新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~ 作:ぬえぬえ
「たかが『人間』風情と、
フワフワと身体が漂うような真っ暗な空間の中、俺の目の前に金剛の言葉が現れてはすぐに消えていくのを幾度となく繰り返した。それに、あのときの金剛の顔も浮かんでくる。
しかし、どれだけ頭を捻ろうが前任が強いた所業、食堂の件を彼女が引き継いでいるのかが一向に分からない。あれを敷く上で、彼女にメリットがあるとは到底思えないからだ。
しかし、彼女は現にそれを強いている。その理由に、俺が見つけてないようなメリットがあるのか、それともメリットよりも優先すべき事柄を孕んでいるのか。いくら考えても、俺の矮小な頭では何一つ捻り出せずにいた。
そして、あの言葉を言った瞬間の彼女の顔。それは、今まで向けられたことのないような、純粋な殺意に満ち溢れた代物だった。まるで親の仇を見るような、そんな風に思えた。
「しれぇ!! 起きてください!!」
フワフワと身体が漂う空間に、突然怒号が飛び込んできて、その後身体を思いっきり揺らされる。突然のことに俺は何がなんだか分からないままに真っ暗な空間に光が差し込み、それに引っ張られるように真っ暗な空間が後ろに過ぎ去っていく。
「うぁ……」
ゆっくり目を開けると、俺の部屋の天井が見える。夢……だったのか。何と言うか、まるで示し合わせたようなタイミングだこと。
「しれぇ!! ようやく起きましたね!!」
まだ完全に起きていない脳をぶん殴られるように大声が鼓膜に突き刺さる。思わず耳を押さえて声を方を見ると、目をキラキラさせた雪風が俺の顔を覗き込んでいた。
「雪風……」
「おはようございます!!」
寝惚けて若干霞む視界の中で、雪風は素早く笑顔で敬礼する。その肩にはいつもの妖精が、彼女と同じように敬礼していた。何時なんどき見ても、本当に姉妹みたいだな……。
「あぁ、おは……って、お前どうやって入ってきた?」
「普通に入り口からですよ? ドアが吹き飛んでて有りませんでしたし。何かあったんですか?」
首をかしげる雪風の言葉に、俺は昨晩勢いでドアを蹴破ったことを思い出した。こりゃ、修理しないとな……。
「いや、大したことじゃねぇよ。それより、お前は何でここにいるんだ?」
「はい!! しれぇの朝食に同席させていただきたく、馳せ参じました!!」
俺の問いに清々しい笑顔でそうのたまう雪風。うん、完全に朝飯タカる気満々じゃねぇかこのやろう。あれ俺の実費なんだけど。
なんて、面と向かって言える言葉さえ、俺は喉に詰まらせた。
こいつも、金剛のように思っているのか……。そう、頭の中に過ったからだ。
「しれぇ?」
黙って見つめられたためか、雪風は首をかしげて覗き込んでくる。その透き通った目には、金剛が浮かべていたあの色はなかった。しかし、何時なんどきその目にあの色が浮かぶのか、と考えてしまう。
あの目をした雪風が、無表情のまま俺に砲門を向けてくる。そんな光景が頭を過った。
「しーれーぇー!! 何ボケッとしてるんですか!!」
そんな薄暗い思考は、目の前から飛んでくる雪風の大声と、いきなり腕を掴まれる感覚によって断ち切られる。声の方には、ご立腹と言いたげに頬を膨らませる雪風。
「行きましょーよぉー!!」
「うぉ!? ちょっ!?」
いつまでも動かない俺に痺れを切らした雪風に腕をグイッと引かれ、俺は無理矢理ベットから引きずり下ろされる。素早く足を出しすことで体勢を保ち、何とか転ばずに済んだ。もし勢いに負けていたら顔面から床に落ちていただろう。
「……雪風、あぶね――」
「さぁしれぇ!! 張り切って行きましょう!!」
転びそうになったことを咎めようとするも、先程よりも大きな声を上げた雪風によって防がれ、引っ張られる形で廊下に引きずり出される。おい、人の話を聞けよ。そう言おうとした。
