新米提督苦労譚~艦娘たちに嫌われながらも元気に提督してます~   作:ぬえぬえ

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『兵器』への試み

 今日行われる演習は、海上に設置されたコースを艦娘たち疾走し途中に設けられた深海棲艦を模した的を狙撃、その際のタイムと命中率を競うスコアアタックと、艦隊同士の模擬戦闘の二つが行われる。

 

 スコアアタックのコースは海上に浮きと浮きをロープを括り付けて作られた簡易なものだが、幾重にも張り巡らせたロープ、そして緩急を考えられたコースの幅を見るに、小回りの利く艦娘ではないと完走すら難しそうなコースだ。

 

 ロープに触れたり、転倒した場合に応じてタイムを加算されると考えると、高度な旋回技術とバランス感覚を要求される。そこに射撃技術も要求される、か。過酷なスコアアタックだこと。

 

 模擬戦闘に関しては文字通り、艦隊同士の砲雷撃戦だ。実際の戦闘に少しでも近づけるため、また様々な戦略を各艦隊が研究するために参加する艦娘は回によって多種多様を極め、演習において同じ艦隊が出てきたことは少ないらしい。その数少ない艦隊たちは、現在の主力に抜擢されているのだけど。

 

 また、その際使われる弾薬は先端が丸くなっており、そこに被弾した時の衝撃に応じて変色する特殊な塗料が練りこまれているらしい。色に応じて判定が決まっており、黄色は小破、オレンジは中破、赤は大破だ。大破判定を受けた艦娘は戦闘続行不可能となり、即座に砲撃を中止して陸に帰投、戦闘が終わるのを待っているらしい。

 

 勝敗は両艦隊の被害で決まる。僚艦よりも旗艦が大破するとほぼ負け確定らしいので、旗艦となる艦娘はスコアアタックに要求される技術の他に、目まぐるしく変わる戦況と僚艦の状態を掌握する広い視野と即決能力、卓越した指揮能力が要求される。

 

 勿論、旗艦の被害を最小限に抑えるために僚艦たちにも同じ能力を要求されるわけだから、僚艦と言えども簡単なわけじゃない。それをそこまで歳のいっていない女の子たちがやる、と。本当に艦娘ってのはハイスペックなんだな。

 

 まぁ、これが演習の主な流れだ。これの他に、上空に浮かぶ気球を打ったり、水面に浮かぶ的に魚雷を放つ射撃訓練や、その時の波や潮の流れを利用した操舵訓練もあるとか。演習の内容は日によって変わるようで、四季によって様々な戦況を疑似出来る日本ならではの方法ってか。

 

 てか、スコアアタックの方はいいが、後者の模擬戦闘に関しては普通他の鎮守府とやるものだろ。大方、金剛が良しとしなかったんだろうけど。

 

「提督、こちらになります」

 

 ボケっと眼下に広がる海を眺めていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、眼鏡をかけたセーラー服姿の艦娘が書類の束をこちらに差し出していた。

 

「お、ありがと。えっと、大淀だっけ?」

 

 お礼を述べながら書類を受け取ると、彼女は無言のまま一歩下がり、軽く頭を下げた。その際、胸元の花をあしらった厨子飾りがその動きの合わせてゆっくりと垂れる。

 

「はい、大淀型軽巡洋艦1番艦、大淀です」 

 

「俺は先日着任したばかりの明原だ。よろしく」

 

 頭を上げながら自己紹介をした大淀に、俺も軽く頭を下げて自己紹介をする。頭を上げた際、大淀と目が合ったが、彼女がすぐさま逸らして手に持つ資料に目を落とした。やっぱり、そう簡単に距離を詰められないか。

 

 まぁそんなわけで、俺は今、演習が行われる工廠近くの海岸にある見張り台にいる。雪風と別れた後フラっと横に彼女が現れてここに案内され、演習の内容を彼女の説明と手元の資料で教わったわけだ。演習を教わってから居座っているこの見張り台は、眼下に広がる広大な海を一望でき、艦娘たちが行う演習を隅々まで見渡すことが出来る場所だ。まぁ、見張り台だから当たり前だけど。

 

