えないことか。

 

 そして、今目の前にいるのは妹たち(・・・)()なのだ。

 

 更に、ここで言っても外に漏れることもない。いや、漏れるはずがない。絶対に漏れることはない。

 

 

 

 なぜなら、『彼女』は今ここにいないからだ。

 

 

 

 

「何をするにしても、全部中途半端なんですよ」

 

 

 そう私の口から洩れたモノ。それを皮切りに、とめどなく溢れてきた。

 

 

 

「やりたくないことを嫌々やるから、中途半端で結果も出ない。そのくせそういうことに限って真っ先に手を上げるから、やりたくないことばかり任されて結果が出ずの繰り返し。そして手を上げるのも、こうしたいとか、こうなりたいとかじゃなくて、ただ『やらなきゃいけない』っていう理由だけ。そんな気持ちでやろうとするんだから、結果が出るはずがないし、それで「嫌なことがあった」なんか言ったって、誰も慰めもしないし、同情するわけがない。それを分かっているくせに、やり方を変えることも誰かに頼ることもせず、ただ自分をすり減らして自滅していくだけ。それも分かっているのに、頑なに変えようとしないんです」

 

 

 頭がぼーっとしてきた。一気にしゃべって、酸素が足りないのだろうか。それでも、私の身体は最低限の酸素を供給するだけで、続けて言葉を発し続けた。

 

 

「そのくせ、誰かが救い上げてくれるのを待っている。自分から動くことはせず、ただただ救いの手が来るのを待っている。更に言うと、差し出された手が自分の納得のいくものじゃなければ取ろうともしない。自分ではできないことと分かっているのに勝手に飛び込んで、勝手に苦しんですり減って、差し出された手も取りもしないのに、差し出され続ける(・・・)ことを望んでいる。取る気もないくせに、差し出され続ける存在になりたがる、そんな我儘な人なんです」

 

 

 そこで話を切った私は視線を上げる。上げた先に映ったのは、一様に何処か面を食らった顔ばかりだった。その顔を見たことがあったが、それは今関係ない(・・・・・)

 

 

「そんな自分勝手で、我儘で、中途半端なくせに気概も能力もない、ただただ弱いだけの()のこと。どう思いますか?」

 

 

 

 最後にそう問いかけて、改めて周りを見回す。

 

 

 それが私の評価だ。自分で言うのもなんだが、よくぞここまでボロクソにこき下ろせたものだと思う。私でさえ思うのだ、これを聞かれた妹たちはもっと複雑な想いだろう。

 

 

 

「えっと、その……」

 

 

 その中で、声を上げたのは陸奥さんだ。彼女はものすごい言いにくそうな顔をしているが、それでも言葉を選ぶようにこう言った。

 

 

 

 

 

「私なら……なおさら『支えたい』って思うわ」

 

 

 

 その言葉は、私にとって『最悪の答え』であった。

 

 

 

「確かに金剛さんがそんな人だったなんて……正直知らなかったというか、あなたが彼女のせいでどれだけ苦労してきたかは分からない。でも……それでも、私なら『絶対に離れない』。そんな危なっかしい人なら、傍にいて、支えなきゃって思う……と思う」

 

「でも、そう近づいたって、向こうから離れちゃうんですよ? そんなの無駄じゃないですか? いつまでも構っている暇も余裕もないわけですよ? それでもそう言えるんですか?」

 

「いや、それを言われちゃえばそうなんだけど…………それでも、やっぱり『妹』として姉を支えなきゃって思っちゃうなぁ」

 

 

 私の言葉に、陸奥さんは困った顔でそう言った。埒があかない(・・・・・・)ので、陸奥さんから蒼龍さんに視線を向ける。向けられたことに気づいた彼女は一瞬困った顔をするが、何処か意を決した顔を向けてきた。

 

 

「榛名ちゃん……残念だけど陸奥と同じ意見だね。あたしは姉だからあなたの立場が分からないけど、仮に姉がいて、そういう人だったとしても『見捨てる』なんてしないと思う」

 

「じゃ、じゃあもし妹からそう言われたらどうです? 面と向かってそういわれたら、どう思います?」

 

「え、なん……ま、まぁ、そうだなぁ……めっちゃ傷つくし死ぬほど落ち込むけど……そう言われないようにできることをする、か――――」

 

 

 

 

「なんでですか!!!!」

 

 

 

 そう叫んでいた。同時に、カシャンという音とともに手に鋭い痛みが走る。手元を見ると、私が口を付けていたカップが割れていて、割れた先端が赤くにじんでいた。そして、痛みが走った手を中心に真っ白なクロスが赤茶色に染まっていく。

 

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

 