しかし、歩きながら何かを思案し、その度に笑みを浮かべる雪風の姿を見て、その言葉は引っ込んでしまった。
朝、俺が目覚めたことで目を輝かせる顔、名前を呼ばれて嬉しそうに敬礼する顔。
俺の言葉に不思議そうに首をかしげる顔、ボケッとしている俺をベットから引きずり下ろそうと頬を膨らませる顔。
そして、今目の前にある、どんなものが食べれるのかと期待に胸を膨らませる顔。
それは全て、目の前にいる艦娘と言う『兵器』が見せたものだ。そしてその全てに作り物感は一切感じず、人間が浮かべる『喜』と『楽』そのものであった。
やっぱり、『兵器』には思えないんだよな。
目の前で俺の腕を引く小さな女の子を見て、何となく思ってしまった。
そうこうしている内に、食堂に辿り着いた。
時間帯的にピークは過ぎ去ったみたいだが、まだ割りと残っているな。早すぎたか。相変わらず俺を見るとほぼ全員の食べるスピードが上がるのは結構メンタルに来るからやめてもらいたい。
ん? あれは確か……。
「曙さん!! 潮さん!! おはようございます!!」
食堂に入って早々、雪風がとあるテーブルに近付きながらそう声を張り上げる。彼女が近付くテーブルには、弾薬を口に運んでいる曙と潮が座っていた。
名前を呼ばれた曙と潮は顔を上げて雪風を、そして俺を見た。無論、俺を見た瞬間二人の表情が歪んだのは言うまでもないか。
「獣!! また雪風ちゃんを!!」
「潮、他の子に迷惑よ」
早速俺に突っかかろうとする潮を、横の曙が冷静に嗜める。曙の言葉に潮は開きかけた口をぐぐっと押さえ込み、目だけで俺を睨み付けながらゆっくりと席に座る。
「……何であんたがここに居るのよ?」
「……飯を食いに来た」
そんな潮を尻目に、曙は心底嫌そうな顔で問い掛けてくる。俺はなるべく顔を見ないよう背けながら答えた。背けた後に息を呑む声と、小さな嘲笑が聞こえてくる。
「あんたが? ここで? なに? 弾薬でも食べるつもり?」
「違いますよ? しれぇは自分でご飯を作るんです」
「はぁ!?」
嘲るような曙の言葉に雪風が応えると、曙はそう叫びながら机を叩く。その勢いで立ち上がり、深いシワを刻んだ顔で俺に詰め寄ってきた。
「なに!?
先程潮に回りに迷惑だから落ち着け、と言ったヤツとは思えないほど声を張り上げて突っかかってくる。まぁ、これに関しては弁論の余地もないな。
「まったく何考えてるの!? 少しはあたしたちのこと考えて行動しなさいよね!! 大体――」
「曙ちゃん」
顔を真っ赤にしながら俺に詰め寄る曙に、いつのまにか立ち上がっていた潮がそう言いながら肩を置く。それに曙は歯向かおうと顔を向けると、何故か顔を強張らせて押し黙ってしまった。
「行こう」
潮はそう言いながら大人しくなった曙の手をとり、俺の横を抜けて食堂の入り口へと歩き出してしまう。彼女が俺の横を通る瞬間、背筋に寒気を感じた。
「お、おい!!」
突然のことに思わず潮に声をかける。声をかけられた潮はピタリと立ち止まり、首だけを動かして俺を見てきた。
「何ですか?」
そう問いかけた潮の目には、あの色が浮かんでいた。昨日襲われた際には浮かべていなかった、昨日金剛が向けてきた生気を感じられないあの目。
何の感情も持たない『兵器』の目だ。
「……何でもない」
潮の問いに、俺はそう答えるしかなかった。そんな俺を言葉を受け、潮は曙を引き連れて食堂を出ていった。彼女たちが出ていった後、俺は金縛りにあったように身体が硬直し、その周りは沈黙が支配した。
「……残念でしたね」
それを破ったのは、そう声を漏らしながら肩を落とした雪風であった。その言葉と共に動けるようになり、肩を落とす傍らの雪風と、そして彼女が溢した言葉の意味を考える。
こいつ、もしかしたら俺が他の艦娘たちと打ち解ける場を作ろうとしていたのか?