 ちなみに雪風とは海に着いたときに艤装の最終点検をしてくるとのこのことで別れた際、朝の約束を念押しされたのはどうでもいいことか。これから事あるごとに飯を要求してくると考えると、割とめんどくさいな。まぁ、それでモチベーションを上がってくれるなら安いものか。

 

 そんなことを考えながら、眼下で行われている駆逐艦たちのスコアアタックを見つめる。

 

 今まで挑戦した駆逐艦の殆どは複雑に入り組むコースを難なく突破、道中にある的にもほぼ全て当たっている。勿論複雑なコースに悪戦苦闘したり射撃が得意でない子もいるが、そういう子に限って最速のタイムを叩きだしたりすべての的を当てるなど、得意不得意に関わらずなかなかの練度を誇っている。

 

 しかし、ゴールした駆逐艦たちの顔には嬉しそうな顔が一切浮かんでいないのが玉に瑕か。こんなもん、朝飯前ってか。

 

「大淀、この演習で優秀な成績だった奴に何かあげるとかしているのか?」

 

「私たちは戦うために生まれた『兵器』です。褒美(そんなもの)、いりませんよ」

 

 俺の問いに、大淀は俺を見ることすら億劫なのか、資料から一切目を離さずにそう言ってくる。そんなさらっと『兵器』とか言わないでくれよ。昨日のことで軽く意識しちまう言葉なんだからさ。

 

 しかし、あれだけの練度から、彼女たちが積み上げてきた努力は並大抵の事じゃないだろう。それをさも当たり前の様に扱うのは、少々気が引けると言うもの。また、その驕り高ぶったものがいつ慢心に変わるかもしれない。それだけは避けなければならない。

 

 常に高いパフォーマンスとモチベーションを維持するためにも、何かしら考えた方がよさそうだ。

 

 そんなことを考えていると、次は駆逐艦よりも少し背の高い艦娘がスタートラインに立った。駆逐艦以外なら、軽巡洋艦か。こちらも駆逐艦ほどではないが割と若いな。

 

 黒髪のおさげが海風で軽く揺れ、腰に大きなポケットの付いた濃い目の緑色のセーラー服を着ている。両腕には主砲と副砲がそれぞれ、日差しを浴びて黒く光っていた。そんな海の上に佇む姿は、先ほどまでの駆逐艦と比べると幾分か様になっているといえよう。

 

 しかし、彼女も駆逐艦たちと同じように無表情のまま前方を向き、スタートの合図を待っているのが残念なところか。やがてスタートの合図が放たれ、彼女は勢いよくスタートを切る。

 

 最初の難関である縦に並んだ浮きの間をジグザグに進むのを難なく突破し、最後の浮き近くにある的を通り過ぎ様に副砲で当てた。そのままスピードを上げ、次の急カーブに差し掛かる。彼女は身体の重心移動を利用してほぼスピードを落とさずにカーブを突破、的も副砲で難なく当てる。しかし、彼女は無表情のまま更にスピードを上げ、コースを疾走していく。

 

 今まで見てきた駆逐艦とは一線を引く、極限に無駄を省いたその速さと的を射抜く正確さ。これが、旗艦を担う軽巡洋艦か。演習といえども、やっぱりその練度の高さを垣間見えることが出来る。

 

 しかし、逆に極限に無駄を省いた旋回技術とどんな体勢からも正確に射貫く射撃技術からは人間味が一切感じられない。やはり、『兵器』として生きてきた賜物なのか、と思うと寂しくなる。

 

 そんな恐ろしいほど正確にコースを走り抜けた彼女は、ゴールした後も何事もなかったかのように陸へと向かう。それとすれ違うように、次の軽巡洋艦がスタートラインに向かっていた。

 

「あれ、天龍じゃん」

 

 そう言葉を漏らす俺の視線には、先ほどの少女とすれ違ってスタートラインに向かう天龍が写っていた。砲門を引っ提げていく彼女の腕には、何故か独特の形をした刀のようなものが握られている。これって砲撃で的を射抜くんだよな。あれで切っても加算されるんだろうか……。

 

 ん? あれが使えるかもしれんな……。

 

「どうしました?」

 

 ふいに声をかけられ、横を見るといぶかしげな顔の大淀が覗き込んでいた。ふいに頭の中に浮かんだ考えに、無意識のうちに声を出していたようだ。しかし、これは使えるぞ。

 