 陸奥さんが声を上げて、私の手を取り上げる。その手は小指から手首へと一直線に線が走り、そこからとめどなく血がにじんでいた。彼女は傍にナプキンの束をひっつかんで私の傷口に押し付ける。

 

 

「しばらくこのままにしておいて! 陽炎、救急箱!!」

 

「とっくに持ってきてる。手当はやるから他は掃除を」

 

 

 陸救急箱を持ってきた陽炎さんが、陸奥さんと私の間に割り込んでくる。彼女はナプキンを抑える陸奥さんを払いのけて、すぐに傷口を抑える。そのまま片手で救急箱を開き、そこから包帯を取り出すと端をかみしめて器用に伸ばしナプキンごと私の手を巻いていく。

 

 陸奥さんはその様子を一瞥する、何処か逃げるように離れていく。その様子を横目に、私はホッとした胸を撫で下ろした。どうやら、先ほどのやり取りは有耶無耶に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの話、金剛さんのことじゃないでしょ」

 

 

 その言葉が聞こえた。声の方へ視線を、いや向ける必要はなかった。なぜなら、目を向けた瞬間にそう言われたからだ。

 

 

 こちらを一瞥することなく、てきぱきと手当をする陽炎さんに。

 

 

 

「言ってることが曖昧過ぎる。()から見たことがあるなら、もっと具体的に言えるはずよ。それに、今の行動がまさにそれ(・・・・・)だもん。多分今の話を聞いて、あんたの言葉通り(・・・・・・・・)に受け取ったやつは誰もいないわ」

 

 

 陽炎さんはそう言いながら手当を続ける。その言葉を、私は咀嚼するのに時間がかかった。だが、どうにか何とか飲み込むことができた。

 

 

 彼女は、いや彼女たちは分かったのだろう。今しがた話したのは、まぎれもなく『私』の評価だと。

 

 

 

「それと、同じ姉(・・・)として言わせてもらうわね」

 

 

 だが、次にかけられた言葉。今度こそ、私たちは目を合わせた。いや、陽炎さんが顔を上げて、私の目を見つめたのだ。

 

 

 

 

「あんたが思うほど、『妹』ってのは弱くないわ」

 

 

 そう面と向かって、まっすぐ目を見ながら、一言一句すべてを私に―――――――――()に向けて。

 

 彼女だけは先ほどの言葉を、そのまま言葉通り(・・・・)に受け取ったようだ。先ほどの評価を文字通り、言葉通り、『()の評価』であると。

 

 

 

「だから、『姉』ってのは完璧(・・)じゃなくたっていい。誰かに助けを求めたって、良いの」

 

 

 そこまで言い終えると同時に、処置を終えた彼女はてきぱきと救急箱を片付けて、最後に顔を向けてきた。

 

 

「あたしが言えた義理じゃないけど……妹離れ(・・・)、しなさいね」

 

 

 それだけ言い残して、陽炎さんは離れていく。残された私は、そのまま彼女の口から投げ掛けられた言葉を咀嚼し続けた。

 

 でも、どうしても、それをうまく咀嚼することができない。

 

 

 

 ずっとずっとずっと、口の中に、腹の底に、頭の片隅に、心臓の奥に。しこりのように残り続ける。

 

 まるで、ずっと(・・・)そこに居続けているかのように。何をしても、どうやっても、消えてくれないのだ。

 

 

 

「大丈夫?」

 

「……すみません、榛名はこれで失礼させていただきます」

 

 

 途中、視界の外から誰かが声をかけてきた気がした。それに私はそう言葉を吐き出して、逃げるようにその場から離れていく。途中、呼び止められた気もしたが、それには取り合わずに歩を進めていった。

 

 

 ふいに意識を取り戻した時、私は自室にいた。そして、自身のベッドに腰かけて、手元に視線を落としている。

 

 

 

 そこにあったのは、ここに配属された艦娘一覧の複製だ。その中で、とあるページを開いている。

 

 

 そこは私のページ、『金剛型3番艦 榛名』と記されたところだ。いや、確かにそうなのだが、視線はそこにはなかった。

 

 

 視線の先は私のページの横。見開きの一翼を担うはずのページだが、そこには誰もいない。

 

 

 ただ、かつてそこにあったことだけを示す透明なページ。かつてそこに、ここにいて、そして今は別の場所(・・・・)にいる。

 

 

 

 

「なんで、陸奥さんたちと違ったんですか? あなたは……」

 

 

 そのページをもてあそびながら、自分勝手で、我儘で、中途半端なくせに気概も能力もない、ただただ弱いだけの()は。

 

 

 ただ、ポツリと呟くしかできなかった。

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