ただ飯を食いに来たのなら、真っ先に厨房の間宮に声をかけるハズだ。しかし、彼女は厨房に行かずに近くのテーブルに居た曙たちに声をかけた。何故、飯を食うのに厨房に行く前に他の艦娘に声をかける必要がある? 何かしらの意図があったと見ていいだろう。
恐らく、俺と自分以外の艦娘と話せる場を作るっていう意図があって声をかけたんだろう。俺が勝手に思い込んでいるだけともとれるが、さっきの言動から見ても多分あってると思う。まぁ、半分ぐらいは俺の思い込みでもあるがな。
「まぁその、なんだ。ありがとな」
そう言いながら、雪風の頭を撫でる。突然頭を撫でられた雪風は驚いた顔を俺に向け、すぐに悪戯っぽい笑顔に変わった。
「しれぇの初デレ、雪風が頂きました!!」
おい、誰が初デレじゃ。そんなつもりは毛頭ないぞこの野郎。てか、上司に向かって言う言葉か。
「バカなこと言ってないで、とっとと飯食うぞ」
「あうっ」
そんなことをのたまう雪風に軽くチョップを入れ、それを喰らって頭を押さえる雪風を置いて先に厨房へと向かう。突然のチョップに驚いた雪風であったが、すぐさま我に返ると、曙たちが残していったトレイを引っ付かんで小走りで追ってきた。
追い付いてきた雪風からトレイを受け取り、彼女と一緒に厨房に近付くと、案の定渋い顔をした間宮が出迎えてくれた。
「提督……もう少し時間を考えてくれませんか?」
「文句ならそこの
「ちっこいのじゃありません!! 雪風ですよ!!」
返却口にトレイを置きながら間宮の言葉にそう返すと、傍らの雪風が頬を膨らませて抗議してくる。初デレとか大声で叫んだ罰だ。
「さっきチョップしたじゃないですか!!」
「あれは『指導』だ。ノーカンだよノーカン」
「おーぼーですよ!!」と憤慨する雪風を片手であしらいながら、間宮に視線を飛ばす。それを受けた間宮は盛大な溜め息をこぼして、厨房へと続く道を開けてくれる。
「すまん」
そう間宮に頭を下げて、素早く厨房に滑り込んだ。標的が自分が立ち入れない範囲に逃げられた雪風は、厨房と食堂を繋ぐ机に乗り出し、今まで見たことないほど大きく頬を膨らませて睨み付けてくる。まるで、ヒマワリの種を頬張ったハムスターみたいだな。
「雪風ちゃん、今日は演習だったわよね?」
「……そーですよ」
間宮の問いに、雪風は俺を睨み付けながら不貞腐れ気味にそう答える。演習がどういうものかは知らないが、艦娘同士の模擬戦と考えればいいか。でも、演習に実弾を使っていいのか? 演習で大破とか洒落にならないぞ。
「演習で使うのは実弾ではなく、被弾した箇所によって色が変わる特殊なペイント弾です。被弾したペイント弾の色によって、小破、中破、大破の3段階で判定するんですよーだ」
俺の疑問に答えながらも机に頬っぺたを着けて拗ねる雪風。割りとご立腹なご様子で。からかい過ぎたか。
しかし、演習とは言えどもなるべくベストコンディションで挑んでもらいたいってのは俺の我が儘かな。このまま演習に行って実力を出し切らずに終わっちゃいそうだし、艦娘のコンディションも保つのも提督の仕事って言うし。
ここは、この手がいくか。
「雪風、今日の演習で活躍したら美味いもん食わせてやるよ」
「本当ですか!!」
俺の言葉に、雪風はガバッと飛び起き、机の上で声を張り上げる。飯1つでここまで変わるのか。もうちょっと良い条件でやる気を出してほしいものだ。まぁ、単純なのかバカなのか、扱いやすいことには変わりないから良いけど。
「こうしちゃいれません!! 間宮さん!! 早くご飯お願いします!!」
俄然やる気を出した雪風は机から飛び降りて、間宮にキラキラとした目を向ける。その姿に苦笑いを浮かべた間宮は奥に引っ込み、燃料と先端が丸い弾薬――恐らくペイント弾であろうものをトレイに乗せて持ってきた。
「しれぇ!! 必ずですよ!!」
間宮からトレイを受け取った雪風は念を押すようにそう言うと、すぐさま近くのテーブルに飛んでいった。手早く補給を済ませて艤装の手入れでもする気か。
まぁ、やる気を出したんだから気にすることねぇか。取り敢えず、自分の飯を作ろう。
その後、俺が作った朝食たちを前に手を合わせる横に、同じように手を合わせる雪風が居たのは言うまでもない。