「大淀、今から演習場まで連れて行ってくれないか?」

 

 

◇◇◇

 

 

「こちらです」

 

 なおも訝しげな顔の大淀に案内され、見張り台からスコアアタックが行われている艦娘が待機している簡易テントにたどり着いた。中には演習が終わったもの、これからのものでごった返している。そんな中を入っていくのは割と度胸がいるな。

 

「よぉ、天龍」

 

 その中で、唯一顔見知りである天龍と龍田を見つけ、さっそく声をかける。今まで楽しそうに会話をしていた二人は俺のほうを振り向くと、同時にその表情をしかめっ面に変えた。相変わらず歓迎されてないな。

 

「……なんでここにいるんだ? 金剛の話では見張り台から見てるんじゃなかったのかよ」

 

 金剛のやつ、そんなこと言いふらしているのかよ。てか、それって俺が見張り台にいることを演習に参加している艦娘たちは知ってるってことだよな。仮にとある艦娘の手元がくるって見張り台を砲撃しちまう、ってことになったかもしれないのか? んなことありえないわ、って断言できないのが地味に辛い。

 

「まぁ、こうして自分からノコノコ来てくれたからいいか。見張り台を砲撃する手間も省けたってわけだし」

 

 そんなことを言いながら、天龍は薄笑いを浮かべて近づいてくる。っておい、今ボソっとやばいこと言わなかったか? 早めにこっち来て正解だったわ。なんて呑気な考えは、突然手を振り上げてきた天龍によって断ち切られた。

 

 ダァン!! と、俺の顔のすぐ横の壁に彼女の腕がたたきつけられる。割と強かったためか、発せられた音によって周りで騒いでいた艦娘たちの視線が集まる。

 

「んで? なんでてめぇはわざわざこんなところに来やがった? (これ)の錆にでもなりに来たのか?」

 

 凄みを聞かせた声と鋭い目つきを向け、携える刀を口元に持っていってその先をペロリと舐める。厨二病全開のしぐさが、その表情、短い黒髪に武骨な眼帯、切れ長の目つきなど、本来彼女が持つ容姿も合い余ってなかなかに様になっているのがなんか癪だ。しかし、こうして周りの目を集められたのはありがたい。

 

「そんなんじゃねぇよ。ちょいと、思いついたことがあって来ただけだ」

 

 そう言って、天龍の腕をスルリと抜けて他の艦娘たちの視線の中を歩く。俺の反応が面白くなかったのか、天龍はつまらなさそうに頭を掻き、近づいてきた龍田ともども俺を訝しげな目で見てくる。

 

 そんな友好的ではない視線にさらされながら歩き、ステージのような場所を見つけてそこに上がる。上がって改めて艦娘たちを見回すと、予想通りといっていいか見渡す限りの彼女たちの顔には訝しげな表情が浮かんでいた。いきなり俺が現れて、勝手に注目を集めているんだ、仕方がないか。

 

 

「えぇ、あぁ……先ほどまでの演習、遠くからだが見させてもらった。着任したばかりでほとんど目の肥えていない俺が言うのもなんだが、素人の俺から見ても素晴らしい練度だと思う」

 

 ……ヤバい、こうも友好的でない視線に晒されながらしゃべるのがここまでつらいモノとは思わなかった。俺が発するごとに、艦娘たちの顔に不満の色が募っていくのが怖い。ビビりまくりの俺を見てか、天龍がニヤニヤ笑っていやがる。でも、今はそんなこと気にしている暇じゃねぇ。

 

「しかし、練度が高いからと言って日々の訓練や出撃で気の抜くのは絶対にダメだ。それが慢心を生み、自分たちを傷付ける、最悪の場合轟沈しちまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。これは、常に肝に銘じてほしい」

 

 言葉の一つ一つを言うたびに艦娘たちの顔に皺が刻み込まれていく。そんなことお前に言われなくても分かってるわ、とでも言いたげだな。しかし、本題はここからだ。

 

「……なんて、俺が言ったところであんまり意味がないのは分かってる。そんなこたぁお前らが一番分かってることだ。でもな? 今日の演習を見る限り、誰一人としてそんなことを念頭に置いてやっている奴は一人も見受けられなかったんだよ。だから、俺が改めて言っているわけ。お分かり?」

 

 突然砕けた口調になったせいか、殆どの艦娘が驚いている。しかし、それは次第に先ほどよりも敵意がにじみ出ているものに変わっていく。ちょっと砕け過ぎたか。まぁ、反応としては上々だろ。

 

「まぁ、常にそんなことを考えるなんて難しいわな。偉そうに言っている俺だってずっと続けられる自信はねぇよ。そんなの続けたら肩凝っちまうしな。見返りでもあれば別だけどよ」

 

 言葉と共に肩をぐるぐる回してめんどくさいアピールを加える。それに、何人かの艦娘が同感するように頷き始めた。これはいけそうか。

 

「んで、ここで1つ提案だ」

 

 そこで言葉を切って、目の前にいる艦娘一人一人の表情を見る。全員、俺が次に続ける言葉に興味津々のようだな。さっきまで敵意がにじみ出ていた視線も少なくなってる。

 

 

 

「今日の演習から、各艦種で一番の成績を残した奴に間宮アイス券を進呈する」

 

 そう言い放った瞬間、艦娘たちの顔から表情が消えた。おそらく、俺が発した言葉の意味を理解しているんだろう。そして、言葉の意味を理解した各所から驚きの声が上がり始める。

 

「もちろん、これは演習に限らずこの鎮守府で行われる戦果に応じて進呈するつもりだ。しかし、何分思いつきだから今すぐ全てのことに反映させるのは難しい。取り敢えず、まずは演習の最優秀者にアイス券を進呈する。演習が終わり次第、成績を確認してそいつを何らかの方法で呼び出すから来るよ―――」

 

「ま、待ってよ!!」

 

 俺の声を遮ったのは天龍であった。先ほどの涼しげな顔から一変、真っ赤になりながら噛み付かんばかりに睨み付けてくる。

 

「え、演習は各艦娘の正確な練度を確かめて向上させていくものだ!! さっきの演習、あれは本気の半分も出してねぇから正確な成績じゃねぇ!! 俺の練度ならもっとすげぇ成績を叩きだしてやる!! だから……だからもう一回演習をさせろ!! な!! 良いだろ!!」

 

 真っ赤な顔を上げながらそんなことをのたまう天龍。大方、さっきの成績で一番になるのは不可能と判断して、もう一回演習をして一番を狙いに行く算段だろう。

 

「それに関しては、手を抜いた(・・・・・)お前が悪い。今後の教訓にするんだな」

 

「で、でも!!」

 

「それに、お前には昨日渡したばかりだろうが。少しは自重しろ」

 

 最後の一言が効いたのか、天龍は押し黙る―――――いや、その言葉に周りの艦娘がどういうことなのかと天龍を問い詰めてくるから突っかかれなくなっているだけか。まぁ、自業自得と言うものか。

 

「提督ぅ。昨日食べたアイスでお腹を壊したから部屋に帰るわねぇ~」

 

「おう、気を付けてな」

 

「なぁ、龍田てめぇ!? 一人だけ逃げんな―――」

 

「逃がしませんよ天龍さん!! 先ほどの提督の言葉はどういうことですか!!」

 

 クスクスと笑いながら龍田がそう言ってきて、俺の横をスルリと抜ける。裏切られた天龍は龍田の後を追おうとするが、周りを他の艦娘たちにがっちり固められているため動けず、一人走り去っていく相方を恨みがまし気に見つめることしか出来ないようだな。

 

 さて、俺もここに居たら天龍の二の舞になりそうだし。今のうちにずらかるか。

 

「提督……」

 

 天龍と他の艦娘がギャーギャーと騒ぐテントを抜け出すと、訝し気な顔をした大淀が迎えてくれた。

 

「悪い大淀、次は模擬戦闘組の待機所まで案内してもらえるか?」

 

 苦笑いを浮かべながらそう言うと、大淀は訝しげな顔のまま溜め息をついてクルリとあちらを向いて歩き出す。連れて行ってくれるんだろうか。ならいいや。

 

「……貴方が最初だったら良かったのに」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「何でもありませんよ」

 

 ボソリと聞こえた大淀の言葉がよく聞き取れなかったので問いかけてみるも、その答えが返ってくることはなかった。


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